要りません。帰ってどうぞ
「ふふっ、ぐっすり眠っていますね……」
――夜。
エドガー達が眠る部屋を覗き、フィーリアは微笑ましそうな笑みを浮かべた。
無事に女神から【勇者】の力を受け取ったと祝いとして、あれからエルフの里を上げての宴会が始まった。
エドガーを初めとした勇者一行だけではなく、エルフの長老衆や戦士達、若い子供までもが、飲み食い、歌い、はしゃぎ回った。
普段は己を律することを良しとするエルフ達までそうなったのは珍しいことではあるが、この度の失態に目を背けたかったと思えば納得もいく。
しかし、宴会を思う存分に楽しんだとはいえ、やはり試練の疲れは溜まっていたらしい。宴の半ばというところで、エドガー達は宴会を抜け出し部屋でこうして眠り始めた。
皆がぐっすりと、幸せそうに眠っている。エドガーもアメリアに抱きしめられながら心地好さそうだ。あまりの可愛らしさにフィーリアは、ハァっと熱いため息を漏らす。そしてアメリアに小さくない嫉妬をした。
「フィーリア」
「あっ、お父……族長。まだ起きていらしたんですか?」
「頼む。お前までそう言うのはやめてくれ。フィリスだけで十分だ……」
クレイドはげんなりとした顔をする。事態が発覚してからの娘の態度は、それはそれは冷たいものだった。
事務的な態度で、父ではなく族長としか呼ばない徹底ぶりだ。己に過失があるとはいえ、これにはクレイドも参った。この上フィーリアにまで同じ態度を取られては、本気で心が折れそうだ。
「ふふっ、冗談です。ごめんなさい、お父様」
「まったく、まさかお前がそんな冗談を言うとはな……」
「いえ、もちろん半分は本気ですけども」
「すまん。儂が悪かった。頼むから」
クスクスとフィーリアは悪戯っぽく笑う。そんな娘にクレイドは苦笑した。
「ビクビクと怯えていたお前が、たった数日でそこまで変化するとはな。これもエドガー殿達のおかげかな?」
「……そうですね。たった少し一緒に居ただけなのに、凄く新鮮で、学ぶことがいっぱいあったような気がします」
──そしてなにより、今まで生きていて、この数日間ほど楽しいことはなかった。
からかわれてばかりだけど蔑ろにされることはなく、族長の娘ではない、フィーリアという個人として尊重して向き合ってくれていたように思う。それは彼女にとって、感じたことのない心地だった。
そんな経験にフィーリアは感謝の気持ちを抱く。しかし同時に、もうこの時間が終わってしまうのかと考えると寂しく思った。
明日からはまた元どおりの生活に戻ってしまう。それは、とても味気ない日々だ。
「正直に言うと、エドガー様達と離れるのは凄く寂しいです。アメリアさんとも仲良くなれたのに、離れ離れになっちゃうなんて、悲しくて泣いてしまいそうです。明日、笑って別れをする自信がありません」
今だって、こうして涙が出そうになっているのに。
面と向き合って別れを告げるなど、とても我慢できない。
悲しげに目を伏せるフィーリアに、クレイドは小さく頷いた。
「やはりそうだったか。お前があまりにも楽しそうだったからな。そうなっても不思議ではないと思っていたよ。そこでだな、フィーリア。その事について話があるのだが……」
「──? はい、なんでしょうか?」
♦ ♦
————翌朝。
エドガー達は旅支度を整え、里の入り口に立っていた。そこには族長はもちろん、里中のエルフの姿があった。エドガーと勇者達を見送ろうと自主的に集まったようだ。
「世話になったな、族長。おかげで楽しく過ごせたぜ」
「いえ、儂らの不手際を思えば、あの程度の宴は当然です。誠に申し訳ありませんでした。エドガー殿達に要らぬ手間をかけさせてしまい……」
