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人間やめても君が好き  作者: 迷子
四章 孤高の氷狼

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筋肉ぐらい俺にだってあるわい



 足跡一つない、見渡す限りの銀世界。

 生命の気配もなく、静かな時間が流れる。

 壮大な自然の美しさ、そして過酷さが伝わる風景に、異変が一つ。


 どこまでも広がる雪の絨毯。その一部でボコリと音を立て、雪が膨らんだ。

 そして、ボコボコボコボコッと、その膨らみは恐るべき速度で動き出す。まるで土の中を進むモグラのようだ。

 そしてその速度が最高潮まで達し、バサァと雪が弾け飛んだ。


 雪が舞い散り、キラキラと日の光を反射させる。その幻想的な光景の中心に、空高く舞い上がる生物が居た。


 ――雪と見まごうばかりの白いウサギ。我らがエドガーさんであった。


 高く跳ね飛びピタリと宙に止まると、クルクルと回ってシュタリと着地。完璧な挙動にエドガーは満足げに微笑む。


「――エドガー百八つの隠し技が一つ【寒中雪泳】。雪の中をこうも泳げる奴は他におるまい。”雪原の飛び魚”とは俺のことよ」


 名の多い男だ。無駄に多才である。もっとも、役に立つ機会もそうなさそうではあるが。


「っと、こんなこと言ってる場合じゃなかった」


 周りに人が居ないせいなのか。珍しく自分の世界から帰ってくるのが早かった。

 ムクリと背を伸ばし、キョロキョロと辺りを見回す。その姿は完全に野生のウサギさんだ。とても可愛らしい姿だが、これで中身がゲスなのだから酷い詐欺である。


「時間との勝負だ、急がないとな。ジーナにラッシュはなんとかするだろうが、他が心配だ。アメリアはともかく、フィーリアが特にヤバイ。アイツ、とろいからなぁ……窒息する前に掘り出してやらんと」


 ナチュラルにネコタを忘れているあたり、どういう扱いなのかお察しである。

 まず真っ先に心配しなければならない筈なのだが。彼が死ねばどうなるか本当に分かっているのか、問いただしたい。


「しかし、探すと言ってもなぁ。こんな広い場所を片っ端から探すというのも――ッ!?」


 途方も無い労力がかかりそうだと、エドガーは気の進まなそうな顔になる。しかし、視界の端に引っかかった物を見て、ハッと息を飲んだ。


 見逃しそうなほど遠くにある、小さい物。しかしよく観察すれば間違いない。


 ――それは、確かに人の手だった。


「アメリア! フィーリア!」


 血相を変えてエドガーは駆け出した。

 足を取られる雪原だが、そこはウサギ。むしろこういった場所は得意である。ズババババッと、平地よりも早いのではと思われる速度で、助けを求めるように空に伸ばした手の元にたどり着く。


「待ってろ! 今助けてやる!」


 いつになく必死な表情で、ドババババッ、と物凄い勢いで雪を掘り出す。


「クソォ! 死ぬなよ! 今、絶対に助けてやるからな!」


 ――ザザザ! ザザザ! ザザザ! ザザザ!


「もう少しだ! もうちょっとの辛抱だ! 待ってろ! すぐに暖めてやるからな!」


 ――ザザザ! ザザザ! ザザザ!


「――見えた! よし、あと少しだ! これで助かっ――」


 ――ザザザ! ザザザ!


「………………」


――ザザザ……ザザザ……ザクッ、ザクッ、ザクッ……。


「…………はぁ」


 エドガーはガックリと肩を落とすと、ヒョイと立ち上がり、クルリと背中を向ける。そしてスタスタと歩き出してしまった。


 何事もなかったかのように、静かな時間が流れる。しかし、エドガーが十メートルほど離れた所で、ブハァ! という声と共に、雪が弾け飛んだ。雪の中から出てきたのは、今にも死にそうなほど息を切らせたネコタだった。


