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人間やめても君が好き  作者: 迷子
四章 孤高の氷狼

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毛皮に匂いが移っちゃうでしょっ





「いや、ようこそいらっしゃいました! エドガー様が勇者の旅に同行していると、冒険者ギルドでは噂になっておりまして! となれば、我がギルドにいらっしゃるのは当然の帰結! 早く会えないものかと首を長くして待っておりましたよ!」


【ヒュルエル山】を登頂するにあたり、必要な物資を求めて近隣でも大きな街に入った勇者一行。

 そして例によって、冒険者ギルドでの異様な歓迎ぶりである。


 ソファの真ん中で、ドンッと太々しい態度で座るエドガー。その脇には、アメリアとフィーリアという美女が揃うまさに両手に花状態。


 残りの連中はどうしたかって? 当然、後ろに立たせている。


「クソがっ! 相変わらず調子に乗りやがって……!」

「僕も同じ気持ちです。でも、我慢ですよ。ここでコイツに逆らうと碌な目には……」


 ギリギリと歯軋りをするジーナを宥めるネコタ。とはいえ、気持ちは分かる。下手に口を出すとさらに碌な目に合わない。しかし分かっているとはいえ、まるでこのウサギの従者扱い。これ以上ない屈辱である。


 なお、ラッシュは二人とは違って不動の姿勢であった。余裕すら感じる。年季が違うのだよ、年季が。と、態度で語っている。


 鷹揚に頷き、エドガーは口を開いた。


「ふむ。その言い草だと、ヒュルエル山に女神の祭壇があるのは間違いないんだな?」

「ええ。ヒュルエル山の頂上に女神の祭壇が存在することは、この近隣の街や村に伝承が残っていますし、当ギルドの記録にも残っています。それだけは間違いありません」


「ならいい。場所が分かっているならそれで十分だ。俺にとって問題なのは、目標がはっきりしているかどうか、ただそれだけ。それまでの障害なんぞ、面倒かそうではないかの違いに過ぎない」

「おおっ……さすがSランク冒険者の頂点に立つお方。常人とは言うことが違いますな」

「なに、事実を言ったまでさ」


 大物ぶって、どこからか取り出した葉巻を咥えるエドガー。いつになく真剣な陰のある表情で、ハードボイルドを気取っている。

 しばし硬直し、スッと横に顔を向けた。


「おい、火」

「へっ? あっ、申し訳ありません。気が利かずに」

「ったく、本当だよ。言う前にやれよな」


 ――ボアッ!


