第九章 第二節「小学校四年生の遠山一馬」
駄菓子屋の前の林のそば。小学校四年生の遠山一馬は、木の陰に隠れて様子をうかがっていた。女の子が一人、上級生三人に取り囲まれてイジメられていた。
「お前か、転校生ってのは。いい服着てんじゃないか。金、出しなよ。じゃないとこうするぞ」
六年生の男の子が女の子の服に泥を塗りつけた。彼女は黙ってうつ向いている。
「生意気なんだよ。ほら。さっさとお小遣いを出しなよ。どうせ、金持ちのパパからいっぱいもらってんだろ」
別の六年生の男の子が彼女の髪を引っ張った。
「パパもママもいないから」
女の子は顔をあげて男の子をにらみつける。その時、離れて様子をうかがう遠山一馬と目が合った。遠山一馬はいたたまれなくなり、木の陰から飛び出した。自分の父親が警官であることは彼らも知っている。手は出してこないと軽く考えていた。
「かわいそうだよ。止めて!」
「なんだよ。チビのくせして、正義ぶってんじゃねえよ」
「こいつの親、警察官なんだぜ。兄ちゃんが、万引で捕まったんだ」
「ふーん。俺たち未成年なんだ。捕まっても刑務所には入んないんだよ」
「そういや兄ちゃんもすぐに帰ってきた」
「やっちまえ」
遠山一馬のあては外れ、あっという間に取り囲まれてしまう。小学校四年生と六年生では体格も体力も違い過ぎた。ボコボコに殴られて、地面に押さえつけられる。身動き一つとれない。砂が口に入り込んで、切れた唇の血の味とまじりあった。小学生ながらみじめだった。
「ちょっとあんた達。何してるの!」
駄菓子屋の婆さんが騒ぎを聞きつけて飛び出してきた。三人の小学生は口々に罵声をはいて林の奥へと逃げ去った。後に残ったのは、今日、転校してきた女の子と遠山一馬だった。駄菓子屋の婆さんが遠山一馬に手を差し出す。
「あんた、大丈夫かい?警察に連絡するかい?」
遠山一馬は一人で立ち上がる。
「子供のけんかに警察は関係ない!」
「そうかい。ならいいけど」
婆さんは女の子の顔を見ると、後は任したとばかり駄菓子屋へと帰っていた。女の子はポケットから白いハンカチを取り出して、遠山一馬の切れた唇に当てた。
「血が出てる」
「うるさい。お前も消えろ!」
遠山一馬は、血で汚れたハンカチを奪い取って走り出した。しばらく走って、神社の裏に隠れた。誰もいないことを確かめてから、声を張り上げて泣いた。手に持ったハンカチで涙を拭う。赤い血と砂、涙でグチャグチャになったハンカチには吉澤栞里と名前が書いてあった。




