本当はもう分かってるんだろ?
「着きましたよ、エドガー様。あそこが私が住むエルフの里です」
歩き始めてからそう経たずして、二人はエルフの里にたどり着いた。
「なんだ、意外と近くにあったんだな。これならお前が居なくても一人で来れたかもな」
「ええっ! やっぱり私、要らない子ですかっ!?」
ガンッ、とショックを受け泣きそうになるフィーリア。
こいつメンタル弱いな……とエドガーは呆れた。何を言っても反論が返ってくる逸れた仲間を懐かしく思う。
「冗談だよ、冗談。そんな落ち込むなって」
「そ、そうですか。でも、やっぱりエドガー様お一人では迷っていたと思いますよ。【精霊の審判】が無かったとしても、この森は深いですから。それに、いつまた【精霊の審判】にかかってしまうか分かりませんし」
「なに? そうなのか?」
「ええ。今は私と一緒に居ますから、その心配もありませんけど」
「そうか。それならやっぱり俺はお前に感謝しないとな」
「え、えへへっ、それほどでも。あとで抱きしめさせてもらえれば、私はそれだけで……」
「調子に乗るなよ。俺はお前ごときが簡単に触れられるほど安くはない」
「す、すみませんっ!」
まったく、甘やかせばすぐこれだ。やはりこいつは厳しく対応しなければならない。
やれやれと思いつつ、エドガーは里の入口に近づく。そのまま中に入ろうとしたところで、近くにあった木からエルフが二人の側に飛び降りた。
「──オフィーリア様! 一日中何処へ行っていらしたのですか! 族長が心配しておりましたよ!」
「ごっ、ごめんなさいっ! ちょっと食料を探しに行ってて、それで……」
「またそのようなことをっ。少しはご自分のお立場をお考えください。貴女は曲がりなりにも族長のご息女なのですよ。それも、森に侵入者が現れたこのような時に」
「ご、ごめんなさいっ。あのっ、でも、こうしてエドガー様をここへ連れてきて……!」
「貴女は……ッ! 外の者を此処に連れて来たのですか!? 一体何を考えて――」
叱っていた青年エルフだったが、ちょうどフィーリアの背中に隠れていたエドガーを見て目を丸くする。
「──えっ、ウサギ? ま、まさか貴方は兎人族では……!」
「おい、兄ちゃんよ」
「は? あっ、はい! なんでしょうか!」
「確かにこいつは不用心なことをしたのかもしれねぇ。兄ちゃんが心配をして叱るのも分かる。だがよ、その前にまずは無事に帰ってきたことを喜ぶべきなんじゃねぇか?」
「は、はいっ。その通りですっ! 申し訳ありませんでした!」
「俺に謝ってどうすんだよ。謝るのはフィーリアにだろうが」
「あっ、はい。オフィーリア様、申し訳ありませんでした。門番如きが失礼なことを。どうかお許しください」
「あ、いえ。私は気にしていませんから、どうか頭をお上げください。それと、心配を掛けてすみませんでした」
ほっと、青年エルフは息を吐く。
エドガーは不機嫌そうにしながら言った。
「それで? 俺は余所者だが、入っていいのかな?」
「は、はい! 外の者とはいえ、兎人族の方なら話は別です! どうぞお通りくださいっ!」
「そうか。それじゃあ行こうかフィーリア。お前の親父さんに会わせてくれるんだろう?」
「あっ、はい、もちろんです!」
呆然としていたフィーリアが、ハッとして歩き出す。
しばらく歩き、里の入り口が見えなくなったあたりで、フィーリアは遠慮しがちに喋り始めた。
「あの、エドガー様。庇って頂いてありがとうございました」
「けっ、気にいらねぇからイチャモンつけただけだよ。別に感謝されるようなことしとらんわい」
「それでも、ありがとうございます。私、嬉しかったです」
小さく笑うフィーリアに、エドガーは照れ隠しにフンと鼻を鳴らす。素直にお礼を言われることに弱い、ひねくれた男だった。
「しかしまぁ、お前、族長の娘だったんだな」
「あっ、はい、一応……」
「ってことは、俺は姫さんを助けたってことになるんだな。ケケケッ、お前の親父さんに話せばなんか褒美でも貰えるんじゃねぇか?」
「はいっ、もちろんです。私からもお願いすれば、お父様も何もお礼をしないという訳にもいかないでしょう。ふふっ、期待していてくださ――」
楽しそうに話していたフィーリアが、ハッと目を見開く。そして、さぁっと顔を青くした。
「あ、あのっ、エドガー様? その、出来れば私が木の隙間に嵌っていたことは黙って頂けると……」
流石のフィーリアでも、あの醜態には羞恥を覚えているようだった。まぁ、まともな神経の持ち主であれば一生の汚点になるだろう。
だが残念ながら、人の弱みにはつけこんで行くのがこのウサギのスタイルである。
「んんんんんんん〜? でもなぁ、どういう状況でどうやって助けたのかをきちんと教えないことには、嘘を言っていると思われるのも困るし」
