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人間やめても君が好き  作者: 迷子
四章 孤高の氷狼

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判定ガバガバでしょ!



「そんな、バカな……!」


 オリバーが腰元から引き抜いた物を見て、ネコタは目を見開いた。

 何故なら、それは日本で何度も目にしたことのあるものだったからだ。


 最近では実物を見かけることも少なくなってきた、ある意味珍しい物。しかし、誰もが知っている道具の一つ。


 それはネコタの知る限り武器ですらなかった。いや、確かに人に痛みを与えることは出来る。しかし、これを武器として実戦で使う奴が居るバカがいるのかと、ネコタは己の目を疑った。


 ――それは、巨大なハリセンだった。


 ボケというパスを綺麗に打ち返すための、お笑いの道具だった。

 ネコタは脱力感に襲われ、ヘナヘナと膝から崩れ落ちた。


「もう、本当になんなの……どこまでふざければ気が済むんですか? えっ、何? もしかしてツッコミ待ち?」

「むしろツッコむのは向こうだろ。見て分からないとか、バカかな?」


「そういうことを言ってんじゃねえんだよ! 分かれや!」


 ネコタはマジギレだった。

 普段の口調を忘れるあたりで、どれほどの怒りなのか伺い知れる。

 ぬあああああっ! と髪を掻きむしり、ネコタは喚く。


「何を出すのかと思ったら、よりにもよってハリセン! バカにしてる? バカにしてますよね!? ふざけんなよ本当に! 真剣に警戒してた僕がバカみたいじゃないですか!」

「落ち着けよ。バカに見えるぞ」


「バカはアイツだろ!? なんだよハリセンって! あんなもんで戦える訳ないでしょうが!」

「止めとけ。そんなこと言ったらいざ負けた時、途轍もなく惨めになるぜ」


「あんなもんで負ける奴が居る訳ないだろ! あれで負けろって方が難しいわ!」

「あーあ、言っちまったな。知らねぇぞ。俺は忠告したからな」


「ええ、構いませんよ! あんなんに負けたら死んでやるよ!」


 ネコタは自ら首を絞めていった。

 よっぽど自信があるのだろうが、珍しいことである。

 しかし分かっていない。人はそれを、フラグと呼ぶ。


「そうか……ま、いいけどな。自分の言葉には責任を持てよ」


 エドガー憐れむようにネコタを見る。まるで出荷されていく家畜を見送るような、そんな目だった。


 それがなおさらネコタを苛立たせる。どう見れば自分がアレに負けるという結論が出るのだろうか。むしろ負ける方が難しいだろうに。


 このウサギもアイツも、自分を舐めすぎだ。あまりの扱いにネコタは心が荒んでいくのを感じた。


「ガハハハハッ! 威勢が良いな! だが、その台詞はこいつの力を見てから言うんだな! 行くぞぉ!」


 オリバーはネコタの暴言を笑い飛ばし、ハリセンを構えて走りだした。

 ハリセンを片手に全力で駆け寄ってくる敵。なんとも間抜けな光景だ。とてもではないが、ふざけているようにしか見えない。


 ネコタは投げやりになりながら、おざなりに剣を構える。


「ああー、はいはい。本当にやる気なんですね。たくっ、【聖なる盾】よ!」

「あれ?“女神様ぁ!”はもう止めたのか?」


「うるさい! このすぐあとにはお前だからな! 用意しとけよ! 僕は本気だぞ!」

「そう思い通りにならんと思うけどなぁ……」


 女神の守りへの信頼か。結界を張っているとはいえ、敵から目を離して怒鳴ってくるネコタ。自分の結界が破られるとは思ってもいないようだ。


 ぬぅぅううう、とオリバーは唸り声をあげる。ビキビキと腕の筋肉が軋む。


「まともに戦う気すらないか! ちょこまかと動き回り、穴倉に逃げ込んで引きこもるとは、貴様――」


 オリバーは全力で振りかぶり、大声を上げて横からハリセンを叩きつける。


「――ネズミかっ!」


 ――パリィイイイイイイイン!


