1 ぽよんぽよん系美少女魔王
まずは、自己紹介をしよう。
俺は、三浦英司 19歳。地元民しか名前を知らないような三流大学に通う貧乏学生。常にバイトに明け暮れている。バイトをするために大学に入ったかのようだ。かろうじて、家賃は親が払ってくれているが、仕送りはほとんどない。光熱費とか食費とかその他諸々のために、俺は勉学よりもバイトに勤しまなければならないのだ。
もちろん、彼女なんていない。
というか。俺の人生にそんなものが存在したことは一度もない。
イケメンに生まれていれば、可愛い女の子がご飯を作りに来たりしてくれたんだろうか? 綺麗なお姉さんが、ご飯に連れてってくれたりしたんだろうか?
羨ましくなんか、羨ましくなんか、ある!
女の子も羨ましいが、ご飯も羨ましい!
あいにく俺は、そんなにひどい顔をしているわけではないと思うが、なんというか、その・・・・。印象に残らない地味顔だった。体格は貧相だし、頭がいいわけでもなく、何のとりえもない。
『無個性』を体現したのが、この俺だ!
・・・・・・・・・・・・・。言ってて悲しくなってくるが、まあ、それが現実だった。
つい、さっきまでは。
ぼろアパートのちゃぶ台の上で夕飯のカップラーメンを啜っていた俺は、不意に異変を感じた。
なんか、ひんやりしてきたのだ。
窓は閉めてあるはずなのに、雨が降っている時に窓から入ってくる風みたいな。んー、ちょっと違うな。山奥にある神社の鳥居をくぐった時みたいな?
神聖な感じのする、冷気・・・・・というか、霊気というべき?
カップラに集中していた俺は、顔を上げて、麺を口から垂れさがらせたまま硬直した。
何コレ?
何処ココ?
誰アレ?
白くてツルツルした感じの床と壁。やたらと高い天井。ストライプ模様が彫られた柱。体育館の半分くらいの、ちゃぶ台を置くには広すぎる丸いドーム型の空間。その空間の中央に、六畳間の俺の部屋よりも若干大きいくらいの、床と同じ材質の丸くて平べったい板みたいなのが置いてあって、その縁の上にぐるっと蓋をしていないツボが並べられていた。俺はとちゃぶ台は、その板の真ん中にいる。
神社じゃなくて、神殿・・・・・なのか? 神殿なんて、ゲームの中でくらいしか行ったことないけど。
それでもって、目の前、板を下りてすぐ傍の位置に、見知らぬ男女がいた。
青い布地に銀の模様が入った、ゲームに出てくる神官様みたいな恰好をした白いお髭のじいさんと、青と白の聖騎士みたいなライトアーマー? ライトプレート? みたいな恰好の目元が涼やかな美人。ミニスカートの下の太ももが眩しい当たりが、いかにもゲームに出てくる聖騎士っぽい。本物の聖騎士だったら、神殿の中でむやみに肌を晒したらいけないよな? 性騎士ならともかく・・・・。
とりあえず。口から生やした面をズルリと吸い上げ、カップの中のシーフード味のスープを飲み干す。空腹には溜まらん匂いだが、この場には滅茶苦茶そぐわない。
諸悪の元は消してしまうに限る。俺の腹の中へ。
すっかり空になった空き容器に割り箸を刺してちゃぶ台に置く。
ふう。うまかった。
やっぱり、カップラはシーフード味に限る。
で。
俺は一体、どうしたらいいんだろう?
無言のまま、じっと二人を見上げると、それを合図としたかのように二人は跪いた。
「お待ちしておりました。勇者様」
「どうか、我らとともに魔王を打ち滅ぼし、このアズヴァラをお救い下さい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
えーと。
勇者って、俺のこと?
これは、あれかな?
所謂、異世界なんちゃら、とか言う・・・・・?
うん。なるほど。分かった。
「分かりました。この三浦英司、勇者として、見事魔王を打ち滅ぼしてみせましょう!」
これは、あれだな。
夢に違いない。
だったら、とことん楽しまねば!
もしかしたら、あの聖騎士? のお姉さんとのラブロマンスとか、ご都合展開があるかもしれない。だって、夢だし。
夢の中でくらい、夢を見てもいいよね!?
なんか、矛盾しているけど、だって。現実では、こんな美人とお近づきになれる機会なんて訪れるはずがないし! そう、付き合うとか以前にお近づきになれる機会そのものがない。
せめて、夢の中でくらい希望があってもいいよね!?
