表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/40

21 呼ばれしもの

 はっきり言って、全く話についていけていなかった。

 それは。俺の頭がポンコツだからとかじゃなくて、いや、それもあるかもしれないけれど、それだけじゃなくて。

 俺がアズヴァラのことを何も知らないからなんだろう。


 怜悧な美貌の銀髪の魔族、サヤに連れてこられたアズヴァラの秘密図書館。砂漠のど真ん中に建てられた図書館は、魔力がないと中には入れない、魔法のかかった建物だった。その中にはさらに、魔王クラスの魔力がないと中に入れない黒い小部屋があって、サヤによればそこにはアズヴァラの秘密が書かれた本が眠っているのだという。

 サヤの狙いはどうやらその本で、魔力だけは魔王クラスの元勇者の俺が駆り出されたのだ。

 だが、いざ小部屋に入ろうとしたその時、俺たちを呼び止める声があった。

 膝下サイズのイタチ顔の老女イザベラ。彼女は、この図書館の管理人だった。

 てっきり、小部屋の中に入ろうとしたことを怒られるのかと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。

 一人話について行けないでいる俺を余所に、イザベラとサヤは会話を進めていく。


 ついて行けないなりに、とりあえず俺が分かったことは。

 どうやら、サヤは俺と同じように別の世界からここアズヴァラに召喚されたらしいこと。そして、サヤを召喚したのは、喋る頭蓋骨ザビらしきこと。

 ザビの名前は、正しくはハサハ・ザビというのかも知れないこと。ハサハ・ザビがどういう人物なのかはさっぱりだけど。

 つまり、結局。

 どういうわけなんだ?

 どっちに何を聞けばいいのか分からずに、二人の間で視線を行ったり来たりさせていると、イザベラが小部屋を指さした。

「ここから先は、こんなところで立ち話する内容でもないだろう。元勇者とやら、扉を開けてくれ。続きは、中で話そう」

「お、おう」

 ここから先は、人に聞かれてはいけない話のようだ。まあ、なんにせよ、小部屋の中に入っても問題はないらしい。

 俺は再び、黒い壁に近づき、今度こそ、手のマークに右手を押し当てる。

 るおん。

 図書館の入り口の時と同じ、謎の音がして、マークの左隣の壁に、片扉サイズの穴が開く。

 イザベラとサヤが現れた入り口から中に入り、最後に俺も二人に続く。



 小部屋の中は、仕掛けとは不釣り合いな、普通の書斎になっていた。

 物は少ない。

 壁際に本棚が一つ。重厚そうな本が何冊か入っているが、あちらこちらに隙間がある。

 部屋の中央には、これまた重厚そうな机と、黒い革張りの椅子。社長室とかにおいてありそうな感じの。社長室なんて入ったことないからただのイメージだけど。

 机の上には、焦げ茶色の革張りの本が一冊、のっていた。それから、羽ペンとペン立てと、インク壺。

「この部屋に入るのは、随分久しぶりだ。変わってないな・・・・」

 懐かしそうに目を細めながら、イザベラがポツリと呟いた。

 俺とサヤの視線が、イザベラに集中する。

「もちろん、アタシ一人では入れないさ」

 視線に気づいたイザベラがニヤリと笑った。

「ここはイシュト様の書斎だ。外の図書館は、後から作った、まあおまけみたいなものだ。この書斎で、イシュト様はずっと研究をされていた」

 奥に進んだイザベラは、椅子の横に立つと、誰も座っていない椅子の上を見上げた。たるんだ瞼の奥の瞳が、濡れた様に光を照り返した。

「そこの本棚には、禁書とされている類の本や、大聖堂が隠し持つ勇者の召喚の儀式についての本の写しなんかが入っている。だから、ここはイシュト様しか入れないように魔法の鍵が施された。イシュト様本人でなくても、魔王クラスの魔力を持っていれば入れるような鍵にしたのは、後続の客人のことを考えてのことだったのかも知れない」

 サヤが息をのむ音が聞こえてきた。

 ハンターの目でうずうずと本棚を見つめている。今のイザベラの話を聞いて、禁書とやらに興味を引かれたようだ。今すぐとびかかりたいのを、イザベラの手前、我慢しているようだった。

 このまま二人に任せておくと、何も分からないまま話が進むか、一人放置されてしまいそうなので、今このタイミングで思い切って聞いてみることにした。

「それで。その客人っていうのは、一体何なんだ?」

 二人の視線が俺に向いた。

 なんだか、表情のない目で俺を見ている。

 そんな目で見ないでほしい。

 言いたいことがあったら、口で!

