39 魔王のいない世界
「俺は日本から来た、三浦英司。ピノ、俺をピノの婿にしてくれ!」
「ミウラ・・・・・エージ・・・・・。エージ?」
魔王として完全復活を遂げたはずのピノが、がばっと両手で俺の顔を包み込む。
仰向けで床に寝転がっている俺の上に、ピノが覆いかぶさっているような体制だったので、物凄く顔が近くなる。おまけに俺の胸の辺りに、ぽよんぽよんしたものが当たっている。
すっごいドキドキしてるの、バレてるよな?
思いながら、ピノを見つめる。
ピノの瞳の中には、地味で貧相な男が映っていた。
ピノを魔王として復活させるために魔力のすべてを明け渡したことで、アズヴァラの魔法が解けてしまった俺の本来の姿が。
貧相な男は、熱のこもった、焦がれるような目をしていた。
ああ。俺はピノに恋をしているんだな。
ピノの瞳に映し出された自分の姿を見て、改めて自覚する。
同時に、不安が胸をよぎった。
いかにもショボい感じの見知らぬ男が、こんなに熱い視線で見つめているのだ。変質者だと思われないだろうか?
今の俺は、金髪イケメンの勇者だったころとは、全くの別人なのだ。
我ながら、超☆別人だと思う。
勇者エージと三浦英司が同一人物だと、気づけという方が無理な話だ。
どうしよう?
エージの名を語る不届きもの! とか言われて、一瞬で消し炭にされちゃったら。
勇者でも何でもない俺が、行き成り婿にしてくれというのは、少々無理があったかもしれない。
もっとよく、復活した後のことも考えてから実行に移すべきだったか? いや、あんまり考えすぎるとまたぐるぐるして行き止まりそうだし、気持ちが一番高まった時にやった方がいいよな。ピノにまじまじと目を覗き込まれて、今まさにぐるぐるしているんだけど。
えーと、消し炭にされる前に、何か言わねば!
「え、と、その! 婿が無理なら、掃除でもシュシュの菜園の手伝いでも何でもするから、とりあえず城に置いてくれ!」
まずは、そこから!
お城で暮らせれば、なんとかチャンスも作り出せる・・・・はず!
願えば叶う・・・・・かも知れない!
「く、くっふふふ」
ピノが身を震わせて、俺の上から起き上がった。俺の手を掴んで引っ張るので、俺も身を起こす。
えーと?
「その情けない物言い。我を見つめる、その眼差し・・・・・。おぬし、エージじゃろう?」
「! 俺が、分かるのか・・・・・・?」
ピノが、泣き笑いみたいな顔で、俺を見つめている。
「うむ。おぬしに見つめられるのは、嫌いではないといったじゃろう? 我をそのように、焦がれる様に、求める様に見つめてくるのは、エージ、おぬしだけじゃ。見間違えるはずもない」
「ピノ・・・・・」
ピノの唇がゆっくりと弧を描き、もう一度、両手で俺の顔を優しく包み込む。
「今、我のうちに満ちているのは、おぬしの魔力じゃな? まったく、バカなことをしおって」
「んー、まあ、どうせ俺に魔力があったところで、元々大して使いこなせてなくて宝の持ち腐れだったし。それに、やっぱりピノは、魔王をやっているのが似合ってると思うし」
「当然じゃ。我は、魔王の中の魔王じゃからの」
ピノは、目に涙を浮かべたまま、ニヤリと笑った。
それから、スッと真剣な顔をして俺の手を取る。
「元々これはおぬしの魔力じゃ。これからは、我がエージを守ってやる。何かあったら、すぐに我に相談するがいい。じゃから、これからも・・・・・・安心して我の城で暮らすがいい。エージは、我の婿なのじゃからの」
「よ、よよよよよよよ、よろしくお願いしまひゅっ!」
珍しいピノのテレ顔に、舞い上がった俺は盛大に噛んだ。
ピノの頬が赤らんで見えるのは、夕日のせいだけじゃないはずだ。
「くっふ。最後まで締まらないヤツじゃのう」
おかしそうに身をよじらせるピノに、項垂れる。
あれぇ?
