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人間やめても君が好き  作者: 迷子
一章 村人の旅立ち
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釣り合ってなかったんだよ



 バラドからアメリアの話を聞かされた日から、トトは鬱屈な日々を送っていた。

 どうにかする方法がないか。それだけをずっと考えている。だが、答えはいつも変わらない。


 ――俺は、アメリアと離れなければならない。


 そう思うたびに、心が沈んでしまう。考えれば考えるほど深みにはまり、仕事が手につかなかった。バラドとエミリーもそんなトトの気持ちが分かっているのか、何も言わずただ見守っていた。


「おい、トト」


 トトが胡乱な目で畑をいじっていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、ボーグがこちらを睨んでいる。今日も取り巻きを連れて偉そうだ。


 久しぶりに見たなと思うと同時に、面倒なのが来たと、トトは思った。今はこいつと話すような気分ではない。


「ボーグか。なんだよ、俺は今忙しいんだけど」

「お前、今日も暗い顔してるな。最近ずっとそうだぞ」


 ズバリ言われ、トトは舌打ちする。余計な御世話だと、煩わしく思う。

 そんなトトの様子に気づいていないのか、ボーグは続ける。


「お前、いつまでも暗い顔してんじゃねえよ。こっちまで暗くなるだろ」

「別にお前には関係ないだろ。放っておけよ。鬱陶しいんだよお前」


 いつもの余裕もなく、トトは辛辣に返し、仕事に戻る。

 ボーグは顔を顰めるが、ぐっと堪え、強気に笑った。


「どうせお前、アメリアが【賢者】だったから落ち込んでるんだろ。ダサい奴だな」

「――――」


 トトの手が止まった。

 その反応に確信を持ったのか、ボーグは勝ち誇った顔で、


「やっぱな。お前、魔法を使いたがってたもんな。それなのに、自分じゃなくてアメリアが【賢者】なんだもんな。だから悔しいんだ。やっぱりお前カッコ悪いよな。俺は素直におめでとうって思えるけどな」


 あまりに見当違いな内容に、トトは鼻で笑いそうになった。

 やっぱり子供かと、余裕を取り戻す。だが、


「ああ、それから母ちゃんに聞いたぜ? お前、もうアメリアと結婚できないんだってな?」

「――――ッ!」


 その言葉で、心がかき乱された。


「賢者様だから、王子様や貴族様と結婚しなくちゃいけないんだってな。お前とアメリアが望んでなくても、そうしなくちゃいけないんだって。トトが可哀想だから、そっとしておいてあげなって、母ちゃんが言ってたぜ」


 その言葉に、トトは顔が熱くなるのを感じた。

 どうりでここしばらく誰も話しかけてこない訳だ。自分は村の皆から同情されていたのだ。それはとても恥ずかしく、惨めだった。


 子供だといえ、そんなことを楽しげに話すボーグが、殺したいほど憎らしかった。


「だけどさ、お前いつまで落ち込んでんだよ。見てるこっちまで滅入ってくるだろ。いい加減諦めろよ。もうアメリアは賢者様なんだから」


 そんなこと、言われなくても分かっている。だけど、感情が納得できない。

 だから、苦しんでいるのに。


「相手は貴族様だぜ? アメリアもその方が幸せになれるよ。村人だった時よりずっといい生活が出来るんだから。俺らのこともすぐに忘れちまうって」


 違う。アメリアはそんな奴じゃない。


 離れ離れになっても、俺のことを忘れたりなんかしない。むしろ、会えなくて泣いてしまうような、そんな寂しがり屋で、優しい子だ!


「元々、アメリアはこんな村に居るのが不思議なくらい綺麗な子なんだよ。そんな村で、たまたまお前が運良く気に入られただけでさ。それがようやくアメリアに相応しい場所になったってだけじゃねえか。そう思ってなかったのはお前らだけだよ。そうさ、ずっと前から皆分かってたんだよ」


 調子に乗って話すボーグは、とうとう口にしてしまった。

 トトにとって、言われたくなかった言葉を。


「アメリアとお前じゃ、初めから釣り合ってなかったんだよ」

「――――ッ!! ああああああああっ!」


 限界だった。今すぐにでも、その口を閉じないと気が済まなかった。

 自分がどういう人間で、相手が子供だというのも忘れて。トトは怒りのままに拳を振るった。



♦︎ ♦︎



「痛っ! 痛いってば!」

「こら、動かないの。しっかりと冷やしなさい。腫れてるんだから」


 トトは家でエミリーの治療を受けていた。薬という高価な物はないため、水で濡らした布で腫れた頬を抑えるだけの簡単なものだが。


 ボーグとの争いは、トトの敗北で終わった。


 最初はトトが優勢だったものの、すぐにボーグの取り巻きに囲まれ、一方的に殴られるばかりだった。


 側に居たバラドが止めに入らなければ、トトは大怪我を負っていたかもしれない。唯一の救いがあるとすれば、トトの怒りを一身に受けたボーグは、痛みと恐怖のあまり泣いていたことだ。


 だが、ボーグの涙を見ても、トトの気が晴れることはなかった。そんなことをしたところで、何も変わらない。そう分かっていたから。


「トト、あとで謝りに行きましょうね。原因はどうあれ、お互い怪我をさせてしまったんだから」

「行かない」


「……トト。そんなことを言わないで――」

「行かねえって言ってんだろ! すぐ近くに居たんだから、なんで俺があんなに怒ったのか分かってるだろ! なんで俺が謝んなくちゃいけないんだよ!」


 初めて見るトトの剣幕に、エミリーは絶句する。年齢にしては大人しく、自分の子供とは思えないほど賢いと思っていたからこそ、驚きは大きかった。


 そんなエミリーの内心を分かっているトトは、気まずく思いながらも、撤回する気はまったくなかった。


 たとえ我儘と思われようが。困った子供だと思われようが。親から嫌われてしまおうが。


 謝ってしまったら、あの怒りが間違ったものだと認めてしまうような気がした。


 それだけは、絶対にしたくなかった。


「トトッ!」


 バンッ、と勢い良く扉を開けて、バラドが帰ってきた。相当急いでいたらしい。呼吸も荒く、息を切らしている。


 よっぽど怒っているんだろうなと、トトは思った。だけど、どれだけ叱られようが、謝る気はない。ちっぽけなプライドだが、今はそれが何よりも大切だった。


 しかし、バラドの口から出たのは、トトが思っているようなものではなかった。


「アメリアちゃんが帰って来たぞ!」



 それは、まったく予想もしていなかったことで。

 だけど、何よりも嬉しい言葉だった。








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