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人間やめても君が好き  作者: 迷子
三章 迷いの森

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 ――あっ、これ明らかにフラグだ



「よくぞ参られました! まさか私が生きているうちに、こうして世界を救う勇者様方とお会い出来るとは思ってもみませんでしたよ!」


「あ、あはははっ。ありがとうございます。そう言って貰えると嬉しいです。もっとも、僕はそう大した人間ではないつもりですけど」


 五人はクレスタの冒険者ギルドにて、ギルド長ダイモンから歓待を受けていた。

 謙遜するネコタに、ダイモンは笑いかける。


「何を仰いますか!【勇者】であるというだけで、あなたは唯一無二の存在なのですよ。もっと自信をお持ちください」

「そ、そうですか? それじゃあ【勇者】に相応しい人物になれるよう頑張ります」


 ネコタの適当な発言にも、ダイモンは満足そうに頷いた。

 ネコタも褒められて嫌な気はしないが、こうまで言われるとプレッシャーを感じてしまう。こういう時ばかりは【勇者】という称号が重荷に思えた。


 しみじみとしながら、ダイモンは首を振る。


「こうして勇者一行に会えただけでも感動だと言うのに、まさかSランク冒険者の中でも人格者と噂のエドガー様をこうして間近で見られるとは思ってもみませんでした。いや、今日は私にとって幸運な日ですな! わはははは!」


 大笑いをするダイモンだったが、チラリと目線を部屋の隅に向けると、声を潜めて尋ねる。


「あの、ところで、エドガー様はどうしてあのように? 何があったらああまで……」

「ああ。その、ここに来る前、宿でいろいろありまして」

「申し訳ない。少し時間がたてば回復するでしょうから、もうしばらくそっとしておいてくれたらと」


 ネコタとラッシュはそう言うと、チラリと部屋の隅に目を向ける。

 部屋の一角では、ジメジメとした空気が満ちていた。


「うっ、ふぐっ、うぅぅぅうう……すまねぇ、アメリア……俺のせいで……!」

「いいんだよ。エドガーは悪くないよ。だから泣かないで」

「で、でもっ……! 獣臭くなるから……毛が落ちるから駄目って……!」


「そんなことないよ。エドガーの毛皮はお日様の匂いがするもん。清潔にしてるから抜け毛なんてないし。むしろ、獣人相手にあんなことを言う方がおかしいんだよ。エドガーを悪くいう宿になんて泊まりたくなかったから、これで良かったんだよ」

「うっ……うぁあぁぁあああん……アメリアぁああああ……!」


 ヒシリッ、とエドガーはアメリアの胸に抱きついた。アメリアはよしよしと頭を撫でつつ、嬉しそうにしている。

 Sランク冒険者が号泣している姿に絶句し、ダイモンは再び問いかけた。


「本当に何があったのです? エドガー様は超一流の戦士と聞いております。それがあのような、まるで子供の用に……」

「いや、それは……」


「べつに隠すことはねぇだろ。ただ泊まろうとした宿で獣人は駄目だって断られただけだ」

「ちょっ、ジーナさん!」


 ネコタが咎めるような声を出すが、ジーナはヘラヘラと流した。

 ジーナの言葉に、ダイモンは眉をひそめる。


「獣人だから駄目だと? 確かによくある話ではありますが……」

「泊まろうとした宿が悪かったんだろうな。たまの贅沢ってことで中央にあるちょいと値の張る宿に行ったんだがよ」


「ああ、あの宿ですか。確かにこの町で一番の宿ですね」

「おう。そこでシーツが獣臭くなるだとか、毛が落ちて不衛生だとか散々に言われてな。おかげであたしらまで泊まれなくなっちまったよ。いやぁ、残念だな~! 旨い食事と酒に綺麗なベッドで眠れるはずだったのに、誰かさんのせいでオジャンだもんな~!」


 ビクンッ! と部屋の隅でエドガーが震えた。

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、ジーナは厭味ったらしく続ける。


「ビシッとスーツまで用意して、自信満々で上流階級のマナーってもんを教えてやる、とか言っておきながらあの様だもんな。呆れるまえに面白すぎて笑っちまったぜ。そりゃ宿屋としては動物なんか入れたくないよなぁ!」


