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人間やめても君が好き  作者: 迷子
四章 孤高の氷狼

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あとは任せたぜ……



「さぁ、早くエドガーを離して!」

「そうです! 離さないなら……!」


「待て待て待て! 分かった! 止める! 止めるからお前らも止めろ!」

「そうです! 二人とも落ち着いて!」


 ラッシュとネコタは必死になってアメリアとフィーリアを止める。

 人の心を踏みにじる畜生のことは絶対に許せない。許してはいけない……が、バチバチ、ゴウゴウと放電と炎を見せつけられては、従わざるを得なかった。


「おい、ジーナ! 気に入らんだろうが離してやれ! このままだと纏めて――」


 素直に聞いてくれるだろうかと不安に思うラッシュだが、ジーナの様子を見て怪訝に思う。

 今にも殴りそうだったのに、何故だろうか?

 ジーナはエドガーの胸ぐらを掴み上げたまま、愕然とした表情で固まっていた。


「ウサギ。テメェ、まさか」

「なんだよ、何か文句でもあるのかよ」


「何で言わなかった? そうすりゃあたしらだって……」

「へっ、アホか。こんなもん、わざわざ言うことじゃねぇだろ」


「……ったく、どうしようもねぇな。男ってのは本当にバカだぜ」


 力なく溜息を吐き、ジーナは手を離す。ドサリ、とエドガーはその場に落ちた。丁寧とも言いづらいが、思ったより優しい対応にラッシュ達は目を丸くする。

 無事解放されたエドガーに、アメリアは慌てて駆け寄った。


「エドガー! もう大丈夫だよ、私が守ってあげ――え?」


 エドガーを抱き上げ、アメリアは固まった。


「嘘……なんで、どうして……!?」

「へっ、へへっ。バレちまったか」


 まいったな、という具合に苦笑するエドガー。

 そんな軽い態度を叱るように、アメリアは叫んだ。


「なんで!? どうしてこんなに軽いの!?」


 えっ? と、ジーナ以外の面々が呆気に取られた顔をする。

 しかし、当の本人はなんでもなさそうに軽口を叩いた。


「へへっ、なに。腹が減ってちょっとばかし痩せただけだ。大したことはねぇよ」

「バカッ、嘘言わないの! ほら、皮と骨ばかりでガリガリじゃない! どうしてこんなになるまで黙っていたの!」


 いつも通り、ふざけて楽しそうにしているから全く気づかなかった。

 しかし、毛皮を掻き分けて手を当ててみればハッキリと分かる。


 エドガーの身体は、明らかにやせ細っていた。あの柔らかい抱き心地のいい身体はどこへ行ったのか。ガリガリで、貧相で、今にも折れそうなほど細くなっていた。


「変だと思ったよ! 急に私を避けて、鬱陶しいなんて言うんだもん! 抱きしめられたら痩せてるって分かっちゃうから、あんなこと言って誤魔化したんでしょ! なんでそんなことしたの!」

「ああ、悪かったな。ばれたら心配かけちまうと思ってよ」


「黙ってるほうが心配するに決まってるじゃない! バカァアアアアア!」


 わぁあああああ、っと。アメリアはぎゅっとエドガーを抱きしめて泣き出す。

 今でもこの状況が信じられないのか、震えながら、恐る恐るフィーリアは尋ねた。


「ほ、本当に? そんなにエドガー様は弱り切っているのですか? あれ? でも、なんで? だって、私達と同じだけのご飯を食べて、さらに人参も……私とアメリアさんはまだ元気ですよ? あまり食べれてないネコタさん達ならまだしも、どうしてエドガー様が……」

「……その人参のせいか」


「え?」


 ラッシュの呟きに、フィーリアは目を点にする。

 ラッシュは苦い表情で、【迷いの森】での言動を思い出していた。


「そういやお前、言ってたよな。人参を作り出すには、魔力と体力を消費するってよ。お前、自分が飢えるって分かっていながら、人参を作っていたのか。アメリアとフィーリアの為に」

「えっ」


 ――私のせいで、エドガー様が弱っている?