「そ、そんなことありません! お父様は厳しい人ですが、私の言うことを疑うようなことはしませんっ! 必ずエドガー様にはお礼をお渡ししますっ。というか、娘があんな姿になっていたと知る方が、お父様の恥に……」
「だけどなぁ。気が進まんなぁ……」
「おっ、お願いですっ! 私に出来ることならなんでもしますからっ!」
「──今の言葉、忘れるなよ」
「えっ? あ、はいっ! もちろんですっ!」
フィーリアは知らずに、言ってはならない言葉を口にしてしまった。
彼女が後悔しないことを祈るばかりである。
「しかしあれだな。族長の娘ってわりには、そうとは思えない扱われ方だったな。なに? この里の長ってのは嫌われてたりするのか?」
「そんなことないですよ! お父様は皆から尊敬される立派な長です!」
「そうか。それじゃあ、あれか? お前は実は妾の子だったり……あるいは拾われてきた子だったりするのかな?」
「し、失礼なっ! ちゃんと血は繋がってますよ! 私は確かに族長の娘ですっ!」
「じゃあなんであんな態度を取られるのよ? 普通もっと敬われるだろ」
エドガーは疑わしそうな目を向ける。
フィーリアはシクシクと泣きながら、諦めたような笑みを浮かべて言った。
「その、私はエルフとは思えないほどブスですから。体はブクブク膨れて、顔は不細工だし……教育はしっかりと受けても、族長の娘なのに醜いと今ひとつ尊敬を集められず……なまじお姉様が里一番の美女なだけに、余計目立つと言いますか……」
「ああ、なるほど。良く分かったわ」
はっきりとは言い難いが、割とよく聞く話の一種である。理不尽ではあるが、こればかりは努力でどうこうなるものでもない。流石のエドガーも同情を覚えた。
だが――
「なぁ、お前ってブスなの? 俺にはとてつもない美少女にしか見えないんだが」
「えっ? え、えへへ、そんな、美少女だなんて……エドガー様はそんなに私のことが好きですか?」
「お前マジで図々しいな。その乳もぎ取るぞ?」
「ごめんなさいっ! 調子に乗りました!」
「次はねぇぞ。早く答えろや」
「え、えっとですね。エルフは精霊を祖としていると言われてまして、その為、精霊の姿に近いほど美人とされるんです。その点で、私は当てはまらず……」
「ほう、具体的には?」
「まず、身体つきはスラリと細身で、か弱く可憐に見えればより魅力的ですね。それから、目つきと顔つきは細く。鼻、唇は小さめながらも、形がちゃんと整っていることですかね」
「ほほう……」
精霊というものを見たことはないが、イメージとしては可愛い系ではなく美人系か、とエドガーは察した。まぁ、エルフという種族はそもそも顔が整っているのだし、そういう系統が多いのだろう。
エドガーはジロジロと舐めるようにフィーリアを見回した。
でかい尻と胸。細くはあるが、健康的な肩幅、腰つき、脚。顎はスラリとして顔は小さいが、形は丸型。美人というより可愛い、愛嬌のある顔立ち。
なるほど、なるほど、とエドガーは納得して頷く。
「フィーリア! 全部、アウトー!」
「全部!? ひ、一つくらいは……!」
「どこだよ。言ってみろよ」
「それは、えっと……こ、心は女性らしくか弱いです」
「は? お前それマジで言ってんの?」
「ごめんなさいっ! 適当なこと言いました!」
「素直なところは美徳だな。そこはそのままでいろよ」
すぐに謝れたならまぁいいだろうと、シメるのは見逃してやる。
しかしまぁ、見事にエルフの美的感覚から外れている女だ。人間として生まれていれば、危険なほどにモテていただろうに。ここまで上手く外れていると、狙ってやったのではないかとすら思う。なんとも哀れな……。
うぅぅぅ、と。フィーリア再びは泣きそうな声を出した。
「お父様もお母様も、お姉様だって物凄い美人なのに、どうして私だけこうなのでしょう。せめてほんの少しだけでも家族に似てくれれば、私だって皆からもう少し……」
「本当はもう分かってるんだろ? お前、やっぱり血が繋がってなかったんだよ」
「酷いっ! やめてくださいっ! それを考えないようにするの大変なんですからっ!」
あっ、やっぱり考えてはいたんだ。
泣きながら怒った顔を見せるフィーリアに、エドガーも申し訳なく思った。
「ま、まぁ、でもよ。今の話を聞いた感じ、俺的にはお前の方が魅力的だぜ?」
「慰めはよしてください。余計に惨めになるだけです」
「慰めじゃねぇよ。俺はお前みたいに胸も尻もデカい方が好きなんだ。まぁデブは論外だが」
「ほ、本当に? ……いえ、もう騙されませんよ」
一瞬嬉しそうな顔を見せるが、すぐに憮然とした様子を見せる。何度も繰り返され、警戒心というものをを覚えたらしい。大した進歩だ。
しかし、フィーリアの予想とは裏腹に、エドガーはショボンとした顔をする。
「そっか。お前は俺の言うことを信じてくれないんだな」
「えっ? あの、エドガー様? そんなことは……」
