表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

プロローグ

今日からまた投稿します。

間が開きましたが、「料理・軍師」の続編です。

よろしくお願いいたします。

 ジャッ! ザッ! コッ、コッ! ジュワッ! ガワン、ゴッ!

 素早い手さばきが心地よいテンポとリズムを響かせる。同時に、なんとも言えない香気が立ち上る。

「……すごく、いい匂い、ね」

「うむ。見事な手さばきだ。料理なのにまるで武術のような……、見ているだけで気持ちがよいものだな」

 テーブルのアイオリア、ケルスティンが言う。

 彼女たちが見ているのは、目の前で中華鍋を振るう笹錦衝太郎の姿だ。

「そうら、できたぞ!」

 その衝太郎。さっきかけた鍋を、もうコンロの火から下ろす。そのまま中華鍋を傾け、

「は、はい」

 侍女のフィーネが差し出す大皿へ、手際良く中身をあけていく。

 ぽぉっ、と立ち上る濃厚な湯気。

 まだ、ジュッ、ブツフツ、音を立てている肉と野菜。

「……これで」

 やはり侍女のジーベが、ハーブの小さな葉を散らすと、

「できあがり! 早いだろ。手際も料理のうち。回鍋肉、食べてくれ!」

 どーん、と差し出される大皿の料理。

「な、なんなのこれ、おいしそう!」

「ほい、こうろうとは」

「中華料理っていうんだ。もともとは中国……あー、つまりオレのもといた世界の異国料理なんだが、これはふつうの家庭料理ってほうだな」

 衝太郎が説明する。

(オレの家の、定番料理でもあったし、な……)

 薄切りの豚バラ肉を炒め、いったん取り出して、キャベツとピーマン、さらにネギを炒める。

 ニンニクと生姜をさらに投入し、調味料で作ったたれを入れる。

 肉を戻し、また強火でサッと炒めて完成だ。

 もともとの中国料理では、豚は皮の付いたブロック肉を使い、湯通し、あるいは蒸して柔らかくしたものを使うのだが、日本に紹介され、一般的なメニューになるころには、使いやすい薄切り肉になった。

 メインの中国野菜も、キャベツに置き換わっている。

「唐辛子、味噌、酒、しょう油を合わせたたれを炒めてからめる。異世界で味噌があるってのも驚きだけど、さすがリュギアスの街は、この世界の東西の商人たちが行き交う交差点みたいな大市場だな。それと、豆板醤とか甜麺醤。こいつは欠かせない」

「とうばん……じゃん。それも調味料なのか」

「そっちは作らせた。味噌を扱う商人の紹介で、街でも味噌を作っている店があるって聞いてな。豆板醤は辛味噌、甜麺醤は甘味噌っていうくらいで、豆板醤も甜麺醤も、同じ発酵食品だ。かんたんに言えばソラマメを蒸して発酵させ、唐辛子なんかを加えたものが豆板醤、甜麺醤のほうはもっと、味噌に小麦粉や塩、麹を混ぜて作る。改良しながら、ようやく使えるものができた。その店にはもっと、いろんな調味料を作ってもらおうと思ってる」

 衝太郎の説明よりも、アイオリアは目の前で湯気を上げる大皿の回鍋肉から目が離せないようす。

「ふ、ふぅーん……でも、さっき具材を切り始めたと思ったら、もうできてるなんて。すごい早技! それもこんなに、熱くておいしそうで……」

「中華料理っていうか、炒めものはスピード命のところがあるからな。強火でいっきに仕上げるんだ。野菜の繊維を潰さず、火を入れる。みずみずしさを残して、食感もシャキシャキ残るしな。そのために、炭を使うコンロも作ってもらった。この中華鍋もな。上質の炭ってのは、安定した火力が長時間続くんだ。熱伝導のいいこの中華鍋とで、中華にもってこいさ」