 呆然としたフィーリアだったが、それを理解すると、次第に顔が青ざめていく。


 何も知らず、美味しい美味しいと味わって。お腹が減ったら遠慮なく要求する。そのせいで、エドガーが辛い目にあっていたとも知らずに。


 それは、なんて恥知らずな真似だったのか。


「そんな……私のせいで……でも、どうして……なんでそこまで……! 私なんかの為に……なんで!」

「へっ、べつにお前の為じゃねぇよ……ただ、他人から預かった娘さんを、空腹で倒れさせる訳にはいかねぇだろうが……お前が死んだら、族長が悲しむだろ……」

「ああっ、エドガー様……! そんな……そこまで……私は……!」


 フィーリアは涙を流し、縋りつきながら首を振る。

 そんなフィーリアを見ながら、エドガーはヘヘッと力無く笑った。


「だが、ちぃっとばかし無理をしすぎたらしい。どうやら俺はここまでのようだ……」


「――ッ! 馬鹿なこと言わないの! 少し休めばすぐに元気になるよ!」

「そうですっ! エドガー様がこんな所で終わる訳ないじゃないですかっ!」


「ははっ、俺も本当は強がりの言葉の一つでも言いたいんだがな。いいか、二人共。よく聞けよ」


 笑っていたエドガーだが、真剣な目を二人に向けて言う。


「このままだと、遠からずお前らもここでくたばっちまう。だが、お前らだけは死なせる訳にはいかねぇ。だから、いいか。もし、このまま俺が死んだら――――俺を、食え」

「そんな……!」


 何を言っているのかと、アメリアは愕然として目を見開いた。

 しかし、エドガー顔を見れば、それが冗談でないとハッキリと分かる。文字通り、命を捧げる献身の覚悟が伝わってくる。


 この覚悟に応えなければならない。でなければ、エドガーを裏切ってしまうことになる。そうと分かっていながら、アメリアは涙を堪えることが出来なかった。


「出来ない……そんなこと、私には出来ないよぉ……!」

「おいおい、困ったな。そんなこと言わないでくれ……なぁ、頼む。ここで無駄死にするくらいなら、お前の糧となって、一緒に生きさせてくれ……」

「無理……無理だよ……いくらなんでも猟奇的すぎるよぉ……!」


 心情的な理由と思いきや、生理的な理由だった。

 もっともである。


「そうですよ……! いくら生きる為だからと言って、エドガー様の体を食べるなんて、そんなこと…………ジュルリ!」

「フィーリア? 今……」


「い、いえ! 涎なんて垂らしてませんよ! ええ、垂らしてませんとも!」

「ふ、ふふっ、やはり食欲の権化だな。まさか仲間の死体を躊躇わず食べようとするとは……」

「ち、違いますっ! エドガー様を食べるなんて、ありえませんっ!」


 どこまでもブレないエルフだった。

 彼女の前では、仲間の死骸といえどタンパク質でしかないらしい。常軌を逸したメンタルの強さだった。しかし、エドガーにとって今はその食欲が何よりも頼もしかった。


 ――ああ、これならきっと大丈夫だ。

 ――こいつの食いっぷりを見れば、アメリアも食べる気になるはずだ。


 そう確信し、エドガーは微笑んだ。


「短い旅だったが、なんだかんだと、楽しい旅だったぜ。悪いな、もっと一緒に旅を続けたかったんだが……あとは任せたぜ……」

「やめてよ! そんな言葉に聞きたくない!」


「オヤジ、ちゃんとこいつらの面倒を見ろよ……どいつもこいつも、心配で目が離せないからな。テメェだけが頼りだぞ。

 それから、ジーナ。お前は戦うことしか出来ねぇんだから、ちゃんと護衛だけはしっかりやれよ。お前の拳なら……何が相手だろうと問題ねぇからな。

 あとは、ネコタ。今まで虐めて済まなかったな……ポンコツのくせに勇者なんて呼ばれて、生意気に見えたからよ……だが、お前は今はポンコツだが、ガッツはある奴だ……焦らなくても、旅をしているうちに立派な勇者になれる……この二人と、世界を……頼んだぞ……」