よし!
なんとしても、魔王を倒して、あの子とイチャイチャするぞ!
興奮して握りこぶしで立ち上がった俺は、勢いが良すぎてちゃぶ台をひっくり返してしまい、カップラの容器と割り箸が、コロコロと床の上を転がっていく。
うむ。全部、飲んでおいて正解だった。
勇者エージと呼ばれることになった。
もう少しカッコいい名前にしとけばよかっただろうかという考えは、サーラと名乗った美人聖騎士に名前を呼んでもらった瞬間、霧散した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい。
アズヴァラ大聖堂に仕える聖騎士だというサーラは、毛先に少しだけ癖のある赤毛をポニーテールにしたキリリとした美人だ。その涼やかだけど、どこか甘さを含んだ声で、自分の名前を呼ばれるのは、正直悪くなかった。
もう、現実に戻りたくないくらい。
勇者を宣言した瞬間に、よれよれのジャージが、いきなり勇者っぽい服に変わった。
さすが、夢。
青と白を基調としているのは、サーラの衣装を意識してるのかな? いや、まあ、深層意識に眠ってた昔やったゲームのキャラとかが元なんだろうけど。
心なしか、体格もよくなったような気がするなーとか思ってたら、夢じゃなかった。
その後、花びらとか果物とかが浮かんでいるでっかい風呂に連れて行かれたんだけど、鏡に映った俺は、程よく筋肉が付いた金髪イケメンになっていた。
さすが、夢!
この姿で魔王とか倒しちゃったら、その辺の村娘とか町娘とかが、こぞって俺に群がってくるんじゃね? どころか、貴族の令嬢とかお姫さまだって、あり得るんじゃね?
すっかり気分がよくなった俺は、鼻歌を歌いながらいい匂いのするお湯を堪能し、再び勇者の衣装を身に着ける。
その次は、予想通り、最後の晩餐だった。いや、最後の晩餐だと、俺が生贄にされるみたいだな。んー、最初の晩餐?
とにかく、宴だ。ご馳走だった。
あ。鳥の丸焼きがある。ローストチキンっていうの? あれ、食べたい、あれ。
他にも、川魚の香草焼きっぽいのや、茶色いソースで煮込んだ肉料理とか、なんかやたらカラフルな色合いのサラダとか、よく分からん料理が並んでいる。
髭のじいさんに、魔王討伐の旅に同伴するという4人の聖騎士を紹介され、俺も自己紹介をした。
三浦英司ではなく、勇者エージと名乗った。
いや、そうしろって、じいさんが言うからさ。
嬉しいことに、4人の聖騎士の中にはサーラも含まれていた。
まあ、当然だよね! そうでなくっちゃ!
それから、もう一人。
黒髪セミロング、清純派アイドルみたいなエーミ。女性としては長身で出るところは出ているサーラとは違い、小柄で華奢な体つき。お胸の辺りは発展途上な感じなのだが、これはこれでいいと思う。彼女の清楚な魅力を際立たせているというか。
あとの二人は、男だった。
4人全員が女の子じゃないのは残念だけど、まあ、仕方がない。
それに、たとえ夢の中とはいえ、いきなり大勢の女の子に囲まれたら、俺の脳がショートして、夢から覚めちゃうかもしれないからな。
髭のじいさんは、大聖堂の大神官だか神官長だか大僧正だかいう、とにかく偉い人らしいが、俺の夢人生において重要な情報ではないので速攻、記憶から削除した。
出立の準備は既に整えられていて、翌朝には、俺たち5人は魔王の城へ向かって旅立った。
実を言えば、夜中にぱ○ふぱふ的なサービスがあるのではないかと期待していたが、そのシーンはカットされた。
俺の夢なんだから、仕方がないのかもしれない。
そのあたりは、まだ未知の領域だからな・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
とにかく!
俺たちは旅立った。
道中には魔物が出たが、勇者となった俺は剣も魔法も自由自在。ノープロブレムだ!
