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人間やめても君が好き  作者: 迷子
一章 村人の旅立ち
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なんだよ、それーー

 慌ただしくなったものの、洗礼を終え、トト達はノカド村に帰ってきた。


 しかし、アメリアとその家族はまだ帰ってきていない。神官に命じられ、教会に泊まったためだ。そこで、領主からの指示を待たなければならないらしい。


 トトは両親と共に夕食を囲んでいた。だが、その空気は明るいものとは言えない。三人とも静まりかえり、食事の音だけが部屋に響く。


 遠出をし、いつもより腹を空かせている。それなのに、トトは食が進まなかった。

 理由は分かっている。アメリアのことが心配だからだ。


 アメリアは【賢者】という天職を得た。驚きはしたが、それはいい。だが、大人達のあの豹変具合が気にかかる。祝うべきことのはずなのに、なぜあそこまで焦っていたのか……。


 そんな息子の様子を気遣ってか、トトの母、エミリーが声をかけた。


「トト、どうかしら? 美味しい? いつもと味付けを少し変えてみたんだけど」

「うん、美味しいよ……」

「今日は遠出をしたからな。いつもより腹が減っているだろ。特別に俺の分まで食べていいぞ!」


 冗談っぽく、父バラドが笑う。しかし、トトはそれでも反応を見せない。

 トトの姿にため息を吐き、バラドは寂しげに笑った。


「しかし、今日は驚いたな。まさかアメリアちゃんが賢者様になるとは――」

「あなた」


 何気なく呟いたバラドに、エミリーが咎めるような声を出す。

 バラドの口にした言葉に、トトは思わず声を出していた。


「ねぇ、【賢者】ってなんなの?」

「トト……」


 しまったとばかりに、バラドが顔をしかめる。

 トトはそれに構わず続けた。


「勇者と一緒に魔王を倒す人っていうのは、お伽話で知ってるよ。それと同じ【天職】を貰ったっていうことが、凄いことだっていうのはなんとなく分かる。だけど、皆様子が変だったよね? あれは珍しい【天職】を貰って喜んでいたっていうより、むしろ――」


 怖がっていたような。

 あるいは、哀れんでいるような。


 トトはその言葉を口に出せなかった。それではまるで、本当にアメリアが恐ろしい物に変わってしまうような、そんな気がした。


 バラドはエミリーと顔を見合わせると、佇まいを直し、


「トト、落ち着いて聞きなさい」


 そう前置きしてから、重く口を開いた。


「賢者様は、勇者様と同じくらい特別な存在だ。勇者様の力はもちろん、賢者様の力もなければ、魔王を倒すことはできないと言われている。村人の俺には難しいことは分からんが、それだけ重要な【天職】なんだよ。だが、【賢者】という天職が現れたことは、ある意味を示している」


「それって、どういうこと?」

「魔王が復活する日が近いということだ」


 バラドの口から出た言葉に、トトは耳を疑った。


「……なんでそんなことが分かるの?」


「【賢者】という天職は、【勇者】と同じように【魔王】を倒すためにある。つまり、魔王と同時期にしか存在しないんだ。賢者様が現れるということは、魔王復活の前兆でもある訳だ。だから、神官様も必死になって領主様に連絡したんだよ」


 そういうことかと、トトは納得したと同時に、安心した。


 魔王は意志がなく、ただ破壊を撒き散らすだけの存在だと、トトはお伽話で聞いている。全人類……いや、全生命の危機に瀕する存在なのだ。大人達が焦って当然だろう。


「そっか、それなら良かった。てっきりアメリアが怖がられたのかと……」

「バカね、そんな訳ないでしょ。あんな可愛い子を怖がる人がどこに居るの!」

「ご、ごめんなさい。……それにしても、魔王って何度も現れるんだね。初めて知ったよ」


 エミリーのお叱りから逃れるように、トトはバラドに話を振った。


「お伽話じゃ、魔王を倒してめでたしめでたし、だからな。だが、実際には魔王は滅ぶことはないらしい。数百年ごとに蘇るそうだ。俺は読んだことはないが、大きな街に行けば、歴代の魔王に関する文献が残されているらしい。まさか俺が生きている内に復活はするとは思ってもみなかったけどな。それも、アメリアちゃんが賢者樣になるとは……」


 見知った女の子が【賢者】になるのだ。バラドやエミリーの動揺も頷ける。

 しかし、そんなことは正直どうでもいい。トトが聞きたいのは、もっと現実的なことだ。


「ねぇ、アメリアはこれからどうなるの?」


 トトの問いに、バラドは気まずそうに目を逸らす。だが、真面目な顔を作ると、トトの目を見ながら言った。


「賢者が現れた以上、魔王が復活するのは確定だ。いつ復活するのかは分からないが、その時に備える必要がある。おそらく、アメリアちゃんは王都に引き取られ、修行を積むことになるだろう」

