4 元勇者と喋る髑髏
お城で暮らす人・・・というか魔族が増えるたびに、賑やかになっていった魔王の城だけど、エーミが来てから、それは一気にガツッと加速した。
加速したっていうか、何というか・・・。
ピノとエーミは、顔を合わせれば必ず、バトルになった。
まあ、魔王様と聖騎士がガチでやり合ったところで、魔王様の圧勝に終わるだけなので、専ら口喧嘩なのだが。
なのだが。
エーミが来るまでは、ピノの両脇を俺とサヤが固め、その後をサーラがついてくる、というのがお決まりだった。何をするにつけても。若干、サヤにリードを許していたとはいえ、基本的に四人で行動していた。
のだが。
エーミの登場で、お決まりになりつつあったこのパターンは、一気に崩れ去った。
今、一日のうちで、一番ピノと一緒にいるのは、エーミなんじゃないだろうか。
ぽよん対ペタン。
ぽよんとペタンの対決。
つまりは、そういうことだ。
「男はみんな、大きい方が好きと相場が決まっておろう? 現に、エージも一日の大半は、我の胸を見ておるしの。我の魅力あふれるバストに、元勇者の視線も釘づけじゃ。もう少し成長してから、出直してくるがよい!」
バーンとピノが胸を張ると、二つのぽよんが、ぽよんぽよんと揺れた。小さな顔の両脇で、チリチリとした黒髪のツインテールの毛先も揺れたが、やはりつい、視線はお胸の辺りを彷徨ってしまう。
う、うーむ。気づかれていたのか・・・・。
サーラの冷たい視線が背中に突き刺さって、少し気まずい。
でも、ピノは満更でもないみたいだし!?
本人が気にしてないなら、見てもいいってことだよね?
こんなに近くにいるのに、アレを見ないで生活するなんて、俺には出来ない。っていうか、男には出来ない相談だよね? ね?
ぽよんとしている気配を感じると、無意識のうちに視線が吸い寄せられちゃうんだよ!
仕方がないんだよ!
「何、言ってるんですかぁ? そんなの、垂れるのを待つばかりじゃないですかぁ。それよりも、自らの手で程よいサイズに育て上げた方が、愛着がわくに決まってるじゃないですかぁ。ね? エージ様?」
対するペタン代表のエーミは、肩の先までの黒髪ストレートがサラサラと揺れる、清楚で可憐な清純派アイドル風の美少女だ。見た目だけは。旅をしている時は、中身もそうだと信じて疑ってなかったけれど、どうやらあれは演技だったらしい。いや、演技というほどでもないか。たぶん、俺が勝手に騙されていたんだろう。だが、そうはいっても、今よりはお淑やかにしていた気がする。
チラリ、と上目遣いで見上げてくるエーミ。あざといので、やめてください。
エーミは華奢で小柄な体つきをしているので、なだらかな平原は決してエーミの可憐な魅力を妨げない。むしろ、俺としては下手に大きすぎるよりも、こっちの方がずっといい。でも、出来れば、こう開き直るんじゃなくて、小さいのを気にして隠すようにして恥じらってみたりとかー、ピノとサーラのお胸の辺りを羨ましそうに見つめて見たりとかー、そういうのが見たいかな。
好きなサイズに育て上げるというのは、ちょっとロマンを感じないでもないが。
などと、ぼんやりしている場合ではなかった。
右からはお胸の下で腕を組み、ぽよんを押し上げるようにしながらにじり寄るピノ。
左からは、俺の手首の辺りに手を伸ばしてくるエーミ。ちょっと、待って。俺の手を掴んで何をするつもり?
進退窮まった俺は。
逃げた。
どっちが好きかと聞かれたら、迷いなくピノと答えられる。
だが、大きいのと小さいの、どっちが好きかと聞かれると。
うむ。どっちも好きだ。
どっちも好きだが、もちろん今はピノ一筋。ぽよん一筋だ!
