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王宮からの帰り道、なんだか妙な雰囲気で・・
「どういうことなんだ。あの女王陛下、ポンコツかと思ったら、とんだ策士なのかもしれないぜ」
衝太郎。昨日のことを思い出す。
『衝太郎には、リーリアの兄になってもらいます』
そのとたん、呆然とする衝太郎とアイオリアをしり目に、
『衝太郎が……お兄ちゃん? お兄ちゃん! リーリアのお兄ちゃんなの! 衝太郎お兄ちゃん!』
はしゃぐリーリアの高い声が、耳にグルグルとこだまする。
「料理にこだわらず、リーリアの教育全般を、兄だから衝太郎に見ろ、って、そういうことなのよね」
アイオリアもため息する。
「ふむ。衝太郎はずいぶん女王と、あの小さな王女に買われている、ということだな」
「買われてるっていうか、なつかれてるのよね、一方的に!」
言いながら、癪にさわる、という響きが混ざるアイオリア。しかし幼女のリーリアにこれ以上文句も言えない。
かくして、衝太郎、リュギアス大公女アイオリアの専属料理人にして、グレナグラ=ビラ王国、グルゴーニュ宮殿のリーリア付き料理長、兼リーリアの兄、となったのであった。
(なんだその肩書き! てか、兄は、役職か? 位か?)
さすがにグレナグラ=ビラに留まって、リーリアの料理を毎日作る、というわけにはいかないため、リーリアを納得させる方便でもあった。
その代わり、月に一度は宮殿に来て、最低一週間はリーリアの相手をする。
衝太郎もアイオリアも、これで手を打つよりなかった。
「やれやれ。月に一度は三歳児のお守か。お子様ランチ以外のメニューもおいおい考えないとな」
『ぜったいぜったい来てね、なの! 衝太郎お兄ちゃん!』
とはいえ翌日の別れ際、ギャン泣きしていたリーリアが、一転、衝太郎にしがみついて見上げ、涙でくしゃくしゃになった顔が忘れられない。
(ま、これもいいか。オレ、妹いなかったし、な)
納得する衝太郎ではあった。
「それにしても、こちらの道で帰るといい、というのは……」
ケルスティンが言う。
朝、王宮を出ての帰り道。
行きとは違うルートで、衝太郎たち一行は港へ向かっているのだ。
ケルスティンはもちろんひとり=一騎。ジーベとフィーネがそれぞれ一騎ずつ。そしてアイオリアの馬に相変わらず衝太郎。
「もぉ、いいかげん馬に乗れるようになってよね、衝太郎」
文句を言っているわりに、アイオリアの声は剣がない。それどころか、
「ほら、もう少し急ぐから、ちゃんとつかまってなさいよね」
馬を速足にして、
「お、おい! 待て、危な、ぃ……うわわ!」
あわてて馬の鞍に、では足りず、アイオリアの身体に抱きついて落ちないようにする衝太郎。
「こ、こら! どこさわってるのよ! 衝太郎のバカ! ぁ! きゃああっ!」
これを見たケルスティン。
「……なにをやっているのだ。急に速足など。急ぐ用などあるまいに」
「姫殿下も、なかなか素直になれないお方ですので」
「姫さま~! あまり先へ行かれては……!」
しかたなく追いかける、ケルスティン、ジーベとフィーネだった。
「このあたりに、村があるはずだけど」
「ああ。ブーリエ女王が、寄るといいって言ってたところだ。なんでも、珍しい食材が取れるとか」
いまはふつうに馬を歩かせている一行。
「このあたりで採れるものといえば、キノコ、タケノコ……根菜などが」
「キノコを食べるのか。吾は、あれはあまり……」
「あっ!」
話している間に、フィーネがなにかを見つけた。
「なにかあったの? 村の入り口でも」
「いえ、あの……向こうの丘の、あの木の上に人がいたような」
指さすフィーネ。まだ数百メートルは先の丘の上に大きな木が一本、立っている。葉に覆われたその木に、
「誰か物見がいたということか」