「ふっ、いいんだ。考えてみれば、出会ったばかりで信じてくれると思っている方がどうかしている。勘違いしていた俺が悪いのさ」
「いえ、そんなことは! ああっ、私ったらなんてことを……エドガー様、疑ってごめんなさいっ! 許してください!」
いつの間にか立場が逆転していた。チョロい女だ。なんてからかい甲斐があるんだろう。
エドガーは邪悪に笑っていると、ちらほらとエルフの姿が見かけられた。いつの間にか里の居住区ともいえる部分にたどり着いていたらしい。あちこちにログハウスが並んでいる。どれも丁寧に作られており、自然に溶け込んで森の雰囲気に合っている。
周りに居たエルフ達は、遠巻きにしながらも興奮した様子でエドガーを見ていた。フィーリアと同じく、兎人族に特別な感情を持っているようだ。フィーリアが案内をしている為、遠慮しているようであったが、今にも声をかけたそうにしている。
そしてエドガーも同じく、エルフ達を目にして高揚していた。
「おおっ、すげぇ……! 感激だ……!」
「ふふっ、招待した甲斐がありました。喜んでもらって良かったです。けれど、何かお気に召した物がありましたか?」
「当たり前だろっ。美形な顔、スラリとした体型、そして長い耳。そうだよ、これこそがエルフだよっ! やっぱりエルフはこうでなきゃな!」
「あれっ!? エドガー様!? さっきと言っていることが違くないですかっ!? 私! 私の方が好きって!」
ガビンッ! とショックを受けているフィーリアをエドガーは無視した。それとこれとは話が別なのだ。そんなことより、周りのエルフ達の観察に忙しい。
「着きましたよエドガー様。此処が私の家です」
「ほほう。こりゃまた立派な」
居住区の奥ともいえる場所に、その家はあった。今まで見た物よりもふた回り以上もデカい、立派な屋敷だ。
フィーリアはエドガーと共に家の中に入ると、大きな声を出す。
「フィーリアです。ただいま戻りました。誰か居ませ――」
「フィー!」
その瞬間、広間の方から一人の女性が慌てて駆けつけてきた。そして、フィーリアの姿を見るなり、ガバリと抱きつく。
「ああ、良かった! 心配しましたよ、フィー。何の連絡もなしに一日中帰ってこないで、一体どこに行っていたのですか!」
「ご、ごめんなさい、お姉様。いつも通り食料の調達をしていたんですけど……その、ちょっと迷ってしまいまして……」
「もうっ、本当に困った子ね。でも、いいわ。許してあげます。こうして無事に帰って来てくれたんですもの。それに勝ることなんてないわ」
「お姉様……」
フィーリアは姉に抱きしめられながら、凄まじい罪悪感に襲われた。言えない、やっぱり言えない。迷ったのではなく、木の根に一日中挟まって動けなくなって居たなんて!
姉の名誉の為にも、やはりあの秘密は守っていようと改めて誓ったフィーリアだった。
「フィー。ようやく帰ってきたか」
続いて出て来たのは、口髭を生やした壮年のエルフだった。
「あっ、お父様」
「まったく、お前は一日中帰ってこないで。それで、何をやっていたのだ?」
「その、食料の調達を……」
「お前はまだそんなことをやっているのか。それはお前のやることではないと言っただろう。適当な者に頼めばいいのだ」
壮年のエルフは静かな口調でありながらも、厳しくフィーリアを見た。
フィーリアは目を逸らし、言葉を絞り出す。
「あの、その、でもっ、私の我儘で誰かに迷惑をかけるのは……それに、お腹が空いたとか恥ずかしいですし」
「族長の娘が自ら食料調達などするほうがよっぽど迷惑をかけるであろう。お前は曲がりなりにも私の娘なのだぞ。少しは立場を考えなさい」
「お父様。そのような言い方は無いのではありませんか? 確かにフィーがやったことは悪いことですけど、まずは無事に帰ってきたことを喜ぶべきでしょう」
フィーリアの姉は、妹の頭をぎゅっと抱きかかえ、毅然とした態度で言った。
出来の良い娘の反抗に、父親のエルフは苦い表情を作る。
「無論、無事であったことは喜んでいる。だが、それはそれだ。いつまでも自覚がない子供のままでは困るのだよ」
「そうですか? 私にはそんな風には見えませんでしたけど」
剣呑な空気が二人の間に漂った。
フィーリアは慌てて姉の手から抜け出す。
「あのっ、お父様、お姉様! そんなことよりも私、お客様を連れて来たんです! エドガー様が助けてくれたおかげで、私も帰ること出来たんです! お二人からもお礼を言ってくれませんか?」
「助けたって、フィー! あなた、もしかして危ない目にあったの? どこか怪我でも――」
「そんなことだと? お前はまだ自分のやったことが――」
二人がそれぞれ違った反応を見せ、フィーリアは慌てて横にずれる。
フィーリアの陰に隠れて居たエドガーを見て、二人は目を点にした。
「どもっ、ウサギのエドガーです。よろしくな」
あっけらかんとして言うエドガーを、二人はポカンとした表情で見つめていた。




