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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!2  作者: すずきあきら
第一章 いや、パスタは揚げるもんじゃないだろう
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3

今回出て来るパスタ料理は中世ヨーロッパの実際にあったものです。

フォークがなくて手づかみ、も本当です。


 先に気付いたのは、アイオリアだった。

「ハイドラよ、あれ!」

 指さして立ち上がりかけるから、

「ご無礼を、姫さま」

 ジーベがすばやく口をふさいで、席につかせたほどだ。

 あわててテーブルに顔を伏せて、目立たぬようやり過ごす衝太郎一行。

「ハイドラだって、マジか」

 このフィレンツァの国、そしてラヴェニスの街を統べる王族のハイドラ。むろん、リュギアの街を奇襲し、もう一歩で陥落へ追い込んだ張本人でもある。

 そのハイドラが、十メートルも離れていないそばに、わずかな供回りの者しか連れずにいる。

「千載一遇の機会! これを逃すか!」

 こんどはケルスティンが立ち上がろうとする。偽装した荷車の車輪部分から剣を抜こうとするところ、

「待つんだケルスティン!」

「なぜだ。いまなら」

「いや、観察するんだ。戦うのはいつでもできる。ハイドラのふだんの行動や考えを見られることのほうが、ずっと貴重なチャンスだ」

 そこまで言って、衝太郎、

「それに、なにを食ってるのか。知りたいしな」

 と笑った。

「なにを食べるのか、興味がある、だと」

「ああ。そっちのほうがな」

「ハイドラを倒すよりも、なにを食べるかのほうが重要だっていうの?」

 アイオリアも、信じられないというふうだ。

 しかし、

「だからだよ。どんなものをどんなふうに食べるのか、ふだん人には見せない、敵であるオレたちは見ることなんてない。そこに性格だとか性癖みたいなものが現れる。敵の指揮官を知るってことじゃ、戦術や戦略を見るより価値がある。オレはそう思う」

 衝太郎は、言い切った。

 だが本心では、

(やっぱり見たいだろ! あのヘビみたいな身体だぞ。なにが好きでなにを食べてるのか、とか!)

 やはりそっちの興味が勝るようだ。

 ハイドラは下半身がウミヘビの王族。

 王族とは、ガンティオキア帝国の皇帝に忠誠を誓う一族で、それぞれ人間とは異なる「高貴な」姿を与えられている。

 かつてはケルスティンがそうで、リュギアスへなんども侵攻したが、衝太郎とアイオリアの前に敗れた。

 いまケルスティンがリュギアスに身を寄せ、行動を共にしているのは、アイオリアたちと心が通じ合うのを感じたから。

 さらには衝太郎の料理を口にし、その味に心酔するとともに、閉ざされていた心が解放された、と言っていい。

 衝太郎にとって、料理やその指向は、そのくらい重要なものだともいえる。

「それに、いまハイドラを襲って、討ち取れる保証なんてないぞ。相打ちは勝ちじゃないし、たとえ成功したとしても、無事にリュギアスまでたどりつけるかはなお怪しい。そうだろ? 失敗したなら、なおさらだ」

 こっちの理屈は筋が通っている。

 むしろ衝太郎の危惧はこっちのほうかもしれなかった。

「わかったわ。衝太郎の言うとおりかも。ちょっとわたしたち、軽率だったかもしれないわね」

「うむ。ハイドラはどうやらお忍びのようだが、側に見えている侍女たち以外にも、身を隠した護衛が多数いるかもしれぬ」

 ジーベとフィーネもうなずき、

「な! この際ゆっくり、観察しようぜ。このパスタもどき……こっちじゃこれがパスタだったな、こいつを食べながらな」

 これで決まった。

 衝太郎は自分の、チーズがけパスタをマイ箸で口へと運びつつ、

(さあーて、なにを食べるのか、見せてくれよな!)

 ハイドラの動きに目を凝らす。

 ハイドラがお忍び、と見えるのは、大げさな警備がないのもそうだが、下半身のヘビ部分を長いスカートで覆っているせいもある。

 荷車を引いているふりのケルスティンほどではないが、そんなふうに隠しているのは、いかにも女王の視察、というのではなく、自然な街の人たちを見て回りたいのかもしれない。

「意外と、いい領主なのかもしれないな」

 つぶやく衝太郎のとなりでは、

「それにしても、バレバレじゃない、あんな長いスカートで隠したって」

「そうか、バレバレなのか……」

「あ! ケルスティンのことじゃなくて! ね、えーっと、よく似合ってるわよ! その、荷車!」

 アイオリアとケルスティンの、脱力する掛け合いが。その最中にも、

「お、料理が来たぞ。えーっと、あれは」

 衝太郎の言うとおり、給仕がつぎつぎと運んでくる。が、それは料理ではなく、

「お酒、ですね」

「あんなにいっぱい」

 ガラス瓶に入った酒だ。

 ざっと十数本。

 ジーベとフィーネも関心、というよりあきれるほどだ。

「あれは、ぶどう酒ね」

「全部ひとりで呑むつもりか」

 アイオリアやケルスティンもちらちらと振り返る中、護衛と見られる侍女のひとりが、大瓶からワインをグラスへそそぐ。

 たちまち飲み干すハイドラ。

 お代わりが継ぎ足される。が、それもすぐに朱に輝く唇の、その中へと消える。

「はー、いい呑みっぷりだな。ウワバミ? ってのも、ヘビだったっけかな」

 ウワバミ。もちろんヘビ由来で、大酒呑みを指す言葉でもあるので、ハイドラにはぴったりだ、と衝太郎が感心するのも無理はない。

 が、それだけでなく、衝太郎、別のことにも気が付いていた。

(なんか、どろっとしてるな。ふつうのワインじゃないみたいだぞ)