 サヤがため息をついた。

「察しの悪い人ですね。私とあなた同様、別の世界からアズヴァラに呼ばれた者、召喚された者のことですよ」

「そ、そうなの?」

 いや、さらりと言ってますけど、あんた! 初耳なんですけど! そこがまず、驚きなんですけど!

「私だけでなく、たぶんピノ様・・・・ピノもそうだと思いますよ。この世界で勇者や魔王と呼ばれている者は、みな別の世界から召喚されてきたのだと思います。理屈は分かりませんが、別の世界からアズヴァラにやってくる際に、自らを核に魔力と呼ばれる莫大なエネルギーを呼び込むのだと思います」

 そしてまた、なんかサラサラと説明された。

「その通りだ。そっちの銀髪はそれなりの知識はあるようだな。では、魔王の正体については、理解しているか?」

「魔王の正体? ザビが召喚したのが魔王で、それを倒すために大聖堂が召喚したのが勇者なのでは?」

「・・・・・・・・・・・・・・そうか。それなら、それでいいだろう・・・・」

 両手で白髪を握りしめ、おさげを作りながら、イタチ顔が俺を見つめる。

 え? 俺? 俺が、何か?

「どういうことです? 魔王について、何か知っているんですか?」

 サヤがイタチ顔に詰め寄る。

「いや、なんでもない。忘れろ」

 イザベラは白髪から手を放し、フイッと俺から目を逸らした。

 サヤは納得がいかなそうだったが、イザベラにはこれ以上答えるつもりはなさそうだ。

「まあ、いいでしょう。ところで、この机の上の本は、そのイシュト様とやらが書いたものなのですか?」

 それ以上の追及を諦めたのか、サヤは机の上にあった本を手に取ってイザベラに尋ねた。

 またしても俺の存在が空気になりつつある。

 サヤにはもっと聞きたいことがあったが、とりあえず今は大人しく二人の会話を聞いていることにした。サヤとは帰りの絨毯の上でも話ができるしな。

「そうだ。それは、イシュト様の手記だ。イシュト様はずっと、ご自分が元いた世界に還る方法を探していた。そこにはイシュト様の研究の経過と考察がまとめられている」

「! それで、彼は、元の世界へ戻れたのですか!?」

 サヤの瞳が縋るように揺れた。

 イザベルはその瞳を受け止めつつも、無情にも答えた。

「いいや。どれだけ探しても、イシュト様にはその方法を見つけることが出来なかった。イシュト様は、次に呼ばれた勇者に倒されて、命を落としたよ。この小部屋と図書館をアタシに託して。ここを残したのは、ご自分では成し遂げられなかったけれど、次の者の助けになるかもしれないと考えたからだろう。興味があるなら読んでみるといい。・・・・・・その結果、得られるものが希望なのか絶望なのかは分からないけれど、それでも良ければ」

 目を見開いて、手の中の本を凝視するサヤ。息をするのも忘れていそうだ。

 しばらくそうした後、掠れる声でサヤは尋ねた。

「そこの机と椅子を使っても?」

「好きに使うといい」

 ふらりと椅子に腰け、一つ深呼吸をしてから、サヤはページをめくり始めた。



 元の世界に戻る。

 そうか。それが、サヤの願いだったのか。

 そりゃそうか。

 希望したわけでも何でもなく、無理やり連れてこられたのだ。

 元の世界には家族も、もしかしたら恋人だっていたのかもしれないし、戻りたいと思うのが当然だ。

 真剣な顔で視線を本の上に走らせているサヤを見ていると、胸の奥がざわざわしてきた。

 他人事のようでいて、他人事じゃない。

 元の世界に戻る。

 今まで、考えたこともなかった。

 もしかしたら俺はまだ半分、夢を見ているつもりだったのかも知れない。

 元の世界に戻る。

 もしも、その方法が見つかったら、俺は・・・・・?

 いや、俺だけじゃない。今の話だと、ピノにも、自分が生まれた育った世界があるということだ。今までそんなこと、一言も口にしたことはなかったけれど。

 ピノにも、帰りたい世界があるんだろうか?