「なに、終わったことだ。気にするなよ」
「そう言って頂けると救われます。森の外まではフィーリアに送らせますので、どうかご安心を」
言われ、エドガーはフィーリアを見る。
フィーリアは、母と姉に抱きしめられていた。
「フィー、エドガー様にくれぐれも迷惑を掛けないようにね」
「分かってますよ、姉様。私も頑張りますから」
「怪我をしちゃ駄目よ。風邪を引かないようにね。あと、拾い食いには気をつけて。あなたはお腹が減ってたらなんでも試すから……!」
「お、お母様。流石に私だって試したことのない物には慎重になりますよ」
今にも泣きそうな母と姉に、フィーリアは苦笑いで応える。
そんな美しい家族愛を見て、ネコタは困ったように笑った。
「あ、愛されてますね。まさかこれが今生の別れってわけでもないのに」
「愛されてるというより、心配されてんじゃないか? あの子、抜けてるからなぁ……」
「族長、本当にあいつで大丈夫か? ちゃんと森を抜けられるか?」
「は、はははっ。いくらフィーリアでもこの森で迷うことはないので、ご安心ください」
そう言われても、あり得ないと言い切れないのがあの娘の怖さである。
本当に大丈夫なのか、エドガーは一抹の不安をぬぐい切れなかった。
「エドガー殿、そして勇者の方々。どうかご達者で」
「ああ、族長もな。そんじゃあまたな」
「皆さん、ありがとうございました!」
エルフ達に見送られ、六人は里を出発した。エルフ達はエドガーの姿が見えなくなるまで、名残惜しそうに手を振る。
そうして、六人が森に姿を消すと、ハァッ……とフィリスが名残惜しそうに息を吐く。
「ああ、行ってしまいました。もっとエドガー様とお話がしたかったです」
「気持ちは分かるが、そう落ち込むな。エドガー殿達には重要な使命があるのだから」
「そんなこと、族長に言われなくても分かってます」
娘に冷たくあしらわれ、ガンッとショックを受けるクレイド。
妻に慰められている父親には気にもとめず、フィリスは六人が消えていった方角に目をやると、ふっ、と寂しげな笑みを浮かべる。
「本当に、最後まで一緒に居られるフィーが羨ましいわ。私の方がついて行きたかったくらい」
嫉妬混じりの声だったが、楽しそうな妹の姿を思い浮かべると、フィリスは嬉しそうに笑った。
♦ ♦
本当に迷ってしまうのではと心配していたエドガーだが、流石にそれは杞憂だったようだ。フィーリアが上機嫌に先頭を歩けば、森の景色がどんどん変わっていく。ちゃんと目的の方角に進めているようだ。
迷わない自信があるせいか、あちこちに目を向けては隣に居るアメリアに話しかける。
「あっ、見てください、アメリアさんっ。あの木には特別美味しい実が成っていてですね、子供の頃には他の人と取り合いになったくらいなんですよ!」
「へぇ、そうなんだ。フィーリアも食べたことあるの?」
「もちろんですっ! 誰にも渡したくなかったので、ちょくちょく様子を見に来て、一番美味しい時期に頂きました! 今でもやってますよっ!」
「そういうことするから、フィーリアは里で嫌われてるんだよ」
「酷いっ!? 別に嫌われてるってわけでは……! ただちょっと微妙な目で見られてるだけで、それに、たまにはちゃんと子供に分けたりも……あっ、あそこの池はそこそこ深くてですね、よく泳ぎの練習をしたりとか――」
次から次へと話題を出すフィーリアを見ながら、ネコタは小首を傾げた。
「なんだかフィーリアさん、やけにはしゃいでいるように見えますね」
それに、顎さすりながらラッシュが答える。
「ああ、ちょっと落ち着きがないかもしれないな。まぁ、無理もないだろ」
