第四章 第三節「山道」
吉澤栞里と高木彩佳はは二人並んで山道を登っていた。明け方の大雨がまるで嘘のように晴れあがっている。生い茂った葉っぱの隙間から日の光が差し込んで、いくつもの光の筋をつくっている。
風景画のような幻想的な世界を楽しそうに進む二人。でも、会話の内容は高校生らしいものだった。花より団子。目の前の関心ごとは、風景より男の子だった。
「でさあ。その男の子って、ぶっちゃけどうなの?」
高木彩佳は瞳をキラキラさせて聞いてくる。こういう時の彼女に嘘は付けない。簡単に見抜かれてしまう。吉澤栞里は正直に感想を述べた。
「カッコイイって言うより、可愛らしいって感じかな。女の子みたいな整った顔してた」
高木彩佳の瞳の輝きが増す。
「そんで、そんで」
彼女を刺激しないように、吉澤栞里は普段通りの口調を心がけた。
「見た目、スラッとしてたから華奢感じかと思ったら、それなりに筋肉質って感じかな」
「細マッチョ。私は大貴みたいな太マッチョがいいなー。あの腕にギューされたい」
「ダ、ダイキ?人の育ての親を勝手に呼び捨てにしないで!変態」
「理性と言う薄皮を向いたら、人間の本性はみんな変態なんだよ」
高木彩佳は小動物のようなかわいい顔を向けた。吉澤栞里は彼女の言葉にあきれた。二人はしばらく黙ったまま、山道を歩いた。
田舎の高校と言っても3年生もなるとなにかと忙しい。半分は地元の企業に就職したり、家業を継いだりするが、残りの半分は都会の大学や専門学校へと進む。高木彩佳は持ち前の頭脳を生かして、早々と東京の女子大の推薦を獲得していた。
来年の今頃は、二人は別々の道を歩んでいることだろう。そう考えると、今のこの何でもない時間がとても大切なものに思えてくる。高校三年なんてアッと言うまだ。吉澤栞里は少しさみしい気持ちになった。
「栞里は高校卒業したらどうするの」
「取りあえず、大学受けてみる。精華女子大とか」
「栞里は美人さんだからきっと東京で化けるんだろうなー」
「なにそれ」
「いや。だから、その化粧とか、ファッションとか覚えて」
高木彩佳は立ち止まって吉澤栞里の姿をマジマジと眺めた。
「栞里が都会の女になるのかー」
「なんか、いやらしいこと考えていない?」
「バレた?」
高木彩佳は笑いながら山道を走り出した。吉澤栞里は頬を膨らませて彼女を追った。