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人間やめても君が好き  作者: 迷子
三章 迷いの森

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これだから貧乏人は世界が狭い


 ──人気が感じられない、深い、深い森の中。


 二人と三人が、向かい合っていた。

 ウサギのエドガーを大事に抱きしめ、強い意志で敵を睨むアメリアと。

 今にも襲い掛かりそうなほど殺気に溢れた、ラッシュ、ジーナ、ネコタの三人だ。


「アメリア、そいつを寄越せ。今ならテメェは見逃してやる」

「イヤ。エドガーは絶対に渡さない」


 常人なら震え上がるようなジーナの殺気をまともに受けてなお、アメリアはキッとジーナを睨みつける。


「アメリアさん。お願いですから、こちらに渡してください。僕たちはあなたと争う気はないんです」

「ああ、その通りだ。俺らはそいつさえ痛めつけられればそれでいい」

「ヤダ。絶対にダメ。それだけは受け入れられない」


 ネコタとラッシュが加わっても、アメリアは一向に怯まなかった。

 いかに【賢者】とはいえ、彼女が向かい合っている相手も、自分と同じかそれ以上の実力者である。数の不利がある以上、戦えばどうなるか分かっている。それでも、アメリアに引く気はなかった。


 しかし、肝心のエドガーはそうではなかった。


「……アメリア。もういい、もういいんだ。俺はどうなっても構わない……だから、お前だけでも……」

「――ッ! ダメ! そんなの……そんなの絶対に認めないから!」


 悲痛な表情で、アメリアはさらに腕に力を込める。

 たとえ本人が諦めていたとしても、いや、本人が諦めているからこそ、アメリアはだけは諦めるわけにはいかない。自分だけは、最後まで味方にならなければ。


 ――この子は、私が守らないと!

 その想いが、彼女に勇気を与えていた。




 世界を救うべき勇者一行が、なぜ二手に分かれて争っているのか。その事情は、数日前まで遡る。


 おそらく予想はつくであろうが、その理由はまぁ、ろくでもない。




 ♦   ♦




「あれが【迷いの森】ですか……」


 遠くに見える森の見て、ネコタは深刻そうな面持ちで呟いた。


 伯爵領を出た勇者一行は、道中で問題を起こすことなく、目的の場所へとたどり着いた。もともと実力もあり、旅慣れた人材が揃っているのだ。準備さえ万全であるならば、失敗する理由もない。


【迷いの森】――多くの冒険者を飲み込み、熟練の狩人すらも迷い込ませると言われている危険な森である。

 あの森のどこかに、【勇者】の力を受け取ることができる女神の祭壇がある。そして、その祭壇の守り人に会うことが勇者一行の目的だ。


 自分の為すべき事を思い、緊張からネコタは唾を飲み込む。遠くに見えるあの森が、とても不気味に見えた。


「なんだか普通の森とは雰囲気が違いますね。暗いというか、人の出入りを拒んでいるような……」


「おい、久々の街だ。なんと言われようが絶対に飲むからな」

「分かった分かった。今日ばかりは止めねぇよ。軍資金も受け取れるだろうし、余った金で飲める分なら好きなだけ飲め」


「俺は酒よりも旨い飯が食いたいな。あとはふかふかのベッドで眠りたい。ずっと野宿だったからな。いい加減、体が痛いぜ」

「うん、そうだね。その代わり、エドガーは私と同じベッドだからね」

「フッ、モテる男はつらいな。仕方ない、それで我慢してやろう」


「ちょっとおおお! 僕の話はガン無視ですか!?」


 どうやら緊張していたのはネコタだけだったらしい。

 残った四人は森に背を向け、あっさりと街に向かっていた。平然と置いて行かれているネコタは涙目である。

 ネコタの叫びに、チッとエドガーは舌打ちした。


「なんだようるせぇな。俺は早くベッドで寝たいんだよ」

「いやそりゃ僕だってそうしたいですけどね! もっと他に気にすることがあるんじゃないですか!? ほら、あの森!【迷いの森】ってやつですよ! ちょっと雰囲気が普通じゃないように思いません!?」


「べつに。どこにでもあるただの森じゃねぇか。お前、勇者だからって主人公を気取ってるから、見るもんすべてに意味があるように思い込んでるんだよ。ハッキリ言って痛々しいぞ」


