──あり得ない事態が起きていた
──有り得ない事態が起きていた。
暗い洞窟の中。日を遮ってなお熱が入り込んでくるその場所で、六つの人影が向かい合っている。
六人は男女に分かれ、きっちり三対三で向き合っていた。表情は険しい。今にも争いが始まりそうな剣呑さだった。
男側。先頭にちょこんと立つ小さなウサギ──エドガーは、ナイフを突きつけ血走った目で言った。
「豚エルフゥ……! 早くこっちに来い……! これ以上手こずらせるなら、俺も優しくは出来ねぇぞぉ……!」
よほど怒っているのか、やっとの思いで絞り出したようなしゃがれた声。
どこか力の無い声ではあったが、それが逆に恐怖を感じる。
蔑称で呼ばれたフィーリアは、アメリアとジーナの背に隠れて震えている。
「い、いやですぅ! エドガー様の為なら命をかけられますけど、私にだって出来ないことがありますぅ!」
「今こそその覚悟を見せる時だろうがぁ……! いいからこっちに来い……! 優しくしてやるから……!」
「やっ、やだ……やです、やです……! ひぃいいいん……!」
フィーリアは耐えきれず、イヤイヤと首を振りながら涙を流した。
そんなフィーリアを痛ましげに見て、アメリアはキッと鋭い目をエドガーに向ける。
「エドガー。いくらなんでも最低だよっ。いくらエドガーでも、許せないことだってあるんだよっ」
エドガーを溺愛するアメリアからの、厳しい一言。
しかし、エドガーは怯んだ様子もなく、ククク、とくぐもった笑い声を上げた。
「今の俺はその程度の言葉じゃ止まらねぇ……! どうしても俺を止めてぇっていうなら……アメリア。なんだったらお前がそこの豚エルフの代わりになってもいいんだぜぇ……?」
「……ッ! 最っ低!」
「クキキキッ、最高の褒め言葉だぜ。ありがとよぉ……!」
軽蔑の瞳を向けられ、吐き捨てるような声で言われても、エドガーは怪しく笑って全く堪えていなかった。
──有り得ない事態が起きていた。
あの依怙贔屓の酷いエドガーが、よりにもよって特に気にかけているアメリアから、本気で軽蔑されているというのに。
それでもなお、敵対の姿勢を崩さないなど!
天地がひっくり返っても、有り得ない事態だった!
アメリアと同じように、侮蔑の態度を隠そうともしなかったジーナが、見るのも嫌だとばかりに目を逸らして舌打ちする。そして、エドガーの背後に控えている男共にドスの効いた声をかけた。
「おい、テメェらもいつまでボーっと突っ立ってんだよ。とっととそのクズを止めろや!」
「「…………」」
ネコタとラッシュはお互い顔を見合わせ、気まずそうに目をそらす。だが、それでもエドガーを止めようとはしなかった。
「僕だって、こんなことはしたくないですけど。でも……」
「実際、このままだと俺らも不味いからな……一縷の望みがあるなら……そう、緊急事態なんだよ……だからしょうがねぇだろ」
「このクズ共が! 本当救いようがねぇなテメェら!」
エドガーにのみ向けられていた汚らしい物を見るような視線が、ネコタ達にも向けられる。二人はとてつもない罪悪感と居心地の悪さを感じながらも、やはり、そのまま行動に移そうとはしなかった。
──有り得ない事態が起きていた。
依怙贔屓の酷いエドガーが、お気に入りの相手に罵られても敵対する。
エドガーに甘いアメリアが、そのエドガーを相手にかつてないほど冷え切った目を向ける。
女性陣を敵に回しながら、ネコタ達が消極的ながらもエドガーの味方をする。
どれもが、有り得ない事態だった。
このパーテイーで男女が綺麗に分かれて争いが起きるなど、決して考えられないことだった。
パーティー崩壊の危機に繋がりかねない、考えもしなかったこの状況が何故起きてしまったのか? それを語るには、少しばかり時間を遡ることになる。
……大方予想はつくであろうが、それでも念の為、言っておく。
過去最高、そしておそらくこれから先、これ以上はないほど──ゲスい。
面白いと思っていただけましたら、モチベーションアップになりますので是非とも下の評価ボタンをポチッとお願いします!