 三人は、それぞれ沈痛な表情でエドガーの言葉を聞いていた。

 小生意気な仲間の最後の言葉を、胸に刻みつける為に。心の痛みに耐え、現実を受け止めていた。それが、自分達に出来る唯一のことだと感じていた。


 しかし、アメリアはそれを受け入れることが出来なかった。認めたく、なかった。


「止めてってば! そんな遺言みたいな言葉、聞きたくない! 大丈夫だよ、すぐに元気になるから……エドガー? ちょっと、何で無視するの!? ちゃんと私の話を聞いて!」

「ああ、すまんな……」


 静かに笑って心地好さそうに、エドガーは呟く。


「なんだか凄く眠くてな……それに、暖かくて、気持ちよくて……ずっと、こうしていたいような……」

「……エドガー? ねぇ、エドガーってば!」


 アメリアはエドガーの体を揺さぶる。しかし、エドガーは目を瞑ったまま、ダラリと腕を垂らすだけだった。

 穏やかな、安らぎの笑みを浮かべながら――エドガーは眠りについた。


「そんな……嘘でしょ? ねぇ、エドガー。エドガーってば! 起きて、起きてよ! いや……いやぁあああああああ!」

「エドガー様……嘘ですよね? ねぇ、エドガー様! エドガー様!」


 洞窟に、アメリアとフィーリアの泣き声が響く。

 周りで様子を伺っていた三人も、それぞれが痛ましそうにその光景を見守っていた。


 短い旅だったが、思い返せば様々な思い出が蘇ってくる。いつだって人の揚げ足を取ってばかりのろくでもないウサギで……殺してやりたいとは何度も思ったが、死んで良い奴ではなかった。


 しんみりとした気持ちが胸に湧き出てくる。雪が吹雪くその空、さらに上の星空で、憎たらしいウサギが笑っている幻影さえ浮かんだ。


 突然の喪失。それは誰もが悲しむ悲劇である。

 しかし、世界は彼女達に悲しむ暇すら与えてくれなかった。


「グルルッ……! ガルルル……!」


 どこからか、獣の唸り声が聞こえた。

 氷の世界を縄張りとする彼らですら、生きるのに過酷な大雪。そんな中で、貴重な食料を求めて、彷徨い、そしてここにたどり着いた。


 洞窟の入り口を塞ぐように、飢えた【氷狼(アイスウルフ)】の群れが、獲物を求めて姿を現した。


「――肉だぁああああああああああああああ!」


 そして飢えたウサギさんが蘇った。


 ウサギの血走った目に、アイスウルフはビクリと体を揺らす。恐る恐ると後ずさりするが、そのまま逃走することをウサギは許しはしなかった。久しぶりの食料を前に涎を撒き散らしながら、素早く指示を出す。