「そ、そうなのね」

 返事をするアイオリアだが、衝太郎の説明はあまり頭に入ってないようだ。回鍋肉の未知な味に、すっかり感心を奪われている。

 それがわかったのか、ジーベが小皿に回鍋肉を取り分ける。アイオリアの前へと置いた。

「わぁ! いただきま……」

 さっそく手を付けようとしたアイオリア。

 けれど回鍋肉の小皿を前にして手を止める。それは、

「ぇ、これ、なに?」

 手前にそろえられた、

「箸だ。それで食べるんだよ」

 衝太郎に言われて、初めて手に持つ。ふたつの、細く長い木片。いっぽうが細く削られた、まさに箸だった。

「これで?」

「ああ。中華鍋もだが、武器工房の者に作らせた。っていうほどのものじゃないけどな。矢なんかを作ってる連中に頼んだら、木くずであっという間に作ったよ」

「こんなもの、どうするの? どうやって」

「片手で、ペンを持つようにまず持って……うん、で、人差し指と中指を添えて、だな、そう、そうだ」

 衝太郎の言うとおりにするが、なかなかアイオリアは箸をうまく持てない。

「うー! もぉ、早く食べたいのに!」

 癇癪を起しかけたアイオリアに、

「すぐには慣れなくても無理ないよ。スプーンとフォークもあるから、そっちで食べたらいい。中華用のレンゲもな」

 と、うながす衝太郎。

 そんな流れを横で見ていたケルスティンが、

「残念だな。だが食べられるだけよいではないか。吾には肉が、そもそも食すことができぬ」

「ちょっとだけ待ってくれよ、ケルスティン。いま、作るからな」

 言うと、衝太郎はすぐにまた中華鍋に油をひくと、火にかける。切り分けておいた野菜をまたも手早く炒めていく。

「吾の分をこれから作ろうと?」

「ああ。もう少しだけ……うん、うん、よ、っと!」

 またも手早く、あっという間に仕上げていく。ケルスティンの目の前で、専用の回鍋肉がみるみるでき上がる。

「だが、吾は」

「心配ない。肉は入ってないよ。油も植物性で、動物性のものはいっさい使ってないからな」

 ケルスティンはケンタウロスの一族だ。

 つまり下半身は馬。ふだんは生の野菜しか食べない。というより、食べられないのだ。消化器官が動物性のものを受け付けない。

 では、ケルスティンの回鍋肉は単に肉抜きなのかというと、

「ん……これは」

 野菜の中に、油をまとった肉色の塊が。

 だが肉ではない。

「これって、このまえの」

 アイオリアが身を乗り出す。自分の皿と見比べる。

「そうだ、たしか大豆から作るという」

「大豆ミートだな。そう。この間の料理で使ったフェイクミートだ。大豆を乾燥させて粉にして……」

 大豆ミート。

 その名のとおりの大豆から作った肉、のようなもの。

 乾燥させた大豆を挽く。小麦粉やでんぷん、トウモロコシの粉も混ぜ、水で溶いて固める。調味料を少々。

 あとはできるだけ圧力をかけ、いっきに冷やす。

 適度な塊にちぎって分けたら、天日で乾燥させる。

 と書くと簡単そうだが、各材料の配分が難しく、衝太郎は何度も何度も失敗し、ようやく作り上げた。

(もとの世界なら、ちょっとしたスーパーで売ってるんだけどな。肉のハ〇マサとか、な!)

 ことに、圧力をかけて固めるのがなかなか困難だった。機械などないから、製作途中の大豆ミートに板をかぶせ、大勢で乗って、無理やり加圧した。

 そんなふうに手間をかけたのも、肉類を消化できないケルスティンに、なんとか肉料理を食べてもらいたい一心だったから。

「けど、こんどはちょっと違うんだ。おからとこんにゃくで、肉を作ってみた!」

「おからと?」

「こんにゃく、だと」

 またも、驚きを隠せないアイオリアとケルスティン。だがそれ以前に、

「おから、ってなに?」

「こんにゃくとは」

 まずもって、材料となるおからとこんにゃくがわかっていなかった。

 衝太郎が笑って言う。

「そこからか。……おからっていうのは豆乳の搾りかすさ。かすって言うと聞こえは悪いが、栄養価は高いんだ。それにこんにゃく。こっちはこんにゃく芋から作るんだが、こんにゃく自体が売ってないかな、と思ったら、こんにゃく粉があった。驚いたよ」