これ、俺の人生における最大の山場というか、物凄くいいシーンのはずなんだけど、そうじゃないような気もしてきた。
ピノに手を引っ張られて立ち上がると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「ご婚約、おめでとうございます?」
「げっ、サヤ! い、いつから・・・・?」
「エージの、いつも通りと言えばいつも通りの、少々微妙なプロポーズの辺りからでしょうか?」
「最初からじゃないかよ!?」
「そう言われましても。テラスで何か大事が起こっているのは外からでも分かりましたし。様子を見に行かないわけにもいかないでしょう?」
「うっ、それは、そうだけど・・・・」
「随分、パッとしない見た目になりましたけれど、元々あなたは中身もパッとしていませんでしたしね。見た目と中身のバランスが取れて、全く違和感がないですよ? よかったですね? あのショボいプロポーズで、どうしてうまくいったのか私には理解できませんけれど、まあ、一応、おめでとうございます?」
「やかましいわ!」
なんなんだよ、その疑問符だらけのセリフは!?
「どいてください、サヤ! エージはそれでいいんですよ! それが、エージのいいところなんですから!」
サヤを押しのけたのは、目に涙をいっぱい溜めたサーラだった。
「エージ・・・・・。おめ、おめ、おめでとう・・・ございます・・・・・ううっ。ピノが、今のエージを認めないようだったら、私が、私が、一生エージをお守りしようと思ったのですが、残念です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
残念ですって、元に戻った俺の姿見て、そんなこと考えてたんかい。
いろいろ本音をさらけ出しすぎてて、何て答えていいか分かんねーよ!?
とりあえず、サーラは放っておこう。
そういや、エーミは?
視線を横に逸らすと、黒い空気を身に纏って、何やらぶつぶつと呟いているエーミが目に入った。エーミの前では、ピノが呆れた顔で腕を組んでいるのだが、完全に自分の世界に入っているエーミはそれに気が付いていないみたいだった。
会話に入ってこないと思ったら。
グスグスいっているサーラを置いて、ピノの隣に並ぶと、エーミの言葉が聞こえてきた。
「あり得ない・・・・。どうしてこんなことに・・・・。勇者が消えて、魔王が復活とか、何ですか、これ・・・・? 一体、こんなの、大聖堂になんて報告すればいいんですか? やっぱりあの時、サーラごとエージを殺っておくべきだったんですよ・・・・・」
こ、こいつ。
「ほう? 何やら面白いことを言っておるのう?」
ピノがスッと目を細めた。獲物を狙う肉食動物の目をしている。
「はっ。・・・・・ピノ? 今の、聞いて?」
エーミの目の焦点がピノに合う。
「うむ。バッチリとな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・!」
エーミの顔に油性マジックの太い方で『マズイ!』と書かれているのが見えるようだった。
「あれは、つまり・・・・・くっ! 所詮、持てる者には、持たざる者の気持ちは分からないんですよ!」
問題をすり替えた!?
「ふふん。所詮、紛い物は紛い物。本物には敵わないのじゃ」
ピノが豊かなお胸を自慢するようにくっと反らして、エーミに見せつける。エーミはまだ、平原にプリンを装着したままだった。
きーっと頭を掻きむしるエーミを、ピノは余裕の笑みで見つめる。
「ふん。まあ、いい。水に流してやろう。我が力を取り戻した以上、平原プリンなど力量的にも器的にも胸の大きさ的にも、まるで敵ではないからの。じゃが、いいか? 今後エージに何か手を出したら、大聖堂ごとアズヴァラから消し去ってくれるわ! よーく、覚えておくのじゃぞ?」
ついっとエーミに顔を近づけて、ピノは凄んでみせた。
「そんなに脅さなくても、何もしませんよ。こうなった以上、今更エージをどうこうしたって、なんの意味もないですし」
エーミは不貞腐れた顔できっぱりと言い切った後、また、だるんと肩を落として、報告がどーのこーのとぶつぶつ言い始める。
俺に謝るつもりはないんだな。
まあ、いいけど。
すぐにサーラが間に入ってくれたらしいことと、そもそもその時、魂がどっかに行っちゃってたせいもあって、あんまり実感もないしな。
「自分に何があったのか、覚えていますか?」
サーラに押しのけられたまま、しばらく大人しくしていたサヤが、ピノに問いかけた。
「うむ。じいに真実を告げられて、我は魔王ではなくて人形だったと思い出した途端に、目の前が真っ暗になって、体が動かなくなっての。ああ、人形に戻ってしまったのじゃな、と分かった。じゃが、おぬしらの声は、どこか遠くの方で聞こえていた。何を言っているのかまでは分からなかったがの」
「そうですか。まあ、何にせよ、完全復活おめでとうございます。もう、大丈夫ですよね?」
「うむ。もちろんじゃ! エージがこうなってしまった以上、これからは我がエージを守ってやらねばならんからな! 人形に戻っておる暇などないわ!」
「ピ、ピノ・・・・・・・・」
そう言ってもらえるのは、嬉しい。嬉しいんだけど、男子としては複雑だ・・・。
確かにこの魔族だらけの城で、たった一人の人間なわけだし、俺は人間としてもあんまりスペックは高い方じゃないというか、低い方なわけだし。やべえ。俺、これからこの城で、何かできることって、あるんだろうか?