と、言えればいいんだけれど、怖くて言えない。
エーミが。
そんなことを答えようものなら、ペタンの魅力を理解してもらう為とか言って、今以上の何かをしてきそうな気がする。
何をされるのか、ちょっと興味はあるが、うっかり深みにはまってピノに嫌われたり、その隙にサヤに掻っ攫われたりしても嫌だからな。
ちなみに、そのサヤは最近、城を開けていることが多い。あいつ、一人で逃げやがって。そのまま帰ってこなければいいのに、食事時にはちゃっかり戻ってくるんだよな。
そして。エーミが来たことで、すっかり影が薄くなってしまったかに思えるサーラだが。そんなことは、なかった。
逃げ回る俺は、三人の女の子たちに追い回されることになるんだけれど、ピノとエーミはお互いの妨害に夢中になるあまり、結局また口喧嘩が勃発したりするので、正直逃げるのは難しくない。騒がしいから、近づいてくるとすぐ分かるし。
・・・・・・・・・・・俺を探すことなんか、すっかり忘れて、なんだかんだ楽しそうに口喧嘩をしあっている時も多いし。あの二人、実は結構、仲がいいんじゃないかと思う。
意外な伏兵が、サーラだった。
城に来てからはずっと、俺のストーカーをしていた成果か、サーラは俺の居場所を見つけるのがうまかった。
階段下とか、使われていない小部屋とか、俺の隠れ場所がワンパターンなせいもあるのかもしれないけど。
最初に見つかったのは、いつだったかピノのことを相談した階段下だった。
「ここだと思った」
「なんだ、サーラか・・・・」
エーミが来てから敬語を止めたサーラが、にっこり微笑みながら近づいてくる。ピノとエーミじゃなかったことに安心した俺は、サーラが隣に座るのを待つ。
少し癖のある赤毛をポニーテールにした、目元がキリリとした聖騎士。
「なあ、エージ。やっぱい、おまえも、その・・・・大きい方が好きなのか?」
もじもじと顔を赤らめながらのセリフに、俺は固まった。
そうだった。サーラは仲間でも味方でもなかった。どっちかといえば、ある意味、敵サイド?
「それは、ピノのあの胸は、女の私でも触ってみたいとは思うが・・・・。でも、私だって、その、決して、小さい方では、ないし・・・・」
そう言って、俯きながら俺の手を胸元へと誘う。
金属の、冷たい感触が手のひらに当たる。
・・・・・・・・・・・・・・・。
そう言えば、いつも、聖騎士のライトアーマーというかライトプレートみたいなのを身に着けてますもんね。
うん。危ない。危ないとこだった。
手のひらに当たったのが柔らかいものだったりしたら、うっかり揉んでしまうところだった。
俺はそっとサーラの手を振りほどいた。
サーラは、真っ赤になって俯いている。
たぶん、俺も赤くなってるんだろう。触ったのはプレート部分だけとはいえ、このシチュエーション自体が物凄く気恥ずかしい。
「悪いけど、俺はピノの婿になるって決意を、覆すつもりはないから」
既に何度目かになる謝罪を口にして、静かにその場を立ち去る。
胸のサイズについては、会えて言及しない。
サーラは、追ってこなかった。
悪いな、サーラ。
俺のファーストぽよんは、ピノって心に決めてるんだ。
散々、城中を彷徨った末、俺が見つけた安住の地は、一階にある食堂だった。
昼食を食堂で食べ終え、鬼ごっこ午後の部が始まって、少ししてからのことだった。
俺は、あることを思い付いて、食堂に戻った。
この時は、別に隠れ場所にしようと思ったわけではなくて、食堂に置き去りにされていたザビに聞きたいことがあったのだ。
ピノの教育係を自称する喋るしゃれこうべは、自分では動くことが出来ない。なので、いつもはピノが杖の先に引っかけて持ち歩いているのだが、エーミとのバトルが始まってからは、食堂やテラスに置き去りにされることが多かった。
「なんじゃ、もう腹が空いたのか? さっき、昼飯を食べたばかりではないか?」
テーブルの上で置物になっていたザビの傍に座ると、からかうように声をかけてくる。
「ザビ、あんたに聞きたいことがあるんだ」
「ほう?」
取り合わずに話を進めようとすると、ザビの声に面白そうな響きが混じる。
頭蓋骨であるザビには表情なんてものはないので、声色で感情を判断するしかないのだ。
一呼吸おいてから、俺はズバリと切り出した。
「ピノのビキニになってる骸骨の指、あれは、あんたの指じゃないだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばし、頭蓋骨に空いている二つの空洞と見つめあう。見つめあうって表現があってるのか分からんけど。
「改まって何かと思えば、そんなことかい」
「何、言ってんだ!? 大事なことだろう!?」
あ、いかん。興奮して、つい立ち上がってしまった。
こほん、と咳払いをして座りなおす。
全く、気が付いてしまったその日から、夜も眠れずに悶々としていたというのに。
俺は、骸骨の手が後ろから二つのぽよんを支え持つようにしたデザインの、ピノの刺激的なビキニを思い出す。下の方は、腰骨を掴むように支えている指の先から伸びた布が大事なところを覆い隠している。
あれが、ザビの手で、いつでもピノの柔らかさを味わあっているのだとしたら・・・。
そんな、けしからん!!
