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9 魔王様と謎の秘薬

 天気のいい日の朝食と昼食は、魔王の城の二階のテラスで食べるのが定番だった。

 清々しい朝の空気の中での朝食を食べるのは、とても気分がいいのものなのだが。

 いいものなのだが。


 俺は今、物凄くいたたまれない気持ちで、目玉焼きを突いていた。

「で、結局。あれは一体、何なんですか? エージ様? なんか、形はおっきい剣みたいに見えますけど」

「ふむ。勇者の証とか言っておったな?」

「何か、謂れがあるんですか?」

 湿原に突き立てられたものを見ながら、女子たちが次々に質問してくる。

 サヤの野郎は何も言ってこないが、口元には人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。言いたいことがあるなら、はっきり言ってほしい。

「あー・・・・・。なんだろうな・・・。俺にも、よく分からん。薬でおかしくなってたし。正直、何にも覚えてないんだ」

「ふーん?」

 はっきりしない俺の答えに頷きながら、女子たちは、また湿原に突き立てられたそれをしげしげと見つめる。

 湿原に突き立てられた、俺の勇者の証を。

 段ボールでできた超特大の勇者の剣を。

 ふやけてないから、段ボールっぽく見えるけど、実際には別の材質で出来てるんだろうけど、どう見ても段ボールの剣にしか見えない、俺の勇者の証を。


 薬草園の管理をしているチリリの作った、怪しいピンクの液体を飲んで、頭が沸騰した俺が呼び出した勇者の証とやらが、あの強大な段ボールの剣・・・・らしかった。

 なぜ、あんなものを呼び出したのかなんて、俺が俺に聞きたい。

 みんなが段ボールの存在を知らないことが、せめてもの救いだ。

 一晩経ったら消えるかと思ってたのに、なんでまだあるの? あれ。


「結局、どういう薬だったんですか?」

 朝食を食べ終えて、みんなに食後のお茶が行き渡ったところで、サヤがチリリに尋ねた。

 ピノの要望で、朝食の席にはチリリとトルンの姉妹が、珍しく同席していた。

 なぜ、昨日の夕食ではないのかというと、夕食のデザートの最中にピノが思いついたからだ。あと、どうせなら、テラスで件の剣を見ながら話を聞こうということになったのだ。

「一時的に魔力を高めて、普段は使えないような魔法が使えるようになっちゃうお薬、ですかねー? まだまだ、改良が必要みたいでーす」

 にこーっと笑いながらチリリが答えると、トルンがうふふーと笑いながら捕捉する。

「エージ君てば、ピノちゃんに匹敵するくらいの魔力を持ってるのにー、あんまりうまく魔法が使えないみたいだからー、ちょっとお手伝いしてあげようと思ったんですよー」

 12歳くらいの元気はつらつ少女に見えるチリリと、20代半ばのエロ可愛いお姉さんのトルン。見た目だけだと、トルンが姉でチリリが妹に見えるが、実は逆なんである。

 チリリは一体、いくつなんだろう?

 てゆーか、あの薬。

 俺の恋愛相談、関係ないじゃん?

 ピノとの仲をもう一歩進めるための、活力がみなぎる薬だから、ピノと二人だけの時に飲めとか言うから、てっきりそういう類の薬かと思ったのに。

 みなぎるのは活力じゃなくて、魔力じゃん。

 それなら、そうと言ってくれればいいじゃん。

 なんか、結局、俺が二人に遊ばれただけじゃん。

「何の役に立つのかは分かんないけど、あんなに大きいものを呼び出せるんだから、やっぱりエージ君はやればできる子だと思うな。あたしたちも協力するから、もっと頑張ろうよ?」

「・・・・・・ガンバリマス・・・・」

 無邪気な笑顔だけど、実は邪気の塊ですよね? チリリさん?

 でも、有り余る魔力をあんまり活用できてないのは確かなので、言い返せない。

 チリリが協力的なのは、俺のためというより、面白がってるだけな気がするけど、言い返せない。

 俺、もしかして、この城で一番役に立ってない?

 やばい。まずい。何とかしないと。


「その薬は、まだあるのかのう?」

「ありますよ!」

 食後のお茶を飲み終えたピノが、何気ない感じで尋ねると、きゅぴんと目を輝かせたチリリがテーブルに身を乗り出さんばかりにして答えた。

 答えながら、同時に懐から例の小瓶を取り出し、テーブルの上に並べる。

 ピンク色の液体が入ったガラスの小瓶が四つ、チリリの前に並んでいる。

 なんで、用意してんの!?

 しかも、自分たち姉妹の分を抜かした人数分!?

 改良が必要とか、言ってなかった!?

「ほう、これが・・・」

 ピノが興味深そうに、そのうちの一つを手に取る。

「ちょっ、ピノ!? まさか、それ、飲むつもりか!?」

 取り上げようとする俺の手をスルリとかわして、ピノはニンマリと笑った。

 そのまま、ふわりと宙に浮きあがり、俺たちの頭上で足を組む。

「ピ、ピノ!? ダメだって!」

 俺の制止もむなしく、ピノはきゅぽんと蓋を開けると、一気に中身を飲み干した。

 あ、ああ~~~!

