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人間やめても君が好き  作者: 迷子
三章 迷いの森

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これが大人の戦い方ってやつだ



 エドガーは旅の目的を全て説明した。最初は興味深そうに聞いていたクレイドだが、次第に難しい顔になっていく。そして全てを聞き終えた頃には、眉間に深いシワがよっていた。


「なるほど。まさかエドガー殿が勇者だったとは。只者ではないと思っていましたが」

「いや、勇者じゃなくてそのお守りだけどな?」


「ですが実質、勇者のようなものでしょう?」

「まぁな」


 まぁなじゃないが。


 エルフの信仰は根深かった。そしてサラリと適当なことをほざくウサギである。もし本物の勇者が聞いていたら、喧嘩待った無しだっただろう。

 フィリスは憧れで目を輝かせる。


「エドガー様は世界を救う為に旅をしているのですねっ! なんと素晴らしい! さすが兎人族の戦士ですっ!」

「ふっ、面倒な話ではあるが、これも持つべき者の義務、といったところか」

「責任感のあるところも素敵ですわ」


 エドガーを褒めるフィリスだったが、ふと、困った顔を見せる。


「ですが、女神の祭壇ですか。残念ですけど、私も聞いたことがありませんね」

「ふむ、フィリス殿もか」

「はい。そもそも、エルフは森の神ブディーチャックを崇める種族ですし。女神を敬わないという訳ではありませんが、特別信仰はしている訳でもないので」


「私もお姉様と同じです。だから、お父様なら何か知っていると思って、エドガー様を此処へ案内したのです。お父様、何か知っているのなら、どうか力になってあげてくれませんか?」

「フィーの言う通りです。お父様、エドガー様を助けてあげてください」


 娘二人の願いにも、クレイドは難しい表情を保ったままだった。隣に座っていたアルマが神妙な顔で、小声で伺う。


「あなた。これは……」

「ああ、分かってる。……まさか真実だったとは」


「ん? 何か知ってんのか?」

「ああ、いえ、少々驚きまして」


 ぎこちない笑みを浮かべて、クレイドは言う。


「実はエドガー殿以外に森に侵入した者が居ましてな。【精霊の審判】を通ったとはいえ、侵入者は侵入者。

 それで里の戦士達に捕縛させに行ったのですが、その者らは自らを勇者と名乗り、大人しく投降したのです。

 どうせ謀りと思い、今は牢屋に入れているのですが、もしやその者達が……」


「ああ、俺の連れかもしれねぇな。そうか、牢屋に入れてるのか」

「申し訳ありません。まさかエドガー殿のお仲間とは知らず」


「いや、仕方ないだろ。不審者を隔離するのは当然の判断だ。あっ、まさか手荒な真似とか……」

「いえ、幸い素直にこちらに従ったので、丁重に扱っております」


「ならいいさ。気にしないでくれ。それよりもエルフに被害が無くて良かった。一人凶暴で手に負えない奴が居るからな。牢屋に入れたのは正解だぜ」

「ほう、エドガー殿にそこまで言わせるほどですか?」


「ああ、女らしさのかけらもねぇ血に飢えた雌ゴリラだ。俺もあいつを抑えるのには苦労している。アレが暴れたら確実に死人が出ていただろうな」

「なんと……! 恐ろしい女ですな。まさかそのような者が勇者一行とは」


「実力がある分タチが悪い。俺が勇者一行に入ったのはアイツを止める為だと言っても過言でない」


 もっともらしい表情で、エドガーは重々しく頷いた。

 本人が聞いていたら、殺し合いが始まっていただろう。


「俺の連れだったとしたら、いつまでも牢屋の中に入れるのは忍びない。すまないが、確認だけでもさせてもらえないか?」

「ご安心ください。半信半疑とはいえ、勇者を自称していましたからな。私が直々に問い詰める為に、この屋敷に連れてくるよう命じていたところです。もうだいぶ経ちますし、そろそろ着く頃です」

