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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!2  作者: すずきあきら
第二章 蒸留酒はアルコール度数が高いだけ、じゃない?
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2

王宮に潜入する水中部隊。その中核はハイドラ自身

 それからさらに一週間後。

 ついに、来るべきときが、やって来た。

「湖の対岸の物見の塔が、フィレンツァの軍船の集団を見つけたようです」

 夜。

 衝太郎たちのいる広間の食堂に、ジーベがあわただしく入って来て告げる。

「とうとう来たか!」

 オープンキッチンの中で洗い物をしていた衝太郎が言う。ちょうどアイオリアとケルスティンの夕食が、終わったところだった。

「ハイドラが、来るの?」

「ああ、とうぜん来るだろう。遅かったくらいだ。さて、オレも準備しないとな」

 濡れた手を拭い、エプロンを外すと、キッチンから出る衝太郎。

「吾も、出よう」

 ケルスティンが身を立ち上げる。

「わたしは、なにを」

 不安そうなアイオリア。

「まえに打ち合わせたとおりの段取りでいく。このときのために兵士の訓練もさんざんしてきた。だいじょうぶだ。きっとうまくいくさ。城の外はケルスティン、たのんだぞ」

「うむ」

 うなずくと、先に広間を出るケルスティン。戦支度があるのだろう。

 その背中……たくましい馬のお尻にシッポが揺れるのを見送って、衝太郎、アイオリアに向き直る。

「アイオリアは、オレといっしょに来てくれ」

「えっ! ほんとうに?」

 にわかに色めき立つアイオリア。

「ああ。部隊の指揮を頼もうと思ったが、ちょっと心もとないっていうか」

「な、なによ、アイオリアじゃ不足っていうの!」

「というより、オレについててほしいんだ。アイオリアがそばにいてくれたら、オレの士気が上がるから、な」

「え、えええ!?」

 そこまで言われ、頬を染めて口ごもるアイオリア。

「ま、まぁ、そこまで衝太郎が言うなら、しかたないわね。士気が下がっては勝てるものも勝てないのでしょう。だったらアイオリアが、い、いっしょにいてあげる!」

 最後のあたり、まるでヤカンから熱い蒸気がぴゅーっ、と出そうな、そんなアイオリアの顔だ。

 それを見て、衝太郎。

(各部隊のリーダーと何度も腐るほどシミュレーションしてるし、連絡係にはジーベとフィーネがいるし、な)