 な、なんで、また、そんなことしちゃうの?

 これ以上、湿原に何を生やすつもりなの?

 てゆーか、ピノはそんなの飲む必要ないでしょ!?

「ふわ。た、滾る・・・・。ふ、ふふ。ふははははははは!」

 ひ、ひーー!?

 ピノが壊れた!?

 と思ったら。

 湿原に恐ろしいものが現れた。

「く、くふ。くふふふふふふふ。エーミ平原! エーミ平原が現れた! あっははははははは!」

 怪獣サイズのエーミそっくりの人形? が、湿原に横わたっているのだ。

 いや、確かに、平原だけれども。

 空中で一人笑い転げるピノ。

 地上、というかテラスの上は、沈黙に包まれた。

 笑えない。笑えないよ、これ!

 てゆーか、怖くてエーミの方が見れない。

「ふ、ふふふふふふふ」

 と、乾いた笑いが聞こえてきた。エーミだ。

「え? ちょ、エーミ!?」

 慌てたような、サーラの声。

 テーブルの上から、小瓶が一つ消えた。

 きゅぽん。

 ごくごくごく。

 音だけで、何が起こったのか察した俺は、不謹慎にも胸をときめかしてしまった。

 テラスの向こうを凝視する。

 もしや、次に現れるのは、ピノ丘? いや、ピノ山脈? それともピノ谷?

 でっかいピノ人形? が現れると思った俺の予想はあっさり外れた。

「エージ様ぁー。私のぽよんぽよん、受け止めて下さーい!」

 へ?

「ぎ、ぎゃああああああああああああああああああ!?」

 逃げようとしたが、遅かった。

 俺は、エーミに押し倒された。というか、押しつぶされた。

 顔以外の全身から、ぽよんぽよんを生やしたエーミに。

「どうですかぁー? エージ様ぁ。気持ちいいですかぁ?」

 いや、ちょっと、そんなにぐりぐり押し付けないで!

 感触は確かに、柔らかくて気持ちよくないこともないんだけど! でも!

 それ以上に、怖い!

 そして、痛々しい!!

 女子に襲われてるってより、なんかの妖怪に襲われているみたいなんで、あんまり嬉しくない!!

「ちょっ、誰か、助け・・・・」

 エーミの下でプルプルと手を伸ばす俺に、しかし助けは現れなかった。

 ピノは空中で笑い転げているし、サーラは「エーミが魔物になってしまったー!?」とか言いながら取り乱しているだけだし。

 端からあてにしてないけどサヤは。

「本当は、どういった効果があるんですか? この薬」

 普通に雑談してるし。

「んー。活力を高めてー、理性のリミッターを外しちゃう感じ?」

「さっきと、言ってること違うんですけど!?」

 柔らかいものの下でジタバタしながらも、つい突っ込んでしまった。

 てゆーか、それ。俺が昨日、二人から聞いた効能じゃん。

「んふふ。魔力を高めるって言った方が、ピノちゃんが興味を持ってくれるかなって思ってー」

 ピノにあの薬を飲ませるための嘘かい。

 こ、この姉妹は。邪気のない笑顔で黒いことを・・・・。

「なぜ、魔族であるあなたたちが、元とはいえ勇者に肩入れするようなことを?」

「もっちろん! 元勇者と魔王の子供に興味があるからだよ?」

「でもでもー。自然の成り行きに任せていたらー、いつまでたっても子供が出来なさそうだしー、ちょっと背中を押してみましたぁー」

「なぜか、理性の外れ方が予想外の方向に行っちゃったんだけどね」

「月のこの粉末を混ぜたのがよくなかったのかしらー?」

「なるほど、それで・・・・」

 納得してんなよ、サヤ!

「よかったですね、エージ殿。味方が増えて」

 やかましいわ!

 いやそれよりも、今は。

 んふふふふーとか、上機嫌な笑い声をあげながら、俺の全身に柔らかいものをぐりぐり押し付けてくるエーミさんを何とかしてください。

「それはいいから、助けてください。お願いします」

 助かりたい一心で、物凄く下手に頼んでいるというのに。

「まあ、せっかくの機会ですから、思う存分堪能されては? なかなか、出来ない経験だと思いますよ?」

 あ、あっさり、見捨てやがって。

 いや、だが、問題はそれよりも。

 俺はあることに思い至った。

 とても恐ろしいことに。

「チ、チリリ、トルン。エーミは、元に戻るのか? それとも、このまま、魔物になってしまうのか?」

 不安そうなサーラの声が俺の気持ちを代弁してくれた。

 そう。

 俺が昨日呼び出した勇者の証は、まだ消えていない。

 ということは?

 もしかして、エーミの全身に生えたおっぱいは、消えずにずっとこのままとか、そんなことになっちゃったり?