「それが……鳥みたいに飛び立っていったんです」
「じゃあ、鳥だったんじゃないのか」
「はい。……人、に見えたんですけれど」
しかしいまは、人も鳥も、見えない。
「まぁ、近くまで行ってみればわかるわよね」
「おい、飛ばすなよ、急に……って、お、おい!」
「これが村……」
「廃村ってやつか。誰もいないみたいだな」
「しかし、荒れてはいない。庭も手入れが行き届いている。まるでつい昨日まで人が住んでいたようだ」
それどころか、
(建物はつい最近できたみたいな新しさだぞ)
道沿いに進んで行くと、広場のような場所に出た。
正面に、石造りの塔を持つ建物。おそらくは村でいちばん大きなものだろう。
「教会ね」
「この村って、何人くらい人がいたんだ」
「ざっと、二、三百人というところだと思うが」
それからあちこちを見て回って、また教会前の広場に全員が戻って来た。
「どうだった?」
「ほかに人はいないわね。けど、ほんとう、つい数日まえまでは生活していたような感じ」
「家畜なども飼っていたのだろうが、いないようだな」
「竈に鍋がかかったままのところもありました」
「子どものおもちゃも、散らばったままのようで……」
次々と見たままの状況が返って来る。それは衝太郎も同じだった。
(なんてーか、どうも落ち着かないな。まるで誰かに……)
「ん? 王国の兵が、戻って来ないな」
「そういえば……」
ここまで、グレナグラ=ビラの兵が一行を護衛していたのだ。途中の地点からは、迎えのリュギアスの兵と交代する。行きも、そうして来た。
「おかしいですね。勝手に帰るわけはないのですが」
「わたし、見て来ます……ぁ!」
フィーネが自分の馬に戻ろうとしたときだった。
「待て! ……誰か、いや、なにか」
気配に気づいて、衝太郎があたりを見回す。しかしなにも見つけられない。と思った瞬間、
(えっ)
影がよぎった。
地面を。衝太郎の顔にもかかる。陽が途切れ途切れにさえぎられる。
見上げた。
全員が上を見上げていた。そこに、いくつもの飛んでいるものがあった。空を飛ぶ大きな、
「鳥……いや、違うぞ!」
大きすぎる。それにフォルムが……、そう衝太郎が気づくころには、何羽? もいた鳥のようなものがいっせいに降下して来た。
「なにやつ!」
もうケルスティンは剣を抜いている。
「姫さまをっ!」
「はい!」
ジーベとフィーネはアイオリアの前に立って、身がまえる。こちらも、両手に短剣を抜いていた。
その間に、衝太郎たちからわずか数メートルほどしか離れていない場所へ、最初の一羽? が降りて来た。
バサバサッ! 羽ばたくたびに高鳴る羽音。飛び散る羽毛。それらはどう見ても大型の鳥そのものだ。
しかし大きく異なっているのは、
「顔が……人、っていうか、女の、こ?」
そうする間にも、さらに数羽、いや、数人の鳥が舞い降りて、衝太郎たちはすっかり取り囲まれる。彼女たちは、十人はいた。
よく見ると、明らかに鳥ではない。
羽毛がついているのも両腕の大きな羽だけで、あとは身体にぴったりとした薄物をまとっている。
顔は、すっぽりと頭を覆うかぶりものでよくわからないが、そういうところも鳥に見えなくもない。
「おまえたち、なに者だ!? われわれをリュギアスの者と知ってか!」
ケルスティンが周囲を見据えて発する。
鳥の少女たちはしかし、動かない。衝太郎たちを取り囲んで、じっとこっちを見つめるだけだ。
そんなところもどこか、
「鳥っぽいな。てか、感心してるとこじゃない。なんなんだおまえら。話が通じるなら、事情を言え! なにか要求があるのか!」
衝太郎もまた、言いながら観察していた。
武器は見えない。少なくとも剣や鑓を抜いて、向けてきているわけではない。しかし身体のどこかに武器を隠し持っている可能性がなくならないうちは、気を抜けない。どこまでも、アイオリアを守らなくては。