「だな。あんま無粋な真似はせず、こうして後ろから見守ってやれ」
「えっ? 二人とも理由が分かるんですか?」
意外そうな顔をするネコタに、はぁっと、ジーナは呆れたような目を向けた。
「せっかく仲良くなったダチと離れなきゃなんねぇんだぞ。少しは察しろや」
「あっ……そ、そっか。そうですね」
「こんなことも分からないとか、お前本当に勇者か?」
「そこまで言います!? 別に勇者かどうかなんて関係ないでしょっ!」
「人情が理解出来ない奴に、勇者が務まるとは思えんがね」
ウギギッと、ネコタは歯ぎしりをした。言い返したいが、エドガーの言う通りだった。さすがにこれは無神経と言われても仕方がない。鬼畜のウサギにその点を指摘されるのは納得いかないが。
森を歩いている間、フィーリアは喋りっぱなしだった。眼に映る景色から、次々と思い出を引っ張り出す。よくもまぁそこまで話ができるものだというような具合であった。しかし、アメリアは嫌な顔一つせず、楽しそうに聞き役に回っていた。
しかし、その楽しい時間もすぐに終わった。
小一時間ほどで、あっさりと六人は森を抜ける。しばらくぶりに見た景色に、グッとジーナは体を伸ばした。
「やっと出れたな。一時はどうなることかと思ったぜ。本気で餓死するかと思ったからな」
「頼むからもう忘れさせてくれ……こうして無事に出れたんだからいいじゃねぇか……」
「そ、そんなに落ち込まないでくださいよ。この森が特殊だっただけで、これ以上にややこしい場所なんてそうそうありはしませんって。これからの旅はもっと楽になりますよ」
落ち込む中年を慰めるネコタだが、その考えは世間知らずの坊やというほか無い。いつか己の発言を後悔する時が来ないよう、祈るばかりである。
初めて見た森の外の景色に、フィーリアは目を輝かせていた。
「わぁ~、これが森の外なんですか。木が全然なくて、すごく広い。外はこんな風になってたんですね~。あっ、もしかしてあそこが人の街ですか?」
「うん。たまにあそこの街の人がこの森に入って、迷っちゃうことがあるんだって」
「へぇ~、それじゃあ、エルフと会った人が居るかもしれませんね~」
ワクワクとしているフィーリアに、アメリアは笑った。そして憂鬱そうに目を伏せ、ぎゅっとフィーリアの手を握る。フィーリアは驚き、目を丸くしてアメリアを見た。
「フィーリア、ありがとうね。ここまで送ってくれて。それと、凄く楽しかったよ」
「え? あっ、はい。気にしないでくださいっ。私もすっごく楽しかったですから!」
顔を見合わせ、笑い合う。嘘偽りのない、心からの笑顔だった。
その二人の間に入って、エドガーはフィーリアを見上げて言う。
「俺からも礼を言うぜ。あんがとよ。なんとも手間のかかる女だが、お前には随分と助けられたよ」
「いいえ、本当に気にしないでください。私もエドガー様には助けられましたし、励まされました。エドガー様のおかげで、自分にちょっとだけ自信を持てた気がします。だから、お礼を言いたいのは私の方です」
「そうだな、俺が助けないと、今頃まだ木の根に挟まってただろうしな」
「それは言わないでくださいよっ、もう!」
ふざながら、二人で笑い合う。そして、数秒の間が空いた。
湿っぽい別れは嫌いだ。そうならないうちに、別れるのが一番いい。エドガーは小さく笑い、言う。
「それじゃ、フィーリア。そろそろ」
「──ええ!」
フィーリアは元気よく返事をし、笑った。
その笑みにつられ、ネコタは達も笑みを作る。エドガーはさらに笑みを深め、アメリアは一度目を瞑り、柔らかく微笑んだ。