「数日ぶりのまともな飯だぁ! 逃すな! 全て肉に変えるぞ!」

「言われなくても! オヤジ、真っ先に逃げたのを射貫け! 他はあたしとウサギで仕留める!」

「任されたぁ! 安心しろ、一匹残らず仕留めてやる!」


「エドガー様! 私もお手伝い――」

「雌豚は大人しくしてろぉ! お前が手を出したら全部消し炭だろうがぁ! 邪魔するなら俺がお前を先に殺すぞ!?」

「酷いっ! いくらなんでもそんな言い方……!」


「あ、あの、エドガーさん。あなた今、死にかけてたんじゃ……」

「目の前に肉が来て死んでられるかぁ! どうせ死ぬならこいつらを腹のなかに入れてから死んでやらぁ!」

「理不尽すぎるでしょ。どうせ食うならちゃんと生き残れよ。それか大人しく死んでろよ」


 ネコタの呆れたような声を、エドガーは気にも止めない。今は食料を手にすることしか考えられなかった。

 ギラギラとした光を放つエドガーの目を見て、アメリアはほっと息を吐き涙を拭った。


「良かった。こんなに元気になったなら、もう大丈夫だね」

「いや、そんな涙ぐむような光景じゃないですけどね」


 喜ぶアメリアだが、目の前では狼の殺戮が始まり、断末魔が響き続けていた。

 狼の尊い命を頂き、ギリギリの所で六人は一命を取り留めた。世界はまだ、ここで勇者一行が消えることを良しとはしなかったようだ。




 ♦︎   ♦︎




 勇者一行が狼の殺戮に熱を上げていた時と、同じ頃。

 とある貴族の屋敷、その一室で、六つの人影が向かい合っていた。


「……そろそろここでお茶を飲むのも飽きてきたわね。いつまでこんな所に閉じ込められないといけないの?」


 窓から遠くに見える【ヒュルエル山】を目にし、気怠そうな口調で言ったのは一人の女だった。


 燃えるような赤い髪に、娼婦のように露出が多く、胸元を大きく開いた衣装。色気を撒き散らしながらも、どこか鋭く整った顔の造形が見る者に服従したいと思わせてしまうような……そんな覇気を持つ美しさの、女王然とした美女だった。


「おう、俺も同感だ! そろそろ登り始めてもいいんじゃねぇか? もう行こうぜ!」


 ハキハキと女に同意したのは、上半身を全て晒したスキンヘッドの筋骨隆々とした大男だ。

 全身筋肉の塊といった、無駄な脂肪が一切ない戦う者の身体つき。これでもかと膨れ上がった筋肉が、それだけで相手に威圧感を与える。


 坊主頭に強面な顔ながらも、表情豊かで愛嬌を感じさせる。難しいことは考えない、単純明快そうな男だった。


「馬鹿か貴様は。行きたければ一人で勝手に行け」


 吐き捨てるように言ったのは、細身の男だった。

 黒を基調に赤い文様が入った魔術師のローブを身にまとい、眼鏡を掛けている黒髪の男だ。それだけならインテリ風の優男といった外見だが、目つきが悪く、神経質そうに見える。


 大男が近くに居るせいで、対比でなおさら小さく見える。しかし彼は物怖じもせず、大男に対して乱暴に言い放った。


「冒険者であれば、この時期のあの山の恐ろしさを知らないわけではあるまい。私はもちろん、いくら貴様といえど自然の脅威には勝てん。今から登れば凍え死ぬのがオチだ。そんなことも分からないのか、馬鹿が。行くなら一人で行って勝手に凍え死ね」


「そこまで言わなくてもいいじゃねぇかよぉ……!」


 こっ酷くこき下ろされ、大男は拗ねたように唇を尖らせて抗議した。ハッキリ言って可愛くない。

 ふふふっ、と。女が微笑ましそうに笑う。


「落ち込むことないわよ。こんなこと言って、本当は心配してるから。コイツ、口が悪くて素直じゃないのよ」

「おっ、本当か? なんだよお前っ! 照れ屋か! ガハハハッ!」

「今の発言で何故そうなる? 貴様がどうなろうと私の知ったことではない」


「あらあら、本当に素直じゃないわね。そんなことだからアンタ、友達の一人も居ないのよ」

「どこをどう取ればそんな考えになる? 早くも耄碌したのか? 年増とはいえ、頭が錆び付くにはまだ早いんじゃ――」


 ビュンッ――バリィイインッ!