「あれは、別に本物じゃないぞい。大体、あの手は四つあるじゃろうが」
「そりゃ、人間ならそうだけど。魔族とか魔物なら、手が四本あってもおかしくないだろ?」
「何、言っとんじゃ? わしゃ、人間じゃが」
「は?」
俺は再び、頭蓋骨と見つめあった。
あ。もしかして。
「いつか、人間になりたいとか、そういう・・・・・?」
思い付いて、ポンと手を打つ。
確か、そういうモンスターとか妖怪とかがいたような。
「生まれた時から、ずっと生粋の人間じゃ。魔族の血なぞ、一滴も入っておらん。なんせ、わしゃ、このアズヴァラに魔族が誕生する前から生きとるからのう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うん。ダメだ。何から聞いていいか、分からん。
「まあ、今はこの姿じゃからの。疑うのも分からんではないが」
あ。よかった。そこは、理解しているんだ。
「まあ、この姿は、なんじゃ。研究と実験の果てに・・・・と言ったところかの。ちょっと、不老長寿に挑戦してみた結果がこれじゃ。ま、ある意味、成功といえるかの」
あっけらかんと、ザビは笑った。
いや、それが本当の話なら、笑い飛ばすとこじゃないんじゃないかな。
「外見というか中身というかは、どっかに行ってもうての。骨だけが残されたんじゃ。こうして、骨だけになっても思考が可能ということは、脳みそごとどっかの異空間でも彷徨ってるんじゃないかのー?」
だから、笑い事じゃないって!
骨のないザビの肉体が、プルプルとどこかを漂っているところを想像しようとして諦めた。・・・・・モザイクしか、浮かんでこない。
「骨だけってか、頭蓋骨しかないけど。体の方はどうなったんだよ?」
とりあえず、話題を切り替えた。あんまり、切り替わってないけど。
「あー。少し前までは、五体骨満足で元気に活動していたんじゃがのう。寄る年波には勝てんのか、段々、関節がすり減って動かなくなってしまってのう。仕方がないから、首から下は、埋葬してしまったんじゃ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分で、埋葬とか言うなよ。
この時のザビの話には、実は結構、重要な内容が含まれていたんだけど。
衝撃の事実にノックアウトされた俺は、綺麗にスルーしちゃったんだよな。
無意味に脳が疲れてしまったので、料理長のザグーに頼んでおやつを作ってもらい、一人でお茶をしていると、小腹をすかせたピノたちも次々と食堂にやってきた。
「あ! エージ! 一人で先に食べるとは、ずるいではないか。もう少し、待っていてくれればいいものを」
「あー、うん。ごめん・・・・」
今日のおやつは、甘酸っぱい赤いソースとクリームがたっぷりかかった、三段重ねのパンケーキだ。
糖分を詰め込みながら、力なく答えると、ピノとエーミが目を合わせながら小首を傾げる。やっぱり、仲いいなー、君たち。
少し遅れて、二人の後ろからやってきたサーラは、心配そうな顔をしていた。
「何か、あったのですか?」
「ちょっとばかり、二人で、男と骨の話をしていただけじゃ。のう、エージ?」
テーブルの上で頭蓋骨がカラカラと笑う。
「あー。じいの話は、たまに疲れるからのー・・・・」
何か身に覚えがあるのか、ピノはあっさり納得して俺の隣に座る。
「ふーん? 一体、何を話していたのか、私にも教えてもらえますー?」
エーミが両手でがしっと頭蓋骨を持ち上げ、二つの空洞と目線を同じくする。
「そりゃ、もちろん、男と骨の秘密というヤツじゃ」
はぐらかされて、エーミの目に剣呑な光が宿る。
え? 何、コレ? もしかして、俺のせい?
