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敵地を探索。けどやっぱり興味があるのは料理なようでw
「なんで来たんだ。危ないだろ!」
「衝太郎だって危ないじゃない! だから来たんだから!」
「いや、オレはともかく、アイオリアはリュギアスの王女なんだから、こんなところ来ちゃダメに決まってるって!」
「なんで決まってるの? 誰が決めたの? リュギアスではアイオリアがなんでも決めるわ! そのわたしが行こうと思ったら、それでいいの! いいんだもん!」
「いいわけないだろ! アイオリアにもしものことがあったら!」
「衝太郎にもしものことがあったら、わたしがどうしたらいいのよ!」
「えっ」
「……ぁ」
そこまで言って、急に言葉に詰まるふたり。
衝太郎は、
「へっ? オレのこと、心配してくれるのか」
と驚き、アイオリアは、
「わたしのこと、衝太郎がそんなに、まさか……」
言うなり、耳まで真っ赤になってうつむいてしまう。
それまでの喧騒が急に静寂に変わって、
「しかし留守居に、まつりごとや街の防衛もそれぞれ人を任じて来たというのだから、ひとまずはよいのではないか。うん? なぜ黙っている? ふたりとも」
と、こっちはこっちで、空気を読んでいないケルスティン。
「いつでも戻れるよう、船と漕ぎ手を待機させてあります」
「水路から湖へ出て、リュギアまで半日くらいかと、お、思います」
ジーベとフィーネも口をそろえる。
けっきょく、いつものリュギアの王宮のメンバーが、そのまま敵地の首都に集っているという異常事態。
「……はぁ。まぁ、しかたないな。とにかく危ないことはぜったいにするなよ。少しでも危険を感じたらすぐ逃げる。いいな」
「なによ、衝太郎こそ、危ないまねは許さないわよ。ちゃんとアイオリアの指示に従うこと。いいわね」
まだ噛み合っていないようだが、いちおうはお互いに納得したていで、それぞれお茶のカップを口に運ぶ。
じつは五人、港に面したレストランにいた。
オープンカフェスタイルのデッキテラス。心地よい風が通り抜け、海の匂いをかすかに感じる。
首を巡らせるまでもなく、視界に入る青い海と空。
海には波が、空にはカモメが、それぞれ白く踊っていた。
往来での「騒ぎ」のあと、場所を変えるにも道端などでは目立ちすぎる。なら逆に、と衝太郎が、
『あそこの店はどうだ。この国の料理がどんなのか、食べてもみたいしな!』
いちばん流行っていそうなこのレストランを選んだのだ。
とはいえ、
『あの、お客さま、荷車は店内には……』
『なに。これは吾の身体……い、いや、うむ。そう、だな』
ケルスティンがあわや入店を断られそうになる一幕も。
それを、
『……これで、なんとかお頼みできますか』
ジーベが袖の下、もといチップをはずみ、なおも渋る店員に、
『なら、外のテーブルならどうだ。それほど混んでない。いいだろ、なぁ』
正太郎がデッキ席を提案して、なんとか入店がかなったのだった。
そのため、衝太郎たちはふつうに椅子に掛けているが、ケルスティンだけは床に敷物を布いて、その上に正座したようなかっこう、となる。その直後にはとうぜん、荷車を装った馬体が続く。
「あの、お客さま、よろしければ椅子をお使いください」
親切から店員が言うものの、
「いや、いいんだ、これは」
「宗教上の理由です。おかまいなく」
ジーベがぴしゃりと言ってのけ、
「は、はぁ、宗教上、の」
「そう、うん! 宗教上だからな、仕方ないよな!」
「う、うむ」
と、事なきを得た。
「それよりなにか食おうぜ。この国じゃなにが名物なんだ」
気を取り直して衝太郎が言うと、
「フィレンツァと言えばパスタです」
ジーベが答える。
「そうか、パスタか! そりゃいい! パスタ料理はオレもよく作ったよ。昼メシなんかに、ささっ、とな。女の子にも人気だし」
「へーえ、衝太郎のパスタ料理ねえ」
「食してみたいものだな」
アイオリア、ケルスティンが早くも関心を示す。
「ああ、戻ったらな。でもとりあえず、この国のパスタ料理ってのをひととおり食べてみよう。おーい、たのむ!」
給仕を呼ぶと、衝太郎はいま作れるというパスタ料理をすべてたのんだ。それでもちょうど五人前ほどだ。
「さーて、なにが出てくるか、楽しみだな! 乾燥パスタはあるのかな。それとも全部、生のパスタか」
そして約二十分後。
「……これが、パスタかよ」
ひと品目。
浅いボウルのような器に、カリカリに乾燥したパスタが固まって入っている。油で揚げてあるのだ。
「まるで、かた焼きそばだな」
「こちらは、焼いたパスタのようです」
とはジーベの皿。揚げられてカリカリではないが、焼かれた生パスタが固まってくっついている。
「茹でた麺をフライパンで焼いて、焦げ目をつける焼きそばもあるけどな。って、これ、焼きそばじゃなくてパスタだし!」
正太郎はあきれるが、揚げたパスタにどんなソースをかけるのかで、まだわからないと思った。
(かた焼きそばみたいに、うまい「あん」がかかって、カリコリした麺を多少ふやかしながら食うのかも、な)
が、期待はすぐに絶望に変わる。
「これ、なんだ?」
「砂糖、です。これをかけて食べるみたいですよ」
「こっちはシナモンです。かけますか」