ところで衝太郎、ここで気づいた。
(あいつら……あのコたちって)
「王族、なのか?」
王族。
ケルスティンやハイドラがそうだ。
人とは違った姿を持つ、異形の存在。ガンティオキア皇帝によって送り込まれた帝国支配の先兵。
それぞれの領国に赴任し、その国の軍を操っておもに隣国を侵略する。
その狙いはもちろん、帝国の世界支配だ。
(けど、こんなに)
王族という呼び名にもあらわされるとおり、皇帝の姿を模した、あるいは一部類似しているといわれるその身体は、基本、ひとりだけで、こんなふうに何人もがぞろぞろいるのはおかしい。
ケルスティンもそれは感じているようで、
「おまえたち、名を名乗れ! 誰の命によってここにいる!」
しきりに発するが、答えは返ってこない。
衝太郎は直後のジーベに、
「なぁ。武器も見えないし、多いといってもこっちの倍程度だ。なんとか逃げられるんじゃないのか」
敵から目をそらさずに話しかけると、
「ある程度までは、可能でしょう。けれど、馬を置いて来てしまっています。そこまで戻ってから、では少々……」
「あー、そうか、馬!」
言われて、気づいた。たしかに、誰かが馬を引いてこなくては無理だ。
(馬、馬……)
無意識に見回す衝太郎に、
「なんだ、吾を見るな!」
察したのか、予防線を張るケルスティン。
「いや、べつにケルスティンに乗せろって言ってるわけじゃないぞ」
「ならなぜ吾を見る! 無理だ。おぬしとアイオリアと、それに侍女ふたりの四人だぞ。いくら吾でもそんなに乗せて駆けることはできぬ!」
「違うんだ」
「なにが違う」
「オレじゃなくて、アイオリアだ。アイオリアを乗せて、ここからひとまず逃げてほしい。アイオリアだけは安全なところへ。そのあと馬を連れて戻って来てくれ。それまでオレたちが無事だったら、それでなんとかなる」
衝太郎の言葉に、表情が変わるケルスティン。
ジーベは、
「すばらしい考えです。ぜひそれでお願いいたします」
「はい。わたしも、それで!」
言い、同意するフィーネ。
「ちょっと、待って! なぜわたしだけ、アイオリアだけ逃げなくちゃいけないのよ。わたしだってみんなと」
「誰もアイオリアだけ逃がして、ここで全滅するなんて言ってないぞ。オレたちだって死ぬ気はない。順番の問題だ」
「でも!」
「アイオリアはあのポンコツ女王に……もとい、ブーリエ女王に、正式にリュギアスの支配を認められたんだ。グレナグラ=ビラ王国の王位継承権だってある」
「だからって、なんなの!? みんながいなかったら……衝太郎、おまえがいなくなったら、わたし!」
感情があふれて、声を詰まらせるアイオリア。
潤んだ瞳で衝太郎を見つめる。いまにも衝太郎に抱き着いて離れない、そんなふうにも見える。しかし、
「だからさ。アイオリアにはまず生き残ってもらわないとな。もしオレたちが死なないまでも捕虜になったとき、ブーリエ女王を動かして、ほら、身代金を払うとか、そういうので助け出したもらわないと。オレたちにはできないことだからな」
「衝太郎、そこまで考えて……」
こんどは違う意味で、感心するアイオリア。ケルスティンも、
「うむ。アイオリアひとりならば、吾がなんとかしてみせよう。しかし衝太郎。すぐにとって返して、おぬしたちを必ず助ける」
断言する。
「ああ。頼んだぜ。つってもオレは馬にひとりで乗れないから……」
「わ、わかっている! 吾の背に乗ることを許す! 特別にだ! の、乗るがよい!」
なぜか赤い顔で吐き出すケルスティン。
「なら、決まったな。一、二の」
(まだこいつら全員が王族のなんかともわからないが、ともかくアイオリアだけは逃がして……)
三、と衝太郎が口に仕掛けた、そのときだ。
「おーーーっと、待ちなよ! 逃げるのはまだ早いっての!」
馬には乗れるようになったほうがいいよね、衝太郎w




