第三章 第一節「ホワイトハウス」
如月創はホワイトハウスの前に立っていた。良く晴れた青い空と手入れされた緑色の芝生に、白いホワイトハウスは良く似合う。絵葉書を置いたような光景が目の前にあった。あちらこちらで観光客が写真を撮る平和な日常がそこにあった。
如月創は一人、正面玄関に向かった。制服で身を固めた守衛が二人、飛び出してきて彼を制止する。また、田舎者が迷い込んだと煩わしそうな表情を浮かべている。周りにいた観光客が何事かと一斉に目を向ける。守衛は笑顔をつくって丁寧に告げた。
「ちょっとキミ。どこから入ってきたんですか」
「観光客は立ち入り禁止です」
如月創は立ち止まって守衛たちに一言要件を告げた。
「大統領と話がしたい」
如月創はホワイトハウスに向かって再び歩み出す。二人の守衛の顔が曇る。二人は如月創の望みを聞くことなく、力ずくで取り押さえにかかった。
しかし、二人の守衛はその場から一歩も動けなかった。彼らの両足がガラスの箱のような透明なものに覆われて玄関の床に固定されていたのだ。
「いつの間に」
二人はすかさず胸のホルスターから拳銃を抜き取って彼に向けた。
「一歩でも動いてみろ。これは警告ではないぞ」
玄関の奥からスーツに身を包んだ三人のSPたちが応援に駆けつける。平穏な空気が物々しいものへと変わる。
「無駄です。あなた方はその場から一歩も動けないし、銃口のない銃でぼくは撃てません。引き金を引いたら暴発してけがをしますよ」
五人が拳銃を確認すると空いているはずの銃口は、まるで開け忘れたかのようにきれいにふさがっていた。そればかりか後から駆けつけた三人のSPの足もガラスのような透明な物体に覆われて床に固定されていた。
五人はなんとかその場から動こうともがくが、透明な物体に覆われた足はピクリとも動かなかった。しゃがみ込んで拳銃のグリップを思い切り叩きつけるものもいたが、ヒビ一つ入る様子はなかった。如月創は一人のSPの足元を示していった。
「それは世界で一番固いものです。あなた方が『ダイヤモンド』と呼ぶ炭素の塊です。記念に差し上げます」
彼はそういい残すと、五人の男たちの間をすり抜けるようにして、玄関の階段をのぼった。五人は呆気に取られて茫然と彼の後姿を見送るしかなかった。
入り口を抜けると如月創の姿を認めた職員が、彼を止めに駆け寄ってきた。
「めんどうだな」
如月創がそうつぶやいた瞬間『オーバルオフィス』と呼ばれる大統領執務室に向かって、入り口のない一本のダイヤモンドのトンネルができあがった。数人が彼に向かって発砲したが、拳銃の弾ははじき返されるだけだった。
如月創はダイヤモンドのトンネルの中を通って執務室へと向かいドアを開けて中に入った。中では入り口に向かって拳銃をかまえたスーツ姿の男が、中央のテーブルをはさんで立っていた。男は迷うことなく引き金を引いた。撃鉄がカチッとなったが、銃は弾を発射することなく男の右手の中で爆発した。破片が飛び散り、男の指から血が流れ落ちた。
「うっ」
男は右手を押さえてうめいた。
「ビル・ワトソン大統領ですか?」
「ああ、そうだ」
大統領は顔をあげると、握った拳銃のグリップ部を素早く如月創に投げつけた。拳銃の残骸が彼のほおをかすめる。ほおが切れて血が流れ出たが、如月創は気にとめる様子もなかった。
「そんな使い方もあるんですね。なるほど」