「そういえば、じいはどうしたのじゃ?」
はて、と首を傾げているピノにつられて、思考の泥沼から抜け出てサヤの顔を見る。
なんか、処分とか言っていた気がするんだけど、何したんだろ、こいつ。
「ああ。ザビでしたら、あそこでこのお城の守り神になってもらっていますよ?」
嘘くさくさわやかな笑顔で、サヤがスッと腕を伸ばして、ある一点を指さした。
指の先を辿る。
お城の一番高い塔の屋根のてっぺん。なんか、ちょっと尖ってるところ。
大分、空も暗くなってきていて、見えづらいんだが、んー、何かある?
って。
てっぺんに骨が括り付けられとる。
「サヤ・・・・・・おぬし・・・・・。まあ、よいか。今日はもう暗いし、明日にしようかの。さて、今日の晩御飯は何かのう。いつもより、時間を早めて欲しいのう」
あっさり骨への興味をなくしてテラスを立ち去るピノの後を追う。たぶん、このまま一階の食堂に向かうのだろう。
天気のいい日は、朝と夜は二階のテラスで食べるが、夜は食堂でというのが暗黙の了解となっているのだ。
すっかり暗くなったテラスで、別々の問題に頭を悩ませている聖騎士二人を置いて、俺たちはテラスを後にした。
こうなることを予想していたらしいアンナのおかげで、俺たちは大してまたずに早めの夕食にありつくことが出来た。
昼が適当だったから、正直助かる。ピノに至っては、昼抜きだったしな。
ピノの復活を祝うザグー渾身の料理が並ぶテーブルは、一言でいうとピノの大好物である、あーれー蕪祭りだった。
怒涛のあーれー蕪料理尽くしにピノは大喜びで、いろんな意味でとても賑やかな夕食の席となった。
いろいろあって疲れたこともあって、まだ早い時間ではあるけれど、夕食が終わると俺とピノは早々に自室に戻ることにした。
他のみんなは、既にお酒が入っていることもあって、もう少し酒盛りを続けるようだった。
ピノの部屋の前で、おやすみを告げようとしたら、手首を掴まれる。
「エージ。少し、我の部屋によっていかんか?」
「あ、も、もちろん!」
一人でぐるぐるしたり、散々泣いたり、魔力を一気に失っちゃったりしたおかげで、歩きながらもウトウトしてたんだけど、一気に目が覚めた。
もちろん。ピノがいいと言うなら、お邪魔させていただきますとも!
ピノの部屋に入るのはこれで二度目だが、やっぱり緊張する。
ベッドとローテーブルとクッションしかないシンプルな部屋。
極端に物が少ないのは、元々が人形だったからなのか、それとも興味のすべてが食べることに全振りだからなのか。
ピンクのクッションに腰を下ろし、ローテーブル越しにピノと向かい合う。
ピノは何も言わずに、右手の人差し指を俺の口元に突き付けてきた。
意味が分からずに、唖然として指先を見つめていると、指の先にスッと赤い筋が走り、ぷくりと赤い球が生まれ、ホタリホタリとローテーブルの上に落ちていく。
「ピ、ピノ!? 大丈夫か!?」
焦った俺は、あまりよく考えずに、兎に角血を止めなきゃと思ってピノの指を口に含む。
ピノはちょっと驚いた顔をした後、厳かな顔で口を開いた。
「我の血とともに我の魔力を、エージ、おぬしに与える」
「へっ?」
もしかして、さっきの、魔王でわざと傷をつけたのか?
