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7 魔王様とあーれー蕪

 昼間の月のこは、本当に普通のキノコだった。

 でっかいシイタケくらいの大きさの、マッシュルームみたいな感じ。

 昨日の夜は、あんなにオレンジに光ってプルプルしていたというのに。

 朝になる前に、誰かが別のキノコとすり替えたかのように、全く別物になっていた。


 そして、滅茶苦茶うまかった。

 こんなにうまいキノコ、初めて食べたんですけど?

 松茸なんかより、こっちの方がよっぽどうまいんじゃないの? 松茸、食べたことないけど。

 あと、確実に俺が日本で食べたことのあるスーパーの安い肉よりうまい。高い肉は、食べたことないから分からん。


 昨夜。満月の夜の、月のこ狩りから帰ってきたあと。

 月のこの魔力に魅せられてしまった料理長ザグーとサーラたちは、城のテラスに放置された空飛ぶ絨毯の上で、キノコの入ったカゴを抱えて一晩中葛藤していたらしい。

 食べ過ぎると理性を失い魔物になってしまうと言われている魔性のキノコ。魔物になるのを覚悟のうえで、もっと食べようかどうしようかを悩んでいたのだ。

 月の光を吸い込んでオレンジに光っている夜の月のこには、月の魔力が宿っている。魔族や聖騎士は、この状態の月のこを食べることで、月の魔力を取り込むことが出来るのだ。

 オレンジのプルプルは、トロッとしていて、甘くて爽やか。まるで、デザートみたいだった。味自体は、うまいことはうまいけど、魔物になるのを覚悟するほどではない。味よりも、月の魔力が体内にじんわり広がっていくときのあの陶酔感。あれは、確かに病みつきになる。俺もピノが止めてくれなかったら、カゴの中身を食い尽くしてしまったかもしれない。

 月のこが生えてる森には魔物が多いらしいけど、もしかしたら、月のこが生えてるから魔物が多いんじゃないのか?

 兎に角、三人をこのままテラスに放置しておくのはなんか心配だったので、俺もテラスに残ることにした。いざとなったら、三人を止めようと思って。ピノは俺には付き合わずに、部屋に引き上げてしまったので、一人で寝ずの番をするつもりだったのだが、どうやら途中で寝てしまったらしく気がついたら朝になってたので、あんまり役には立たなかったのだが。

 幸いなことに、三人とも自力で誘惑に打ち勝ったらしい。

 朝日を浴びて、オレンジのプルプルが普通のキノコへと姿を変えると、三人は正気を取り戻した。

 サーラとエーミは、「ちょっと、寝てきます」とフラフラしながら自室へ向かい、ザグーは、「こうしちゃおれん! 朝の仕込みをせねばー!」と叫びながら、カゴを抱えて調理場へと直行。俺もカゴを運ぶのを手伝った。


 採ってきたばかりの月のこは、早速、朝食に使われることになった。

 厚切りにした月のこを、軽くソテーして、サラダの上に盛り付けただけの、シンプルなメニュー。

 だが、それがいい。

 兎に角、キノコの味が濃厚というか、うまみが強いというか。サラダに乗せただけなのに、立派にメイン料理というか。

 うむ。余計な味付けはいらん。

 このキノコだけを、もっと味わいたい。

 迷子になりかけただけの甲斐は合った。うん。




 すっかり、朝食に満足した俺たちは、城の裏手にある菜園に来ていた。

 月のこを食べたことで、ピノが珍しい野菜の苗を仕入れていたことを思い出したのだ。

 俺たち、というのは、俺とピノとサヤの三人だ。しゃれこうべのザビも入れれば4人だが。

 月のこにつられて、朝食には顔を出したサーラとエーミだが、お腹がいっぱいになるとまた眠気に襲われたらしく、もう少し寝てきますと言って、自室へ戻っていった。

 これで、サヤさえいなければ、言うことないんだけど。


「例のものは、どんな感じじゃ?」

 種類ごとに、綺麗に区分けされた菜園を管理しているのは、猫耳猫尻尾の12歳くらいの美少年シュシュだ。

「あ! ピノ様! ふふ、いい感じですよ。ここは、ピノ様とエージさんのおかげで魔力が濃いので、成長も早いみたいですね。今日にも収穫できますよ?」

「本当か!? では、今日の昼は、あーれー蕪に決まりじゃな。ちょっと、待っておれ。ザグーに伝えてくる!」

 少し興奮気味に、早口に言い終えると、ピノは文字通り調理場に向かってすっ飛んでいった。弾丸のようだ。何も壊さないといいけど。

 こんなにテンションの高いピノも珍しいな。月のこ狩りの時ですら、余裕があったのに。

「あーれー蕪、ですか?」

 ピノを見送りながら、サヤが不思議そうに首を傾げた。

 こいつも知らないのか。

 俺たちは揃って、シュシュを見下ろす。

 シュシュはニコッと笑った。

 可愛いけど、男の子なんだよな。

 残念なような。それはそれで、かえって気が楽なような。

「あーれー蕪は、魔力の濃い土地で育つ、半分魔物化した野菜の一種なんですよ。僕も育てるのは初めてなんですけど、ピノ様がお好きだというので、苗を取り寄せてみたんです」