「──失礼します! 族長、ご命令どおり侵入者達を連れてまいりました!」


 まるで計ったかのように、玄関口の方から男の声が聞こえてきた。


「族長、ご命令どおり侵入者を連れて――え? 兎人族?」


 部屋に入ってきた男は、エドガーを見た瞬間表情を崩す。エルフのデフォである。

 その声に釣られ、男に連れられていた四人が揃って同じ方向を見る。


「──ッ! エドガー! 良かった、無事だっ――」


 アメリアはパァッと顔を輝かせていたが、一転、ゴミを見るような目でエドガーを見た。かつてないほど冷え切った目だった。

 突然の豹変に、エドガーは狼狽えた。


「お、おおっ、アメリア。無事で良かったぜ。だけど、どうした? なんでそんな目で――」

「別に。なんでもないよ」


「なんでもない訳がないだろ。でないとお前が俺をそんな目で見るわけが……」


「いや、自分の姿を考えてみてくださいよ。そりゃアメリアさんも怒りますよ。心配してたんだから」

「そうだな。にしてもお前、なんちゅう羨ましい状況を」


 頬を赤らめながら、ネコタとラッシュが言った。


「はぁ? お前ら何を言って――」


 言いかけて、ハッとエドガーは自分の状況を思い出す。

 可愛らしくスタイルも良い美少女に抱きしめられ、柔らかい胸に頭を埋めて居る自分。

 さぁっと、エドガーは青くなった。


「ア、アメリア。違う、誤解なんだ、これは……」

「誤解? 誤解ってなにが? そんなのに埋まって、鼻の下伸ばしちゃって」


「いや、仕方なかったんだよ。ちょうど良い椅子がなくて、それで!」

「それで? 女を椅子にしたって? なにそれ、いやらしい。エドガーって最低な男だったんだね」


「いや、違っ。そんなつもりこれっぽっちも」

「私は心配してたのに、自分はそんなに楽しそうにして。エドガーは私のことなんかどうでも良かったんだね……」


「そんなことないっ! 俺はいつだってお前のことを想っている!」

「嘘つき! だったらなんでそんな女にデレデレしてるの!」


「これは本当に仕方なかったんだよっ! 信じてくれ! 俺が一番大事にしてるのはおまえなんだ!」

「そんなっ……エドガー様、さっきは私のことが好きって言ってくれてたのに……」

「お前は黙ってろ! 話がややこしくなるだろうが!」


「やっぱり好きでそうなってたんじゃない! エドガーの嘘つき! 大っ嫌い!」

「ち、違うんだ! 俺はお前と離れた時から、ずっと――!」


 完全に浮気現場を見つかって修羅場になっている男のそれだった。当然の報いである。

 困った顔をして、クレイドが助け舟を出す。


「ああー、エドガー殿? そちらの女性はやはりお仲間で?」

「あっ、ああ。間違いなく賢者のアメリアだ。すまないが、客として扱ってくれるか? 何かあったら俺が責任を取る」

「ええ、もちろんですわ。さぁ、どうぞこちらへ」


 名残惜しみつつ、フィリスが立ち上がり、自分が座っていた椅子を勧める。

 アメリアは不満そうな顔をしつつも、素直にそれに従った。そのまま座ろうとして、ガバリとフィーリアの胸からエドガーを奪い取る。


「うきゅう?」

「ああっ!? エドガー様!」

「貴様! いくらエドガー殿の客人といえど!」

「待ってくれ族長! いいんだ、大丈夫だから!」


 立ち上がりかけた族長を説得するエドガー。エドガーが言うならと、渋々族長は椅子に座りなおした。残念そうに落ち込むフィーリアがなんとも同情を誘う。


 ブスっとムクれながらも、アメリアはエドガーを強く抱きしめて言う。


「……今回だけだからね。次はないから」

「お、おう。もちろんだ。もう二度としない」


「ふんだ。また調子の良いこと言って」

「ほ、本当だ。男に二言はない」


 完全にその場しのぎの言い訳である。正直まったく信用ならない。


「くっ、くくっ! まぁ自業自得だな。あたしらがこんな目に合ってるってのに自分だけ楽しんでちゃあな」

「本当ですよ。いい気味ですね」


 ニヤニヤと笑い、ジーナとネコタがからかう。なんたる屈辱か。ぶち殺してやろうかとエドガーは思った。

 その怒りを、クレイドは敏感に察したらしい。


「エドガー殿。やはりそちらの三人もお仲間で?」

「ん? ああ。そいつらも――」


 頷きかけたその時、エドガーに閃きが走った。


「いや、そんな奴らは見たことがないな」

「はぁっ!? ちょっ、エドガーさんっ! 洒落にならないんですけど!?」

「おいウサギ、冗談言ってねぇで早く解放させろ!」


「エドガー殿、このようなことを言っておりますが?」

「知らんものは知らん。不審者には間違いないだろうから、そっちで処分してやってくれ」

「かしこまりました。おい」


 クレイドの命令を受け、隊長エルフは三人を連れて行こうとする。

 焦りながらネコタは助けを求めた。


「ちょっ、本当にまずいですって! エドガーさん! 止めてください! エドガーさんが頼めば大丈夫なんでしょ!?」


「君が誰だか分からないけど、そんな権利、僕にはないよ。だってただのウサギだし。人族の宿で門前払いされたり、森で迷ったりする役立たずだから、そんなことはとてもとても……」

