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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!2  作者: すずきあきら
第二章 蒸留酒はアルコール度数が高いだけ、じゃない?
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7

もちろんハイドラに酒を呑ませるだけでなく、勝つための仕込みもしていたわけで

 数時間まえ。

 ハイドラが侍女たちと潜入部隊を連れて、リュギアスの街へ潜入していたころだ。

「連絡が。街にフィレンツァの兵たちが、上陸したようです。ふたり、三人と塊になって、街のあちこちを目指しているみたい、で」

 フィーネが告げる相手は、ジーベだ。

 そのジーベ、メガネを軽く持ち上げて、

「それぞれに見張りは、つけていますか」

「ぁ、はい。そのよう、です」

「わかりました。では、ハイドラもまた水路をさかのぼって館へ近づいているということ。合図を」

「はいっ!」

 フィーネが走り出す。ジーベは望遠鏡を目に当て、動きをうかがう。

 まだ寝静まった街で、フィレンツァの潜入兵に、それを追い、捕えようとするリュギアス兵たちが接触し始めるころだ。

 同時に、ボッ! くぐもった、けれど大きな音が響いた。

 ジーベは望遠鏡から目を離して見る。館のほうからスルスルと上がった光が、空で弾けた。

 青い光の打ち上げ花火。潜入成功の合図だ。

 そして港の外で待機するフィレンツァ水軍の船団には、港へ突入せよ、の合図となる。

「花火が、これでいいといいのだけれど」

 ジーベがつぶやいた。

 すべては前回の戦いのことを、徹底的に市民たちに聞き込みをして情報を集めた成果だった。

 フィレンツァ水軍が港内へ入って来るタイミングも、花火の合図を見たという者が複数いたためだ。

 大きさや色などを複製した花火を用意したが、

「前回と、合図が変わっていないことを祈りたいわね」

 同じ花火でも、色などを変えていないとは限らない。

 しかしジーベの心配は杞憂のようだ。

 暗い中、灯りもつけず港外に待機していた船団が動き始めた。ごく小さく火を灯した船を先頭に、一隻、また一隻と港内に侵入して来る。

「成功です、ね! よかった」

 フィーネが声を上げる。結んだ両手をギュッと胸に押し付け、安堵を現す。

 しかしジーベ。

「いいえ、これからです。あとは、ケルスティンさまが……」


「……合図だ。どうだ」

 沖合の船の上。

 舳先に陣取ったケルスティンが身を乗り出す。青い花火の光にリュギアスの街が一瞬照らされるのが見えた。

「敵船が、動き始めました!」

 物見からの声が飛ぶ。ケルスティンはうなずき、

「どうやら合図の花火は利いたようだな。よし、敵船の最後尾から、吾らも行く! 船隊、錨を上げよ!」

 命令を発した。

 リュギアスの水軍は約五十隻。

 フィレンツァ水軍の半分も数がないうえ、急ごしらえで、海戦の経験もない。

 船も船頭も、金を払って商船からかき集めて来たのだ。それに五人~十人程度の兵を乗せている。

 船団は街から離れ、沖に投錨していた。

 フィレンツァの水軍が港へ近づいても、身を隠していたのだ。それがいっせいに動き出す。

 すべてのフィレンツァ水軍が港内へと入ったのを確かめたあと。

「うむ。こちらも合図を」

 こんどはケルスティンの船から合図が上がる。

 松明を盛大に燃やし、船のマストに上がった船員が大きく振る。了解の合図もまた、陸のほうから返って来た。

「よし、全軍そなえよ! 吾は陸へ上がる!」

 言い残すと、ケルスティンは船の舳先からおろされた板を伝って、埠頭へと渡る。カツカツと蹄が音を立てて歩き、

「うむ。やはり陸がよい」

 振り返った。

 港の出入り口を形成している、大きく伸びた埠頭。その向こうに、船首を港内に向けてリュギアスの船がひしめいている。

 リュギアスの水軍は中へは入らず、港の出入り口を塞いだ形だ。

 それだけでなく、

「上げよ!」

 ケルスティンが命令すると、埠頭の先に設けられた監視所兼機械室で、動きがあった。ガラガラガラ、大きな音とともに、鎖が巻き上げられていく。

 その鎖の先は、もう一方の埠頭の突端に、やはり設けられた機械室だ。

 太い鎖が海底から上がって来る。

 水面近くまで上がると止まった、鎖は三重にもなる。

 鎖と船隊。

 リュギアの港は完全に封鎖された。

 港内にフィレンツァの水軍を閉じ込めて。

 そこからは、一方的だった。

 港の中に本来いるはずのリュギアスの船は駆りだされて港の外だし、寄港している商人たちの船はすべて陸へ上げられ、やはり一隻もない。

 そして港を囲む埠頭や岸壁には、ずらりと投石器が並べられた。その数は三十基以上。しかも石には油をまぶし、火を点ける。

 すでにフィレンツァ水軍の船長たちは、港内にまったく船がないことから、罠にかかったことに気付いていた。

 そこへ、燃える石を装填した投石器に囲まれていることを知る。

 そのうえ港の出入り口はリュギアスの船によって封鎖されている。

 強行突破しようとした船は、三重の鎖で船底を破壊され、浸水して沈んだ。船員はなんとか脱出したが。

 それを見た他の船は戦意を失い、ただ港の中で漂うだけとなる。むろん、上陸などできない。

 投石器のほかにも、鑓や弓を手にした兵がいて、ケルスティンがそれを指揮しているのだ。

「すでに勝負はあった! 武器を捨て、錨を下ろせ! いま、そのほうたちの王、ハイドラと我がリュギアスの王女、アイオリアが会談を持っている。和議が成った際には、危害は加えない! 無傷でこの港を出られる! そのためにも、武器をいますぐ捨てよ!」

