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異世界で料理人を命じられたオレが女王陛下の軍師に成り上がる!2  作者: すずきあきら
第二章 蒸留酒はアルコール度数が高いだけ、じゃない?
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お酒好きな方におすすめの展開ですw

「まずはこいつだ!」

 場所は代わって、いつものオープンキッチン。

 テーブルについたハイドラに、衝太郎がコップを差し出す。

 受け取り、ひと口飲んで、ハイドラ。

「甘い……。匂いからしてそうでありんしたが、この甘さは」

「ハチミツ酒だよ。ハチミツを水で薄めて、発酵させるんだ。最古の酒って呼ばれてる。オレの世界で、だけどな。こっちでもそうなんじゃないか。もっとも、最初の酒は「猿酒」だって説もあるけどな」

「猿酒? お猿さんがお酒を造るの?」

 と、アイオリア。

 あいかわらずハイドラの尻尾部分にからめとられているが、さっきよりも拘束のきつさは緩んでいるようだ。

「木のくぼみに猿が果物を蓄えておいて、それが自然発酵したものさ。人間が見つけて、飲んでみたらうまい。アルコールによる酩酊感を初めて知ったしゅんかんだったのかもな。それから、人間が自分で同じことをして、酒を造るようになった」

 衝太郎が答える。

 もう言うまでもない。

 フィレンツァから戻って一か月。衝太郎がひたすら研究していたのは、酒の製造だったのだ。

 衝太郎自身は十七歳で、飲酒の習慣はもちろんない。

 ただ、

(日本酒、ワイン……酒は料理に使うからな)

 その特性を知るために、味は知っている。

 ラヴェニスのレストランで、ハイドラがワインやビールをがぶ飲みするさまを見てから、ハイドラへの料理は酒が鍵になる、と衝太郎は見た。

 リュギアへ帰ると、街の市場でさまざまな酒を探すのと並行して、商人たちから話を聞き、他国のめずらしい酒の造り方を学んだ。

 衝太郎自身の記憶も総動員して、酒造りに没頭した。地下の厨房に籠っていたのもそのためだ。

「猿酒はないがな。じゃあ、次はこれだ」

 続いて衝太郎が差し出したコップを、もうハイドラはためらいもせずに受け取り、口へと運ぶ。

「これも甘いけれど、ずっと青っぽい感じでありんすなぁ。えらい新鮮というか、みずみずしい南国の味がするでありんす」

「さすがだな。それはヤシ酒だ。作り方はかんたん。ヤシの木の枝を切って、切り口に下げておくと、そこに樹液がたまって、ものの三、四日で発酵するんだ。ただし貯蔵は効かないから、そのタイミングで飲まないとすぐにダメになっちまう」

「それで、ヤシの木を探していたのね」

 リュギアの街中を探させ、南国と船で結ぶ商人の家にヤシが植えられているのを見つけたおかげで、このヤシ酒を造れることになった。

「ホホホ、うまい酒ではありんすが、あちきには少々甘過ぎるでありんす。こどもの菓子のようでありんすえ」

 そう言いながら、ヤシ酒をぐびぐび呑み干すハイドラ。すでにほんのりと頬が紅潮し始めていた。

「そう来なくちゃな。でも酒ばかりじゃ飽きるだろうって、肴も用意したんだ。さあ、食べてくれ!」

 そう言って衝太郎が出して来たのは、

「サーモン?」

 色鮮やかなオレンジピンクの切り身が大皿に整然と、放射状に並べられていた。

「そうだ。サーモンのマリネだ」

 見た目にもきれいなひと品だが、

「こないなふうにちまちま切り身にしたって、ちっともうまくないでありんす。魚は頭からまるごとがぶりと……んっ、ぅ?」

 ひと切れつまみ上げ、口に放り込んだハイドラ。

 急に目を閉じて、

「……酸味が鮭の脂をいい感じに消して、生臭さもないでありんす。そのうえ、身を柔らかく、ピリッと辛みも」

「サーモンのマリネだ。ただ酢に浸けるだけじゃない。オリーブオイルと黒コショウ、ケッパー、塩、それに酢を合わせたマリネ液に一時間。それと、今回は柚子を絞って加えてある。水にさらしたタマネギをもよく合うぜ」