「はぁ、はぁ、はぁ……! あ、危なかった……もう少しで死ぬ所だった」

「チッ、生きてたか。しぶとい奴め」

「生きてたか、じゃないだろ! 助けろよ!」


 当然の如く、ネコタの怒りは大きかった。




 ♦︎   ♦︎




「本っ当にあり得ないですよ! 死ぬかもしれないってのに放っておきますか!?」

「結局助かったんだからいいだろうが。いつまでも細かいこと言ってんじゃねえよ。俺が掘らなかったら自力で脱出も出来なかったんだぞ?」

「助けるんだったら最後まで責任持てって言ってるんですよ! すっごく苦しかったんですからね!」


 二人は口喧嘩をしながら、山を登っていた。


 あの後、二人でその場を探し回ったが、ネコタのように埋もれている者は見つからなかった。合流しようにも、どこまで流されているか分からないしすれ違う可能性もある。それなら逸れた仲間を信じ、祭壇へ向かう方が良いという判断だ。


 しかし、二人だけで登るというのはやはり失敗だったかもしれない。

 なだめる相手が居ないせいで、ネコタの苛立ちはいつまでも収まらなかった。


「普通に考えてあり得ないでしょ。仲間を見捨てるなんて、一体どういう神経してるんですか?」


「お前なぁ、少しは俺の気持ちも考えろよ。俺だってアメリアかフィーリアかと思って必死だったんだぞ! それなのに、掘り進めたらお前だったんだ! どれだけガッカリしたか分かるか!?」


「僕は死んでも良かったとでもいうつもりかお前はああああ!」


 いや、ネコタの怒りもごもっともだろう。

 むしろこの程度で済ましているのだから、優しい男だ。

 その優しさを全く感じていないのか、エドガーは眉間にシワを寄せて言った。


「怒るなら俺じゃなくてあの筋肉バカだろ。元はと言えばアイツのせいであんな酷い目にあってんだからよ」

「それは! ……まぁ、そうかもしれませんけど」

「だろう? あの筋肉バカのナルシストめが! 絶対に許さねぇ! 次に会ったら痛い目に合わせてやる!」


 義憤に燃えるエドガーを見て、ネコタはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 言っていることは正しいのだが、こいつが言うのは納得がいかなかった。

 とはいえ、いつまでも怒っても仕方ないだろう。どうせこのウサギが反省するなどあり得ないことだし。


 はぁ、とため息を吐き、ネコタは気分を入れ替えた。


「でも、本当に僕らだけで先に登っちゃって良かったんですかね? 僕と同じように埋まってる人もいるかもしれないし、一人で逸れて危険な目に合ってるかもしれません。やっぱり探した方が良かったんじゃないですか?」


「それについては散々話あったろうが。心配するのも分かるけどな、こんな雪山で偶然に頼って仲間を探すなんて、よっぽどの運がない限り見つかりっこねぇよ。それなら目的地で合流した方が、合理的ってもんだろ」


「それはそうですけど、でも……」


 頭では分かっていても、心配は拭えない。

 暗くなるネコタに一瞬だけ呆れたような目を向け、エドガーは前を向いたままそっけない態度で言った。


「あいつらだって上から数えた方が早い実力者だ。無事を信じて先に進むのも、一つの信頼の形だぜ」


 そう言うエドガーに、心配している様子はまるで見られない。

 無事でいる事に、まるで疑いを持っていないようだ。

 それが仲間への信頼の差のように感じ、ネコタも顔を上げた。


「そうですよね。皆、凄い人達ですから。信じているからこそ、先へ進むべきですよね」

「そうそう、それが一番だ。それに、危険なのは俺達の方かもしれんからな」

「えっ」


ボソリと言ったエドガーの一言に、ネコタは不穏な物を感じ尋ねた。


「あの、僕らの方が危険ってどういう……」

「俺達だけで先に進んで、【永久氷狼(コキュートスウルフ)】に遭遇する可能性もあるだろうが。それにあの三人もな。次に会えば戦闘待った無し、という状態だろうし」

「い、言われてみれば……」


 その光景を想像し、ネコタの顔が青くなる。


 雪崩から逃れたことで安心していたが、よく考えれば二人だけなのだ。助かったとも言い切れない状況にネコタはようやく気づく。ましてや、今の相方は一番信用ならない相手だった。これ以上に不安な要素もそうそうない。