「こんにゃくの粉?」

 こんにゃく自体、こんにゃく芋から作られる。

 こんにゃく芋を茹で、皮を取って湯とともにすりつぶし、草木の灰汁でこんにゃく芋自体の灰汁を取り除きつつ、固める。

 現実には、というより衝太郎のいた「現代」では、フードプロセッサーですりつぶし、炭酸カルシウムで凝固させるのが、家庭でもこんにゃくの作り方だ。

 こんにゃく粉は、生のこんにゃく芋をスライスして乾燥させ、砕いて細かい粉にし、さらにでんぷん質などを取り除いたもの。

 もちろん、この状態からこんにゃくも作れる。

 だが衝太郎は、こんにゃく粉とおからを混ぜることで「疑似肉」を作りだした。

「この方法、オレの世界だと、最近流行ってたのを思い出してな。おからの繊維質とこんにゃの弾力なんかが、よけい肉っぽくできるっていうか」

 そのうえ、別に風味をつけた植物油をしみこませてあった。「肉汁」を少しでも感じてもらうためだ。

「待ってろよ。いま……できあがりだ!」

 話しているうちに中華鍋の中身が皿に空けられ、ケルスティンの分の肉なし=おからこんにゃくミート回鍋肉一人前ができあがった。

「あ、ありがとう」

 目の前の料理の熱のせいか、ケルスティンの頬がかすかに朱に染まる。

「いいんだ。それより食べてくれよ。な、アイオリアも、ジーベもフィーネもさ」

 侍女たちにも言って皿に取り分けさせ、うながす衝太郎。

「そうだな……いただきます」

「い、いただきます!」

 ケルスティンが手を合わせ、小さく瞑目すると、アイオリアもあわてたように同じしぐさで口に出す。侍女たちも合わせて、食事が始まる。

 最初に声を上げたのはアイオリアだ。

「ん……んんーっ! なぁにこれ! 甘辛くって、お肉や野菜にたれがたっぷりからんで、美味し~い!」

 早くも目を細め、しあわせそうな表情に相好を崩す。

「うむ。これはうまい。野菜は生のものにも劣らずシャキシャキして、それでいて甘みを強くしている。そのうえこの……肉が!」

 おからこんにゃくの肉が、野菜ばかりの中にあってじつにいいアクセントを演じているのだ。

 疑似ミート、代替肉といっても、もともと肉を食べたことのないケルスティンには、本来の肉との違いはわからない。

 だからいかに肉に似せるか、というより、その料理の中にあって肉が果たす「役割」のようなもののほうが重要だ。

 それは食感であったり、味の違いであったり。見た目もそうだ。

 だが肉のうまさのいちばんはもちろん、動物性たんぱくの持つ、うまみだろう。

 しかし同時に、ケルスティンには動物性たんぱくが受け付けない。つまり動物性たんぱくのうまみは避けるべきもの。

(肉だけど肉っぽくなくていい。けど野菜の中にあって引き立つ、光る具材でなくちゃダメだ)