 この世界にもイワシの酢漬けなどはあるが、文字どおり、生のイワシを酢水に浸けただけのものだった。

 衝太郎の微妙で繊細な味付けのマリネには較べるべくもない。

「ほんに、鮭の身のしっとり感と歯ごたえはしっかり残っているのに、噛むごとに口の中から鼻へ抜ける香ばしい香りが……」

「丸ごとかぶりつくだけじゃなく、ひと切れひと切れ、味わいながらまた呑む酒がいいんじゃないか。まぁ、酒呑みの気持ちになったつもりで考えたんだがな」

「そう。酒も引き立つでありんす。しかしこれではなおのこと、甘くない酒がほしくなるでありんす。ワインかビールはないでありんすか」

「そう言うと思ったよ。なら、これがある」

 取りだしたのは大きな瓶。

 硬く密閉してあるのを衝太郎が開けると、

「ほぉぉ……!?」

 芳醇な香りがたちまち立ち上る。ハイドラならずとも、鼻をヒクつかせ、思わず声を漏らしてしまうほどだ。

「こっちのほうがいいな」

 陶器のコップではなく、ガラス製のグラスに瓶から液体を注ぐ。

 さらに香気が高まる。

 分厚いガラスを通してでも琥珀色の液体は透明感も抜群で、輝くようだ。

「これは、なんという酒でありんすか」

「まあ、飲んでみてくれよ」

 受け取り、ハイドラがグラスを口に運ぶ。ひと口、呑み込んで、

「ぉぅふっ!」

 思わずむせる。咳込むハイドラに、

「水、飲むか。ビールやワインみたいに飲んじゃダメだ。ほんの少し口に含んで、口の中で香りを楽しむのさ。それから呑み込む。でなければ、水で割るか……」

「いいえ、あちきはこのままがいいでありんす。こんなに濃厚な酒は初めてで、割ったりしたら惜しいでありんす。……んっ」

 ハイドラは衝太郎の言うとおり、ごくわずか口に含むと、口蓋から鼻孔へ抜ける香りをたっぷりと楽しんだ。

「コクッ……」

 そうして呑み下す。

 震えるハイドラ。つむっていた目を、パチッ、と見開く。

「ブランデーだよ」

「ブランデー……それは」

「蒸留酒っていうんだ。ざっくり言うと、ワインを蒸留したものさ」

「ワインを!? けど、ワインとはぜんぜん違うでありんす。呑んだしゅんかん、カッと焼けるような感じが喉からお腹の中まで突き抜けるようでありんした」

 ハイドラはまだ手に持ったグラスの液体を見つめながら言う。

 残ったブランデーを全部飲んだらどうなるか。どうやって飲もうか、そう考えているようでもある。

「次のひと口を飲むまえに、水を飲んで喉や食道をリセットして休ませるのもいい。チェイサーっていって、そういう飲み方もふつうだ」

 差し出された水のグラスを受け取り、ハイドラはひと口飲むと、ふーっ、と息を吐いた。どこか安堵したような表情がある。

「そうそう。酒は対決するもんじゃなくて、楽しむもんだからな。それと、この強い酒にあまりボリュームのあるつまみは合わない。けど、間を作って胃を休めるために、こんなものをちょっと取るのもいいんだ」

