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10月最後の更新です。気が付けば今年もあと二か月!( ;∀;)
「さぁ、できたぞ。入ってくれ」
衝太郎が言い、ジーベとフィーネが扉を開ける。
「待ちくたびれたっての。どれだけかかってんだよ」
さっそく入って来るニケ。その両側には、空中騎兵の侍女たちが付きそう。むろん、いまはグライダーの羽根は付けていない。
「おつかれさま! 衝太郎。楽しみにしているわ」
「そなたにだけ苦労を強いてしまったようだ。なにもできぬ吾を許せ」
アイオリアとケルスティンも、そう言って席に着く。
一行がニケたちに「とらわれて」から、すでに四日が経っていた。ジーベとフィーネが市場へ、衝太郎の使いで買い物に行って来てからも三日。
「待たせて悪かったな。だがその分、いいものができたと思う。あぁ、それと、ごめん。ケルスティン。こんどのは、ニケのためのメニューだから」
「かまわぬ。吾のことは気にせず、食せぬ料理は飛ばしてしまってほしい」
ケルスティンは基本菜食だから、肉や魚、卵など動物性のものは食べず、身体が消化できない。
だが今回は、ニケをもてなすための献立だ。
(鳥類は雑食に近い。てことは、つまり人間と同じってことだ。ただし、食べられるってのと、好物、おいしいと思うものは違う。そこが肝心のはず)
全員がテーブルに着くのと同時に、ジーベとフィーネが厨房から料理を運んで来た。
「へー、これが衝太郎、おまえの作った料理かっての。……なんだかちょっと、変わってるな」
まだテーブルに置かれるまえに、ニケがトレーをのぞき込んで言う。
それはアイオリアたちも同じで、
「変わった、匂いがするわね。ううん! ぜんぜん悪い匂いなんかじゃなくて、でも、いつもと違ってて」
「これはこれで、吾は惹かれるものがあるが。うむ。食器やトレーも変わったものだな。木でできているのか」
ついで、置かれたトレーや食器類に目を奪われる。
そこで衝太郎。
「和食って、いうんだ。日本料理。オレがもといた世界の、育った国の、これが料理なんだよ」
その言葉どおり、いまや全員の前に置かれたトレーは、日本料理で見る脚の付いた膳で。その上に三つの椀が、それぞれ蓋をして乗せられていた。
「和食? じゃあ、いままで作ってくれた料理は、衝太郎のもといた世界の料理じゃないの?」
「そうじゃない。いままでのも全部、オレのもといた世界の料理だ。けどこんどのは、オレが生まれたころからずっと食べてて、育った料理の、もともとのルーツっていうか、伝統的なものなんだよ」
そう言って衝太郎がうながす。
「そうなのね。衝太郎のずっと食べていた、もとの世界の料理、楽しみだわ! ……いただきます」
「いただきます」
アイオリア、それにケルスティンが、膳を前に目をつむって合掌する。
それを見たニケ。
「なんだそれ、っての。さっさと食うぞっての!」
椀の蓋を取ろうとして、
「なん、だ? これ、くっついてるのか。外れないっての!」
「軽くずらすように、回して取るといい。そっと、な。力任せに外すと、中の汁をかぶることに……」
「きゃあっ! なによ、早く言ってよ、もぉ!」
さっそく、アイオリアがやっていた。
さいわい、わずかにこぼれただけで済んだようだ。
トレー、つまり盆のうちには、三つの椀が並んでいる。
食べる側から見て左から、
「これは、穀物だな。米、か」
ケルスティンが言う。椀の中には三口ほどで食べきる程度の飯が盛られていた。しかし白飯ではない。
「玄米だ。カルシウムが高いからな。アワとヒエも一分ずつ入ってる。それだけじゃ味がないから、エビの頭や殻を揚げて、すりつぶしたものを振りかけてある。あ、ケルスティンのには入ってないよ」
いつものように、動物性のものは食べられないケルスティンへの配慮だ。