 その細身からとは信じられない大音声でケルスティンが呼びかける。港内すべてに響き渡った。

 やがて船から弓や剣を水の中に投げ捨てる音、錨を下ろす音が次々と続いた。


「そういうことでありんしたか。あちきがここで酒にうつつを抜かしていなくとも、我が船隊は一網打尽となっていたと」

 とハイドラ。その周りには、せめて最後まで主を守ろうと、侍女たちが短刀を抜いて油断なく身構えている。

「ここまでうまくいったかはわからないけどな。でも、理解してもらえたんじゃないか。もうこれ以上はお互い争うのが無駄だってことをな」

 衝太郎の言葉に、しかしハイドラ、

「そう。そうかもしれんでありんすな。けど、こうもできるのでは? いまこの部屋の、おまえたちをあちきがそっくり人質に……!」

 言うなり、ヘビの胴体を勢いよく伸ばす。

「きゃぁああああっ!」

 アイオリアをシッポで巻き取り、持ち上げる。

「どうでありんす! もともとリュギアスの王女はあちきの人質のはず。これで形勢逆転でありんす!」

「ほんとにそう思ってるか? じゃないだろ」

 しかし衝太郎。

 騒がず、慌てることもなく、反撃を画策するでもない。短刀を抜いて臨戦態勢のハイドラの侍女たちに対し、持っていた包丁も置いてしまう。

「衝太郎?」

 アイオリアも訝るところ、

「アイオリアも、わかるだろ?」

「ぇ、なにが? こんなふうにわたしが人質にされて、いまにも絞め殺されそうだっていうのに、なんで助けてくれないの、助けようとしないのよ、衝太郎!」

「だから、そこだよ。ほんとに絞め殺されそうか? いまにも窒息するほど苦しくて、あばらが折れそうなほど圧迫されてる?」

 言われて、

「ぁ、ほんと、だ」

「だろ。さっきから、オレに文句を言えるくらいに元気で、そのくらい余裕があるってことだ。な、ハイドラ」

 水を向けられたハイドラ、

「そうでありんすな……い、いや! こんな小娘くらいいつでも締め上げて、絞め殺して……ふぅ、なんででありんすか、力が、出ないでありんす」

 あげく、持ち上げていたアイオリアを床におろしてしまう。

「どうしたの、ハイドラ?」

 アイオリアにも心配される始末だ。

「頭のいいハイドラだ。もうわかってるはずだ。港の中のフィレンツァ水軍が、そっくり包囲されてる。まるごと人質だ」

「……」

「いまさらアイオリアを人質にとったって、オレを殺したって、形勢は覆らない。ケルスティンやジーベたちが、船隊を逃がすわけがない」

 それどころか、報復に皆殺しとなることだってありうる。

 この部屋のことにしても、ドアの外には多くの衛兵がひしめいていて、アイオリアを絞め殺すまえに討たれる可能性のほうが高い。

 よしんば衝太郎たちを殺すことができたとしても、無事に脱出できる可能性はさらにない。

 となれば、もう、

「打つ手は、ないでありんすなぁ」

 スルッ、ヘビのシッポがアイオリアから離れる。ハイドラ自身の身を守るかのように、とぐろになった。

 ころあいを見計らって、衝太郎。

「降伏しろ、なんてことは言わない。損害賠償や人質なんかもナシだ。フィレンツァ軍が撤退すること。そして二度と、リュギアスを襲わない。それを約束してくれればいい。そうだろ、アイオリア?」

「あ、ぇっ、はい!」

「ハイドラも」

「ほかに、選択肢はなさそうでありんすなぁ」

「もちろんオレたちも、ハイドラたちが無事ここを出て行くことを約束する」

「……断る理由は、ありんせん」

 これで、決まった。

 戦いは終わった。

 二度のフィレンツァ軍の侵略を跳ね返したばかりでなく、こんどはひとりの命も、血も流れることなく、決したのだ。

 それもリュギアス、フィレンツァ、双方に平等、対等な条件で。

「やったのね、衝太郎!」

 アイオリアが歓喜して抱きついて来る。

「お、おい」

「すごい! すごいわ! わたしたち、勝ったのね!」

「あぁ、勝ったっていうか……」

 アイオリアの肩越しにハイドラを見て、衝太郎。

 この結果は、リュギアスにとっては重畳、大勝利といってもいい。しかし手放しにはよろこべない気分がよぎる。

(勝つ者がいれば負ける者もいる。相手を完膚なきまでに叩きのめすのじゃなくて、相手のこれからも考えた決着が必要なんだ)

 それができたのか。

 悪くはない、そのはず、と思いながら、

「なぁハイドラ、話してくれないか」

「なにを、でありんすか」

「ガンティオキアの、皇帝のことを、さ」

 衝太郎の言葉に、いっしゅん虚を衝かれた表情のハイドラ。しばらくして、

「……なにを聞きたいのか知らぬでありんすが、そうでありんすな、あちきも少し、話したい気分でありんすよ」

 それからハイドラの、記憶をたぐる話が始まった。


次回で二章は完結です

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