とりあえず、定番のファイアボールとかアイスニードルとか唱えてみたら、本当に火の玉とかつららみたいなのが飛んで行く。大抵の魔物はこれで何とかなる。すっげー、気持ちいい。
せっかく勇者なんだから、○ガテインとかミ○デインとか使ってみたかったけど、どんなエフェクトか思い出せなくて、不発に終わると恥ずかしいのでそれはやめておいた。
食事時には、両脇をサーラとエーミが固め、お酌をされたり口元を拭われたりと、甲斐甲斐しく世話をされる。
剣も魔法もそつなくこなすサーラは、「魔王を倒したら、聖騎士を引退してお嫁さんになるのもいいな」とか言いながら、頬を赤らめて俺を見つめてきたりするし。
剣よりも魔法の方が得意なエーミは、「私、結婚しても聖騎士として働きたいんです。剣も魔法も強くて、ずっと一緒に戦ってくれる旦那様が欲しいな」とか言いながら、上目遣いで見上げてくるし。
これ、確実にフラグ立ってるよね?
まさに、今が人生の絶頂期だった。
・・・・・・夢だけどな。
邪魔だと思ってた聖騎士男×2も、夢だけあって、滅茶苦茶、俺にとって都合のいい存在だった。
戦闘時には頼りになるし、俺と女の子の中を邪魔したりは決してしないし。女の子とちょっといい雰囲気になってる時に、雑魚敵が現れた時には「お任せください」とか言って、率先して戦ってくれるし。
ありがたや、ありがたや。
旅は順調に続き、各地で魔物に苦しめられている人々を助けたりしながら、大作RPG一本分ぐらいの冒険の末、俺たちはついに魔王の城にたどり着いた。
少し先に見える城は、なんか、いかにもな魔王の城だった。
空はどんよりとした厚ぼったい雲に覆われていて、辺りは薄暗い。周りには、至る所に沼がある。うっかり足を踏み入れたら、たちまち毒に侵されそうな沼が。あとは、ポツンポツンと枯れ木の姿が見えるだけで、生き物の息吹がまるで感じられない。
魔物姿すら見えなかった。
この頃になって、ようやく俺は。
これ、もしかしたら夢じゃないんじゃね?
と、思い始めていた。
いや、だってさ。
夢なのに、夜になると寝てるし。そんで、さらに夢とか見ちゃったりもするし。ご飯はちゃんと味がするし。魔物にやられると、すぐ治るんだけど、ちゃんと痛いし。大自然のトイレとかも普通に使ってるし。これが夢なら今頃、布団の中は大変なことになっているはずだ。
イケメンになったり、魔法が使えたり、女の子にもてたり、夢としか思えないんだけど。
でも、夢にしては、やけにリアルというか。
魔王の城を前に考え込む俺を、緊張しているのだと勘違いしたのか、サーラとエーミが両脇からそっと俺の手を握りしめてくれる。
そうだった。
二人からは、「魔王を倒したら、伝えたいことがあります」と言われてたんだった。
この状況で伝えたいことなんて、もう、アレしかないよね?
夢かどうかなんて、魔王を倒したら考えればいいよね。
今考えるべきことは、サーラとエーミのどちらを選んだらいいのかということだ。
・・・・・・これが夢なら、両方選ぶというのもアリなんだろうか?
だって、俺。これから、魔王を倒した勇者になるんだし。
「よし、みんな行こう! 俺たちで、必ず魔王を倒すんだ!」
その決意は早くも挫かれたというか、なんというか、思い切り出鼻を挫かれた。
「これは、一体・・・・・・」
魔王の城の正門は、破壊されていた。
大口径のナントカ砲みたいなので、ぶち破ったみたいに。
何の金属か分からいけど、厚みが10センチくらいあるんですけど・・・・。
俺たちは、顔を見合わせる。
何事なのかな、これは。
魔族同士のクーデーターとかだったら、まとめてぶっ飛ばせばいい。
だが。もし、俺の他にも勇者がいて、俺より先に魔王を倒してしまったのだとしたら? そうしたら、どうなるのだろう。
サーラとエーミは俺のことなんてすかっり忘れて、目を輝かせて魔王を倒した勇者の元へと駆け寄り、一人取り残されてた俺は失意のうちに自分のボロアパートで目覚める。
こ、これは、悪夢だったのか?
ありうる・・・・・。
このまま引き返して、どっかの村でサーラとエーミと三人でのんびり暮らしたい。
切実にそう思う、のだが。
「行きましょう。何があったのか、確認しなくては」
「ですね」
サーラとエーミが率先して城の中に入っていってしまうので、俺も後に続くしかない。
二人だけを行かせるわけにはいかない。
いや、聖騎士・男×2もいるけど。
先に門をくぐった二人は、入り口付近で立ちすくんでいた。
「・・・・・・・・・・・・」
理由は、すぐに分かった。
門をくぐった先の、広間みたいなところ、その右と左の両方のスペースで、大型の魔物が死んでいた。
サイズは、象さんくらいか?