「・・・・・・そっか」


 分かりきっていたことではあった。だが、トトは確かめずにはいられなかった。


 これを聞いたらアメリアはどう思うだろう? 自分で言うのもなんだが、俺から離れると分かったら、アメリアはきっと泣くに違いない。離れ離れになるのは嫌だと、我儘を言うだろう。


 だけど、トトには何も出来ない。


 世界の命運を前にして、行かないでいいとも、ここに残ってくれとも言えるはずがない。あんな争いが嫌いな女の子を、戦場へ送り出す。トトはそれを見ていることしか出来ない。


「せめて、俺がついていってあげられたら……」


 トトの呟きに、バラドは咎めるような視線を送る。

 しかし、トトは困ったように笑った。


「分かってるよ。【村人】の俺じゃあ、アメリアに着いていっても足手纏いだっていうんでしょ?」

「……ああ、その通りだ」


 それだけ、【天職】というのは絶対的な物だ。

 持つ者と持たざる者では、もはやステージが違う。たとえ本人の性格が戦いに向かずとも、その体に宿った力がそれを覆す。


 なによりも、戦いに愛された人間へと変えるのだ。


「俺、ただの村人でもいいやって思ってたんだよ。そりゃ少しは期待してたけど、それなりに楽しかったから、このままでもいいやって。でも、今は凄く悔しい。アメリアが連れて行かれるって分かっても、それを見てるだけしか出来ないんだから」

「トト……」


「大丈夫だよ母さん。悔しいけど、追いかけようだなんて考えてないから。心配だけど、アメリアならきっとなんとかなる。アイツ、意外と強いところもあるんだ。アイツなら、きっと魔王を倒すことが出来る。だから、信じて待つよ。全部終わった後、アイツが安心して帰ってこれるように、ずっと――」

「違う、違うのよ、トト……ッ!」


 堪えきれず、エミリーは泣き出した。顔を覆った手の隙間から、涙が溢れる。


「ちょっ、母さん? 何で泣くんだよ。違うって何が……」

「トト、よく聞け」


 バラドは苦虫を噛み潰すような表情で、トトに言った。


「【天職】というのは、ほとんど遺伝で決まる。アメリアちゃんのような例外はあるが、それは極一部だ。【騎士】の子は【騎士】に、【村人】は【村人】に、親から子に受け継がれる」


「何だよ急に。そんなの知ってるけど……」


「【天職】の持つ力は強い。それこそ、ただの村人とは比べることすら出来ないほどに。だからこそ、【天職】持ちは【天職】持ち同士で夫婦になろうとする。その希少な力を絶やさず、子に受け継がせる為だ。

 

 その代表的な者が貴族だ。貴族は【天職】持ちを独占し力を維持するからこそ、絶対的な権力を持っているんだ。


 酷い貴族だと、村人から【天職】持ちだと判明した途端、強制的に婚姻が決められるというのも珍しい話じゃない。そして、国もそれを黙認している。


 王族ですら、場合によっては同じことをしなければならないからだ」


 バラドの話す内容に、トトは嫌な予感を感じた。

 これ以上聞いてはいけない。そう、心が叫んでいた。


「ありふれた【天職】だったら、見逃されることもあるだろう。だが、アメリアちゃんは【賢者】だ。そんな者を、国が見逃すはずもない。たとえアメリアちゃんが何と言おうと、大貴族……いや、王族に迎え入れられてもおかしくない」


「……は? なんだよ、それ……」


 力無く、トトは呟く。

 頭では分かっていても、認めたくなかった。

 それは、つまり――


「だって、アメリアは俺と婚約を……」

「……平民の婚約なんて、有ってないような物だ。国が認める筈がない」


「おかしいだろ、そんなの! 俺やアメリアの意思を無視するなんて、そんなの許される訳が――」

「それが許されるのが、貴族なんだ」


 トトの叫びを、バラドはバッサリと切った。

 その声の厳しさに、トトは悟った。絶対に、覆ることはないということを。


 トトは呆然とした表情を作り、項垂れる。憔悴する息子に哀れむような目を向けつつ、バラドは言った。


「覚悟だけは決めておけ」


 色々な意味を込めた言葉は、トトの耳に入ってこなかった。

 なぜ、どうして――と。


 ただ、胸の中で渦巻く怒りと悲しみを抑えつけるだけで、精一杯だった。



 この一月後、トトはアメリアと再会することになる。

 それはトトにとって最後の再会で、そして最悪の別れとなった。






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