第六章 第四節「影響」
検査室の中はいつもと何一つ変わらなかった。ドクターも看護師も吉澤栞里も、病院の中で起きた『奇跡』を実感することはできなかった。ドクターは看護師に告げる。
「悪いが、入院患者のリストから該当者とそのカルテを集めてくれないか。それが終わったら、患者を一人ずつ検査室に連れてきてくれ。ただし、今起きたことは他の職員には内緒だ」
ドクターは天乃解と吉澤栞里に向き直る。
「患者を治すのが医師としての私の望みだ。解君を実験材料として拘束するつもりはない。患者には適当に間をおいて治ったことを伝えるよ。それでも、いずれこの病院は『奇跡の病院』としてマスコミに取り囲まれることになるだろう。そして、患者が殺到する。人の生きたいという願望はそれほどまでに強い。うわさは止められないだろう」
「そうですね。小さな街ですから」
吉澤栞里がうなずく。ドクターは続ける。
「患者が治ったことはとても素晴らしいことだ。が、しかし、人によってはそれをこころよく思わない人もいるだろう。『奇跡の病院』に入院しながら、治らなかった患者もそうだ。まして、解君のものを消し去る能力が知られたら、悪用しようとする人間も集まってくるだろう」
「解君はどうすれば良いのでしょうか?」
「しばらくは何もなかったかのように過ごすしかないだろう。人のうわさは長続きはしない。大貴君のところにいるのなら連絡するよ」
「ありがとうございます。ドクター」
吉澤栞里は深々と頭を下げた。
「解君。帰ろう」
二人は検査室を出て、黙って廊下を歩いた。
星崎大貴の家へと続く山道を歩く。生い茂った木々の隙間から夜空がのぞいている。吉澤栞里は夜空を見上げる。
「解君はどこから来たの。あの星のどこか?」
星々はなにも語らず静かに瞬いている。
「それとも別の世界?」
「・・・」
「みんなの病気を治してあげたのに、こっそりと暮らさなきゃならないなんて変だよね。世の中、どこか間違っている」
「・・・」
天乃解は、ここにきた目的を思い出すことが本当に良いことなのか悩んだ。もしも、地球を滅ぼすためにきたとするなら『天使』ではなく、それは『悪魔』だ。
ドクターは語らなかったが、病院に入院している患者を一瞬にして安らかな眠りにつかせることもできた。心臓か脳を消せばいいのだ。それは、ガンや腫瘍、ウイルスを消し去るのと同じくらい簡単だった。僕は破壊者。人間の体をしていても人間ではない。
「僕はなんのために、ここにいるのだろう」
天乃解は小さくつぶやいた。風が木の葉を揺らし、彼のつぶやきをかき消していった。