 ふつうの、とはむろん衝太郎の現世でのこと。

 衝太郎のそんな疑問が伝わったのか、

「なにあれ、水で割ったりせずにワインを呑むなんて」

「蛮族流だな」

 アイオリアとケルスティンにも不興のようだ。

「水で割る? ワインを?」

「そうよ。でないとドロドロしてのどに詰まるし、強すぎてすぐ酔うし。ふつうはそうやって呑むのよ」

 ハイドラの呑んでいるワイン、じつは衝太郎の世界でいう、原初のワインに近いもの。ようはワインとは、ぶどうを発酵させたしぼり汁なのだが、そのままだとアルコール度数も高く、粘度も高くてドロドロしている。

 それに水を加えて薄め、さらに濾して不純物や固形物を取り除いたものが、いわゆるワインとして知られているものだ。

「ワインのアルコール度数は、10~13、4パーセントってところか。てことは、あの「原液」は20パーセント以上はありそうだな」

 ワインでも添加物などが加えられてアルコール度数がもっと高いものはあるが、おおむね衝太郎の言うとおりだ。

「次が来ました」

「こんどは、料理みたいですね」

 ジーベとフィーネが言うとおり、こんど給仕が持ってきたのは、

「でも、桶だぞ。まさか桶に入った」

 大き目の手桶だ。小さな盥くらいあるのがいくつも、何人もが運んでくる。

(干し肉か?)

 衝太郎にいっしゅんイヤな思い出がよみがえる。

 リュギアスで初めて食べた料理が、冷えた硬い干し肉だったのだ。それも、

「朝も昼も晩も、次の日も次の日も……」

「えっ、なにか言った? 衝太郎」

「いや、なんでも……んぁ? あれは」

 ハイドラが桶に手を入れた。つまみあげる。

「魚だ。それもまだ生の、生きてる魚だぞ」

 ピチピチあばれる生魚の尾をつかんで、そのまま口へと運ぶ。ひと口で、たいらげた。いや、飲み込んでいる。

「丸飲みね」

「丸飲みだな」

 アイオリアもケルスティンも思わず見つめる中、ハイドラは次から次と生魚を平らげる。中には、

「鯵くらいのも、ひと飲みかよ」

 衝太郎もつい感心してしまう。

(ウミヘビだから、とうぜんなのか。好物っていうか食性は生魚ってことで……)

 思いながら見ていると、

「またお酒が来たわ」

「こんどは、ビールのようだな」

 小さな甕のようなものが運ばれてきた。

「あれがビールなのか」

 ハイドラの侍女がビールをグラスに注ぐ。見ると、茶褐色の液体は確かにビールのようだが、

「やっぱりドロドロしてるな。濾さないのか」

 と思う衝太郎。

 ビールのほうがワインよりも歴史は古く、古代エジプトやメソポタミア文明のころから作られていたというから、衝太郎の「現世」では紀元前五千年まえと、そうとうな昔になる。ピラミッド建設の労働者の給料としても用いられていた記録があった。

 もともとは大麦を粉に挽いてパンに焼き、それを砕いて水に溶かし壺に入れて発酵させたものだ。

 発酵の過程で炭酸が出るが、壺をしっかり密封すると炭酸が抜けず、味わいも深まる。

 そのままだとアルコール度数は2~3パーセント程度なので、アルコール度を高めるためにナツメヤシを加えた。

 こうした製造法がひろまるまえは、パンを人間が噛んで、その唾液で発酵させる「口噛み酒」として作られていたらしい。

 さらにドロドロしていて、「飲むパン」などと言われた。

「ワインよりは軽い酒だし、感じを変えようってことか。けど生魚にビール、あんまり合いそうにないな」

 未成年なので、衝太郎はビールもワインも「元の世界」では基本、飲むことはない。

 が、料理にはワインもビールも、日本酒も使われる。

 なので、それぞれ研究のために「なめて」みたことはあった。酒のことも、ひととおり勉強した。

(まぁビールのひと口くらい、なんてことはないけどな)

 見れば、ハイドラたちのテーブルにはまた魚が運ばれてきた。護衛の侍女たちにはパスタだ。衝太郎たちと同じと言っていい。

「どうやら」

「わかったの? 食べ物から、ハイドラの性格とか、そういうの」

 アイオリアが尋ねる。

「ああ。わかりすぎるくらいだ。酒好きで大酒呑みで、食べるのは生魚オンリー、ってな」

「そんなの、見てれば誰でもわかるじゃない」

「見てたから、わかったんだろ?」

「ぁ……」

 アイオリアが声を失う。

 たしかに、ハイドラが浴びるほどワインやビールを呑み、次々と生魚をたいらげるなど、こうして見ていなければわからなかった。

 話として聞くよりも、直に見るほうがずっと情報力が高い。

「どうするか。ひととおり見たことだ。目論見は達せたであろう。吾らもいちおうは、目的を達したことだしな」

 ケルスティンが言うのは、全員がなんとか、たのんだパスタを食べきった、ということだ。

 バリバリの甘い揚げパスタも、ミルクと肉や魚で煮た伸び伸びダラダラのパスタも、チーズと塩しかかかっていないものも、ハイドラたちを観察しながらなんとか完食を果たしていた。

「もうとうぶんパスタはかんべんね」

「ああ、そうだな」

「なら、目立たないように店を出るぞ。ゆっくりこっそり、な」

 給仕を呼んで、ジーベが支払いをしようとする。

 衝太郎たちが席を立とうとした、そのときだ。

「お待ちよ、そこの客人たち、さぁ」


次回はほんとにバトルw

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