13 アズヴァラの邪神
珍しく、平穏な朝だった。
サーラとエーミがいないのだ。
まだ寝ているらしい。
あの二人、昨日の夕方、珈琲を何杯もお代わりしていたからな。もしかしたら、夜寝付けなかったのかもしれない。
昨日の午後。
俺と、銀の魔公子サヤと、菜園を管理してくれている猫耳少年のシュシュの三人で、霧々峡谷の奥地にある楽園と呼ばれる場所に珈琲狩りに行ってきたのだ。俺たちは、珈琲豆がぎっしり詰まったヤシの実みたいなものを大量に持ち帰った。といっても、サヤはただの冷やかしだったけどな。
狩ってきたばかりの(この表現があっているのか分からんが)珈琲豆を、料理長のザグーに挽いてもらい、俺たちは夕闇のテラスでコーヒーブレイクを楽しんだ。
珈琲狩りの最中、何気ないつもりの俺の一言に気を悪くしたらしいサヤは、一人で先に帰ってしまい、コーヒーブレイクの最中にも顔を出さなかった。
コーヒーブレイクの間は、一応、ヤツのことを気にかけていたんだけど、夕食には何もなかったような顔で姿を見せたので、俺もそれ以上は気にしないことにした。
したのだが。
「サヤは別に、魔王になりたいわけじゃないんだろう?」
魔王のなりそこないだとか言ったり、魔王にこだわったりしていた割には、自分が魔王になることにそんなに意欲的ではなさそうというか。魔王になって、何をしたいとか言うのも伝わってこないし。それも、胸の内に秘めているとか、そういうわけでもなく。本当に自分が魔王となることには興味がないように見えるのだ。
魔王になるよりも、今の自由気ままな生活の方が(いや、まあ。ピノも大概、自由気ままだが。それは置いておいて)ヤツには合っているように思うし、本人も十分、楽しんでいるような気がする。
だから。
あんまり、気にしすぎない方がいいんじゃないの的な意味で、どちらかと言えば親切心から出たセリフだった。
なのに。
なんで、まだ、怒ってるの?
何に対して、そんなに怒ってるの?
全く分からんが、今日のこの仕打ち。
あいつ、絶対、昨日のこと根に持ってる!
サーラとエーミがいないため・・・・というか、主にエーミがいないため、朝食の時間はいつになく静かなものだった。
食後の香草茶を飲みながら、これからの予定を考えて久しぶりにワクワクしていた。
何といっても、あの二人がいないのだ。
これは、ピノと二人きりになるチャンス!
何処へ誘おうか、何て呑気に考えいてた俺は、敵はあの二人だけじゃなかったことに気付かされた。
「ピノ様。星降り岬の金陽花がそろそろ見頃なんですが、良かったらこれから、私と空中デートと洒落込みませんか?」
!!??
な、何!?
驚愕に目を見開きながらサヤを見ると、ヤツは俺に対してフッと厭味ったらしく笑ってから、ピノに向き直る。
もちろん、断るよね?
ね?
だが、俺の願いもむなしく、ピノは少し興味深そうに小首を傾げている。
「ふむ。金陽花か。そういえば、まだ見たことはないの。どうやら、何か思うところがあるようじゃし、一度くらいはおぬしに付き合ってみるのもよかろう。では、行くぞ。サヤ。案内するがよい」
ややあって、小さく頷くと、そう言って立ち上がった。
「お任せください」
サヤがそれに続く。
え!?
ちょ!?
ま!?
二人を止めようと上げた右手が空を切る。
ふわりと体を浮き上がらせたピノは、空から俺を見下ろして、くふっと笑った。
「では、行ってくる。昼までには戻ってくる」
翼を広げたサヤが、厭味ったらしく空中で優雅に一礼する。
そして二人は。東の空に向かって飛び立って行った。
うん。いつも、あっちからお日様が登ってくるから、あっちが東なんだと思う。
そい!
ほっ!
はっ!
それっ!
えい!
とう!