「こんな時にまで根に持ちやがって! みみっちいウサギめ!」


 ジーナは忌々しそうに睨みつける。が、エドガーはやはり我関せずの態度だった。

 そのまま連れていかれそうになっていたが、今まで黙っていたラッシュがバッと膝を着き頭を垂れる。

 まるで騎士が忠誠を誓うような見事なまでの作法に、部屋中の視線が集まった。


「──エドガー様。私の不覚により貴方様から逸れてしまったこと。どうかお許しください」

「……ほう。随分と殊勝な態度だな? てっきり俺を責めるかと思ったが」


「滅相もありません。全て私の不手際ゆえのこと。己の無能を嘆くことはあっても、エドガーを様を責めることなどあり得ません」

「ふん、口ではなんとでも言えるがな」


「信じていただけないのであれば、しかたなきこと。エドガー様の裁定を謹んでお受けいたします。ですが、もし慈悲をかけてくださるのであれば、どうか今一度この身に機会を」


「……ふっ。小癪だが、まぁいいだろう。族長、そんな訳でそいつは俺の子分だからよ」

「ええ、歓迎いたします」


 ラッシュはエルフに受け入れられた。

 ネコタとジーナが唖然としながらラッシュを見つめる。

 ラッシュはドヤ顔で言った。


「ま、ざっとこんなもんよ」

「マジかお前、プライドねぇのかよ」


「言っただろう。そんなもんは犬に食わせた。これが大人の戦い方ってやつだ」

「戦うどころか迷わず服従しているんですけどそれは……」


 二人から軽蔑の目を向けられても、ラッシュは堂々と胸を張り、エドガーの背後に控えた。それはそれは誇らしそうな態度だった。


 エドガーはさりげなくジーナに目をやる。


「それで、お前らはどうする? 頭を下げれば口ききしてやってもいいんだが?」


 ん〜? と、エドガーは覗き込むように二人を見る。非常に腹の立つ顔だった。

 どうしようかと悩むネコタをよそに、フンッ、とふてぶてしい態度でジーナは言った。


「言いたいことなんざ何もねぇ。誰がテメェなんぞに頭を下げるか」

「ちょっ、ジーナさん!?」

「ほう、このまま処刑でも構わないと?」


 面白がるように、エドガーは問う。

 ジーナは迷わず言い切った。


「そこのオヤジと違って、あたしには意地がある。たとえ殺されようと、下げたくない頭は絶対に下げねぇ!」

「ふん、強情な奴め。だが、見事ではある。良いだろう。族長、すまないがそいつも解放してやってくれ」

「エドガー様がそう言うなら。おい」


 族長の命に従い、隊長エルフはジーナの縄を解いた。

 ジーナはグルグルと腕を回しながら、エドガー逹の側に寄る。


「礼はいわねぇぞ。別にあたしは頼んでねぇからな」

「貴様! 兎人族の客人の温情を無下にして!」

「ああ、いいんだよ兄ちゃん。こいつはそういう奴だからな、気にしてねぇよ。さて、あとは……」


 チラッと、エドガーはネコタに目配せをした。

 ネコタは感情と理性の間で揺れていた。


 謝るなら、ラッシュのように跪いて謝らなければならないだろう。しかし、そこまでするにはプライドが邪魔をする。かといって、ジーナのように意地を張るようなリスクは犯せない。助かるかどうかも分からないのに。