「フォワチャアアアアアアアア!? 何やってんだこの無駄飯ぐらい! 加減ってもんをしらねぇのか!? 見ろ! 俺のキューティクルの効いた毛皮が焦げてる!」

「ごっ、ごめんなさいっ! 手加減、手加減……慎重に……エドガー様を燃やさないよう、煙草だけを狙って……」


「待て、落ち着け。まず力を抜け。そして誰が煙草だけを燃やすなんて高等技術を求めた。煙草の先を燃やすんだ」

「はっ、はいっ。……ふぅ、できました」

「そう、それでいいんだ。ったく、これくらいのこと、サラッとやれよな」


 ――ヒョイ。


「駄目でしょ、エドガー。煙草は身体に悪いよ」

「待て、待ってくれ。大丈夫、吸わない。吸わないから。噴かすだけだから。俺にとって煙草は雰囲気を出すための便利アイテムなんだ」


「なら要らないでしょ。こんなの無くても十分可愛いよ」

「ううん、違うっ、違うのっ! 可愛さじゃなくて、格好良さを求めてるのっ!」


「ますます要らないよ。そんなのなくったって、エドガーは十分カッコいいよ」

「そんな言葉で騙されないぞ。さぁ、返すんだっ!」


「ダメッ。毛皮に匂いが移っちゃうでしょっ。嫌いになるよっ?」

「うん、分かった。じゃあボキュ止める」


 ハードボイルドは跡形もなく消え去った。

 まぁ、外見的に無理があるから致し方ない。


「ゴホンッ。失礼、見苦しい所を見せたな」

「い、いえ。仲が宜しいのですね」

「なに、後ろの阿呆共と比べれば可愛げがあるからな」


「ぶふっ! 今更こんなこと言われても……!」

「ああ、照れ隠しが見え見えだぜ。全っ然悔しくねぇわ」

「はぁ? 何を言っているのかね? 低脳の発言は理解に苦しむな」


「『うん、分かった。じゃあボキュ止める』」

「くひゃははははは! や、やめろネコタ! 笑かすな!」


「ネコタの分際で良い度胸だ! 死ぬ覚悟は出来てるんだろうな!?」

「止めろって。それよりもほら、聞かなくちゃいけないことがあるだろうが」


 ラッシュに宥められ、イライラとしながらもエドガーはギルド長に向き直った。


「覚えてろよ、後で耳たぶかじかじの刑に処してやるからな……。それでギルド長、女神の祭壇があるのは分かった。あとは【ヒュルエル山】の主について知りたいんだが」

「主、ですか?」


 ネコタが興味深そうな顔をする。

 ギルド長は頷き、それに答えた。


「はい。ヒュルエル山には、山を支配する主が居るのですよ。氷を纏い、氷界を作り支配し、君臨する狼の王。【永久氷狼(コキュートスウルフ)】という魔物が」

「コキュートスウルフですか? また凄そうな名前ですね。氷の世界を作るなんて大層な……ん? え? じゃあもしかして、ヒュルエル山が雪に包まれてるのって!?」


「その通り。コキュートスウルフが住んで居るからこそ、年中雪に包まれて居るのさ。あの山が特殊なんじゃねぇ。そこに住む主こそが特別なんだよ」


「災害級の魔物はどいつもこいつも隔絶した戦闘力を持つが、それに加え、奴は自然現象を操るとんでもないやつだ。周辺に与える影響という意味では、災害級の魔物の中でも一際ずば抜けている。面倒な相手だよ」


 エドガーとラッシュの説明に、ネコタは顔を青ざめさせた。


 ただでさえ雪山を登るという苦行なのに、そんな魔物を退けながらという条件がつくのだ。【迷いの森】で戦った“エミュール”も大概だったが、ハッキリ言って、今までの魔物とは規模が違いすぎる。登り切ることすらできないのではと、ネコタが不安になるのも無理はない。


「コキュートスウルフか。なかなか手強そうな相手だな。魔王退治なんぞ面倒だと思っていたが、ちょくちょく強い相手と戦えるのはこの旅の良いところだよなぁ!」


「そんなんテメェだけだっての。この戦闘狂め。んで、ギルド長。どうだ? まさか情報が全くないって訳じゃないだろ? 機密だろうが、協力してほしいんだが」


「ええ、もちろんです。エドガー様の願いとあっては嫌とは言えませんとも。ただ、その……エドガー様はあの魔獣をどうするおつもりで……?」


 ギルド長に伺うような視線に、エドガーはフッと笑ってみせる。


「安心しろ。コキュートスウルフはもちろん、この土地の事情も耳にしたことがある。ギルド長が心配するようなことはしねぇよ」

「はっ……ははははは! そうでしたか! いらぬ心配でしたな! いや、申し訳ありません。エドガー様を疑うような真似をしてしまって」


「なに、気にしてねぇよ。ギルド長ともなれば不安に思うのも当たり前だろう」

「そう言ってもらえると助かります。……実は、今でも時々、討伐の依頼が入ってくることがありまして。その対応にこちらとしても辟易しているのです」


「おいおい、どこの馬鹿だそんな依頼をする奴は?」

「あまり大きな声では言えないのですが、ヒュルエル山周辺の領主が」


「正気かよ。頭おかしいんじゃねえのか?」

「皆がエドガー様のように理解にしてくだされば良いのですが、そう素直な方ばかりではないらしく」

「損をするのは確実にその領主共だと思うんだがなぁ」


 二人の会話に、ネコタは唾が乾くのを感じた。

 ギルド長とSランク冒険者が、揃って当然のように敗北を疑わない魔物。一体どれだけの強さなのか……。


 ギルド長は金庫から取り出した資料を、テーブルの上に広げる。


「っと、ありました。これが当ギルドに保管されているコキュートスウルフの資料になります。持ち出し厳禁ですので、この場で見て頂けますか」

「おう、悪いな」

「へぇ……姿形はもちろん、攻撃方法に生態まで。結構細かく書いてあるじゃないか」


 エドガーの肩越しに覗き、呟くラッシュ。

 思った以上に詳細な内容に感心する。これならコキュートスウルフの攻略に役立つだろう。

 そんなラッシュの反応に、ギルド長は自信を持って頷く。


「ええ。長年かけて集めた確かな情報です。コキュートスウルフについてこれ以上に詳しく書かれている書類は他にないでしょう。といっても、それは文字だけの情報ですからね。私としてはより確かな、生きた情報を得てから山に向かったほうがよろしいかと思われます」

「ふん? というと?」



「実は、当ギルド以上にコキュートスウルフに詳しい者が居るのですよ。なにせその者は、直にその姿を目にし、生還しましたから。念には念をということで、一度会ってみてはいかがでしょう?」








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