「ダメだ! ピクリとも動きやがらねえ!!」
二人乗りの一番小さいサイズの空飛ぶ絨毯の上で、俺は叫びながら頭を掻きむしった。
いっそ、禿げてもいいくらいの勢いで。
・・・・・・・・・本当に禿げたら、困るけど。
「何してるんですか? エージ様?」
「練習ですか? それとも、もし、どこか行きたいところがあるのなら、お供しますよ?」
「エーミ・・・・、サーラ・・・・・」
俺はノロノロと、絨毯の前に立つ二人を見上げた。
いつの間にか、太陽は随分と高い位置に移動していた。昼には、まだ早いが。
珍しく寝過ごしたらしい二人は、これから遅めの朝ご飯を食べるためにテラスにやってきたのだろう。そうして、絨毯と戯れている俺を発見したと。
あの後。
二人がいなくなってから、俺はテラスの端の絨毯乗り場に直行した。
空飛ぶ絨毯で、二人の後を追うために。
実をいえば、この城で俺だけが絨毯の操縦? が出来ないんだけれど、緊急事態だし今なら乗れるんじゃないかと思ったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・全然、ダメだったけどな。
じっと二人を見上げる。
申し出の通り、協力を頼もうか迷った末、やめておいた。
なんか、こいつらに頼むと、違うところに連れて行かれそうな気がする。しかも、連れて行かれても俺、自力じゃ帰れないし。
諦めて、絨毯を下りた。
「これから朝飯だろ? 俺も、茶ぐらい付き合うよ」
食べてる時のこいつらは安全だからな。せっかくだし、いろいろ気になることを聞いてみるとしよう。
「なあ、二人とも。アズヴァラの邪神って知ってるか?」
二人が食事を終えてデザートに移ったタイミングで、俺は珈琲狩りの時にサヤから聞いた邪神とやらのことを二人に聞いてみた。
「えー? 何言ってるんですか? アズヴァラで邪神のことを知らない人なんていませんよー」
カラカラとエーミが笑った。
やっぱり、そうか。
俺以外のみんなは知っている話か。
だが、仕方ないだろう!?
俺は日本生まれの日本育ちで、にわかアズヴァラ住民なんだから!
「エージにはまだ、説明していませんでしたっけ?」
フルーツにフォークを突き立てながらサーラが首を傾げる。赤毛のポニーテールがサラリと揺れた。
「アズヴァラの邪神はぁ、大昔の大聖堂が呼び出しちゃった、たちの悪い神様で、魔族の生みの親とも言われてるんですよー」
お行儀悪くフォークを振り回しながらエーミが説明してくれた。
のは、いいが。えらくザックリとした説明だな、おい。てゆーか、なんでそんなの呼んじゃったの?
「千年以上前の話になるのだけれど、アズヴァラはあまり実り豊かな地ではなかったそうです。救いを求めて当時の大聖堂は、神降ろしの儀式を執り行うことにしました。その結果・・・・・・」
「儀式に失敗してぇ、実りをもたらす神様じゃなくて、災いを撒き散らす邪神を呼んじゃったんですよ」
「な、なるほどー」
どうでもいいけど、エーミはいつまでもフォークを振り回してないで、とっととフルーツを食べちゃいなさい。
「邪神によって、アズヴァラには魔力がもたらされました。しかし、その代償として、いくつもの町や村が滅ぼされました。このままではいずれ、アズヴァラは滅びてしまう。そう考えた大聖堂は、再び神降ろしの儀式を行うことにしたんです」
「今度はちゃんと成功してぇ、呼び出された初代勇者様は見事邪神を打ち滅ぼしましたぁ。めでたしめでたし!」
グサリ、とエーミのフォークがフルーツに突き刺さる。
「この時、呼び出された勇者の子孫が私たち聖騎士で、邪神の子孫が魔族だと言われてます」
なんか、安っぽいRPGみたいな設定だな。だが、こうして俺が日本から召喚されてここにいるってことは、邪神とやらもただのおとぎ話じゃなくて実在していたかもしれないんだよな。
んー、でもそうすると。
「じゃあ、魔王は?」
俺の何気ない質問に、サーラの淀みない説明がピタリと止まった。一瞬、目を泳がせてから、何事もなかったかのように説明を続ける。
「・・・・・・・・・・魔王は、邪神の血を濃く受け継ぎ、特に力の強い魔族ではないかと言われています」
何か引っかかる気がするけど、具体的に何に引っかかるのか分からない。残念ながら、俺、あんまり頭はよくないんだよ。
「まあ、魔王って言っても、勝手にそう名乗って魔族たちをこき使っている分には全然、構わないんですけどね。人間に害をなすような場合は、こっちも黙っているわけにはいかないっていうかぁ。勇者様を呼び出して、魔王討伐を決行しちゃうわけですよ」
「え? じゃあ、過去には何人も勇者が呼び出されてるのか?」
「ええ、まあ。ただ、魔王自体、そう簡単に生まれるものではありませんから」
「今回みたいなのは、かなりのレアケースなんですよ? 基本的に、魔王っていうのは勇者に倒されるものだと相場が決まってますからねー」
今回みたいっていうのは、魔族が魔王を倒して新しい魔王になるってことだ。その新たな魔王というのがピノなわけだが。
「先代の魔王は、一体、何をやったんだ?」
これも、ずっと気になっていたことだった。今の話からすると、俺が呼び出されている時点で何か悪行を働いていたことは確実なんだろうが。この城にいる奴らは、みんな気のいい連中ばかりだから、本当に倒してもいい相手だったのか気になっていたのだ。まあ、倒したのは俺じゃなくてピノなんだけど。