 テーブルへ、衝太郎が置いた皿は、ナッツ、チーズ、オリーブなどが少量ずつ、きれいに盛り付けられたオードブルだった。

「ところで、蒸留酒って、なに? 衝太郎。まえに甲冑鍛冶に作らせたっていう、あの器具が」

 アイオリアが指さす。

 そこにはヤカンを大きくしたような金属製の器具があった。

 ヤカンと違うのは、注ぎ口が真上にあり、そこから伸びた管が斜め下の、別の金属の容器に接続されていることだ。

「そうだ。あれが蒸留器さ。かんたんに言えば、ワインを入れて火にかける」

「ワインを、湧かすのでありんすか」

「うん。沸騰させるんだ。アルコールは水より沸点が低い。だから最初にアルコールが沸騰して蒸気になる。水と分離されるんだよ」

「わかったわ! それがあの管を通って……」

「下の容器でまた冷やすと、アルコールが凝集された液体が溜まる。ワインが13~15度くらいなら、ブランデーは45度くらいになってる」

「45度! どうりで強いはずでありんす」

 衝太郎は知らなかったが、もともと蒸留器は中世のイスラム社会で発明されたものだった。

 しかしイスラムは基本、禁酒。

 本来は酒ではなく、錬金術のため、金属を溶かして分離するために作られ、熱すると気化する水銀などが盛んに用いられたという。

 その後、ヨーロッパに伝わり、酒の蒸留、分離に使われ出して、改良、定着した。

 十四世紀にヨーロッパにペストが大流行した際、蒸留酒を飲むとペストにかからない、という迷信が広がり、蒸留酒が大きく売り上げを伸ばした。

 火が付くほどに強い酒、ということから、火の精が宿っているとされ、それを飲むことで聖霊の力でペストを退治できる、と思われたのだ。

 蒸留酒を、スピリット=魂、と呼ぶのはそのため。

「オークの樽に入れてしばらく寝かせると、もっといいんだ。香りが違うし、味も深みが出るっていうか。でも最初はワインを長期保存するための安酒だったんだよな」

「そうなの? しばらくって、どのくらい?」

 アイオリアの疑問に、

「長いものは何十年もの、ってのがある」

「何十年!」

「けど、ふつうは半年、一年ってところだな」

「そのくらいでいいでありんすか」

「ああ。船に積んで、海の向こうへ持っていくところ、船倉の奥で揺られ、船の動きで撹拌されて、いい感じに熟成されて、樽の木の香りもついて、って、偶然が重なってできた酒のひとつだな」

 衝太郎は続けるが、

「そんなことより、このブランデーとやらを、もう一杯……!」

 ハイドラはブランデーの味にすっかり魅了されてしまったようだ。

「いいぜ、だけど、ブランデーだけじゃなくて、ハイドラにはまだ試して欲しい酒があるんだよ」

「なんと! まだあるでありんすか!」

「ああ。さぁ、これだ!」

 衝太郎が差し出す酒。

 ハイドラが受け取り、グラスの中の液体を見つめる。口元に持って行って、鼻孔いっぱいに香りを吸い込む。

「ふぁっ! なんと華やかな! さっきのブランデーよりも透き通って、琥珀色の液体が輝くようでありんす」

「呑んでみてくれ」

「い、言われなくとも……ほぉ、お!」

 ビクン! ハイドラの身体が震える。それはヘビの身に伝わり、尾の先がプルプルッ! 小さく痙攣する。

 しかしそれは身体の異常というより、歓喜の徴のように見えた。

「どうかな」

「ぁ、あ、甘い! いや、甘過ぎるのではなく、ブランデーに較べるとほのかな甘さが宝石のようにキラキラして! こ、これはなんという酒でありんすか!」

「シェリーだよ、シェリー酒だ」

「シェリー……」

 ハイドラが手の中のグラスを見つめる。もうひと口、含み込む。とたん、とろけるような表情がこぼれる。

「かんたんにいえば、ワインにブランデーを加えたものなんだ。だから基本、ワインとブランデーがあれば作れる」

「でも、それだけじゃ」

 と言うアイオリアに、

「ああ。じつはいちばん大事なことがある。これもじつは、もとは古くなったワインに白カビが生えて、そいつを取らずに腐敗寸前でブランデーを加えるんだ」

「腐敗寸前で、でありんすか」

「そう。ブランデーで発酵を止めるんだな」

 もっと言えば、スペインのカディス地方のワイン、と限定されるのだが、それは望んでも無理なので、衝太郎は言わなかった。

 シェリー酒は中世イギリス王室で好まれ、多くがスペインから輸入されたという。

(オレのインスタント・シェリー酒でもけっこうイケてるってことか。よし)

 衝太郎は心の中でうなずき、

「ブランデーもシェリーも気に入ってもらえたところで、もっと強い酒も試してみないか、ハイドラ」


ほんといろんなお酒がありますね

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