フィーネとジーベに言われる。かけてみたが、
「ぅう、これ、かりんとうっていうか……あれだ、プレッツェルだ! あれほど軽くも、サクサク感もなさそうだが」
もったりバリバリした甘い揚げパスタは、どう見ても食事というよりは、お菓子の類だ。しかも菓子ならこんなに量はいらない。
「こりゃダメだ。ジャンルが違う。アイオリアの、そっちはどうだ?」
見ただけで無理そうな揚げパスタ砂糖がけをパスして、アイオリアの前に置かれた皿に衝太郎は手を伸ばす。
こっちは、
「スープパスタか? このスープ……」
深めの皿に、たっぷりの白いスープが満たされパスタの細い麺が浮いている。その光景はまるで、
(ラーメンかよ。まさか豚骨スープじゃないよな)
「ミルクね。ミルクでパスタを煮込んであるわ。それと……お肉」
早くもミルクの匂いを嗅ぎつけたアイオリアが言う。ところどころ浮かんでいるのはもちろんチャーシューではなく牛肉だ。
衝太郎も顔を近づけ、うなずいた。
「ラーメンと違って、最初からミルクでパスタを茹でてるな、こりゃ。パスタがでろでろだし、肉もいっしょに茹でてるみたいだ」
もう味はとうてい期待できない。
「吾のも食べてくれぬか。どうも吾には無理のようだ」
ケルスティンが自分の皿を見せる。
差し出された皿を見て、
「こっちはわりとふつうだな。茹でたパスタだけを盛り付けて……これは、チーズか。悪くないけど」
(家でパスタ茹でて、具がないから粉チーズだけかけて食うみたいな感じか。うん、ケルスティンには乳製品のチーズがよくないんだな)
と衝太郎。そして自身の前に置かれた皿は、
「……肉の代わりに魚といっしょにミルクでパスタを煮たんだな。魚は……イワシ、ね」
以上五品。
どうやらこれらがこの街でよく食べられているパスタ料理らしい。
どれももう、見た目で味はわかった衝太郎だったが、
「出されたものは食べないとな。……いただきます!」
軽く手を合わせ、食べようとするものの、
「ん? フォークがないぞ」
見ると、アイオリアやケルスティンたちのテーブルにも、食器のフォークやスプーンはない。
給仕が忘れたのか、と呼ぼうとしたが、
「あれを」
とジーベが視線で指す。衝太郎からは背中の方向だ。振りむくと、
「うわ」
他の客がパスタを食べていた。
しかしフォークでパスタをくるくる巻いて、でも、蕎麦のように少しずつ口へ運んではすする、でもない。
手づかみ。
手でパスタをつかんで高く持ち上げ、麺の下で口を大きく開けて、そこへ放り込むという食べ方。
「あれで、いいのかよ」
「あれで、いいみたい、ですね。ぅぅ」
フィーネも引いている。
(フォーク使うのってけっこう時代が下ってからだって聞いたけど、でもなあ)
衝太郎の「世界」では、フォークが一般に食事に使用されるようになったのは、十六世紀ごろのこと。それ以前、七、八世紀ごろからイタリアで使われ始めたものの、なかなか定着しなかった。
王侯貴族といえど、料理は手づかみが基本だったのだ。
いっぽうスプーンのほうは紀元前からあった。
「リュギアスは進んでたのね」
「吾はもともと、生野菜が主食であるから関係はないが。どれ、しかたがない……」
ないものは仕方がない。給仕にたのんでも、フォークは出ないだろう。
覚悟を決めて、ケルスティンがパスタに手を伸ばしたところ、
「いいものがあるぜ。……ほら!」
衝太郎が、ポーチのような小カバンから取り出したもの。
「箸、ではないか」
「ああ。どんな料理があるか、わからないからな。いちおう持ってきた」
二膳分の箸、そのひとつを差し出す。
不審人物だったアイオリアの背中に突きつけたのも、じつはこの箸だ。衝太郎は刃物などは持っていない。
「衝太郎、あなた、箸なんて持ってきたの? でも、わたしの分がないじゃない」
そう言うアイオリアには、
「悪ぃ、アイオリアたちが来るとは思わなくてさ。オレとケルスティンの分だ。けど、焼き菓子みたいなパスタのほうは、手づかみでもいけるだろ。箸が使いたいなら、オレのを貸してやるよ。オレは後でいい」
自分の箸を渡す衝太郎。
「え、えっ? 後でいいって、じゃあ、わたしが使った箸を衝太郎が使うわけ? わたしが口に入れた箸を、衝太郎が……! それって、間接……!!」
なぜかとつぜん真っ赤になって、うろたえるアイオリア。
「どうした? 関節でも痛むのか。衝太郎の箸がイヤなら、わたしの箸を貸そうか」
申し出るケルスティンには、
「違うわよ! それじゃぜんぜん間接キスの意味が……って、ぁ、ううん! このままでいいの、だから衝太郎が、アイオリアが食べるまで待っていれば……!」
ふたたびしろどもどろになるアイオリア。
「なんだ、オレが先に食べたほうがいいのか? いや……ぉお?」
見かねて言う衝太郎が、しかし気づいた。
デッキ席に別の一団が入って来たのだ。
大柄の女性と、彼女を取り囲むように四人の少女たち。
かなり目立つ。
というのは、女性の背丈で、
(なんだ、あれ……二メートル、それ以上あるぞ)
ケンタウロスのケルスティンもそうだが、等身が高すぎる。十等身以上ありそうだ。案内しているのはレストランの支配人なのか、ただの給仕ではない。
「小顔なんてレベルじゃないって。それにあの顔、見覚えが……」
「ハイドラ!」
次回は戦い、かな