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第四章 第二節「ときめき」

 吉澤栞里よしざわ しおりは明菱高等学校3年2組の教室で古文の授業を受けていた。朝の事件のせいで遅れて登校せざる終えなかった。一日も休まずに高校に通い、皆勤賞を狙っていた彼女にとって、今日の遅刻は残念だった。しかし、男の子が死なずに済んで本当に良かった。


 パニック状態だったのでなにをどうしたかは、はっきりと思い出せなかった。両手を見つめてみる。男の子の青白く冷えきった足の感覚がよみがえった。


 見た目は女の子の様な華奢きゃしゃな姿に見えたが、程よく筋肉がついた男性らしい体つきだった。その時の光景だけが、まぶたの奥にハッキリと焼き付いている。同世代の男の子の体をまじまじと見たことのなかった吉澤栞里は急に恥ずかしくなった。顔が熱くなり耳の先まで火照ってくる。


「栞里、大丈夫。熱でもあるんじゃない。顔、赤いよ」


 隣の席に座る幼馴染の高木彩佳たかぎ あやかが、心配そうに顔を覗き込んでくる。授業中にいきなり現れた高木彩佳の顔を見て、吉澤栞里は驚いて声を上げてしまう。


「違うよ。見たくて見たんじゃないから」


教室中の生徒が何事かと振り返って彼女を見た。


「吉澤。どうかしたか」


黒板に例題をうつしていた古文の先生が声を発する。高木彩佳は悪戯いたずらそうな笑みを浮かべて彼女の顔をチラリと見てから古文の先生に告げた。


「先生。栞里、熱があるみたいです。私、保健室に連れていきます」


そう言うと有無を言わせず、手を引いて吉澤栞里を教室の外に連れ出した。廊下に出ると彼女の胸を肘で小突いてくる。


「ふふーん。何を見たの?さては叔父さんの『裸』でも見たか」


 幼馴染の高木彩佳は中学生の頃から、吉澤栞里の養父である星崎大貴ほしざき だいきに憧れていた。二回り以上も年の離れた叔父のことを狙っていたのだった。ある種のオッサンフェチ。吉澤栞里から見ればかなりの変態だった。


 吉澤栞里が『裸』と言う言葉に反応して、おさまり始めた顔を再び赤くしたのを彼女は見逃さなかった。


「ずるいなー。私には興味ないって言っときながら。それは無いよなー。年頃の女の子と大人色香を放つ紳士が、一つ屋根の下に暮らしていておかしな気持ちにならないなんて変よねー。抜け駆けだよねー」


 高木彩佳は今どきの女子高生にしては珍しく、おかっぱ頭にどんぐり眼。同世代の女の子と比べて頭一つ背が低く、どちらかと言うと幼さが抜けきらない顔立ちをしている。そんな彼女が口をとがらせて話す姿は、子供が意地悪を言っているようにしか見えなかった。が、話す内容は際どかった。


「違います。見てません。仮に見たとしても、叔父さんにときめくような変態じゃありません」


吉澤栞里はきっぱりと言い放った。高木彩佳は昔からかんの鋭い子だった。彼女の『ときめく』と言う言葉にすかさず反応する。


「シ、オ、リ、ちゃん。それじゃ。何にときめいたのかなー」


ニヤニヤしながら吉澤栞里に顔を寄せてくる。


「ときめいたんじゃない。ただビックリしただけ」


 高木彩佳は決して口の軽い子ではなかった。見た目は幼いが頭脳明晰で、好奇心が強く、学年の成績はダントツだった。全国模試では県内でトップレベルの順位を争っていた。変態と言う点を除いて。


 しつこく聞いてきて結局は白状させられる。吉澤栞里は、諦めて今朝あったことを話した。話し終えると高木彩佳は彼女に尋ねた。


「で、結局、栞里はときめいたわけ。その男の子に」


「そうかなー。違うと思うけど」


高木彩佳に押し切られて、吉澤栞里はだんだんと自信がなくなってくる。高木彩佳はもともと丸い目をさらに丸くして、リスのように目をクリクリと輝かせた。


「学校、終わったら確かめよう。栞里の家、行くから」


「いや。だって。私、彼と一言も話をしてないんだよ」


吉澤栞里は困り顔になる。


「いいから、いいから。恋なんてインスピレーションだから」


ちょうどその時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

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