「よし決まった。じゃあ、みんな配置につくぞ!」


「……そろそろ出るでありんすよ、おまえたち」

 夜の湖。

 黒い湖面に多数の船が浮かんでいる。

 それぞれ十人程度の人が乗り、船を漕ぐものを除けば、弓を持つ者、槍を持つ者、もっと短い剣を持つ者、と、兵を満載した軍船だ。

 そして先頭の、もっとも大きな船の舳では、ハイドラと、数十人の兵たちがいままさに、穏やかな波間へ降りて行こうとしていた。

 ハイドラの回りを固めるのは、四人の侍女たち。

 身体にぴっちりした水着を身に着け、その脚の鞘には、ごく細い剣が何本も差されている。

 口には、U字型の一方が長く突き出した呼吸のための器具、つまりはシュノーケルを咥えていた。

 その他の兵たち、約四十人は男だが、やはり口にはシュノーケル、また、侍女たちよりも重装備の槍や剣を背中にくくりつけてある。

 全員が泳ぎも潜りも達者。としても、半分の身体がウミヘビのハイドラとは、較べるほどもない。

 それでも全員が、大きくうなずき、

「あちきについて来るでありんす!」

 真っ先に水の中へと没するハイドラに続いて、次々と飛び込んでいく。


 ハイドラの水中部隊は、前回のフィレンツァ軍のリュギア襲撃でも要となった。

 ようは、真っ先にリュギアの港に潜入し、防備態勢を偵察して、その不備、隙をつく。本隊の艦船を安全に湾内に導き、攻撃の手引きをする。

 さらにはそれぞれ上陸し、街を破壊し、人々を襲う。これがもっとも有効で、前回もリュギアの街はあっという間に混乱に陥った。

 アイオリアの館までもかんたんに包囲されてしまったのは、市中の混乱から防衛隊がうまく機能しなかった点がもっとも大きい。

「……!」

 水中で、ハイドラが手のサインを出す。

 それに従い、四人、五人、と水中の兵たちが分かれて行く。最後まで従うのは、例の四人の侍女たちだ。

 こうした特殊部隊を積極的に使うのがハイドラの戦術だったが、その先頭に自らが立つのは、意外とも思われるかもしれない。

 泳ぎ、水中行動については人間の数倍の能力を有し、さらには敵を直接手に掛け、そのスリルを楽しむ、というハイドラの性格が大きくかかわっているだろう。

 でなけば、ラヴェニスの街に潜入した衝太郎たちを、自身、たったひとりで追いかけて来る、そんなこともなかったに違いない。

「(ふふん、不用心でありんすねえ)」

 おおかた、他の兵たちを分離して、ハイドラと侍女たちだけになったころだ。

 港の奥、さらに細い水路の入り口を前に、ハイドラ。ここは前回も使った、館の近くまで伸びている水路だった。

 ハイドラの合図で、侍女たちがいったん前へ出る。しかし、敵はいない、の合図で、ハイドラが中へと侵入、率先して進んでいく。

 やはり、水中ではいちばん速いハイドラ。

 侍女たちの泳ぎの後をもたもたついて行くのは性に合わないのだろう。

 先頭を泳ぎ、水路のかなり奥まで来たところで、

「(おや、こんなところに新しい水道が。もうこのあたりは、あのアイオリアの館の、真下当たりではありんせんか)」

 水路の奥に、真新しい水道の開口部を見つけたのだ。ちょうど人が通れるほどの穴が、水路の壁にぽっかりと空いている。

「!……!」

 侍女たちを呼び寄せるハイドラ。

 入口を塞いでいる鉄格子を外させる。しかし作業がなかなか進まないのを見ると、

「(どれ、あちきがやるでありんす!)」

 自ら鉄格子に手をかけ、いっきに引きはがした。鉄格子を留めていた金具が、かんたんに引きちぎられる。

「(おまえたち、中を探るでありんす)」

 さすがに中まで一番に乗り込む無謀はしない。

 侍女のひとりが入り込み、さらにもうひとりが。しばらくすると戻って来た。手のサインで、安全、を示す。

「(それなら、行くわえ)」

 ハイドラが水道へと身を翻す。たちまちヘビの尾まで没していく。

 水道はさほど長くなかった。

 数十メートルも進むと行き止まりで、その代わり、上に開いて水面がある。その向こうには灯りがあって、ふたりの侍女がサインを示している。

 ハイドラは浮上し、

「ふぁっ! おまえたち、ここは」

 水面から顔を出した。

 そこは地下室のような、密閉された空間だった。

 かなり広い。天井が高く、周りの壁などは新しく、つい最近作られたばかりに見える。窓もなく、すべてが石とレンガ造りだ。

「どうやら、館の地下のようです、ハイドラさま」

 侍女のひとりが答える。もうひとりはさらに先を調べ、ふたりはまだ水の中で見張っていた。

 いざと言うとき、ハイドラの退路を確保するためだ。

「これは……どうした風の吹きまわしでありんすかねえ」

 ハイドラも自ら、石畳の上へと身を上げる。

 そこからはちょうど、いま出て来た水道の出口が、風呂場の浴槽のように切り取られて見えた。

「あちきたちを罠に嵌めようっていうのかえ」

 ヘビの身体までも床の上へ、完全に乗せ上げたハイドラ。さほど広くない部屋の中を、ぐるぐるとせわしなく回る。

 どうやら、先行した侍女のひとりが帰って来ないのが気になるようだ。

「見に行ってまいります」

 もうひとりの侍女が先へ進もうとすると、

「待ちやれ。あちきも行くでありんす」

 いっしょに、というよりも率先して奥へと進む。

 密閉された廊下は、人が立って歩けるほどの高さと、じゅうぶんな幅がある。それはちょうど、ハイドラが這い進むのにいいくらいの広さだ。

 地下を通った水道の水面が床の高さだから、ここは一階のはず。

 ハイドラもそれは承知している。とすればもう、

「館の中を進んでいるのかえ。罠だとしたら、なんの……」

「罠なんかじゃないぞ!」


捕虜になった、わけではないようです

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