 プライドを捨てるか。リスクを抱えながらも意地を張り通すか。

 グルグルグルグルと、頭の中が回り出す。悩んでも答えが出ず、結局ネコタに出来たのは、ぎこちない笑みを浮かべることだった


「……えっ、えへへっ!」

「族長、そいつは処刑で頼む」

「かしこまりました」


「ちょっとおおおお! どうして僕だけ! 助けてくださいよ!」

「服従か意地か、どちらも選ばず曖昧に誤魔化そうとする輩は、俺が一番嫌う所だ。大人しく報いを受ける」


「あ〜、エドガー。そろそろからかうのは止めて許してやってくれ。流石に勇者が殺されるのは洒落にならん」

「なんでぇ、つまんねぇの。ま、族長。そんな訳だからよ、そいつも助けてやってくれ」

「よ、良かった。本当に良かった……」


 エドガーの悪ふざけが終わったところで、お互いの事情を話し、状況をすり合わせる。


「なるほどね。兎人族とエルフにそんな関係があったとはな。道理で歓迎されてる訳だ」

「良かったね、エドガー。お嫁さんを貰えて」

「待て、待ってくれ。本当になんとも思ってないから」


「こんなウサギがねぇ。エルフの趣味は理解できねぇな」

「そうですね。あの、言ってはなんですけど、絶対に後悔するから止めたほうが……」


 バチンッと、部屋に乾いた音が響いた。フィリスがネコタの頬を叩いた音だった。


「エドガー様に助けられておきながらそのような態度、一体何様のつもりですか? エドガー様がいなければ、あなた処刑をされても文句を言えない立場だったのですよ」

「その通りだ。勇者だかなんだか知らぬが、兎人族であるエドガー殿に対するその態度、我らエルフへの侮辱と見るがよろしいか?」


「あ、いえ、そんなつもりじゃ……その、すいません」

「まぁまぁ、その辺りにしておいてくれ。こいつは勇者といえまだ若いし、世間知らずでな。大目に見てやってくれ」

「まぁ、エドガー殿がそう言うなら」


 エルフの美男美女から責められるというだけでも、ネコタにとっては堪えるというのに、よりにもよってウサギに庇われる。とてつもない屈辱だった。ネコタは静かに泣いた。


 そんなネコタを見ないふりをして、ラッシュは言った。


「ま、まぁその、なんだ? エドガーが仲間に居たのが予想外の幸運だった、ってことだな。森の結界を抜けたのも、兎人族のエドガーが居たからじゃないですか?」

「ああ、そういうことか。それならもっと早く抜けて欲しかったもんだぜ」


 そうすれば、あんな飢えるような真似をしなくてよかったのにと、ジーナは思う。

 しかし、クレイドは首を降った。


「客人よ、それは違う。お主達の言う森の結界──【精霊の審判】は、エドガー殿のおかげで抜けたのかもしれぬが、兎人族だからといって誰でもが抜けられる訳ではない」

「あん? どういうことだよ?」


「【精霊の審判】は、この森に住む者になんらかの不利益を与える侵入者に対し、精霊達が侵入者の感覚を狂わす力のことだ。

 森に隠されたこの里を探そうとしたり、森の恵みを盗み取ろうとしたり、森に住む獣を狩ろうとしたり、そのような輩達にだな」


「なるほど。祭壇を探していた俺達は、そのルールの内に入っちまっていたのか そのルールに囚われてからこそ、森から出ようとしても逃げられなかったと」


 顎をさすりながら、ラッシュは納得していた。

 要するに、今まで森に迷って帰って来れた奴らというのは、そのような邪な目的がなかったからこそ、森を抜けることが出来たのだろう。逆に、目的を持って森に入れば迷わされることになる。


 明確な目的がある奴ほど、目的から遠ざけられる。なんと皮肉な話だ。これでは探しようがない。


「それじゃあよ、あたしらがその【精霊の審判】だかなんだかってのを抜けられたのは何でだ? 一度捕まったら解除されねぇんだろ?」


「それは精霊に認められたから、としか言いようがない。精霊がお主達を無害だと判断したからこそ、審判を逃れることが出来たのだ。

 例えば……そうだな。当初の目的を忘れ、純粋な興味を持って森を散策するという場合なら、精霊も受け入れるだろう。とは言うものの、森で迷った人間がそんな気になれるとは到底思えんが……」