・・・・・・・・ふぉう。
なんか、体中がぽわっとあったかくなって、一瞬でまた元に戻った。
あ、あれ?
前とは全然、比べ物にならないけれど、俺の中に、魔力、戻ってる?
これって、あれだよな? 先代の魔王がアンナたちにしたのと同じやつ。人間に血を与えて魔族に変えちゃうってヤツ。
えーと、つまり、俺は魔族になったってことか?
驚いて指を口に含んだまま、まじまじとピノを見ると、ピノは満足そうに笑っていた。
「ふむ。元々エージの魔力だからか、馴染みは早いようじゃの。・・・・・・・言っておくが、だまし討ちにするつもりではなかったのじゃぞ? 説明する前に、エージが我の指をパクリとしてしまうから、チャンスと思ってつい・・・・・」
満足げだったピノは、次第に居心地悪そうにモジモジしだす。
結果的にだまし討ちになってるよ、ピノ?
「その、ちゃんと確認をとらずに、勝手なことをしたのは、すまん。怒っておるか?」
「いや、びっくりはしたけど、怒ってはいないよ。でも、なんで?」
そんな上目遣いで様子を窺われたら、怒ってたとしても、一瞬で怒りが霧散したと思うけどね。
「うむ。人間の戻ったエージは、そのう、かなり貧弱じゃろう? 我が守るとは言ったものの、一人にしたらすぐに死んでしまうのではないかと心配での。それに、人間は魔族に比べると寿命が短いから、すぐに死んでしまうと聞いておるし。あんまりあっさりとエージに死なれたら、我が『真の魔王』とやらになってしまうかもしれないではないか。・・・・エージは我の婿になるのじゃから、そうならないように協力するのは当然の義務じゃろう!?」
照れ隠しなのか、真っ赤な顔でぎゅっと目を閉じて、テーブルをバンバンと両手で叩きつけている。
うわ。
にやける。
何、これ?
何なの?
一気に、デレがきたというか、これまでのデレをここで一気に回収というか。
「うん。俺は魔王の婿として、ずっと、ずっとピノの傍にいるよ」
「・・・・・・約束じゃぞ?」
「うん。約束だ」
テーブルの上で、お互いの右手を所謂恋人握りにして、俺たちは誓い合った。
あんまり色気はないけれど、まあ、俺たちにはふさわしいかなとも思う。
「なあ、ピノ」
「うん?」
「ザビのいう『真の魔王』って、結局、何だったんだろうな?」
「うーむ。ないがしろにされた腹いせで言い出しただけで、あんまり深い意味はないんじゃないかのう。今にして思うと。結構、行き当たりばったりというか、その場の思い付きじゃったと思うぞ?」
「そうか。じゃあ、別に、アズヴァラの滅亡を狙っていたとか、そういうことじゃないのか?」
「結果的にそうなったら、その結果を面白がりそうではあるが・・・・。積極的にアズヴァラに滅亡を狙っていたりはしなかったと思うぞ? まあ、本当のところは分からんが・・・・。少なくとも、そういう考えを匂わせたこともないし、そういう気配を感じたこともないのう」
「そうか・・・・・・・」
テーブルの上でお互いの右手をにぎにぎしながら、俺は少し考え込む。
ピノはにぎにぎを楽しみながら、俺の次の言葉を待ってくれている。
「なあ、ピノ。俺に考えがあるんだが・・・・・」
「ふむ。何じゃ?」
「この期に及んで何を? って言われるかもしれないんだけど」
「ふむ。言うてみよ」
俺はごくりと唾を飲み込み、ぎゅっとピノの手を握りしめる。
「俺と一緒に、勇者も魔王も必要ない世界を目指してくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふむ?」
ピノの頭がこてんと横に倒れた。




