第八章 第二節「ドライブ」
前島麗華は如月創に小さなハートをかたどったダイヤモンドのネックレスとおそろいのピアスを創ってもらって上機嫌だった。それは普通の女子高生がつけているようなチープなものだったが、彼女にとって大切なのは大きさではなく、それがハート形であることだった。そして、それを如月創から初めてもらったという事実だった。
「私の車で行かない。免許証は大統領にもらっていないでしょ」
彼女はホテルのドアマンに頼んで車をまわしてもらう。赤いランボルギーニ・アヴェンタドールがエンジンをうならせながらホテルの正面玄関前に止まった。一台、5,000万円以上するイタリアの高級車だ。前島麗華は慣れた手つきで跳ね上げ式のドアを開く。
「どうぞ」
如月創は素直にシートに滑り込んだ。後輪駆動の運転が難しい自動車だったが、前島麗華はごく自然に乗りこなした。信号で止まると周りを走る車の運転手が、羨望のまなざしをおくってくる。背中の後ろにあるエンジンが騒々しい。車高が一般の乗用車の半分しかなく、寝そべるように狭いシートに座った如月創が尋ねる。
「どうしてこんなに乗り心地の悪い車を、みんな、うらやましがるの?」
「カッコイイじゃない。時速300キロメートル以上、出せるのよ」
「そのスペックに意味があるのか?道路交通法違反だ」
「実際に300キロメートルで走るかどうかなんてどうでもいいのよ。それだけのポテンシャルがあるかどうかがステイタスなのよ」
「そのために乗り心地を犠牲にするのか?」
如月創は周りを走る乗用車の方が、よほど優れていると感じた。
「そうよ。人間は見えを大切にするの」
彼女は自分の愛車をけなされて少し腹を立てた。
「なるほど。人間の価値観は人間にしかわからないか」
「体験してみたらどう」
信仰が青に変わった瞬間、前島麗華はアクセルを踏み込む。ランボルギーニ・アヴェンタドールは爆音をあげながら一気に加速した。体がシートにはりつく。彼女は前方の車をぬうように追い越した。まわりの車がクラクションを鳴らしながら左右に逃げていく。
高速道路に入ると彼女はさらにランボルギーニ・アヴェンタドールを加速させる。車は路面をはうように快調に走り抜ける。如月創は心臓の鼓動が速まるのを感じて、つくづく人間とはおかしな動物だと思った。しかし、不快な感覚ではなかった。エンジンの鼓動が体の中を駆け抜ける。景色が流れ去っていく浮遊感を感じる。
「悪くない」
「素直に気持ちいいって言えないの」
「ああ、気持ちいい」
「でしょ」
バックミラーに二台の黒塗りのワゴン車がついてくるのが映り込んでいた。車輪をきしませながら、左右の車をよけてなんとか追いかけて来ている。
「尾行されているようだけど」
「気にすることない。FBIだ」
「FBI?ふーん。映画みたいだね」
彼女は今まで無縁だった世界に、自分が身を置いたことに興奮した。一気にアクセルを踏み込んで加速する。
「デートを監視するなんて野暮ね。振り切って見せるわ」
「やめときなよ。意味がない」
如月創が窓の外を指さす。その先には、一機のヘリコプターが彼らと並んで飛んでいた。