 眼鏡の男の頬を掠め、ティーカップは壁に激突し粉々に砕け散った。

 男は頬に手を当て、冷や汗を流して女を伺う。ニッコリと、女は綺麗すぎるほどの笑みを浮かべた。次はお前の番だと、そう言っているようだった。


「次に年齢のことを言ったら殺すぞ」

「……ともかく、【ヒュルエル山】を登るにはまだ早い」


 眼鏡の男は見なかったことにして、話をそらした。

 年頃の女の年齢に触れれば、血を見る羽目になる。賢明な判断である。


「常識外の大吹雪が降る【ヒュルエル山】に登るなど、ただの自殺行為だ。

 こんなもの、少し調べれば誰でも分かる情報だぞ。何故わざわざ危険な目に合うと分かっているのに登らなければならない?

 そんな愚か者は貴様ぐらいのものだ。私はそれに付き合うつもりはない。雪が止むのを待って、それから登れば良い話だ」


 まったくもって正しい判断である。

 ところがどっこい。世の中にはそんな簡単な情報も掴めず、死にかけるバカが居る。


「はぁ、まだここで質の悪い肉を食ってなきゃいけないのか。俺の筋肉が嘆いてるぜ」

「アンタの筋肉はどうでもいいけど、本当よねぇ。せめて茶葉がもうちょっと質が良いものなら私も落ち着いて楽しめるのだけど。まぁ、貴族のくせにこんな貧相な屋敷に住んでるようじゃ、この辺りが限界か」


「……随分と好き勝手言ってくれるな」


 二人のやり取りに、この屋敷の主である貴族の男は、ワナワナと震えながら言った。


「散々好き放題に飲み散らかしておいて、よくもまぁそんな言葉が出るものだ。一体誰がそれを用意していると思っている。儂は貴様らを接待する為にここに呼んだわけではないのだぞ!」


「何言ってるの? 元はと言えば【ヒュルエル山】の時期を考えずに呼び出したアンタが悪いんじゃない。

 もっと早く呼ぶか、あの大雪が収まってから呼べばいいのに。そのせいでこんな居心地の悪い場所に足止めされてるのよ? 

 私達をもてなすのは当然でしょ。というか、私達が来てあげたのにそんな文句を言うのはアンタくらいよ」


「まったくだ。むしろ、こんな質の悪い物を出されて我慢してやってるんだから感謝してほしいぜ」


「なっ!? き、貴様ら……優しくしてやれば付け上がりおって……!」

「おい、もうよせ!」

「そうだ、これ以上は……」

「うるさい! お前達は黙っていろ!」


 同じ貴族であろう残りの二人の制止を振り切り、屋敷の主人は立ち上がった。

 己の屋敷で好き放題されながらそれを耐えられるほど、貴族として育った彼のプライドは低くなかった。


「たかが冒険者風情が図に乗るな! 儂を誰だと思っている!? 数百年間この地を収めてきた歴史ある、エヴァンス男しゃ――」


 貴族の男は、それ以上喋ることが出来なかった。

 目の前に置かれていた石造りのテーブルが、凄まじい勢いで飛んできたからだ。

 男は避けることも出来ず、飛んできたテーブル激突し、後ろにひっくり返る。男を弾いたテーブルは勢いを減らすこともなく、そのまま壁に激突して部屋に穴を開け、廊下に放り出された。


 突然の事態に両隣に居た貴族の男達は固まり、壁の穴を見てから、正面に顔を戻す。

 そこには、大男が片手を振り上げた姿勢のまま、不機嫌そうに気絶した貴族を睨んでいた。


「フンッ、たかが貴族風情が。誰に向かって口をきいていやがる」

「全くね。私達を何だと思ってるのかしら」


 貴族をのしたというのに、その顔に罪悪感は一切見られない。

 こうなって当然だと言わんばかりの態度に、残った二人の貴族は呑まれた。

 そんな二人に、眼鏡の男は言った。


「勘違いするな。私達はお前達の依頼を受けてやった(・・・・・・)んだ。

 依頼主だからといって、私達を支配下に置いたと思うな。たとえ相手が貴族だろうが王だろうが関係ない。

 誰にも媚びず、己の思うままに生きることを許された存在。それが私達Sランク冒険者だ。たまたま気が向いたから依頼を受けてやったが、べつに今からでも話をなかったことにしても構わんのだぞ」