「ま、魔物化した、野菜?」

「はい。そうです」

 それ、食用なの?

 少々、顔が引きつった。シュシュはそれには気が付かず、眩しい笑顔で答えてくれる。

「聞いたことはありませんが、ピノ様の好物とあれば、私も興味があります。今日のお昼が楽しみですね」

 魔族にとっては、特に気にするところではないらしく、サヤは普通に受け答えしている。

 魔物化した野菜とか、ちょっと不安はあるけど、ピノの好物ならば食さないわけにもいくまい。俺は、覚悟を決めた。

「たぶん、ピノ様は収穫もご自分でされると思います。お二人も一緒にどうですか?」

「もちろん、参加します」

「俺もだ!」

 ピノがやるというなら、俺に断るという選択肢はない。


 すぐに帰って来ると思ったピノは、意外と時間がかかっているようだった。

 徹夜をしたザグーが寝てしまっているのか、それとも昼食のメニューを何にするのかで盛り上がってしまっているのか。

 ピノが帰って来るまで、作業をしているシュシュの邪魔をしない程度に、気になっていることを聞いてみることにした。

 最初は、作業を手伝おうかと思ったんだけど、やんわりと断られてしまった。

「俺はあんまり、アズヴァラのことを知らないんだけどさ。魔族も人間みたいに畑仕事したりするんだな?」

「あ、僕は、母親が人間で、人間の村で暮らしていたんです。畑仕事は、人間のおじいちゃんに教わったんですよ。帽子と服で耳と尻尾を隠してたんですけど、風で帽子を飛ばされて魔族だってバレちゃって。村には居づらくて、出て行こうとした時に、丁度このお城のことを知ったんです」

「そうだったのか・・・・・」

 まだ小さいのに、魔族の血を引いてるってだけで苦労してるんだな。

「はい。だから、ここで住まわせてもらえてよかったです。魔族と暮らすのは初めてなので、ちょっとドキドキしてたんですけど、みなさんいい方ですし。それに、人間の村にはない、珍しい野菜のこととか教えてもらえますし!」

 キラキラと目を輝かせて語るシュシュを見て、少しだけ安心した。ずっと住んでいた村を離れるのはつらいことだと思うけど、ここでの生活にやりがいを感じてくれているのは何よりだと思う。

 目を輝かせている珍しい野菜とやらが、半魔物化した野菜というのが、ちょっとアレだけど。

「魔族だけが暮らしている村もあるんですよ。あーれー蕪とやらも、そうした村で栽培されているのかもしれませんね」

「あ。そうなんです。ザグーさんが魔族の村の出身らしくて、あーれー蕪の苗も、ザグーさんの知り合いに分けてもらったんですよ」

 話に混じってきたサヤに、シュシュが相槌を打つ。

 なるほど。そんな村があるのか。

 この口ぶりだと、サヤ自身が暮らしていたわけではなさそうだけど。空を飛べる分、行動範囲が広いんだろうな。

 そうこうしている内に、ようやくピノが帰ってきた。



「皆の者、待たせたの。では、早速、始めるとしようかの」

 はた目にも分かるほどうきうきと、ピノが宣言した。

 よっぽど好きなんだな。

「では、みなさん。こちらへどうぞ」

 シュシュに案内されて、みずみずしい葉っぱが綺麗に整列したレーンに連れて行かれる。

 あ。茎の下に、白いのが見える。実・・・というか、根菜だから、根になるのか?

「みなさん、魔力が高いですから、根元の部分を掴んで軽く引っ張るだけで、蕪の方が勝手についてくると思います」

 理屈はよく分からないが、簡単に収穫できるなら、なによりだ。

 俺たちは並んで座ると、早速言われた通りに、茎の根元を軽く引っ張り上げる。

「あ~れ~」

「あ~れ~」

「あ~れ~」

 甲高い、子供みたいな声が響き渡った。

 ・・・・・・・・・・俺、こういうの、知ってる。マンドラゴラ、だっけ? 引き抜くと悲鳴を上げて、その悲鳴を聞いたものは死んじゃうヤツ。

「うむ。よい音色じゃのう」

 ほう、とピノがため息を洩らす。

 ・・・・・・・・・・・・・・・ええ?

