第十章 第二節「色づく世界」
吉澤栞里の「守り人」となって、高木彩佳の世界は大きく変わった。生きる目的があると言うことが、これほどまでに素晴らしいこととは思わなかった。身の回りの何もかもが新鮮に映る。彼女は自分が、どれだけ灰色の世界に生きてきたかを悟った。
吉澤栞里はどこにでもいるような、普通の元気な女の子だった。ただちょっとだけ美人さん。小学校の勉強の成績もスポーツもありきたりだった。高木彩佳はいつも彼女について回った。彼女の「守り人」としての自分の役割だと思っていたが、実際は何から守るのか知らなかった。ただ、彼女といると心が安らいだ。
小学校の側の小川のせせらぎに足を浸して、二人で涼んでいる時だった。セミの声がせわしなく響いている。
「栞里ちゃん、私ね。学校じゃガリ勉みたいに思われてるけど、本当は勉強なんてしなくてもテストで百点を取るなんて簡単なんだ」
吉澤栞里が私の頭を引き寄せてギュッと抱きしめてくれた。急に目頭が熱くなる。涙が溢れ出て、こぼれた。
「努力しているふりをしないと、みんなに嫌われるんだよ」
彼女は私の頭を離して、両肩を支えて私の瞳を覗き込んでくる。愛くるしい笑顔に、私の心はドキリとした。
「知っている。私はバカだから勉強できないけど。彩佳ちゃんは天才だもの。いっそ、ワザとテストを間違えてみたら」
「ワザと間違える?そっか、テストの点が高いことが問題だったんだ」
私は、そんな簡単なことに今更ながら気づかされた。気持ちがスッとする。その日から私は勉強するふりをするのをやめた。部屋にこもるのもやめて、空いた時間で吉澤栞里と森や林を駆け回った。時々、通りすがりの人の畑に入ってイチゴやスイカ、果樹園のブドウやモモを盗んで食べた。
「ふふ。美味しいね。スーパーとは違うよね」
吉澤栞里は悪戯そうに笑う。
「うん。幸せだね」
彼女といると、いつもが大発見の毎日だ。昆虫の奇妙な体つきには深い理由があった。蝶や鳥の美しさに目をみはる。季節の木々の移り変わりや雲の形まで。命のすばらしさを知った。
命には色がある。動物や植物だけでなく、岩や空気まで。地球は生きている。私たちと共に。灰色だった世界は、一つ、また一つと私の中で色づいていった。そして私は生きることを学んだ。