「先代の魔王は、配下の魔物を使って、近隣の町や村から若い女性を根こそぎ攫っていったと報告を受けています。抵抗したものは、その場で殺されたようですね。ちなみに攫われた女性たちは、一人として戻っていないそうです」
サーラの声と表情が少し硬くなる。
「戻ってないって・・・・・俺たちがこの城に来たとき、人間の女性なんて一人もいなかったよな? 彼女たちは、一体どうなったんだ?」
俺たちが初めてこの城に来たとき、城の中には魔王と魔物とピノ以外、誰もいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
俺の質問に、二人は沈黙で答えた。
まあ、つまりは、そういうことなんだろう。
倒されるだけのことをしていたってことか。
「大聖堂が、俺に代わる別の勇者を呼び出して、ピノを倒しに来るってことはないんだよな?」
たぶん、大丈夫だと思いつつも、念のため確認してみた。
「そうですね・・・。あなたを誑かしたこと以外、何か人間に害を与えているわけではないし、その可能性はないと思う。まあ、一部の平原は被害にあっているようだけど・・・・」
「にゃ、にゃにおう!? 削り取って、平原仲間に加えてやろうか!!?」
フォークを片手にエーミが勢いよく立ち上がった。
それで削るのは、なんか痛そうだから止めておいてください。
それにしても。いきり立つエーミを余所に涼しい顔で香草茶を飲んでいるけど、サーラもこういう冗談を言うんだな。
聖騎士という立場上か真面目な性格からか、いつも敬語なサーラだけど、ずっと話していると偶に口調が砕けてくるんだよな。こっちの方が、とっつきやすくて俺は好きなんだが。まあ、言わないけど。
ちなみにだ。エーミの敬語は、微妙に敬語じゃないから、あんまり気にならない。
一通り聞きたいことを聞き終えた俺は、待ち焦がれたように東の空を見上げ、椅子をはねつける勢いで立ち上がった。
か、帰ってきた!
帰ってきた!!
二つの黒い影が、みるみる城に近づいてくる。片っぽには羽が生えているから、間違いなくあの二人だろう。
俺は空を見上げたまま、テラスの端へと駆け寄り、柵を両手で掴んで身を乗り出すようにした。
思ったよりも、早く帰ってきた気がする。ということは、そんなにいいムードになったりはしなかったってことだよな? な?
「只今、戻ったぞ。どうじゃ? 似合っておるか?」
左右のツインテールに鮮やかなオレンジ色の花を挿し、同じ花を両手に抱えたピノは、テラスに降り立つなり、犬のように出迎えた俺に対して上機嫌にそう尋ねてきた。
「う、うん。可愛い。似合ってるよ」
アレをサヤにやってもらったのだとしたら、悔しいなんてもんじゃないんだが、それはそれとして、その花はピノによく似合っていた。
ピノの顔がぱあっと光り輝く。
「ふふん。そうであろう? これは、土産じゃ」
そう言ってピノは、俺に花を一輪手渡した。よほど機嫌がいいらしく、サーラとエーミにも一輪ずつ渡している。残りの花をメイドさんたちに預けると、ピノはキラキラとした笑みを俺に向けた。
そんなに楽しかったんだろうか?
眩しすぎて、俺は目を細める。
「なかなか見事じゃったぞ? 今度、エージも連れて行ってやろう」
「よろしく、絶対、お願いします!!!」
ピノのお誘いに、俺はピシッと直立不動で即答した。
それは、デート? デートなんだよね?
余計なおまけは連れてかないんだよね?
「えー!? エージ様だけですかぁ。私たちも連れてってくださいよ~」
「うむ。おまえ達はサヤにでも連れて行ってもらうがよかろう」
やった! デートだ!!
エーミの舌打ちは無視して、勝ち誇った顔でサヤを見ると、ヤツめ、納得いかない顔をしていた。ザマーミロ。
「まあ、二人きりになったところで、何か進展するとも思えませんけどね・・・・」
うぐ。
ま、負け惜しみを。聞こえよがしに言いやがって。
「つーか、サヤ。おまえ、なんでいきなりやる気になってるんだよ?」
「別に。魔王の婿候補として、これくらいは当然でしょう? まあ、しばらくはピノ様が女性同士の友情を温めているようでしたので、そっと見守っていたのですが、今日はいい機会だと思いまして。決して、いつまでも呑気にしているあなたへの嫌がらせというわけではないんですよ?」
そんな理由かよ!?
てゆーか、やっぱり俺への嫌がらせじゃないかよ!
ぐぬぬぬぬ。
これからは、もっと積極的に誘っていかないと。
あー。でも、俺。アズヴァラの名所とか全然知らないんだよな。
誰か。誰か俺に、アズヴァラのデートスポットを教えてくれ。切実!
だが、まあ。とりあえずは星降り岬での金陽花デートだ。
花瓶を用意したメイドさんが、早速テーブルの上に花を飾っているのに、サーラたちが目を奪われているその隙に、俺はそっとピノの耳元で囁いた。
ピノはニヤリと笑ってそれに答えてくれた。
甘酸っぱい感じの笑みじゃなくて、共犯者の笑みなところがちょっと引っかかるが、まあ、それはそれだ。
「明日の朝早く、二人でこっそり星降り岬に出かけないか?」
何としても、誰にも邪魔されることなく、二人きりのデートを成功させなくては!