「そうですね。あの時の僕らは脱出するのに必死でしたし、とてもそんな余裕は――」


 言いかけて、ネコタはハッとアメリアとエドガーを見た。

 アメリアは、ああ、と何でもないように呟く。


「そういえば、私達は楽しんでたね」

「だな。こいつらと違って俺らは体力的な余裕があったからな。ん? ってことはなにか? 俺たちのおかげであの森を抜けられたってことか?」


「まぁっ! それは凄いことですわ!」

「はいっ! 本当に凄いですエドガー様! 【精霊の審判】にかけられて逃れられるなんて、私達エルフでも難しいことなのですよっ!」


「二人の言う通りですな。目的を持った者が、私心を捨て無垢な心で森を歩くなど、死の淵に立ってようやく出来るかどうかということです。

 そうだとしても、苦しみながら生き絶える者がほとんどだと言うのに、それを余裕のある内に可能にするなど、並大抵の精神力ではない。

 流石はブディーチャックの使いと言われる兎人族。そしてアメリア殿。賢者というのは名ばかりではないようで」


「そんな、私はエドガーと楽しんで歩いていただけだし」

「それが本当に凄いことなのですよっ! 誇りに思って良いと思いますっ!」

「……あ、ありがとう」


 エルフ姉妹から純粋な賞賛と好意を向けられ、アメリアはテレテレと顔を背ける。無垢な人物から褒められて拒絶するほど、アメリアはひねくれ者ではなかった。

 同じく讃えられていたエドガーは、横目で三人を見る。


「聞いたかね、そこの三人。俺らのおかげで森から抜けられたんだってよ。飢えを満たすために俺を襲いかけたのはどこの誰でしたっけ? んん?」

「このっ……! 調子に乗りやがって……!」


「我慢しろ。今ここで手を出したら、今度こそエルフを敵に回すぞ」

「とはいえ、流石にこれは僕も納得いかないんですけどっ! 必死に頑張っていたのは絶対に僕たちなのに……!」


 頑張った者が必ず報われるとは限らないのが、世の常である。

 ゴホンとラッシュは咳払いをし、真面目な表情を作る。明らかに空気が変わり、部屋に緊張感が漂った。


「世間話も楽しんだところで、そろそろ本題に入りましょう」

「ふむ、女神の祭壇についてかね?」


「ええ。まず確認なのですが、祭壇の守り人とは、この里のエルフのことで間違いありませんね? 

 悪しき者をこの森から弾き、【精霊の審判】をくぐり、勇者を祭壇まで導くのがあなた達の役目。違いますか?」

「そうだな、認めよう。確かにお主の言う通りだ。この森のエルフは、そのために存在しているとされている」


「本当にそうだったのですか? 初めて聞きました」

「お父様、私も聞いたことがありませんが」


「無理もない。里でも長老集か立場のある者にしか伝えられてないことだからな。まずあり得ないだろうが、偶然迷い込んだ者を、エルフが祭壇に連れて行くことのないように、その場所を秘匿しているのだ。その可能性を少しでもなくすためにな」


 なるほどと、エルフ姉妹は頷いた。それならば、族長の娘である自分たちが知らなくとも無理はない。


「そうですか。それなら話が早い。エドガーから話を聞き、私達が勇者一行であると信じてくれたはずです。なので、是非ともネコタを祭壇まで連れて行ってもらいたい」


 ラッシュの要望に、クレイドは難しい顔のまま答えた。


「お主の言いたいことは分かった。エドガー殿の言はもちろんのこと、【精霊の審判】をくぐり抜けた以上、アメリア殿も普通ではない存在なのだろう。その少年が勇者であるということも信じてもいい。しかし、申し訳ないがそう簡単に祭壇へ連れて行くわけにはいかない」