「はっ? えちょっ、ぐぺぇ……!?」


 あれだけの硬度をもったネコタの結界は、ハリセンが触れた途端あっけなく崩れ去った。


 硬直したネコタの頬に、スパアアアアアアン! と気持ちの良い音と共に、ハリセンが叩きつけられる。ネコタはギュルギュルと錐揉みしながら宙を舞い、ドシャリとエドガーの側まで飛ばされた。


「痛あああああっ!? 何これ!? どうなってんの!?」


 派手に飛ばされたが、意外にも見た目ほどにはダメージがないらしい。

 ネコタは涙目で赤くなった頬を抑えながら、エドガーに問いただす。


「ちょっとエドガーさん!? どういうこと!? あんなハリセンで僕の無敵の盾が――」

「くひゃひゃひゃひゃ! ハッ、ハリセンで宙を……あんなに綺麗に! 期待通りだ……さすが勇者……!」

「笑ってる場合じゃないだろ! いいから早く答えろおおおおお!」


 転がって爆笑するエドガーにネコタは怒鳴りつける。

 あまりの光景に笑い死にしそうなエドガーだったが、ヒュー、ヒューとなんとか息を整え、言葉を絞り出す。


「グヒュー、フヒュー……ああ、死ぬかと思った。お前、俺を殺す気か? 【勇者】じゃなくて本当は【道化(ピエロ)】の【天職】を持ってたりしないか?」

「いいから知ってることを早く答えろよ……今の僕に余裕はないぞ……!」


「そう怒らなくても教えてやる。ありゃ【神造兵器(ディバインウェポン)】ってやつだ」

「【神造兵器】? なんですかそれ?」


 聞いたことのない言葉に、ネコタが冷静さを取り戻す。

 ようやく息を整えたエドガーは、直前まで笑っていたのが嘘だったかのような、真剣な顔で語った。


 この世界の様々な場所で発見される遺跡、又は迷宮では、特殊な性能を持った道具が発見されることがある。これがいわゆる、【古代遺物(アーティファクト)】と呼ばれるものだ。


 現代よりも文明が発達していたとされる古代人が作り出したそれらは、再現不可能の技術を使われているというだけあって、現代で作られる装備とは比べものにならない性能を持っている。


 だが、そんな【古代遺物】の中でも、更に一線を画す強力な兵器が存在する。


「それが、【神造兵器】ってやつだ」


「【神造兵器】って……まさかとは思いますけど、神様が関わっていたりとか?」

「ああ、そのまさかさ」


【神造兵器】。その名の通り、神々が作り出したとされる兵器だ。


 古代人は自分たちの作品の中でも特に傑作と言える物を、信仰する神々に供物として捧げる風習があった。


 大抵は自己満足で終わる風習ではあるが、時折、神々の目に適い、捧げられた作品にその神の権能である概念的な属性が祝福として付加される物がある。


 神々の力が宿った概念武装。それこそが【神造兵器】。


「まさしく神の武器と言える代物だ。一応、お前の聖剣もその一種だな」

「僕の聖剣と同じ……それに、概念的な属性の付加って、なんだかとんでもなさそうな……」


「ああ、火や水なんていったちゃちな属性じゃねぇ。まさしく概念そのもの。中には時間や空間に干渉する物もあるらしい」

「そんなの反則じゃっ! まさに神様の力じゃないですか!」


 借り物であり、小規模であるとしても、人の身では決して届かぬ力まで操る武器。

 それは神そのものに成るのと、何の違いがあるのか。

 見かけで侮ってはいけなかった。今更それを理解し、ネコタは顔を青ざめさせた。


「ああ。しかも、奴の得物はその【神造兵器】の中でもさらに特殊な物だ」


 神の力を宿す【神造兵器】は、どんな形状だろうと強力な武具、道具へ昇華させる。だが、それにも例外と言える代物が存在する。


 見初められた道具のその使用目的が、あまりにも付加された属性と異なる場合、付加された属性が道具に合わせより適応した属性に変質し、神々さえ意図しない兵器が生まれることがある。


「そんな、神の予想さえ裏切り、覆した兵器を俺たちは畏怖を込めてこう呼ぶ。【神々の悪戯(ゴッズミスチーフ)】とな」

「【神々の悪戯】……ッ!」


 ゴクリ、と。ネコタは緊張から唾を飲み込んだ。

 全能とされる神さえも予期しなかった力。それがまともな物であるはずがない。あるいは、神さえ超える可能性も……。


 エドガーは険しい目でオリバーのハリセンを睨み、言った。


「あのハリセンに祝福を与えた神は──【正義と審判の神ジャルネル】! 