二体とも、二つの首を持つ、所謂キメラとかいうヤツだ。
首をすべて切り落とされ、胴体は真っ二つにされていた。
よく見ると、他の魔物の死体もいくつか転がっていた。どれも、二つ以上に分割されている。
キメラが衝撃的過ぎて、気が付かなかった。
俺たちは無言で先を急いだ。
個人的には急ぎたくなかったけれど、サーラとエーミがずんずん進んでいくので、仕方なく急いだ。
広場から二階に上がって、少し進んだ先。
正門同様にぶち破られた扉と、その両脇に転がる魔物の死体。
扉の向こうは、謁見の間? のようだった。
ふかふかの赤い絨毯の向こうに、玉座が見える。
角を生やしたが体のいい男が座っていた。あれが、魔王か?
玉座の手前に、女の子が立っていた。
黒いチリチリした髪をツインテールにした女の子。
こちらに背を向けている。
腰の下まであるマントの下から除く、程よくむっちりした太ももが目に眩しい。
城の中に入って初めて、俺は先頭に立って歩いていた。
目は、魔王ではなく、太ももに釘付けになっている。
あの少女は、誰なのだろう?
早く、顔を見てみたい。
五メートルほど手前で、立ち止まった。
なんて声をかけたらいいんだろう?
ここへ来た目的を、俺は完全に見失っていた。
少女が振り返る。
「魔王に匹敵するほどのその魔力。おぬしは誰じゃ?」
「俺は・・・・・勇者・・・・エージ・・・」
可愛らしい声だけど時代がかかった少女の問いに、俺は息も絶え絶えに答えた。
可愛い・・・・。
ありえんくらいに可愛い。
小さめの顔の中で、子猫のように光る眼が印象的だ。
ちょっとツリ目気味の瞳と、クルクルでバサバサのまつ毛。程よい高さの形のいい鼻。手触りのよさそうなバラ色の頬。ふっくらとしたチェリーピンクの唇。細い顎。
マントの下は刺激的なビキニだった。骸骨の指が、振り向いた振動でぽよんと揺れる胸を支えている。ぽよんが二つでぽよんぽよん。あそこへ顔を埋めてみたい。というか、あの指になりたい。
下の方も、両方の腰骨を骸骨の手が支えるようにして掴んでいて、その指の先から伸びた布が申し訳程度に大事なところを包み隠している。
どうしよう。まだ、鼻血は垂らしていないはずだが、さっきから動悸が治まらない。このままだと、心臓が破裂して死んでしまうかもしれない。
「なるほど、勇者か。歓迎しよう。我が名はピノ、つい先ほど、この城の新たな魔王となった」
少女の子猫のような目がキラリと光る。
ん? 新たな魔王? じゃあ、玉座に座っているあれは?
自称新たな魔王ピノは、フッと口元に笑みを浮かべた。少女らしい可愛い笑みではなく、自らの絶対的有利を確信している笑みだ。ピノは、手にしていた杖でトンと床を叩く。杖のてっぺんにはしゃれこうべが引っかけられていた。
だが、注目すべきはそこじゃなかった。
トン。という音を合図に、玉座に座っていた魔王の体がサラサラと砂のように崩れていき、パサリと服が椅子の上に落ちる。
「な!?」
背後からどよめきが聞こえてくる。
静かだと思ったら、もしかして最初から死んでたの?
「くふっ。以外にもあっけなく片付いてしまってのう。少々、物足りなかったのじゃ。勇者とあらば、相手にとって不足はない。先代魔王に変わって、相手をしてやるとしよう」
獲物を狙う猛獣の眼差しで俺を見つめるピノ。今にも舌なめずりしそうだ。
後ろで、剣を構える気配がした。
目の前の、ぽよんぽよん系美少女魔王を見つめる。
相手ならして欲しい。
でも。倒すのも倒されるのもごめんだった。
ならば、することはひとつ。
「魔王ピノ・・・・」
俺は、本能に従った。
「俺と、結婚を前提にしたお付き合いをしてください!」
魔王ピノの目の前で、俺は土下座をした。
土下座をして、交際を申し込んだ。
「ほう?」
「何!?」
「そんな、エージ!?」
動揺したサーラとエーミの声も、もう俺には届かない。
なぜなら、俺は気づいてしまった。
そうだ。
間違いない。
俺は。
この子に会うために、生まれてきた!!!
この子が、俺の運命の女の子だ!