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ここから新章です。こんどはどんな料理が?
「そら、できたぞ!」
オープン厨房からは、すでに香ばしい匂いが香って来る。
リュギアの街、アイオリアの館での昼食。
「わぁっ! なに!?」
学生服に、胸まであるエプロンをつけたままの衝太郎が運んで来た皿をテーブルへ並べる。
アイオリアの前に置かれた皿は、
「パスタだ」
「えっ、パスタ! これが?」
驚くのも無理はない。
パスタといえば、フィレンツァ潜入時にレストランでさんざん食べている。
まるで、かた焼きそばだ、と衝太郎に言わしめた揚げパスタ。
肉や魚といっしょにミルクで茹でられたもの。チーズや砂糖をかけて食べる。シナモンもかけて食べるらしい。
そんなパスタの洗礼を受けていたアイオリアたち、
「カルボナーラだ。卵と生クリーム、それに塩味を利かせた豚干し肉で作った。食べてみてくれ」
衝太郎が並べる皿の中身に、早くも目が釘付けになる。
「なに、これ! すっごくクリーミーで、黄金色に光って、なんだかすっごくおいしそう!」
アイオリアの言うとおり、パスタは皿の中でクリームソースをまとって輝いている。貴婦人のコートのようだ。
赤いのは豚干し肉。小さな塊が、宝石か装飾品のよう。
そして黒コショウの荒々しい粒と、チーズの粉雪。
「カルボナーラは、炭焼きのパスタ、って意味さ。黒コショウが、炭みたいだろ? まぁ、ネーミングには諸説あるんだけどな」
たしかに、雪の中にこぼれた炭のようでもある。
「いただきます!」
アイオリアは唱え、手を胸の前で重ねると、もどかしくフォークを握る。
これも、フィレンツァのレストランではフォークがなく、衝太郎が持ってきた箸で食べたのと、大きな違いだ。
「いただきます」
「いただき、ます」
さっきまで厨房を手伝っていたジーベとフィーネも、席についてフォークを取る。使用人はあとで、厨房で、ではなく、いっしょのテーブルで食べる。衝太郎のたっての願い、要求だった。
「ケルスティンとオレは、こっちだ」
そう言ってもうひと皿。いや、ふたつの皿がテーブルに並ぶ。
「吾のは、みなと違うのだな」
「ああ。カルボナーラは豚肉が入ってるからな。本来はパンチェッタって、かなり塩辛い干し豚肉を使うんだが、市場になかったから、自分で豚肉に塩をして、軽く干した。ちょっと塩分は控えめになってる。で、こっちだ」
ケルスティンの前に、並んで自分の分、とふたつの皿がテーブルに置かれる。
「これ、は」
「ひよこ豆のパスタだ。イタリア……オレのいた世界の、だけど、パスタ・エ・チェーチなんて呼ばれてる。チェーチ、は、ひよこ豆のことさ」
それはカルボナーラともまた違った、濃い黄金色に輝いていた。
荒みじんにされたニンジンとトマトの色なのだが、そのオレンジ色がかった黄金の海の上に、丸みを帯びたショートパスタが浮いている。
まるで砂浜か、白イルカの背のようにも見える。
「細い麺ではないのか。まるで、貝のような」
添えられていたスプーンでパスタをすくって、ケルスティンが目を細める。くゆってくる香りに、無意識に、だろう。
「コンキエリ、っていうんだ。貝みたいな中にたまったスープや具材をいっしょに味わうんだよ」
「このパスタ自体、スプーンのようなものなのだな。んっ……ほぉ、なんともやさしい、だがところどころキリッとした鋭さもある、いい味だ」
「ひよこ豆は水に浸して、ニンジンやタマネギはこまかくきざんで、水煮したトマトといっしょに、オリーブオイルを挽いたフライパンで炒め煮していくんだ。途中で半分ほどすくい取って、袋に入れて叩く」
「叩く? の」
隣で見ていたアイオリア。さっそく、ケルスティンのパスタ・エ・チェーチをひと口、分けてもらっている。
「うん。オレの世界だとミキサーでいっしゅんにこなごなにできるんだがな。袋に入れて、こう、麺棒で叩いてつぶした。それとスープはブイヨンで作るんだが、牛の肉や髄がダメだから……」
「吾が動物性のものを食せぬせいで、すまぬ」
「いいさ。こっちも実験させてもらってる。昆布からとった出汁を使った。和風になった分、タカの爪やニンニクでスパイシーなところも、な」
「ほんと! すごくあったかくて、お腹にもやさしそう。でもちょっぴり辛さも来て、食欲が増すわね。それにこのパスタ! おもしろくておいしくて、口の中でスープがこぼれて……わたしも食べたい、この料理!」
「こら、そんなに食べるな。吾の皿だぞ」
「あらいいじゃない。ケチね!」
「ほらほら、アイオリアにはまた作ってやるよ。コンキエリもまだあるしな」
衝太郎が鍋の中に残ったコンキエリを見せる。衝太郎が小麦粉から練ってのばし、作ったものだ。
街の市場には乾燥の棒状パスタも売っていて、アイオリアたちのカルボナーラはそれで作った。
「さて、オレもいただくかな。腹が減ったよ」
衝太郎もエプロンを外し、席に着く。
いただきます、と唱えて手を合わせ、食べ始めると、
「……そういえば、あれはどうしたかしら」
ふと、アイオリア。
「あれ? あれって、なんだ」
「親書が来ていたのよ。昨日。グレナグラ=ビラの、女王の名で」
なんでもないように言うから、
「ぶっ! なんだそれ、女王の親書って、おおごとじゃないか! なんて書いてあったんだ?」
驚く衝太郎。
グレナグラ=ビラ王国は、リュギアスも属する西の大国だ。
大陸は大きく、グレナグラ=ビラと、ガンティオキアに二分される。
(この世界を支配しようとするガンティオキア帝国と、平和な大国、グレナグラ=ビラ、か。いままではガンティオキアからの間接的な侵略からリュギアスを守ることばかりだったが、グレナグラ=ビラからも動きがあったってことは……)
「わからないわ」
「は? わからないって、親書になにか書いてあったんだろ」
拍子抜けしつつも衝太郎が尋ねる。
「親書には用件的なことは書いていないの。追って使者を送る、って。その使者が、用件を伝えに来るのよ」
「ぬぁ? なんだよ、まどろこしいな。まぁ、手紙じゃ伝えられないような、重大なことってわけか」
(こりゃあ、おもしろくなってきた、か)
興味、興奮が半分、反対に緊張と恐怖? が半分。
コンキエリを次々口の中で噛みつぶしながら、スプーンを持つ衝太郎の手に思わず力が入る。
そのとき、だった。
「グレナグラ=ビラ王国より、使者の御一行が到着されました!」
ノックのあと入って来た衛兵が告げた。
「来た!」
グレナグラ=ビラ王国のビラ、はビラ星人から、取りましたw