 与えられた属性は【断罪】の変異属性――【ツッコミ】! 

 攻撃時、使用者がツッコミを成立させた場合、防御を無効化して攻撃を貫通させる恐るべき兵器だ!」


「結局そんなオチかよ! 返せよ! 僕のシリアスを返せぇええええええええええ!」


 ネコタの悲痛な叫びだった。

 周りの人間だけではなく、神々さえも僕をバカにする。

 こんな世界、いっそ滅びてしまえばいいとネコタは思った。彼の限界は近かった。


「ていうか【断罪】が変形して【ツッコミ】ってなんだよ!? 上手いこと言ったつもり!? 全然上手くないから!」

「落ち着けよ。だから言ったろ。【神々の悪戯】ってよ。深く考えるだけ損だぞ。ただの悪ふざけだ」


「程度ってもんがあるだろ! 程度がああああ! よりにもよって【正義と審判】の神でさえこれかよ! それでいいのか神様ぁああああ!」

「あんまり神々に期待すんなよ。【女神アルマンディ】に会ったんだから分かるだろ? 皆あんなもんだって」


「一人くらい……一人くらいマトモな神を求めるのは間違ってますか……? こんな、こんなふざけた神じゃなくて……もっと厳格な……尊敬出来る神は居ないんですかぁ……?」


 ボロボロと、ネコタは四つん這いで涙を零した。

 故郷に帰りたいと、ここまで本気で思ったことはなかった。

 まぁ、正義を司る神がこれなのだから、正直望み薄である。


「気持ちは分かるが、あのハリセンの性能に関しちゃ馬鹿にできねぇぞ。

【ツッコミ】の属性はな、防御無効の効果を標準で備えている上、ツッコミの的確さとキレに比例して、その威力が増減するんだ。つまり、一流のツッコミほどダメージが大きくなる!」