 そこで、シャキシャキ野菜の中にあって、歯ごたえのある食感、それにうまみを閉じ込めた。

 じつは昆布から取った出汁に漬け込んだあと、辛みのあるスパイスをまぶしてある。

「ほんと、美味しい! ……ぁ、みんな」

 舌鼓を打つアイオリアだが、回りを見て表情を変える。

 ケルスティンが、箸を使っていたからだ。それだけでなく、侍女のジーベやフィーネまでもが。

「おまえたち、いつのまに」

「衝太郎さまの手伝いをしているうちにおぼえました」

「あ、はい、お料理を取り分けたちするのに、お箸を使っていたので」

 侍女たちが答える。

 が、ケルスティンはいましがた箸の使い方を見ただけのはず。

「やってみれば、さほど難しいことではない。ひとつひとつの具も、いくつかを一度にも、つかんで口に入れることができる」

 もう自在に箸をあやつっていた。

「な! なによ、なんなの! そんな細い木の棒でみんな、上手に料理を食べてて、わたしだけ変じゃない!」

 アイオリアだけが、いつもの銀のスプーンを使っていた。レンゲも使いにくかったようだ。

「いいんだ。アイオリアが食べやすいのでいいじゃないか。別に箸を使わなくても、礼儀とか気にする席じゃない……って、おい?」

 衝太郎は言うが、アイオリアはスプーンを置き、猛然と箸を使い始める。ところが持ち方からうまくいかず、食べるどころかまったく具材をつかめない。

「ちょ! っと、なによ、これ……ぜんぜん、うううぅー、きゃぁっ!」

 しまいには、肉とキャベツを一部弾き飛ばしてしまう。

「うわ! だから、無理するなって」

「無理じゃないもの! みんなが正式に箸で食べてるのに、わたしだけこんなスプーンを使えるわけないでしょう。この国の王女なのに、わたし、この! こんな……」

 顔を赤らめながらも、なおも箸と格闘するアイオリア。

 それを見て衝太郎。

「はぁ、そうだな、わかったよ」

 オープン厨房から出ると、テーブルのアイオリアの後ろに回る。箸を持つアイオリアの手に手を添え、

「ほら、こう。力が入り過ぎだ。もっと軽く持って、人差し指や中指は添える感じで……そう、そうだ」

「こう、なの……あっ」

「ほら、できたじゃないか。うまいぞ。完璧だ」

 衝太郎の指導でアイオリアコツをつかんだらしく、たちまち箸使いが上達する。よろこびながら、

「なぁんだ、かんたんじゃない! わたしって、あんがい器用なほうだし、このくらいとうぜんで……はっ!」

 得意げに箸を動かしていたが、急に赤面すると、下を向いて黙りこむ。熱心に教えるあまり、アイオリアの背中に衝太郎がすっかり密着していた。

「ん? どうした。食べろよ。ちゃんと使えてるぞ」

 衝太郎が不思議そうに覗き込むと、そこには真っ赤な顔をプルプル震わせたアイオリアが。

「……ぅぅ」

「うん? 熱でもあるのか? どうした」

 さらに言う衝太郎に、

「ぅぅうう、うるさい!」

「はぁ?」

「い、い、いつまで手、さわってるのよ! ぴったり背中にくっついて、ち、近いのよ! 離れなさいってばぁ!」

 振り払うように、アイオリアが立ちあがる。

 それだけ言うと、

「ふんっ!」

 思い切りかぶりを振って、長い髪がいっしゅん翻る。

「あ、おい! アイオリア」

 衝太郎が呼び止めようとするが、戸口へと向かうアイオリアは振り返らない。わずかに、廊下へ出るアーチ戸をくぐりぬけようとする寸前、立ち止まって、

「料理はちゃんと最後までいただくわ。フィーネ、わたしの部屋へ運んで!」

 それだけ言い捨てると、出て行く。

 部屋の空気が、いっしゅん沸騰して、すぐにポカッと穴が空いたような、そんなふうに残された者たちが感じる中、

「なんだ? 食べなれないもんで、急に腹でも下ったのか? オレの料理のせいじゃなきゃいいんだけどな」

 ぽそっ、と漏らす衝太郎。

 その言葉に、

「……く、くくく。そなたは、料理のことしか頭にないのだな。武術第一の吾でもわかるものを」

 笑うのはケルスティンだ。

「んぁ? 料理するときは、そらそうだろう。料理のことだけさ。んー、でも不味かったとは言ってなかったし、まぁいいか」

 オープン厨房に戻る衝太郎に、

「姫さまに料理を、お届けします」

 ジーベが立ちあがる。その顔にもめずらしく笑みがあった。どうやらこのなりゆきが楽しいらしい。

 フィーネも同行しようとするところ、

「ちょっと待てよ」

「え、ぁ、はい」

 衝太郎はジーベから受け取ると、料理の皿ごとコンロの火にかける。注意深く弱火にすると、軽く湯気が出て来たのを確かめて、

「ほい。いいぞ。冷めた料理をアイオリアに届けたくないからな」

 差し出した。

 侍女たちふたりが料理を持って出ていったあと、

「そなたも行かないのか」

 ケルスティンに言われた衝太郎。

「なんでオレが? それよりケルスティン、野菜の蒸したのもあるんだ。ディップを工夫してみたんで、食べてみないか!」

 別の鍋を開ける。

 鍋からは湯気とともに、色とりどりの野菜がつややかな顔を見せた。

 それを見てケルスティン、

「やれやれ、やっぱりそなたは……。いただこう」

「そうこなくちゃ!」


こんな感じで続きます。

毎日投稿を目指します。

どうぞご贔屓に!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