フィーリアは森を振り返った。風が髪を撫でる。目元にかかった髪を搔きあげ、故郷の森を眺める。
目を瞑り、心地よい風を思う存分浴びて、フィーリアは顔を元に戻す。
「よし、もう大丈夫です! さぁ、それでは出発しましょうか!」
「え?」
思わず漏れた、アメリアの声だった。
ん? と、小さく笑いながらも、不思議そうにフィーリアは首を傾げる。
二人はじーっとお互いを見つめ……何かがおかしいと気づいた。
「あ、あれ? アメリアさん? どうかしましたか?」
「いや、どうかしたっていうか……出発って、何?」
「えっ? いや、何って言われても、そのままの意味で……」
「ん? フィーリアも街に行くの?」
「え、いや、街っていうか……あ、あれ?」
絶望的に、会話が噛み合わなかった。あまりに予想外な反応に、お互い、考えがまとまらない。
端から見ていた四人は、まさか……と思い至った。エドガーが尋ねる。
「フィーリア。お前まさか、俺たちの旅に着いてくる気か?」
「えっ? あ、はい。そのつもりですけど……あれ!? まさかって、もしかしてお父様から聞いてないんですか!?」
「聞いてねぇよ。どういうことだ。詳しく話せ」
ジト目で睨むエドガーに、あせあせとしながらフィーリアは弁明する。
「えっと、兎人族のエドガー様が身を呈して世界を救おうとしているのに、エルフである私達が何もしない訳にはいかないと。
【迷いの森】のエルフを代表して、私が勇者一行として同行しろと。皆様には伝えておくから、出口まで案内したらそのまま旅を続けろと、言われてたん、です、けど……」
「あのジジィ。万が一にでも断られないように黙っていやがったな」
とうとう族長という敬称すらなくなった。流石のエドガーも我慢の限界だった。
どうやら自分の立場を危ぶんだらしい。フィーリアは慌てて頭を下げた。
「勝手なことをとお思いでしょうが、お願いしますっ! どうか私も連れて行ってくださいっ! 私も皆様と一緒に、世界を救いたいんですっ!」
「要りません。帰ってどうぞ」
「ひどいっ! 少しくらい考えてくださいよ〜!」
キッパリと断ったエドガーに、フィーリアは半泣きで訴えた。
可哀想に思ったネコタが口を挟む。
「まぁまぁ、そんな邪険にしないでも、少しは真面目に考えてあげたらどうですか? いくらなんでも可哀想でしょう。フィーリアさんはむしろ被害者なんだし」
「と、爆乳と桃尻に釣られたエロガッパ少年が申しております。正直救いようがありません」
「本当にいい加減にしろよ! なんだってそう人が誤解するような事を言うんだお前はぁあああああ!」
ネコタはキレた。容赦無く振るう聖剣をひょいひょいとエドガーは躱し続ける。
戯れている二人を置いて、ラッシュは困ったような口調で言う。
「連れてってくれと言ってもな。お前が言うほど、この旅は簡単じゃないぞ?
間違いなく過酷な旅になるし、危険な相手とも戦わなきゃならない。戦闘力はもちろん、旅をし続ける体力と根性が必要になる。俺達だって、いつでもフォロー出来る訳じゃない。
旅慣れてない奴にはとてもじゃないが……」
「そ、それは覚悟の上ですっ! 大丈夫ですっ! もし私が足手纏いになるようなら、その時は遠慮なく置いていってくださいっ!」
「そう言われてもな……」
難しそうに眉を曲げるラッシュ。
しかし、ジーナは楽しそうに笑っていた。
「いいじゃねぇか、連れてってやれば」
「おいおい、簡単に言うんじゃねぇよ。死んだらどうすんだ」
「その覚悟があるって言ってんだ。そん時はそん時だろ。それなら、あたしは応援してやりてぇ。それに、体力なんざ旅を続けてりゃそのうち付くもんだし、何より戦闘力に関しては問題ないだろ?