「笑いの神にでもなったつもりかぁああああ! どこまで傲慢なんだジャルネルゥウウウウウウ!」

「正義の神っていうくらいなら、ストレスが溜まってそうだしな。ちょっとした気の迷いみたいなもんだったんじゃねぇかなぁ」


 そんな俗な理由で、あんな物を作られてはたまったものではない。

 いつか出会う機会があれば、きっちりと問い詰めようと思うネコタだった。

 神への反逆心を燃やすネコタに、エドガーは珍しく労わるような優しい声で言った。


「で、どうする? 勝ち目は無くなったし、逃げるか?」

「逃げる……逃げる、ですって? あんなふざけた武器を相手に逃げろってんですか!?」


「いや、だってお前、どうやって勝つんだよ。結界も紙切れになっちゃったのに」

「それはそうだけど……! い、いやです! よりにもよってあんなのに負けて逃げるなんて」


「気持ちは分かるけどよ、時には負けを認めて素直に引くことも、大事なことなんだぜ?」

「…………ッ! ……や、やだ……うわああああああああ!」

「あっ、バカッ!」


 エドガーを振り払い、ネコタは飛び出した。

 顔をくしゃっとさせて、涙を流しながら走る様は、まるで駄々をこねる子供のようだった。


「【リラックスポーズ(正面)】!」


 当然のごとく、オリバーは悠々と受け止める。先程よりも弱い、ガンガンと体に当たる剣の感触に顔を顰めた。


 もはや、ポーズを取るまでもない。

 一撃に合わせ筋肉を膨らまし、ネコタの剣を弾く。その反動でハリセンを振りかぶる。


「男のくせに、痛くも痒くもない蚊のような攻撃! 貴様――」

「ぐっ!? くそぉおおおお!」


 焦るネコタに、オリバーは全力でハリセンを振った。


「――軟弱かっ!」


 迫るハリセンを、ネコタは剣で受け止めようとする。しかし、まさに剣がハリセンを受けようとしたその瞬間、自らの意志と反し、腕が下がった。


「はぁ!? ありえな――」


 スパアアアアアアアアアアン! と、再びネコタの頬に痛みが走る。

 二度目の空中錐揉み回転。ドシャリとまたエドガーのすぐ側に着地。しかし、今度はガバリとより早く立ち上がった。


「痛ぁあああああああああ!? 何あれ!? 意味分かんない! け、剣が勝手に動いてっ!」

「だから言ったろ。防御無効だって。ツッコミだからな。避けるのは無粋なんだよ」

「ツッコミってなにぃぃいいい!?」


 ネコタの心からの叫びだった。

 まさか異世界に来て、お笑いの真理に踏み込むことになろうとは思いもよらなかった。


「納得できるかぁ! 軟弱かっ、ですよ! あんなのでツッコミ成立!? ズルいですよ! あれならなんだってツッコミになっちゃうじゃないですか!」

「俺に言うなよ。文句なら祝福を与えた神ジャルネルに言え」


「判定ガバガバでしょ! それでも笑いの神かよ!」

「いや、一応正義の神だからそこは大目に見てやれ。お笑いってもんを分かってねぇんだよ」


 酷い侮辱である。

 神ジャルネルがこの場に居たら、間違いなく天罰を与えられていただろう。


「あと、あの武器は使用者の知能に応じて判定が甘くなる親切設計でな。ほら、アイツバカだろ? だから大抵のツッコミが通っちまうんだよ。まぁその分、ツッコミのキレが甘いから威力は下がるんだが」


「あんな力の強い人なら補正なんて要らないじゃないですか! 凄く痛いですよ!」

「そういうことだ。相性だけ見ればあれ以上に相応しい奴もいねぇんだよなぁ」


 道具の性能を引き出せているとは言えないが、相性の良さだけで誰にもない強さを身につけている。これもまた理不尽な話だ。

 対処のしようがない敵に、ネコタは悔しげに唸った。


「ズルいですよ、あんなの! どうしろって言うんですか! 一番あの人が持っちゃいけない武器でしょ!」

「でも逆に言えば、アイツが持ってるからこそその程度の被害で済んでるんだぜ。痛いっ、で済むんだからまだマシだ。例えば俺がアレを使ってみろ。世界最強のウサギの完成だ」


「なる訳ないだろ! あんたにあるのは笑いのセンスじゃなくて意地の悪さだよ!」


 羨ましそうにハリセンを見るウサギにそう言いつつも、ネコタはそんな未来を想像してしまった。

 ただでさえムカつくウサギが、決して防げないハリセンを持って敵をしばく。その屈辱は如何ほどか。考えただけで悪夢である。


「だが、これでもう理解しただろう? お前じゃアイツには勝てないよ。俺と同じで、アイツとは相性が悪すぎる」

「ぬぐぐぐぐっ……!」


 真実だからこそ、ネコタは唸るだけで何も言えなかった。


 こちらの攻撃は一切通じず、防御も回避も意味をなさない。それが分かっているからこそ、エドガーは遭遇して早々に逃げ出したのだ。

 それを早く言えと思わなくもないが、言ったところで素直に従ったかと言われると、難しいところである。


「ぐぐっ……! でも、あんな武器から逃げるなんて……プライドが……!」

「じゃあ、このまま続けるか? 甘いツッコミで武器の威力は抑えられているが、アイツの怪力によって痛みは感じるという、絶妙な塩梅でシバかれ続けるんだぞ? ハッキリ言って生き地獄だぜ……」


