第九章 第三節「使命」
小学校4年生の遠山一馬が泣き疲れた頃、神社の側の竹林がザワザワと音を立てた。
「誰かいるの?」
遠山一馬は恐るおそる竹藪へと足を踏み入れた。うっそうと茂る竹の葉の間から木漏れ日が光の筋となって射し込んでいる。急に眩暈がして、立っていられず仰向けに倒れた。竹がクルクルと回っているように見える。
『おまえは警察官の父の影に守られて生きてきた。だから弱い。強くなりたいか?なら、守るべきものをさずけよう。彼女を守れ。迎えがくるまで』
誰かがそう叫んだような気がした。しかし、周りには誰もいない。それが自分自身の内からでた言葉だと納得した。遠山一馬は手に持ったハンカチを見つめる。
「吉澤栞里。そうか。ぼくはそのために生まれてきたんだ」
それ以来、遠山一馬は父に甘えなくなった。あれほど嫌だった柔道を学び、空手を学んだ。父から受け継いだ素養なのか、遠山一馬はメキメキと強くなった。そしてその頃から身長が伸びはじめ、6年生を終える頃には、中学生も簡単に手を出さないような体つきになっていた。
それに合わせたかのように、吉澤栞里は街でも有名な美少女になっていった。遠山一馬は、彼女にちょっかいを出しそうな男子を見つけると片っ端からケンカを売った。乱暴者のレッテルをはられ、父親に罵られてもやめなかった。
高校生になるころには、札付きのワルになっていた。まわりは父親に対する反抗期とうわさした。しかし、嫌われ者になることが、遠山一馬にとっては都合がよかった。街一番のワルが狙っている女に手を出す男はそうそういないからだ。
人が聞いたら不器用な生き方だとあきれるかも知れない。バカなやつだと笑うだろう。そこまで彼女を思うなら、なぜ自分のものにしないのかと。しかし、遠山一馬にとって吉澤栞里は、指一本ふれてはいけない女神だった。
体育の授業があった日の帰り、遠山一馬は懐かしい神社をおとずれた。神社はたずねるものもなく、木々に囲まれて朽ち果てる寸前だった。石段に座り込んで考え込む。
天乃解。悪いやつじゃなさそうだ。イケメンで運動のセンスもずば抜けている。頭もキレる。そして、なによりあの不思議な力。彼があの時、聞いた吉澤栞里の迎えなのだろうか。
遠山一馬は空を見上げる。夕焼け空がにじんで見える。あれは自分自身の声ではなかったのか。それとも神のお告げ。だとすると俺の使命は終わったのか。考えが悪い方へとめぐる。側の竹林は何も答えてくれない。
「ちっ。ちっちぇえな、俺」
泣き虫で臆病者のまんまじゃないか。あの頃となんにも変わっていない。遠山一馬は石段を拳で思いっきりたたく。血がにじみ出るが気にせず、立ち上がって歩き出した。




