第六章 第三節「奇跡」
天使などと言うバカバカしい話を素直に信じるわけにはいかなかったが、目の前にいるこの男の子が不思議な力を持っていることは信じざるおえなかった。待合室に座っている患者達が騒めき始める。
「キミ達、ちょっと一緒に来ていただけませんか?」
看護師は急に丁寧な言葉で言った。天乃解の手を取って廊下に向かって歩き出した。吉澤栞里は、天乃解が置いたコーヒーの空き缶と自分のものとを二つ持ってそれに続く。看護師は検査室の扉を開けて中に入る。
「あっ。さっきのお兄ちゃんだ」
病室から飛び出してきた男の子が天乃解の姿を見つけて駆けてくる。
「お兄ちゃんの言う通りだった。僕ね。退院できるんだよ。ほんとだよ。先生がそう言ったんだ」
男の子は振り返って、検査室の奥に座る白髪のドクターを見た。ドクターは立ち上がって天乃解のもとまで歩いてきた。
「星崎さんところにお世話になっているの解君かな?」
「はい」
「ついさっき、大貴君から、ひと騒動起こすだろうからと連絡があった」
「・・・」
「この子にやったことはMRIで脳を調べてすぐに分かった」
ドクターは男の子の頭をなでて、声をかける。
「お母さん、ビックリするだろうなー。もう行っていいぞ」
男の子は検査室の扉に向かって駆け出した。
「高木のおばあちゃんのガンを消したことは、大貴君から聞いた。私は医者なので『奇跡』を信じる訳にはいかないが、事実を事実として受け入れることはできる」
ドクターがそう言うと横にいた看護師が腕をまくって見せた。
「先生。私のアザが!」
ドクターは彼女の腕を取って観察する。
「なるほど、きれいなものだ。皮膚細胞を傷つけずに、色だけが抜け落ちている。こんな技は現代医学ではとうていできない。他にはどんなことができるのかな」
天乃解は、吉澤栞里が手に持っていた二つの空き缶に手を伸ばす。空き缶は底の方から砂のように崩れ去った。吉澤栞里は驚いて缶を落としてしまう。缶はバラバラになりながら、床に落ちる前に空気中に溶けて消えた。
「すごいな。自分の意志でできるんだね」
「はい」
天乃解はうなずいた。
「その力で病院中の患者を治せるのか?」
「体の中にあるガンや腫瘍、ウイルスは消せます。ただ、新しくなにかを創り出すことは、僕にはできません」
「そうか。患者をここに連れてくるのでやってみてくれないか」
「その必要はありません。この病院の大きさなら、何処にどんな患者がいるかわかります」
天乃解は検査室の中をくるりと見回した。彼には壁をすり抜けて、建物全体にいる人の、患部が光り輝くように見えた。ガンや腫瘍は塊として輝き、ウィルスは人の形の小さな光の集合体として見える。彼は目を閉じで、今度はゆっくりと回りながらその光を消していった。一分も立たずに答えた。
「終わりました」