 もし、そうだとしたら、俺は一体、どうすれば・・・・・・。



「おい。おい、そこの金髪。おい!」

「いってぇ!」

 脛を思いきり蹴られて、俺は思わず蹲った。

「い、行き成り、何するんだよ?」

 同じ目線になったイタチ顔に、涙目で抗議する。

「ずっと呼んでいるのに返事をしないからだ。ここで呆っとしていても仕方ないから、銀髪が手記を読んでいる間、アタシの話し相手になってもらおう。中にこもっていると、外の様子はさっぱり分からないんだ。とりあえず、おまえがアズヴァラに呼ばれてからのことを、子細洩らさず話してもらおうか」

「は、はあ? ま、まあ、いいけどさ」

 頼んでいる割に態度が尊大なのはどうしてなんだよと思いつつも、俺はここアズヴァラに来てから自分の身に起こったことを話してやることにした。



 日本で三流大学に通い、ぼろアパートで夕飯のカップラーメンを啜っていたら、なぜかちゃぶ台ごと大聖堂に召喚されて。神聖な雰囲気の漂う神殿の真ん中で、一人カップラーメンを啜る俺という構図が出来上がったのだ。

 俺を出迎えたのは、いかにも大神官みたいな偉そうなじいさんと、赤毛の聖騎士サーラで、俺の前で跪いた二人に「魔王を倒してアズヴァラを救ってください、勇者様」とか言われたから、てっきり夢だと思って安請け合いしちゃったんだよな。

 この時、地味で貧相だった俺の体が金髪のイケメンに変身したことは割愛しておいた。・・・・そういや、サーラには俺の本当の姿を見られてるんだよな・・・・。いや、だから、どうってわけじゃないけど。

 兎も角だ。夢だと思っていた俺は、ゲームの主人公にでもなったような気で、道中の町や村でサブイベント的なことをこなしつつ、四人の聖騎士をお供に魔王の城へと向かったのだ。キリリとした赤毛の美人サーラと、清楚可憐な黒髪のエーミと、あと男二人。エーミについては清楚可憐なのは見た目だけだと、魔王の城に来てから判明したんだけどな。今はまるで魔族のように、やりたい放題しているよな。ある意味、魔王であるピノ以上に。

 そう、ピノ。

 俺たちが魔王の城にたどり着いた時には、散々近隣の村を苦しめた先代の魔王は倒されていた。魔王の中の魔王を名乗る、美少女魔王ピノによって。

 黒くてチリチリしたツインテールに、子猫を思わせる魅惑的な顔立ち。クルクルでバサバサのまつ毛。チェリーピンクのふっくらとした唇。ぽよんと揺れるお胸は、骸骨の指を模したビキニに包まれている。何とも刺激的な格好。

 近年稀にみるぽよんぽよん系美少女だった。

 ハートやら脳髄やら胸の奥に隠された秘密の小部屋やら、いろんなものをずきゅんと打ち抜かれた俺は、その場で土下座をして結婚を前提とした交際を申し込んだのだ。

 そして、なぜか俺の申し出は受け入れられて、俺は魔王の城でピノの婿候補として暮らすことになったのだ。

 俺を連れ戻すために城に居座ることにしたサーラとエーミの聖騎士二人と、後からやって来てピノの婿候補に立候補しやがったサヤに邪魔されて、何にも進展してないけど。

 黄昏ている俺を、イタチ顔がじっと見つめてくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・随分と、能天気な勇者もいたものだな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 なんてことだ。何も反論できない。

「魔力が高い割には、魔法はさっぱりだし。ピノとの仲は進展しないし。何が悪いんだろう」

 環境のせい?

 いじいじしていると、イザベラがイタチ顔を捻った。

「勇者なのに、魔法が使えないのか? それだけ魔力があるのにか? それよりも、それで、どうやって魔王を倒すつもりだったんだ?」

「いや・・・・全く使えないわけじゃ・・・・。魔王の城を目指す旅をしていた時は、攻撃系の魔法なんかは使えてたんだけど。その時、使えた魔法は、今も使えるんだけど。今もたまに何かの弾みで、割としょうもない感じの魔法が使えることはあるんだけど、ピノみたいに自由自在にはいかないというか・・・・」

 ごにょごにょと言い訳を口にすると、イザベラはまた両手で白髪を握りしめておさげを作った。

「このアズヴァラでは、客人は神にも等しい。願えば叶う。そのはずだ・・・・。しかも、最初は使えたのに、途中から使えなくなるなど、普通はあり得ない。恐らくは、精神的な問題ではないのか? 何か心当たりはないのか?」

