第十章 第一節「本当の賢さ」
吉澤栞里が転校してくるまで、高木彩佳は死ぬことばかり考えている子供だった。
『電車に飛び込んだら』
『屋上から飛び降りたら』
『川に身を投げたら』
『包丁を胸に突き刺したら』
自分が死ねそうな場面に出くわすと、つい衝動的にそれをおこなって見たくなった。なぜ、死にたいと思うのか。彼女に答えはなかった。それと同じように、なぜ生きなければいけないのか。彼女は理由を持たなかった。
高木彩佳は小学生の時からずば抜けて頭が良かった。しかし。それは努力して得たものではなかった。教科書を一回読むだけで全てを理解し、記憶できた。
『なにがわからないんだろう』
彼女にとって勉強がわからないと言う、クラスメイトの言葉も気持ちも理解できなかった。だから一生懸命な友達の姿がうらやましかった。何度もなんども同じ漢字を書き写す。ノートがぐしゃぐしゃになるまで数式を書いては消す。それでも、覚えられずに最後は投げ出す。そしてまた、一からやり直す。
『頑張れるっていいな』
高木彩佳は頑張っているふりをした。誰よりも頑張っているふりをした。そうすると先生も両親もおばあちゃんも、彼女をほめてくれた。クラスメイトも納得してくれた。でも、それはとても苦しいことだった。だから逃げ出したかった。終わりにしたかった。
星崎大貴に連れられて、吉澤栞里が初めて登校してきたとき、彼女の顔を見て感じた。
『きれいな子。私と一緒に死んでくれないかな』
放課後、高木彩佳は吉澤栞里を学校の屋上へと誘った。太陽と雲、風の匂いとこだまする生徒の声。高木彩佳は屋上のコンクリートの上に大の字になって寝そべった。吉澤栞里を見上げる。
「ねえ、知っている?栞里ちゃん。こうするとあったかいんだよ」
吉澤栞里は同じように彼女を真似た。
「本当だ。あったかい」
「太陽のエネルギーを蓄えたコンクリートが、遠赤外線を放出しているから体の中まで温まるのよ」
高木彩佳は言葉にしてから、しまったと思った。理屈っぽい女の子と思われたくなかった。
「ふふ。日向ぼっこしている猫のみたいだね」
吉澤栞里が笑う。青い空に銀色の飛行機が、白い雲の糸を引いて浮かんでいる。
「そうだね。猫みたいだね」
高木彩佳と吉澤栞里は空を見つめた。突然眠気が襲ってくる。
『おまえの知識には意味がない。だから死にたくなる。本当の賢さは生きることにある。賢くなりたいか?なら、守るべきものをさずけよう。彼女を守れ。迎えがくるまで』
誰かがそう語った気がした。
「何か聞こえなかった?」
高木彩佳は目を開く。
「なんにも」
吉澤栞里が答えた。その時、屋上の扉が開く。
「栞里。迎えにきたぞ」
星崎大貴が二人を見下ろしていた。