 今は、完全に理性が飛んでいるからいいけれど(いや、俺的には全くよくないけど)、正気に戻ったエーミが自分の体を見たら、どう思うだろう?

 思いが行き過ぎて、全身おっぱい人間になってしまった自分の体を見たら・・・・・。

 く、くうぅっ。

 ダメだ。想像するだけで、痛々しすぎる。

 誰か。誰か、何とかしてあげて! お願いだから!

「うーん。まだ、試薬の段階だから、何とも言えないかなっ」

「そ、そんなっ」

 深刻さの欠片もないチリリの明るい声と、打ちひしがれたサーラの声の上に、ピノの笑い声が重なって、なかなかカオスなことになっている。

 誰でもいい。

 誰でもいいから、誰か助けて欲しい。

 いろんな意味で!!



 小一時間後。

 天は珍しく俺の祈りを聞き届けてくれた。

 おっぱい妖怪になっていたエーミは、すっかり元のなだらかな平原を取り戻していた。

 よかった。

 本当によかった。

「んー? なんだか、とってもいい夢を見ていた気がしますー」

 まだ完全に薬が抜けきらないのか、ほわーんとした顔をしているエーミを、サーラが部屋へと連れて行った。

 夢の中では、おっぱい妖怪ではなくて普通のぽよんぽよんになっていたのか少し気になったが、まあよかった。

 悲しいことにならなくて、本当に、本当によかった。

 ほわんとしていたためか、テラスの向こうにあるエーミ平原には気づかないでくれて、本当によかった。

 おっぱい妖怪は消えたが、俺の勇者の証同様、エーミ平原はまだ湿原に残っている。

 ピノも正気には戻ったものの、笑い疲れたのか椅子に座ってぐったりしている。

「うーん? 元々、持っている魔力の量が影響するのかしらー? これだけじゃ、何とも言えないわねえ。サーラさんにもぜひ、飲んでほしかったわねえ」

「試しにサヤも飲んでみない?」

「遠慮します」

 こいつら三人は、最後まで優雅にお茶してたな。

 サヤは、まあ兎も角。

 チリリとトルンは当事者だよね?

 俺たち、完全に実験体じゃん!?

 思うだけで、怖くて言えないけど。

「はー。朝から、なんだか疲れたのー・・・・。我の魔王の証が現れるかと思ったのに。出てきたのは、なんか微妙なアレじゃし・・・」

 怪しげな薬に率先して手を出すと思ったら、そんなことを考えていたのか。

「まあ、あれだけ笑えば疲れるじゃろうて」

 すっかりお疲れのピノに、呆れたようにザビが声をかける。

 そう言えばこいつも、ピノの杖の上でカラカラ音を立てていただけで、何の役にも立ってないよな?

「おまえも、黙って見てないで、止めろよ!」

「止める間もなかったじゃろうが。飲んだが最後、手も足もないから、何もできんし」

 それもそうだ。

 喋れるだけの、ただの頭蓋骨だしな。

「こうして落ち着いてみると、なんだか目障りじゃのう。あれ・・・・。何がそんなに面白かったのかのう?」

 湿原に横たわるエーミ平原を見て首を傾げながら、ピノが指を鳴らした。

「え? ええ??」

 なだらかなのに存在感を主張していたエーミの平原が、あっさり消えた!

「そんなこと、できるの?」

「ん? 何を驚いておるのじゃ? 呼び出したからには、消すことも出来るのは、当然のことじゃろう?」

 驚く俺を、ピノが不思議そうに見る。

 うっ。邪気のない視線が心に刺さる。

 呼び出しただけで、消せない人がここにいるんですけど。

 いや、いじけている場合じゃない。

「ピノ、お願いがあるんだ。俺の勇者の証も消してくれないか?」

「断る」

 なんで!?

 キリリと真面目な顔で、誠心誠意お願いしたのに、バッサリ断られた!?

「エーミ平原はあっても見苦しいだけじゃが、あの剣は、エージの勇者の証なのじゃろう? ならば、そのままでよいではないか」

「ピ、ピノ・・・・」

 そんな笑顔で言われたら、嫌とは言えないじゃないか。

 てゆーか。それは、俺にデレてくれたと判断してもいいのでしょうか?

 柔らかく眩しい笑顔に、何だか胸がドキドキしてくる。

「まあ、あなたにも本来アレを消すだけの力はあるはずなのですから、どうしても嫌なら自分で消せばいいのでは?」

 笑顔につられて、フラリとピノの方に足を一歩踏み出したそのタイミングで、サヤの嫌味な声に邪魔をされる。

 そうだった。

 二人きりじゃなかったんだった。

 くっ。今の絶対、ワザとだよな!?

「ふわ・・・・。疲れたし、ひと眠りしてくるとしようかの」

 火花を散らす俺たちには気が付かず、小さく欠伸を洩らすと、ピノもまた部屋へと引き上げていく。


 あ、ああ~。

 せっかく、エーミがいないのに~。


 フッと鼻で笑うサヤを睨み付けてから、テーブルの上に突っ伏した。


 この城に、俺の味方はいないのか?


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