第五章 第一節「転校生」
明菱高等学校3年2組の担任、石谷里帆は天乃解を連れて教室の前に立った。振り向いて彼をながめる。案外、落ち着いているので少しは安心する。
色白の細い体つきや、年齢の割に幼く見える顔立ちは女子生徒に受けるだろう。しかしその分、田舎育ちでエネルギーがありあまっている男子生徒の的になったりしないだろうか。
人口の少ない田舎の高等学校に転校してくる子は珍しかった。まして、3年生ともなると進学や就職などで精神的に不安定になっている子もいるので、トラブルやイジメのもとにならないか心配だった。
石谷里帆は天乃解を廊下に待たせ、先に教室の引き戸を引いて中に入った。生徒たちは授業が始まるギリギリまで雑談に興じている。教壇に向かい、賑やかな生徒たちの顔を見まわして、一拍おいてから、あえて丁寧語で告げた。
「静かにしてください。授業を始める前に皆さんにお伝えすることがあります」
石谷里帆のいつもと違う言葉に何事かと生徒たちが机についた。
「今日からこの3年2組に新しいお友達が増えます」
教室中にどよめきが起こる。彼女は廊下に向かって声を上げた。
「天乃君、いいわよ。入ってらっしゃい」
天乃解はオロオロすることもなく、ごく自然な足運びで教室に足を踏み入れる。案の定、女性の間から黄色い声が湧き上がり、教室の後ろの男子生徒から不満の声が漏れた。吉澤栞里は目を丸くした。
「えっ。うそ」
叔父である星崎大貴からは何も聞いていなかった。朝食の時もなにも話してくれなかった。
露天風呂の事件の後、夕食の席で身寄りのない天乃解を星崎家でしばらく預かることは聞いていた。しかし、高木彩佳に言いくるめられたとは言え、彼の入浴を覗いてしまった負い目もあり、早々と部屋に切り上げてしまった。
「うわ。解君だ」
隣りに座る高木彩佳が声を上げる。瞳をクリクリと輝かせて吉澤栞里の顔を見る。
「栞里。まずくない。一緒に暮らしているなんて一馬に知れたら、あいつ黙ってないよ」
吉澤栞里は慌てて、教室の後ろに座る遠山一馬を見る。すでに、一波乱起こしそうな顔になっている。
「知らないわよ。私、何も聞いていないもの」
吉澤栞里はため息をついた。
遠山一馬は高木彩佳と同じく彼女の幼馴染だった。地域に一つしかない高校だったので、クラスの三分の一は小学校からの同級生だった。
遠山一馬の父親は近所の交番に長年勤めている警察官で、彼は父への反抗心から、地域の悪ガキを束ねる不良になっていた。さらに悪いことに吉澤栞里の意志とは無関係に、彼は彼女の彼氏だと勝手に決め込んでいた。
「面倒なことになりそうね」
高木彩佳は心配を装いながら楽しそうに語った。