第七章 第三節「ホットライン」
ホワイトハウスの大統領執務室。ビル・ワトソン大統領は補佐官が準備した日本との専用ホットラインの受話器をとり、耳にあててボタンを押した。
プルルルル。プルルルル。ガチャリ。
二つのコールの後に電話がつながった。
「ヨウゾウ。ビルだ」
「だ、大統領。大統領の方からお電話をいただけるとは光栄です。就任のお祝い以来ですね。なにか御用ですか」
日本の内閣総理大臣、木崎洋三の声が興奮で上ずっているのがわかる。当たり前だ。用がなければ電話などしない。電話の向こうで、意味のない笑顔をつくって何度も頭を下げる姿が目に浮かぶ。
一国のトップでありながら、プライドの欠片も感じさせない、自分より20歳も年上のこの男がビル・ワトソンは大嫌いだった。これが戦争に負けると言うことか。アメリカは絶対に負けない。ビル・ワトソンは大統領として心に誓った。
「ああ。ヨウゾウ。キミの国でただならないことが起きているとのうわさを聞きつけたもので」
ビル・ワトソン大統領は天乃解が、日本政府に対してアクションを起こしていないか探りを入れる。
「な、な、何のことでしょう。尖閣も竹島もこのところ落ち着いておりますし。あっ、沖縄米軍基地前の反対デモのことでしょうか?」
ガシャン。
電話の向こうでガラスが割れる音がする。
「すみません。水差しを落としてしまいました。今、片づけさせますので、少々お待ちください」
電話からバタバタと人が走り回る音がする。この狸が。ワザと落として時間稼ぎを始めたか。ビル・ワトソン大統領はイライラする心を押さえた。
「失礼しました。大統領がおっしゃるような大事件は今のところ無いようですが。どんなうわさでしょうか?」
内閣総理大臣、木崎洋三の声がどんどん細くなっていく。
「そうか。ならいい。なにか起きたら必ず私に報告するんだぞ。ヨウゾウ」
「はい。心得ております」
まるで大人が子供を叱りつけた後のような会話だ。日本は本当に独立国家なのかとビル・ワトソン大統領はいぶかしんだ。
「そうだ、ヨウゾウ。忙しくて日本へはまだ一度も行ってなかったな。どうだ。7月にでも、私とゴルフでもしないか。京都は素晴らしいところだと聞いている」
おそらくモニター音声を閣僚たちが取り囲んで聞いているのだろう。またもバタバタと慌てふためく音が電話を邪魔する。
「大統領。ありがとうございます」
内閣総理大臣、木崎洋三の声が途端に弾みだす。
「ビルでかまわんよ、ヨウゾウ。私とキミの仲ではないか」
「わかりました。ビル」
木崎洋三の声が興奮で震えている。
「そうだ。ビルでいい。世界に私たちの親密さを広めるうえでも、また電話するよ」
ビル・ワトソン大統領は電話を切り、横にいる国務長官に告げた。
「今のところ、やつは問題ない。CIA(中央情報局)長官に連絡をとって天乃解が日本政府と接触する前に押さえろ」