「なるほどー。じゃあ、それは後でエージ様に聞くとして。それとは別に、聞きたいことがあるんですよねー。・・・・・・・ザビって、本当にあんたの本名なの? フルネームは?」
キンキン高めのいつもの声とは一変して、後半はエーミとは思えないような低い声だった。なんか、恫喝でもしているみたいだ。
そのエーミの隣でサーラも、腰に下げた剣の柄に手をかけている。
自分の教育係がピンチかも知れないというのに、ピノは面白そうにことの成り行きを見守っていた。ピンチとは思っていないのかもしれない。
なんかあ、俺が一人でハラハラしているみたいなんだけど。
もはや、パンケーキどころじゃない。
「もちろん、本名じゃ。生まれてこの方、改名したこともないぞ。フルネームは・・・・・・骨の秘密というヤツじゃ」
緊迫した空気の中、さっきまでと全く変わらない態度でザビが答えた。
ちょっ、骨! 空気、読め!
「お待たせしましたぁ。本日のおやつのパンケーキと珈琲お持ちしましたぁ」
聖騎士二人の殺気を吹き飛ばしてくれたのは、ザビ以上に空気を読まないメイドさんの緊張感の欠片もないひと声だった。いや、ある意味、読んでいるのか?
きゅるるるる。
エーミの腹が可愛い音を鳴らした。
「・・・・・・・・・・・・・・。仕方ありませんね。今日のところは、この辺で勘弁してあげます」
言うなり、手にしていた骨をテーブルの上に投げ出し、いそいそと自分のパンケーキの前に座る。
フォークとナイフを両手に、パンケーキを頬張るエーミは、どこからどう見ても普通の可憐な美少女だった。
俺の脳から養分を奪っていったのは、実はザビの身の上話? だけじゃない。
本気で、勇者と魔王の子供が欲しいらしいザビは、ふがいない俺に散々発破をかけた後、声を潜めて教えてくれたのだ。
「聖騎士の小娘たちのことなら、気にかける必要はないぞ。あやつらは、大聖堂に命じられているだけじゃ。魔王を倒すのが無理でも、最悪、おぬしとの間に子を設けられればそれでよしと言ったところかの。勇者と聖騎士の子ともなれば、かなりの魔力を持って生まれてくるはずじゃからの。すべては、より力の強い次代の聖騎士を作り上げるため。ある意味、あやつらは魔王の玉の輿を狙うサヤと一緒じゃ。おぬしに惚れておるわけではない。勇者の血筋が欲しいだけなのじゃ」
サヤのことも、気づいていたのか。まあ、俺が気づいたくらいだから、当然か。
正直、結構、ショックだった。
薄々、そうじゃないかなーとは思っていたけど、やっぱり、はっきり言われるとショックだ。
俺にいろいろしてくれた、あれやそれやが、全部。
乙女心じゃなくて、営業だったのかー・・・・。
エーミは、まあ。大聖堂の命令かどうかは置いといて、『勇者』という肩書に惚れてるんだろうな、とは思っていた。再開してからの態度で、なんとなく。だから、まあ、そこまでショックではないんだが・・・・・。
俺の手を、自分のプレートの胸の部分に導いて、真っ赤になって俯いていたサーラ。あれも、ビジネスだったんだろうか?
本当は、やりたくないけど、命令だから仕方なく・・・・・?
イケメンになればモテるわけじゃないんだなー・・・・。
中身は、所詮、俺だもんなー・・・・・。
突き付けられた真実に、俺は、ようやく。
これは、俺に都合のいい夢じゃなくて現実なんだな、と今更のように実感した。
俺は、大聖堂によって日本からアズヴァラに呼び出された勇者・・・・元勇者で、今は魔王の婿候補の一人なのだ。
候補の一人とか言うのが、なんかちょっと締まらないけど、そこは置いといて。
日本に全く未練がないわけじゃないけど、でも、俺は。
ピノのいるこのアズヴァラで生きていきたい。
俺の、運命の女だと思った。
何としても、ピノの婿になろう。
その為に、まずは、ピノをデートに誘おう。
そこからかよ! と、モテる奴は言うかもしれない。
だが、女の子なんて別の次元の生き物だと思っていた俺にとっては、大きすぎる第一歩なのだ。
ピノを、デートに誘う。
必ず。必ずだ。