「うっ……ふっ、ふぐっ……うぇえぇえええん……!」

「ジーナ! エドガーを虐めないで!」


「おっ、やる気か? いいぜ、一度お前とは本気でやりあってみたかったんだ」

「おいバカやめろお前ら! いえ、止めてください! お願いですから!」


 ラッシュは下手に出て懇願した。アメリアに何かあれば本気で洒落にならない。こんなくだらない理由で責任を取らされるのはゴメンだ。


 渋々と引き下がり、エドガーを慰めるアメリアに、ダイモンは言った。


「ご安心ください、アメリア様。エドガー様に対してそのような態度を取った報復はこちらで必ずさせてもらいます」

「……お願い。徹底的にやってね」


「ええ、とことん追いつめてやりましょう。我らがSランク冒険者に対してどれだけのことをしたのか、思い知らせてやります。とりあえずは関係各所に圧力をかけることから始めましょうか。くくっ、じわじわと苦しめて後悔させてやりますよ」


 怪しく嗤うダイモンにラッシュは恐怖した。Sランクとはいえ、こんなウサギをここまで庇うギルドはやはりどこか狂っている。


「本日は我がギルドの賓客用の宿泊室にお泊りください。最高級のベッドと贅を凝らしたお食事もご用意いたします」

「ぐすん、ありがとう……」

「いえ、エドガー様の為ならばこれくらい軽いものです」


 エドガーが泣き止み、アメリアに抱えられて戻ってきたところで、ラッシュは本題に入る。


「ギルド長。それで、今回私たちがこの町に来た理由ですが」

「ふむ。勇者様と賢者様が居るということは、やはり【迷いの森】の祭壇に向かわれるのでしょうか?」

「ええ、ネコタの【勇者】の力を完全に引き出す為には、欠かせない行為ですので」


「女神様も、どうせなら最初から全部、僕に力を分けてくれればよかったんですけどね。そうすればこんな苦労をしなくて済むんですから」

「はっはっは、不敬ですが、確かにそうかもしれませんね。世界の救済なのだから、わざわざそのような試練を用意しなくてもいいのではないかと思います」


 ネコタの冗談に、ダイモンは朗らかに笑った。つられて、ラッシュも笑う。


「教会に伝わっている伝承では、意地悪をしているわけではなく、仕組みとして仕方のないことらしいですがね。やはりこちらとしてはもっと楽にできればいいのにと言いたいところですな」

「ええ、まさしくその通り。しかし、こうして勇者一行が向かわれるということは、御伽噺ではなく、やはり本当にあの【迷いの森】に女神の祭壇があるのですね」

「「え?」」


 ラッシュとネコタが目をパチクリとさせる。

 その反応に、ダイモンはキョトンとしていた。


「あ、あの? どうしたのですか? 私が何か変なことでも?」

「いや、変なことというか……」

「ちょっと予想外な言葉を聞いて驚いてるというか……」


「祭壇の場所を知らねぇのか? あたしらはてっきり、ギルド長のアンタなら詳しい場所を知っていると思ってたんだが」

「ちょっ、ジーナさん!」


 遠慮ないジーナの言葉に、ネコタは焦った顔を見せる。しかし、ダイモンは特に気にした様子を見せず、悩んだ後に首を振った。


「女神の祭壇があの森の中にある、という伝承はこの町にも残っておりますが、あいにくとその場所までは。力になれずに申し訳ありません」

「そうか。まぁ気にすんなよ。知らねぇなら仕方ねぇさ」


「それじゃあ、やっぱり祭壇の守り人に会うしかないんだね」

「はっ? 守り人ですか?」


 アメリアの呟きに、ダイモンは間の抜けた声を上げた。

 まさか……と思いつつ、ラッシュは尋ねる。


「まさか、守り人の存在も知らないと? 教会からは、【迷いの森】の祭壇の守り人に頼れと言われているのですが」

「守り人ですか……私は生まれも育ちもこのクレスタの者ですが、そのような話を聞いたことがありませんね。それらしい人がこの町に住んでいるという話も……あっ」


「何か心当たりが?」

「ああ、いえ、心当たりというほどでもありませんが」


 確証はないがと前置きして、ダイモンは続けた。


「あの森が【迷いの森】と呼ばれているのは、ただの森ではなく、入った者を必ず迷わせる力のある不思議な森だからなのです。ですからそのまま、【迷いの森】と呼ばれているのですが……」