「ちょっ、主人公気取りとか! べ、べつに僕はそんなつもりは……!」

「ネコタ、ムキになるなよ。そうやって反応するから、からかわれるんだ」


 顔を真っ赤にして吠えるネコタを、ラッシュは肩を抑えて歩かせる。


「ちょっとラッシュさん! べつに僕はムキになってなんか」


「そうかもな。でも、気負ってるのは確かだろ? そう肩に力が入ってばかりじゃ思わぬ失敗をしちまうぜ。目的地が目の前にあるから気合が入るのは分かるが、今日のところは街でゆっくり休んで行こうや。宿で体を休めて、万全の調子で挑んだ方がきっといい結果も出せるさ。そうだろ?」


「はぁ。まぁ、その通りだと思いますけど」

「分かったら早く行くぞノロマ。モタモタすんじゃねぇ。お前のせいで遅れてんだよ」

「このっ! なんでアンタはいちいち……!」

「だからあのウサギの言うことをそうまともに受け止めるなって」


 ラッシュがネコタを宥めながら、五人は近くの街――クレスタへ向った。検問でも何の問題もなく中に入る。

 衛兵にオススメの宿を聞き出し、そこを目指す。途中でフラフラと道草をする者が居たが、なんとか宿にたどり着いた。だが、その宿の前でネコタは口を半開きにしていた。


「なんだか高級そうな宿ですね。本当にここに泊まるんですか?」

「こりゃ一流の商人や貴族でも使えそうな所だな。あの兄ちゃん、確かに要求通りの場所ではあるが……」


 どうせギルドで追加の資金があるならと、たまの贅沢ということで、良い宿に泊まろうと五人の意見が一致した。そうして衛兵に宿を訪ね、教えられたのがこの場所である。とはいえ、予想以上の宿にネコタとラッシュはやや尻込みした。


「へぇ、結構いい所だね」

「なに突っ立ってんだよ。早く入れよ」

「気楽に言いやがって……」


 しかし、アメリアとジーナはまったく尻込みをしていなかった。

 アメリアは賢者として大事にされていた為、こういう場所に慣れているんだろうが、ジーナは単純に気にしていないだけだろう。その図太さを少しでいいから分けてほしい。


「まぁそう言ってやんなよ。貧乏人はこういう場所に慣れてねぇからな。怖気付いちまうんだ」

「ほう、勝手なこと言ってくれるじゃねぇか。そう言うからにはお前はさぞ……待て。お前その格好はどうした?」


 額に筋を浮かばせていたラッシュは、エドガーを見て目を丸くする。


 エドガーはいつの間にか黒い燕尾服を着ていた。白い体に黒の燕尾服のコントラストが美しい。赤い蝶ネクタイが実にチャーミングだ。ビシリと決めて清潔感があり、それでいて可愛らしい、どこへ出しても恥ずかしくない格好であった。


「ふっ、ドレスコードも知らないとは。これだから貧乏人は世界が狭い。一緒にいるこっちが恥ずかしいぜ」

「いや、その格好は服はどこから出したんだと聞きたいんだが……」

「エドガー百八つの奥義の一つ。【早着替え】。俺は瞬時に服装を変えることが出来る」


「いや、服はどこから――」

「エドガー……! 凄く可愛いっ……!」

「ふっ、ありがとうよ。アメリアはどんな格好でも可愛いぜ」


 興奮のあまり、アメリアはエドガーを抱きしめて頭にすりすりと頬をなで付ける。それをエドガーは笑って受け入れていた。


 エドガーの格好に、ネコタは感心したような声を出す。


「そんな服も持ってたんですね。いつもの雰囲気では堅苦しい格好とか嫌いそうなのに」

「俺はSランク冒険者だからな。高貴な方々との付き合いも多いから、それなりの格好をする必要があるのよ。お前ら無教養の貧乏人共と違ってな。ただしアメリアは除く」


 ぬぐっ、とネコタは息を飲んだ。少し褒めればこれだ。いちいち一言多いウサギである。

 はっはっはと笑いながら、エドガーはピョンピョンと宿に入っていった。


「まぁ、こういう場所での振る舞いを知らない貧乏人共は下がってなさい。上流階級にも理解がある私が、こういった場所でのマナーというものを教えてさしあげよう」


「むぅ、悔しいけどあの服も似合ってるし、何も言い返せない」

「けっ、いい服を着てるだけでいつも通りのゲスウサギじゃねぇか。ガワだけ取り繕ったって本性は隠しきれてねぇぜ」

「まぁ、本人が進んでやってくれるってんだ。ここは任せようじゃないか」





 どちらにせよ、穏便に宿に泊まれるのであれば、それでいいことなのだし。






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