 なに、これ?

 とりあえず、死んじゃったりはしないみたいだけど、音色っていうか、鳴き声だよね? これ?

 引き抜いた後も、あ~れ~あ~れ~煩いんですけど。

「よかった。元気に育ってますね。この音色を楽しむところからが、あーれー蕪の魅力みたいですからね。ザグーさんの受け売りですけど」

 シュシュの照れ笑いが眩しいんですけど、これ音色じゃなくて鳴き声だよね?

 蕪を掴み上げたままどうしていいか分からず、俺同様沈黙を保っているサヤを横目で見ると、サヤも微妙な顔をして固まっていた。

 あ、よかった。

 これが微妙だと思ってるの、俺だけじゃなかった。

 初めて、サヤの存在が頼もしく思えたよ。

「なかなか、個性的な野菜ですね・・・・」

 うん。本当にな。

 これが、野菜の半魔物化。

 よく見ると、白い蕪の真ん中あたりに、円らな瞳と小さな口がついていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・これ、食べるのか。



 昼食は、テラスで食べることになった。

 なるべく、明るい場所で食べるのがいいのだそうだ。

 ひと眠りして大分すっきりしたらしいサーラとエーミもテーブルについていて、興味深そうにテーブルの上を見つめている。

 微妙な顔をしているのは、俺とサヤだけだ。

 各自の目の前に、小どんぶりくらいの蓋つきの容器が置かれていた。

 あーれー蕪の丸ごとスープ煮。

 さすがに調理済みのため、すっかり大人しくなっているが、出来れば原型が分からないくらいに切り刻んでおいてほしかった。

「では、いただくとしようかの」

 うっとりと容器を見つめながら、ピノが厳かに宣言した。

「いただきまーす」

 みんなで唱和した後、一斉に蓋を開ける。

「あ~れ~」

「あ~れ~」

「あ~れ~」

 テーブルの上で聞き覚えのある大合唱が始まり、俺は思わず蓋を閉じた。閉じると、俺の分の容器からは声が聞こえなくなった。

 明るい場所でって、こういうことか。

 どうやら、この蕪は光が当たると騒ぎ始めるらしい。たとえ、調理後であっても。

 収穫に立ち会わなかったサーラとエーミの様子を窺う。

 サーラは、蓋を手にしたまま硬直していた。

 うん。だよね。

 だが、エーミは。

「えー? なに、これー? おもしろーい」

 楽しそうに、スプーンでつんつんと蕪を突きまわしていた。

 さすが、エーミ。

「これ。食べ物をおもちゃにするでない。きちんと味わうがよい」

 エーミを窘めるピノのスプーンには、煮込まれて綺麗に透き通った蕪が人掬い。

 みんなが注目する中、ピノは嬉しそうにスプーンを口へ運び、表情を蕩けさせた。

「んん~~~。蕩ける・・・・」

 完全にトリップしてらっしゃる。

 そんなにうまいのか、これ?

 じっと、ピノとピノのあーれー蕪を交互に見ている内に気が付いた。

 ピノのあーれー蕪が沈黙している!

 スプーンを入れると、黙るのか?

「あ! ホントだ! おっいしーい!」

 エーミの蕪も沈黙した。

 サヤも蓋を閉じてしまっているため、今や騒いでいるのは、サーラの蕪だけだ。

 俺はサヤと目配せをしあい、自分の蓋を開けると同時に中にスプーンを突っ込む。

 ほっ。よかった。蓋を外しても声が聞こえてこない。

 俺とサヤは、蕪の無力化に成功した。

 お互いに、頷きあう。

 意を決して、掬い取った蕪を口に含む。

 

 ん。

 んん。

 ん!

 確かに、うまい。

 蕪自体が甘ほっこりとしていて、それでいて口に含むとトロッと蕩けていって。蕪の甘みとともにスープのうまみが口いっぱいに広がって。

 うむ。うまい。

 さっきまでの複雑な気持ちはどこへやら。俺は、たちまち蕪のスープの虜になった。正直、手が止まらない。

 硬直したままのサーラの蕪が、いつまでも音色を奏でていたが、それは聞こえていないことにした。



 そのあとしばらくは、トイレの度にドキドキだった。

 さすがに、そんなことはないとは思うんだけどさ。

 尻から、あの声が聞こえて来たら嫌じゃん?


 結局、そんなことにはならなかったけど。

 その話をサヤにしたら、盛大に嫌な顔をされた。


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