「んー。旅をしている間は、夢だと思ってからさ。勇者なんだから、当然ぐらいの感じで魔法で魔物を倒したりしてたんだよな。でも、魔王の城が近づいてくるにつれ、これ、本当に夢なのかなー? とか思うようになって。それくらいかなぁ?」

「なるほど、中途半端に夢から覚めてしまったというわけか。何というか、間抜けな話だな」

「ぐっ。・・・・・なあ、なんかいい方法ないの?」

 白髪から手を放したイザベラに、俺は縋りついた。

「それは、おまえ次第だ。願えば叶う。別の世界からやってくる副産物なのかどうか、客人は多かれ少なかれ、魔力を纏ってこのアズヴァラに現れる。その魔力を源として、願えば叶うのが客人の魔法だ。身に纏う魔力以上の願いを叶えることは出来ないが。おまえほどの魔力があれば、本来大抵のことは叶うはずだ。それが出来ないのは、おまえ自身の問題だ。夢の中なら魔法が使えても、現実では使えるはずがないと、どこかで思い込んでいるのだろう。中途半端に夢から覚めたような気になって、自分で自分に枷をかけてしまっているということだ。他に理由は思い付かない」

「え、ええー? 何ソレ。なんか、それって、すごく間抜けな話なような・・・」

「だから、そう言っただろう」

「うぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 はい。言ってましたね。

 結局、具体的にはどうすればいいの?

 自分を信じろってこと?

 そう、俺は元とはいえ勇者! 魔力もたっぷりある。魔法ぐらい使えて当然!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 だめだ。

 何も起こらない。

 今度こそ、飛べるかと思ったけど。

 念じたけど、何も起こらない。

 気長に頑張ろう・・・・・。


 魔力はあるのに魔法が満足に使えない元勇者か。

 情けないけど、その肩書は、俺には似合っている気がする。

 なんか、悲しくなってきた。



「随分と楽しそうな話をしていますね」

「楽しくねーよ」

 手記を読み終わったらしいサヤが、椅子から立ち上がりながらの嫌味を投げかけてくる。反射的に言い返してから、俺は首を傾げた。

 何か、元気がないような?

 いつもの切れがないような?

「めぼしい情報は載っていなかったみたいだな?」

「いえ、私が知らない情報も書かれていましたし、参考にはなったんですが・・・。最後の方は、考察というよりも、ほとんど日記でしたね。絶望に憑りつかれている・・・ように思えました。一人で読んでいたら、彼の絶望に引きずり込まれていたかも知れません。ちょうどいいタイミングで能天気で間抜けな話が聞こえてきて助かりました」

「・・・・・・・・・・・・・・・どういたしまして」

 引っかかる物言いだが、本気で憔悴しているようなので、軽く流しておくことにする。

「先ほどの話に出てきた、銀髪を召喚したザビというのが気になるのだが、どういう素性の者なのだ?」

 また手でおさげを作りながら、イザベルがじっとサヤを見上げた。

「元は人間だったと言っていますが、今はただの骨です。そしておそらく、かのハサハ・ザビ本人ではないかと思います」

「・・・・・・・・・・・・・・・骨?」

 イタチ顔が右に傾いた。

「永遠の命を求めた結果らしいですけど」

 傾げた顔を元に戻して、イザベラは目をパチパチさせた。

「ふむ・・・。よく分からんが、その骨が本当にハサハ・ザビなら、そいつに話を聞いてみるのがいいと思うぞ。アズヴァラで一番召喚の儀式について詳しいのは、間違いなくハサハ・ザビだ。大聖堂も結局は、彼の研究を受け継いで応用しているに過ぎないからな」

「で、結局、そのハサハ・ザビっていうのは、何をした人なんだ?」

 そこのところが分からないんだよな。

 と思って、二人の話にずいと割り込むと、二人の視線が俺に向けられた。思わずたじろぐ。

 何言ってるんだ、こいつって顔してるよ・・・・・。

 だって、知らないものは知らないんだもん。

 サヤのため息が、やけに響いた。

 イザベラは、何か憐みの目で俺を見ている。もしかして、頭が弱い子だと思われてるのかも知れない。

「ハサハ・ザビは、大聖堂の元神官です。最も、彼が神官だったのは、かなり大昔の話ですけどね。このアズヴァラに、邪神を呼び出した張本人ですよ」

 そう言って、サヤは冷たく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