「確か、高ランクの冒険者でさえ入ったら帰ってこれないとか言われているんですよね?」


 ネコタの確認に、ダイモンは頷いた。


「ええ。森に危険な魔獣が居る訳でも、見通しが悪いほど荒れ果てた森という訳でもありません。それどころか、森には貴重な薬草が分布しており、光が差し込んでまるで【聖域】のように感じるほど美しい森なのです。

 ですが浅い所ならともかく、深くに入ると突然、熟練の【狩人】すら方向感覚を失いどこへ向かっているのか分からなくなる。そういった力のある森なのです」


「方向感覚を失う、か。そりゃ確かにただの森じゃねぇな」


 ラッシュは顎をさすりながら、難しい顔で呟く。ただでさえ場所を掴むのが難しい森の中で、方向感覚が狂っては当然迷いもするだろう。同じ【狩人】だからこそ、その危険性が深く理解できた。


 その深刻さを知らないアメリアが、気軽に尋ねる。


「対処法はないの? 方角を確かめる道具を使うとか、森の入口からロープを体に縛って進んで、帰るときはそれを辿るとか」


「以前、このギルドでも徹底的に検証したことがあるそうなのですが……たとえば、方位磁石を使ったり、太陽の位置から方角を確かめたりといった方法ですと、正しい方角に進んでいるはずにも関わらず、何故か元の場所に帰れなくなるそうです。

 そしてロープを体に結んで進むといった方法ですが、真っすぐに進んでいるはずなのに、すぐに出発した場所へ戻ってしまい、探索も出来なくなるのです」


「へぇ、不思議なところなんだね」

「いや、そんな簡単な言葉で片づけていい問題じゃないと思うが……」


 あっさりとそれで納得したアメリアに、ラッシュは何とも言えない目を向ける。すると、んっ? と、ジーナが不思議そうな声を出した。


「なぁ、その森の中に入ったら誰でも迷っちまうんだろ? そのロープの方法はともかく、実際に中に入って確かめたやつらの話はどうして分かるんだ?」

「そう、重要なのはそこなのです」


 ダイモンは指を立てて言った。


「実は、全ての者が森の中に入って迷い帰ってこれなくなった訳ではなく、中には無事に帰ってこれた者もいるのです。

 森で迷い、延々と歩き続け、力尽きてその場に倒れた筈なのに、いつの間にか森の外で倒れている。そして、通りかかった人間に保護されるといったケースですね。

 そういった者達の証言から、森の中の状況を掴んでいたのですよ」


「ああ? 森で倒れたってのになんで外に出てるんだよ。普通ならそこで死ぬだろ」

「お前な、もう少し言葉を選びなさいよ。しかし、ということは……森の中で行き倒れた者を外に運んだ何者かが居る、ということですか?」


「はい、そういうことです。帰ってきた多くの者が気絶しているうちに森の外に戻っていましたが、中にはうっすらと人影を見た覚えがある、と証言した者もいました。一体誰が彼らを保護したのかと疑問に思っていましたが、もしかしたらそれが……」


「守り人、という訳ですか」


 神妙に、ネコタは呟いた。


「ということは、守り人はあの森の中に居るっていうことなんでしょうか?」


「この街に守り人が居ないっていうことは、そうなんだろうな。おそらく、守り人はあの森の中で暮らし、人知れず祭壇を守り続けていたんだろう。もっとも、無事だった奴らの証言だけじゃ、本当にそいつらが人であるかどうかも分らんけどな」


「人じゃないなら、一体何なんですか?」

「さぁな。知性のある獣かもしれないし、あるいはもっと別の何かかもしれん。それは見てのお楽しみってことさ」


 ニッ、とラッシュは笑った。が、ネコタは笑うことができない。興味よりも、何かも分らない存在がいるという恐怖の方が大きい。


「おそらく、守り人は迷いの森の中でも安全に歩けるノウハウを持っているんだろう。守り人に会えっていうのは、彼らに会わない限り祭壇まで辿りつくことすらできないからだ。ということは、俺達がやるべきことは……」