「こっちは、スープね。……変わった、色だけど」
反対側、右の椀の中身は味噌汁だ。こっちも二口三口で飲める量。小さめに切った油揚げと青菜が浮かぶ。
「じゃあ、これはなんだってーの! ……魚、か?」
真ん中、やや奥に置かれた椀の中身は魚のお造りがふた切れ。
「鰤のお造り、刺身だけど、漬けにしたあと、軽く皮目を焙ってある。香ばしさが増してうまいぞ。そのまま食べたいい」
が、これもケルスティンは食べられないため、代わりに、
「がんもどきを出しで軽く煮たものだ。がんもどきは豆腐、つまり大豆由来で、ニンジンやゴボウ、レンコンをこまかく刻んだものを混ぜ合わせて、油で揚げたものさ。もともとは、雁……ぁ、いや、なんでもない」
もともとは精進料理で、雁、つまり鳥の肉の代わりとされた、と言おうとして、衝太郎は言葉を飲み込んだ。
ニケの手前、鳥肉の話は禁物だ。
「そうか、痛み入る。ところで、この料理もまた箸で食するのか」
ケルスティンが言う箸。
以前、リュギアでの食事でも出て来たものだ。
「ああ、ごめん。日本料理ってのは、まぁ中華もそうだけど、その「箸」で食べるんだ。持ち方は……って、もうケルスティンは箸、使えるんだよな」
衝太郎がいちおう自分でやって見せる。
その言葉どおり、すでにケルスティンは箸を習得済み。ジーベとフィーネもそうで、唯一心もとないのは、
「これ、ぅう……やっぱり手が、つりそう!」
「しばらく使っていないと難しいものだな……ふむ」
「だよな。だから、こっちのスプーンとフォークも用意した。いちおう木製のものにしたけどな。無理しないで、使ってくれ。箸は、そのうちまた、ゆっくりおぼえてくれたらいい」
これまた用意されていた食器を、さっそく侍女たちが並べる。
「言っちまうと、和食自体、本来は畳の床に直接座って、食べるものなんだ。そこまでは求めないし、いまの日本の家庭も店も、たいていはテーブルだからな。こういう木の和食器や膳が市場に売ってるってこと自体、驚いたくらいだし。なければなにかで代用しようと思ってた」
和食器は、しかしどれも木目の鮮やかな素のもので、漆塗りなどではない。
衝太郎の説明に、しかしニケ。
「なにをごちゃごちゃ言ってるっつーの。箸? ニケはスプーンやフォークも使ったことないっての!」
もうニケは、手づかみでお造りも、飯も平らげてしまっていた。汁椀を口に運び、飲み干す。
「ふぅー! しかも量がぜんぜん少ないっての! これじゃお腹いっぱいにならないってのよ」
「いい食べっぷりだ。うれしいね。安心しろ。これは「懐石」って、コース料理なんだ。まだまだ続くから、どんどん食べてくれ」
それぞれの椀の量は確かに少ない。
ニケでなくとも、全員が食べ終わるのに十分もかからない。
次の膳が出るまでに、茶が供された。
「緑色してる!」
「甘くは、ないな」
「てゆーか、なんだよ、超苦いってか、渋いっての!」
「緑茶だよ。茶葉は紅茶と同じだ。渋かったら、砂糖を入れてもいい。ちょっと違うが、中国じゃそんなふうにも飲むしな」
茶葉を自然に乾燥させ、もみ込み、発酵させたのが紅茶。
緑茶は摘んですぐに蒸すか炒ることで発酵を止めている。その後乾燥させるのは同じだが、風味はおのずと大きく異なる。
「うぅぅ、がんばる」
「渋いが、飲んでいると不思議な甘みも感じる。これはこれで美味である。初めてだが奥深い味だ」
ふたりを横に、黙っているニケ。
「どうした。砂糖、いれるか?」
「う、ぅ、うるさいっての! ……んんんん!」
いっきに残りのお茶をあおった。ごくっ、と飲み込む。
「おいおい、無理するなって」
「無理なんかじゃないっての! ん? あれ、けっこう後味、悪くない。それに、食べたものの匂いまで、す~ッ、ってなくなってさわやかで……」
いつのまにか感心しているのに自分で気づいて、赤面するニケ。