後衛での火力。あたしらが欲しかった人材じゃねぇか」
「……言われてみればそうだな」
旅に向かないとデメリットばかり見ていたが、確かに火の精霊術は魅力的だ。好きに撃てる場所なら、森で見た炎よりもさらに強い攻撃力を見せるだろう。欠けていたパーティー戦力の穴埋めとしては、これ以上無い相手だった。
「待て、俺は反対だ。こいつは絶対連れて行かない方がいいと思う」
ひょっこりと、三人の間にエドガーが現れる。見れば遠くの方でネコタが横になって気絶している。腫れた頬が見るからに痛々しかった。
取りつく島もないエドガーに、フィーリアは涙目で訴えた。
「そんなぁ! どっ、どうして駄目なんですかっ!? エドガー様は私のことがお嫌いですかっ!」
「好き嫌いの問題じゃねぇ。単純に足手纏いになるから駄目だって言ってんだ」
バッサリと切り捨てられ、はうっとフィーリアは胸を抑える。
ラッシュは意外そうに言った。
「なんだ、お前がそこまで反対するのも珍しいな。てっきり気に入っていると思ってたんだが。しかし、足手纏いになるってのはどういうことだ? ジーナの言う通り、戦闘力だけ見ればこれ以上ふさわしい奴は居ないぞ?」
「戦闘力だけならな。だが、考えても見ろ。こいつを人間の居る街で連れ歩いたらどうなると思う?」
エルフらしく、人間を遥かに超えた美貌。それでいて、可愛らしく感じる愛嬌がある。細身のエルフに似つかぬ、豊満な身体つき。それなのに警戒心というものがなく、中身が幼い。エルフの里で軽んじられていたせいで、己の価値という物を理解していない。
「こんなの、間違いなく絡まれるし、攫われるぞ。貴族に目をつけられても面倒だし、俺達から逸れて気づいたら奴隷になっていてもおかしくない」
「「ああ……」」
「納得しないでくださいよっ! いくら私でもそんなに抜けてないですっ!」
フィーリアは言うが、二人はそれに同意することが出来なかった。檻に入って泣いているフィーリアの姿が、ハッキリと頭に浮かんでいた。
その反応に、いよいよ追い返されると思ったのか。フィーリアはフルフルと体を震わせ、うわーんとエドガーにすがり泣きついた。
「お、お願いですっ! どうなっても恨みませんから、私も連れて行ってくださいっ! 世界を救うまで帰って来るなとお父様に言われてるんですっ! もしこのまま追い返されたら、里に戻ることも出来ません!
それに……私、皆様と一緒に居るのが楽しかったんですっ! このまま離れるなんて嫌ですっ! 皆さんともっと色んな所に行って、色んなことを楽しんだり、色んな美味しい食べ物を食べてみたいんですっ! だからどうかっ、お願いですからっ……!」
「完全に私情じゃねぇか。少しは欲望を隠せや」
抱きついて来るエルフの娘にエドガーは呆れた目を向ける。この素直すぎる性格やはり連れて行くには危険すぎる。
「いいじゃない。連れて行ってあげようよ」
「アメリア、しかしなぁ」
「ここまで言われてもついて行きたいって言ってるんだから、その気持ちは本物だよ。それを無下にするのは可哀想だよ」
それに――と、頬を赤らめ、アメリア続けた。
「私も、フィーリアと一緒に行きたいし」
「アメリアさん……っ!!」
アメリアにそう言われ、フィーリアは感激の涙を流す。
エドガーはふぅ、と息を吐き、ぶっきら棒に言った。
「ったく、しょうがねぇな。俺は本当にどうなっても知らんぞ」
「ふふっ。そう言って、エドガーはなんだかんだ面倒を見てあげるんだよね。大丈夫、私も一緒に面倒見るから」
「わっ、私だってそこまで世間知らずじゃ……でも、えへへっ。ありがとうございますっ。とても嬉しいです」
「よし、そんじゃ決まりだな。さて、とりあえず街に行こうぜ。里の飯も不味くはなかったが、もうちょい酒に合う味付けの濃い物が食いたくなって来た」
「お前はそればかりだな。次の旅の準備とか、やることは色々あるだろうが。今度はフィーリアの分まで用意しなきゃならねぇんだからよ。ほれ、ネコタ起きろ。もう行くぞ」
「う、うぅ……? くっ、くそっ、僕はまた……」
「お前は本当に貧弱だな。そのすぐ気絶する癖早く直せよ」
「ちくしょう……! 今に見てろよ……! いつか絶対やり返してやるからな……!」
「ふん、口だけは達者な奴だ。言っている暇があるなら行動に移してみろ」