「そんなっ、何故ですか!? 世界を守るために必要なんですよ!? それなのに!」

「お怒りはごもっとも。だがな、これは儂が許可を出したからといってなんとか出来る問題ではいのだ」


 ふぅ、と、クレイドはため息を吐く。


「女神の祭壇は、この里の重鎮が長い間守り続けていた大切な場所だ。いくらエドガー殿の推薦があったとしても、本当にその少年が【勇者】なのかは分からない。

 そして【勇者】かどうか分からぬ人間を、祭壇まで連れて行くことに反対する者は必ず出る。

 その者達を抑えない限り、お主達を連れて行くことはできん」


「そんなこと言われても……あっ、聖剣! この聖剣ならどうです!? これこそ勇者の証ですよ!」

「それが本物の聖剣だと判断出来るものがこの里には居ない。儂らにとって、それは【勇者】の証明にはならん」

「そんな、じゃあどうすれば……」


 すぐそこに祭壇があるというのに、何をやっても認められないなら、一体どうしろというのか。

 悩むネコタとは裏腹に、エドガーは気軽に尋ねた。


「族長。こいつが【勇者】かどうかを証明する方法はない。だけどようは俺達がこの里の奴らに信頼されればいいんだろ? 何か他に認められる方法はないのか?」

「そうですな。里の者全員に認められる方法となると……ふむ、それではこの里に伝わる試練でも受けてみますか?」


「試練? へぇ、面白そうじゃねぇか」


 退屈そうにしていたジーナだったが、試練と聞いてワクワクとし始めた。交渉ごとよりも、そっちの方がずっと分かりやすい。


「それで? 試練ってのはなんだ? 百人組手か? 魔獣退治か?」

「はははっ、そのような物騒な物ではないよ。まぁ、難易度ではこちらの方が上かもしれぬがな」

「ほう? その二つよりも上か。どういう試練なんだ?」


 興味深そうにエドガーは聞く。

 クレイドは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。


「簡単に言ってしまえば、食料集めですな。こちらが指定した三つの食材を取ってくること。それがエルフの狩人の試練です」

「食材集め? そんなもんが試練になるのか?」


 怪訝そうな顔をするエドガーに、族長夫妻は愉快そうに笑った。


「ええ。これはエルフが一人前の大人になった証として課す試練なのです。つまり、エルフの成人の儀のような物ですな。この試練で手に入れる三つの食材は、この森の中でも手に入れるのが最も難しい物なのですよ。これを自力で手に入れるのがことが出来るなら、十分に森で暮らすことができます」


「この試練はエルフに必要な技能が身についていないと達成することは出来ません。ですから、男女問わず誰もがこの試練を受けるのです。当然、私も達成しております」


「私達もです。ねぇ、フィー?」

「はいっ! 頑張りました! あっ、でも、私は達成するのにかなり時間がかかってしまいましたけど……」


 フィーリアは居心地悪そうに肩をすくめた。よっぽど苦労したらしい。


「食料集めの試練ですか。なんだか面白そうですね」

「うん。魔物を倒せ、と言われるよりかは楽しそうかも」

「あたしは拍子抜けだな。狩りの方が分かりやすくていい」


「はっはっは。威勢の良いことを言うのは頼もしいですが、そう簡単な物ではありませんぞ。フィーリアのように時間がかかってようやく達成出来る、というのも珍しくはありません。

 戦闘技術、森の知識、経験、全てが問われる試練ですからな」


「なるほど、そりゃ難しそうだ。だけどまぁ大丈夫だろ。フィーリアでさえ出来たんだから俺達にも出来るって」

「酷いっ!」


 ガビンッ、とショックを受けるフィーリア。そんな彼女を見ていると、やっぱり出来るような気がしてくるから不思議だ。


 やる気を出す四人だったが、一人、ラッシュは心配そうな顔で言う。


「しかし、試練を受けるのは構いませんが【精霊の審判】は大丈夫なのでしょうか? また囚われたとしたら、此処に戻ってこれなくなるのですが」


「ふむ。一度抜け出せたのだから問題ないと思うが……そうですな、念のためフィーを付けましょう。試練の場所への案内と、この子が居れば審判にかけられたとしても、里に戻ってことが出来ます。いいな、フィー」

「はいっ、もちろんですっ! よろしくお願いしますね、皆さん!」


 輝かんばかりの笑顔に、五人は頷く。

 クレイドはそれを認め、同じように頷いた。


「よし、それではこれより、”狩人の試練”を勇者一行に課す。集める食材は、【ヒカリダケ】が一本、【ファルル】が三尾、そして【ホルクス】の卵三個だ。森への感謝を忘れず、誇りを持って挑戦するがよい」


 こうして、五人と一匹はエルフの試練を受けることになった。

 森の平穏が崩されないよう、心から祈るばかりである。




 ♦   ♦




「……族長。あれで良かったのですか?」


 エドガー達が試練に出発し、しばらくして、隊長エルフはクレイドに話しかけた。


「いくらフィーリア様を付けているとはいえ、この森に慣れていない外の者にいきなり狩人の試練は無茶でしょう。実力はあるようですが、それでも何日かかるか分かりません」

「よいのだ。だからこそ、私は試練を勧めたのだから」

「族長、それは……」


思っても見ない言葉に、隊長エルフは目を丸くする。

クレイドは苦々しい表情をしながら言った。


「もし試練を達成出来ずに、諦めてくれるのであればそれが一番良い。あの者達を女神の祭壇へ導くことなど、絶対に不可能なのだから」





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