「そ、それは困るっ! 私達はアレを排除せねばならない! だからギルドを通さぬ危険を犯して、直接お主達に……!」

「ならば、私達の気を損なわないように精々もてなすんだな。次に舐めた口を聞いてみろ。そこの馬鹿と同じ目に合わせてやる」


 二人の貴族は、顔面を血まみれにして痙攣する男を見て顔を青ざめさせる。

 かろうじて生きているが、死んでいてもおかしくない。機嫌を損なえば言葉通り、自分達も同じ目に合うだろう。


「わ、分かった。すまない、こやつにも良く言っておく。しかし、こちらの気持ちも分かって欲しい。

 実は少し前に、旅の者が【ヒュルエル山】を登り始めたようでな。目的は分からぬが、先を越されるのではないかと焦っておるのだ。こやつもそのせいで苛立っておって……」


「なに? 今の【ヒュルエル山】をだと?」


 思ってもみなかった話に、眼鏡の男は目を丸くした。

 女と大男も、同じように驚いた顔を見せる。


「本当に? 正気かしら。それとも、死なない自信があったってこと?」

「ガハハッ! そいつはまたすげぇ奴らじゃねぇか! 一体どんな奴らだ!?」


 好奇心を見せる大男に、貴族の男は困ったような顔を見せる。


「それが、そこまで詳しい情報は集まらなかった。何故か知らんが、どうやら冒険者ギルドが規制をかけているようでな。白いウサギの獣人を連れた六人組ということだけは掴んだのだが……」

「白いウサギの獣人だと?」


 その言葉を聞いた瞬間、眼鏡の男の気配が変わった。

 残った二人も、面白がっていた顔から一転し、射殺さんばかりの表情で貴族を睨む。


「おい! その話、間違いねぇだろうな!?」

「ヒッ!? う、うむ。信頼出来る者からの情報だからな。間違いない筈だ」


「そうか。おい、どう思う?」

「たぶん、アンタと同じよ。まっさきにアイツが思い浮かんだわ。まさかとは思うけど、アイツならあり得ないとも言い切れないのかしら?」

「私もだ。しかし奴の性格的に、【ヒュルエル山】へ向かう理由などないように思えるが……とはいえ、このまま見過ごす訳にもいかないか」


 数秒ほど悩む仕草を見せ、眼鏡の男はおもむろに立ち上がり、部屋を出て行こうとした。少し遅れて、残りの二人も後を追う。

 突然の動きにポカンとしていた貴族達だが、慌てて三人に声をかけた。


「ま、待てっ! どこに行くつもりだ!?」

「事情が変わった。【ヒュルエル山】に向かう」


「なに? そ、それはありがたいが、大丈夫なのか? 雪が止むのを待つんじゃ……」

「今からなら、途中で雪も止むだろう。本来なら止んでから悠々と向かうところだったが、そんな悠長なことを言ってられる状況ではなくなったからな」


「なんだと? それはどういう意味だ!?」

「貴様らの不安が的中する可能性があるということだ」


 そう言い捨て、貴族達を無視して三人は歩き出した。


「ガハハハ! まさかアイツとこんな所で鉢合うことになるとはな!」

「本当ね。だけど、面倒になったわね。アイツのことだし、間違いなく私達の邪魔をするわよ」

「おそらくそうなるだろうな。だがそれがどうした。獲物が一匹増えるだけだ」


「ガハハハ! そういうことだ! なんだか面白くなってきたな!」

「まったく、単純ね。でも、私もアイツには借りがあるわ。たまにはそういうのも悪くないでしょう」

「フンッ、貴様らに合わせるつもりはないが、いい機会だ。私も全力でやらせてもらおう」







「待っていろ、エドガー。その山を貴様の墓場にしてやる」








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