「そうだな。砂糖を入れたりすると、甘さだけが残るからな。それに緑茶は、カテキンが血中コレステロールを下げてくれ作用があってな……まぁ、ニケにはあんまり関係ないか。でもビタミンCも、驚くほど含まれてるんだぞ」
「カテキン、ビタミン?」
ニケには少々難しい、というより、理解の外のようだ。アイオリアたちにしても、なかば雰囲気で聞いている程度ではある。
懐石の合間の飲み物は酒であるのがふつうだが、
(オレも含めてみんな未成年だし。こっちの世界でそういう法律はないけどな)
あえて緑茶にしてある。
「さぁ、次の椀だ。持ってきてくれ」
衝太郎が言い、ジーベとフィーネが各人の膳を下げる。
そして新たに運んで来たのは、
「煮物膳だ。食べてくれ!」
声に誘われるように、全員がふたを取る。
「わぁ、きれい!」
アイオリアが声を上げる。
透明な澄まし汁の中に、白いあんが沈んでいる。周りにふわふわと浮いている雲のような湯葉。
☆をかたどった麩も楽しい。
「白いのは「しんじょ」。エビやカニ、魚の身を擦りつぶして、山芋と練って蒸したものだ。香りづけにゆずを、やっぱり皮を擦って入れてある。それと、ケルスティンは、ごめん。エビなんかの代わりに、野菜やキノコを入れた」
「かまわぬ。というより、痛み入る。吾はこっちの味が好きだ」
特製しんじょのケルスティンを除けば、
「ふわぁ、って白くてやわらかくて、でもエビやカニの味がしっかり届いて来るのね。この汁も、ただうすい塩味ってだけじゃなくて……」
「ぜいたくに出汁を取ってるからな。甘い、辛い、なんかとは別に「うまみ」を感じられたら、日本料理が好きになるよ」
とうぜん、ケルスティン用は鰹節の出汁を使わない代わりに、干しキノコの戻し汁で代用していた。
「ふん! こんなの、なんかかび臭いだけだっての。さっきから同じような味ばかりで、ま、まぁ、ちょっと見た目は、いい感じかもしれないけど……」
ニケは食べようとして、改めて椀をのぞき込み、手が止まる。
「ぇっ、これ……星?」
「あ! わたしも思った。この、しんじょ? が太陽みたいで、湯葉が周りを取り巻くガスやちり。で、麩の惑星が回ってるって」
アイオリアが、より詳しく言葉にしてみせる。天文学の知識はかなりのレベルのようだ。
「そのとおり。よく気づいてくれた。日本料理は、目で見る楽しさもあるんだ。本来は食器や部屋自体にもそうした趣向が凝らされているんだ」
「部屋にも、か」
「ああ。それどころか、部屋へ入るまえの庭の風情とか、かすかに虫の声が聞こえてくる、さりげなく活けてあるとか、な。そうしたトータルなプロデュースを初めてした人が、千利休って……」
衝太郎の解説に、聞き入っているかと思うと、
「ぅぐ……なんだかぼんやりした味だっての。うん、ん……ぁ、でも、噛んでるうちに、へぇ、だんだん、いいかもって」
「慣れてくる、のよね。もっと、バターやスパイスの刺激をはっきり感じたい、とか、肉の繊維質とか野菜のシャキシャキ感とか、歯ごたえが欲しい、とか、最初は思うのだけど、しだいにこのやさしい感じに」
「包まれているようでもある。味に浸る、というのかな。それこそ、建物や空気まで料理を楽しむ一部になる、それが日本料理というものなのかもしれぬ」
アイオリア、それにケルスティンまでが日本料理に魅せられて、その魅力を語りだしているに至っては、
(ついこの間まで、醒めた干し肉や硬いパン、蒸かした野菜と水だけの料理でいいって、言ってたくせに)
ケルスティンは、生野菜だけだった。
そんなふたりの変わりっぷりがおかしい衝太郎だったが、同時にとてもうれしくもある。むしろ、
(もっともっと、うまいものを食べてもらわないとな!)
「ん? どうしたの、衝太郎?」
「いや。お、もう完食してるじゃないか。ニケも食べたか。じゃあ、次の膳だ」
懐石料理って、なかなか食べる機会ないけど、たまにはゆっくり味わいたい(^-^)