 うんざりした表情で、エドガーは言った。

 もしかしたら実体験なのかもしれない。それを聞いては、ネコタも流石に戦う気にもなれなかった。


「……これは逃げる訳じゃないですよね」

「ようやくお前も分ってきたようだな。その通り、これは策略だという物だ」


「おおおおおい! また話し込んでるな! もう諦めたのか! それとも、何かいい手段でも思いついたか!」


「ああ、とっておきの戦法を考えついたぜ!」

「ほうっ! そうか、それは楽しみだ! よし、ならばかかって来い! 正面から跳ね返してやろう!」


 凶悪な笑みを見せるエドガーに、オリバーも【ポージング】で応えた。

 エドガーとネコタは一瞬、目を合わせる。次の瞬間、二人は躊躇わず走り出した。


「戦術的撤退! ふはははははは! あばよ筋肉ダルマ! 一生そこでポーズでも取ってろ!」

「ぬおっ!? ――ぬぅ、この期に及んで逃げ出すとは、この臆病者共が! 待たんかこらあ!」


「げっ! エドガーさん! 追ってきてます! 凄い速さで追ってきてますよ! このままじゃ追いつかれます!」

「安心しろ! いざとなっても俺だけは余裕で逃げ切れる!」


「僕が捕まるだろうがああああ! ふざけんな糞ウサギィイイイイイ!」

「冗談だよ、冗談。大丈夫だ。どうせすぐにへばるからな」


 涙目でなっていたネコタだが、エドガーに言われ走りながら後ろを見た。

 走り出した直後はこちらよりも速かったオリバーだが、それが嘘だったかのようにドスドスと重い足取りだった。


「ぜっ、ぜっ……ま、待てぇ……! くそ、相変わらず逃げ足の速い……!」


「あれ? 変だな。本当に遅くなってますよ。これなら余裕で逃げられますね」

「だろ? アイツ、筋肉のおかげで瞬発力はあっても、持久力は全くないからな。長距離なら簡単に引き離せるんだよ。

 アイツとは戦うよりも、素直に逃げた方が賢いやり方なのさ」


「本当ですね。これならさっさと逃げれば良かった……」


 余裕が出来たからか、ほっと息を吐き自分に呆れるネコタ。

 ムキになっても碌なことはないんだなと、先ほどまでの行動を反省する。

 ウケケケと、エドガーはからかうように笑った。


「時には素直に逃げることが最適だって良く分かったろ? 

 生き残ることが重要なんだから、意地を張るべきではない場面で無理をしないってのも実力の内ってことだ。そして覚えておけ。喧嘩はな、勝ったと思った方が勝ちで、負けと思ったほうが負けなんだよ」


「……あの~、それはどういう意味で?」


「ふっ、つまりこういうことだ。――やーいっ、ノロマー! 相変わらずとろいなお前はよぉー! それで真面目に走ってるつもりかよ! スライムの方がまだ速いんじゃねぇの!?」


「ぬぐぅうううう! ……ぜぇ、ぜぇ! おのれぇええええ! こ、この臆病者めっ! と、止まれぇ……ぜぇ、ぜぇ! 卑怯者めが……! 男なら、正々堂々……戦わんかぁ!」


「ふひゃはははは! 居る居る、自分の思い通りにならないからってすぐ相手を卑怯者呼ばわりする奴! そういうお前が一番卑怯だって気づいてますかー!?」


「おのれぇえええええ……! ぜぇ、ぜぇ……! 相変わらず……性根が腐り切ってやがる……!」


「負け犬に何を言われても全っ然堪えませーんっ! 悔しかったらご自慢の筋肉とやらでなんとかしてみればー? これくらいで息切れとか、自慢の筋肉も泣いてるぜー?」


「くそぉおおおおお! ……ぜぇ、ぜぇ……許さん、許さんぞエドガァアアアア!」


「わははははは! 見ろネコタ! あの悔しそうな顔! なぁ? 戦わずして相手に勝つ方法なんていくらでもあるんだよ!」

「そうですね。でも、僕には出来そうにないです」


 ネコタはオリバーに同情する。痛いほどその気持ちが伝わった。いつの間にか負け犬扱いされているその悔しさは、ハリセンでシバかれる以上の物だろう。


「逃げてちょっと口で言い負かすだけで、これほどの優越感を得られる。アイツとの戦いで唯一楽しめるところだよな!」

「それが出来るのはあんただけですよ。というか戦いですらないし」


 逃げているのに、生き生きと表情を輝かせるエドガーがそこに居た。

 よくもまぁ、良心の呵責もなくあそこまで言えたものである。こうはなりたくないと、ネコタは思った。


 差はみるみる広まっていき、しばらく走ったころには、オリバーの姿が豆粒のように小さくなっていた。

 ひとまずの安全を得られ、ほっとネコタが一息つく。


「もう大丈夫そうですね。追いつかれることもないでしょう」

「だな。だが、のんびりしすぎて追いつかれるのも馬鹿らしい。このまま山を登って、姿を消しちまおう。ゆっくりするのもそれからで遅くはねぇ」


「――あら、そんなに慌てなくてもいいじゃない」


 もう、差し迫った危険はない。

 二人がそう思った、その時だった。


 色気のある、頭が蕩けそうな声が耳に届いた。


「オリバーとだけ遊ぶなんてズルいわ。今度は私と遊びましょうよ」


 再び、二人の進路を塞ぐように立つ者が居た。


 ――妖艶なる女冒険者。”嬢王(クイーン)”、レティ・ローズが、そこに居た。




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