「【迷いの森】の中に入って、守り人を見つけ出すことですか」

「おっ、お待ちください。会えるかどうかも分らないというのにあの森に入るというのですか!?」


 なんらかの情報源があるならばともかく、手さぐりに森の中に入るにはあまりにも危険だ。無謀な行いに、ダイモンは思わず止めていた。


「失礼ながら、皆さまは【迷いの森】を侮っております。あそこは今まで高ランクの冒険者でさえ帰ってこれなかったものがいるのです。そう簡単に入っていい場所ではありません。ここは慎重に……」


「ふっ、確かにギルド長が危惧することは分かる。だが、その中に俺のようなSランク冒険者は居たのかな?」

「おっ、なんだ、もう立ち直ったのか」

「結構時間がかかりましたね。思ったより傷ついていたのかな?」


 ジーナとネコタの言葉を無視して、エドガーはピョンとアメリアの膝から降りた。そして、ふっ、とニヒルな笑みを浮かべる。


「まさかこうも早く名誉挽回のチャンスが巡って来るとはな。いや、むしろ今日の醜態はこの俺の活躍を際立たせるための前振りだった、ということだろう。まったく女神様も意地が悪いぜ。わざわざこんな試練を用意するとはよ」

「い、いけませんエドガー様! あの森は熟練の【狩人】が音を上げるほどの森です! いくらエドガー様といえど……!」


 貴重なSランク冒険者の中でも、話が分かる人格者を失うかもしれない。そうとあっては、さしものダイモンも止めない訳にはいかなかった。

 だが、エドガーはそれが杞憂だとでもいうように、気軽に笑いかける。


「ギルド長、あんたが心配するのは分かる。だが、俺が何者なのかを忘れてもらっちゃ困るな」

「と、言いますと?」


「俺は兎人族最強の剣士――この耳は十里先の川のせせらぎすら聞き拾い、この世の真偽すらも聞き分ける。何人たりとも、この耳を誤魔化すことは出来ん。

 今までどんな【狩人】があの森に挑んだのかは知らんが、所詮は人の身よ。人を超え、生まれながらにして森の祝福を受けた戦士である俺ほどではあるまい」


「おっ、おぉ……! 言われてみれば確かに……!」


 どこか凄みを見せた、まさにハードボイルドといった表情を見せるエドガーに、ダイモンは畏怖を感じた。間近でSランク冒険者の貫禄を目にし、感動していた。


「ふっ、安心してくださいギルド長。森に詳しいのはエドガーだけではありません」


 負けじと、確かな自信に満ちた表情でラッシュが続ける。


「俺はこれでも勇者一行に選ばれた【狩人】。エドガーが生まれながらにして森の祝福を受けているのであるならば、さしずめ俺は森の叡智を習得した賢者。

 森は我が領域、我が故郷。今まで幾人もの【狩人】を飲み込んだ森であろうと、俺の前では庭も同じ。無事にここに帰ってこさせると約束しましょう」


 聞けば聞くほど、ダイモンの最悪のイメージが払拭されていった。

 確かに、ここに居るのは一級品という言葉では足りない本物の【狩人】。勇者の供として選ばれた世界最高の人材であろう。その知識も技術は、ダイモンの常識では計り知れないものがあるはずだ。


 エドガーの才とラッシュの知識。この二つが揃っているのならば、あるいは守り人に会わずとも迷いの森を攻略できるかもしれない。


「……どうやら、本当に私の杞憂であったようですね。差し出がましい口を聞いて申し訳ありませんでした」

「なに、気にしていませんよ。俺たちのことを思っての言葉でしょうから」


「そうだな。気にしてんなら美味い飯でも食わしてくれや」

「ええ、今晩はとっておきのお料理をご用意いたします。英気を養い、万全の状態であの森に挑んでください」


 はっはっはっと、ダイモンと共に笑い合う二人を見て、ネコタは思った。


 ──あっ、これ明らかにフラグだ。


 その予感は、まぁ当然というべきか、当たることになる。






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