 エドガーも難しい顔で考え込んでいた。


「コキュートスウルフの力は知らねぇが、山一つ雪で埋め尽くすほどの災害級魔獣だ。俺の経験から言っても、災害級が弱いはずがない。そしてあの三人のことはよく知っているが、はっきり言って今戦うとなるとキツイだろうな。俺だけならまだマシだが……」


『エドガー(天才)−ネコタ(クソ雑魚ナメクジ)〈〈〈〈〈〈〈 Sランク冒険者クズ×3』


 エドガーの明晰な頭脳は、瞬時にその戦力差を見極めた。


「くっ! 駄目だ、どう考えても足手纏いの差が大きすぎるっ!」

「失礼なっ! そこまで言うことないでしょ!」


 まだ未熟とはいえ、こうまではっきり言われてはネコタとて反抗したくなる。

 しかしエドガーが珍しく悲観的なことに、不安に思ったようだ。怒りも忘れ、ネコタは恐る恐る訊ねる。


「あの三人、そこまで強いんですか? いや、弱いとは思いませんけど、エドガーさんが負けるほど? 同じSランクでしょう?」


 このウサギの性格はクソだが、実力が本物なのはネコタもよく知っている。

 そのエドガーが負けるということが、今一つ想像できなかった。


「あいつらはなぁ……まぁ、能力的には負けてねぇんだよ。ただ相性が今ひとつ良くなくてな」


 苦々しい顔で不利を認めるエドガーに、ネコタはますます不安になってくる。

 これは本格的にマズイ状況なのかもしれない。それこそ、雪に埋まっていた方がまだ楽だったのかも。

 しかし、そんなネコタの心配を払うように、ヒヒッとエドガーは笑った。


「なぁに、心配するなよ。相性が悪いっていっても、絶対勝てないってほどじゃねぇ。一人ずつなら問題なく戦えるし、何かあってもお前だけは逃がしてやるさ」

「ほ、本当に?」


「おう。流石にこの状況でお前に何かあったら、他の奴らに殺されかねんからな。仕方なくだぞ、仕方なく」

「は、はははっ。それでも安心ですよ。その時はお願いしますね。僕も足を引っ張らないように頑張ります」


 いつもは敵だが、護衛として側にいてくれてこれほど頼りになる相手もいない。

 心もとなく思っていたネコタだったが、スッと胸が軽くなったのを感じる。

 いや、そもそも、普段は敵という認識の時点でおかしいのだが……。


「おお、大船に乗った気でいろや。だが、俺が逃げろと言ったらすぐに逃げろよ。流石にそこまで余裕がある訳じゃないからよ。でねぇと俺まで危ない目に逢っちまう」

「はい、分かりました。その時は素直に従いますね」


「ああ、それでいい。ただ、こんな状況に追い込んだあの筋肉ダルマだけはボコボコにするけどな。俺を怒らせたことを後悔させてやるぜぇ!」

「頼もしいですけど、大丈夫なんですか? あの中でも見るからに強そうな人でしたけど……」

「筋肉ぐらい俺にだってあるわい。あいつには特大の拳骨を食らわせてやるぜ!」


 フゥン! と、エドガーは野太い声で気合を入れ、ボコリと膨らんだ力こぶを見せつける。小柄な体格に見合わぬ筋肉量とむき出しの歯茎に、ネコタは引いた。


 まぁ何はともあれ、自信はありそうだ。これなら本当に大丈夫なのだろう。


 そう、ネコタが余裕を持った時だった。


「――ほぅ、その程度の筋肉で大口を叩くじゃねぇか。エドガーよ」


 二人の行く先を塞ぐように。

 筋骨隆々の大男が闘気を身に纏い、そこに立っていた。


「そこまで言ったんだ。精々たっぷりと、俺を楽しませてくれよ?」


剛体(マッスル)”――オリバーが、ポーズを決めて立っていた。

 その異様な威圧感だけで、ネコタは逃げ出したくなった。


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