四人がガヤガヤと言い合いながら、街に向かう。少し遅れて、アメリアとフィーリアが後を追った。
照れ笑いを浮かべながら、フィーリアは隣のアメリアに声をかける。
「あっ、あの、アメリアさん。本当にありがとうございますっ。私、ご一緒出来て嬉しいですっ」
「うん、いいよ気にしないで。それに、私も嬉しいからね。これからよろしくね」
「はいっ、よろしくお願いしますっ。あっ、でも――」
フィーリアはエドガーの後ろ姿に一瞬目をやり、グッと手に力を入れる。
「私、負けませんからねっ」
「うん? ……うん、なんだかよく分からないけど、私も負けない」
「はいっ! ちょっと複雑ですが、お互い頑張りましょうっ」
「おーい、二人とも、早く来い。早速遅れてるぞ」
「あっ、ごめんなさいっ! 今行きます! さっ、アメリアさん」
「うん、エドガーに怒られる前に、早く行こうか」
笑い合い、二人は早足で四人を追いかける。
こうして、エルフという神秘の目で見られる一族の少女を仲間に加え、勇者一行は次の目的地へと目指した。
この合流が一行にとって幸運だったのかどうかは、まだ分からない。
ただ、これからの旅路が少しばかり楽しくなることは、間違いなかった。
♦ ♦
『フィーリア。お前はこの里の代表として、エドガー殿の旅に同行するのだ』
『えっ? 私がですか? でも……』
『お前の精霊術なら足手纏いにはならんだろう。兎人族の方が過酷な試練を受けるというのに、我らエルフが見て見ぬ振りをする訳にはいかん。分かるな? 』
『それは、そうですが……』
『まぁ、それはあくまで表向きの理由だがな』
『えっ?』
『フィーリア、この旅でなんとしてもエドガー殿の心を落とすのだ。なに、焦らなくても時間はたっぷりある。じっくりやればいい。旅の途中に助け合えば、お互い嫌でも意識するであろうしな』
『おおおおぉおっ、お父様!? 一体何を!?』
『お前自身、エドガー殿を慕っているであろう? なら何の問題も無いではないか』
『いえ、そういう問題では無くてですねっ! わっ、私がいくら慕っていたとしても、私なんかに好かれても、エドガー様だって迷惑だと!』
『いや、儂が見たところ案外脈はある。どうやらエドガー殿は変わった趣味をお持ちのようだからな』
『変わった趣味って……お父様、ひどい……』
『ははっ、すまんな。なに、ダメで元々だ。思い切って行くがいい。それに、お前は外に出た方が幸せになれるだろうからな』
『お父様っ、それは……私は、お父様にまで……ッ!』
『バカ者、勘違いするな。お前がどんな者であろうと、儂の娘。可愛くない訳がないであろうが』
『おっ、お父様っ』
『だが、いくら儂がお前を可愛がろうとも、この里ではお前を幸せにすることが出来ん。だからこそ、エドガー殿について行くのだ。駄目だったらそれはそれで構わん。その時は里に戻ってきなさい。儂と母さん、フィリスもお前を待っている』
『お父様……ぐすっ、私、私は……!』
『だが、一人で帰って来るならそれなりの覚悟を決めるのだぞ』
『え?』
『この里ではお前を嫁に貰いたいという男は居らん。儂が押し付けた所で、お互いが不幸になるだけだ。そうなると、お前は一人で生きていくことになるだろう』
『…………』
『遠からずフィリスは結婚し、子供を産み、暖かい家庭を作り、幸せになるだろう。そんな姉を羨みながら、一人で寂しく生きていきたいか?』
『…………』
『それとも、そのうち生まれて来る甥っ子、姪っ子を可愛がって寂しさを紛らわすか?
最初は良いだろうが、大きくなれば鬱陶しがられるし、馬鹿にされるだろうな。叔母上は何でいつまでも一人なの? と。
その時はフィリスに叱って守ってもらうか? そもそも、可愛がっていた甥っ子、姪っ子からそんな言葉を言われて耐えられるか?』
『…………』
『こんな未来を避けるためなら、恥ずかしいだとか、過酷な旅だなんて、どうってことはないと思わんか?』
『…………』
『……………………』
『……………………』
『……………………』
『……………………お父様っ』
『うむ』
『私、頑張りますっ! 必ずエドガー様と幸せになってみせます!』
『うむ。お前が孫を連れて帰ってくる日を待っているぞ、愛する娘よ』




