私だけは分かっているからね
ネコタ達は山賊達を縛り上げ、伯爵の屋敷へと戻った。
執務室の窓から山賊とネコタ達の姿を見るなり、伯爵は部屋を飛び出しネコタ達を歓迎する。
「よくぞご無事でお戻りになられました! 皆様なら出来ると信じていたとはいえ、心配しておりましたぞ!」
「遅くなってすいません。なんとか退治出来ました」
申し訳なさそうに言うネコタに、恐縮しながら伯爵は首を振る。
「いえいえ、遅いなどととんでもない! まさかこれほど早く解決なさるとは思ってもいませんでした! さすが勇者一行ですな!」
「いや、そんな、僕は大したことをしてないですから」
「だよな。首領どもを捕まえたのはあたしらだしな」
「残った山賊も私が纏めて懲らしめたしね」
「やめろお前らっ! 伯爵に聞こえるだろうが! あれでも勇者なんだからイメージを壊すな!」
――聞こえてるよっ!
笑顔を浮かべながら、ピクピクとネコタは額をひくつかせる。ニコニコと笑ってなんとも思ってもなさそうなトランク伯爵がありがたかった。いや、この人のことだから、冗談だと思っているのかもしれない。
「しかし、山賊がこれだけの大所帯だとは思ってもいませんでした。皆様がいなければどうなっていたか、背筋が凍る想いです」
伯爵は一箇所に座っている山賊達を見て汗を流した。明らかに戦意を失い、縛り上げられているからこそ見ていられるが、もしこの人数で襲い掛かられていたら街が滅ぼされていたかもしれない。そうならずに済んで良かったと、ほっと息を吐く。
「これでこの領の民も安心して暮らせるでしょう。本当になんとお礼を申し上げればいいのか……」
「気にしないでください。僕たちが助けたくて行動しただけなのですから」
「そう仰られると有難いですな。はははは。……あの、ところで、あれは一体どうしたのでしょうか?」
伯爵は気まずげな笑みを浮かべて視線をずらした。
その先には、山賊達のアジトから奪った財貨や食料があった。荷車が何台も連結し、その一台一台に大量に積み上げられている。全て合わせれば相当な資産になるだろう。その重さもそれなりのものだ。馬を何頭も使ってようやく動かせる代物だ。
そんな物を、エドガーがゼハゼハと息を切らしながら必死の形相で引っ張っていた。一体なんの拷問かと問いたくなるような光景だ。
エドガーは更に看板を背負っていた。そこにはこう書かれてあった。“只今反省中”。
「ゼェ! ゼェ! ゼェ! ……ネ、ネコタ君。伯爵邸には着いたことだし、もういいかな? 僕もう限界なんだけど」
「良いわけないだろ。早く伯爵の屋敷に運び込めよ」
「ヒッ!? ご、ごめんなさいっ!」
「いやっ、エドガー殿。無理をなさらずに。後は私の家臣に運ばせますので」
「ああ、気にしないでください。あれは罰の一環なので。あっ、何処に運ぶのか指示だけお願いします」
「えっ? いや、しかし……わ、分かりました」
エドガーに縋るような目を向けられ、伯爵は助け舟を出そうとするが、柔らかい笑顔のネコタに負けてそれ以上は何も言えなかった。一体何があったのかつくづく気になるが……ネコタが怖い。
妙な緊張感に固まる伯爵に、ラッシュが声をかけた。
「伯爵。ところで、援助の件なのですが」
「ああ、はい! これだけの食料と財貨なら、半分もあれば助かります! ぜひお好きなだけ持って行ってください!」
「いえ、旅に困らない程度で十分なので。エドガー、聞いてたな! 運び終わったら適当に分けてもらってくれ! 無駄に欲張ったら分かってんだろうな!」
「わ、分かってる。俺だってそこまで恥知らずじゃないぜ……」
ラッシュの言い草にも、エドガーはすごすごと肩を落としながら指示に従っていた。本当に何があったんだと、伯爵はますます怖いもの見たさの興味が湧く。
「ところで伯爵、今回の件について報告したいことがあるのですが」
「え、ええ。なんでしょうか?」
ラッシュは山賊達の行動について、知りえた情報の全てを話した。山賊達の目的。先に捕まえた内通者のジェイクの事。村人たちの内心。等々だ。
しかし、全ての元凶がエドガーにあることだけは秘密にしておいた。
身内の恥だ、言える訳もない。伯爵なら許してくれる気がしないでもないが、わざわざ話すつもりはない。ウルフバン達は念入りに脅しておいたから、そこからバレることもないだろう。
それでいいのだ。知らない方が幸せな事実というのも、世の中にはある。
「……そうでしたか」
全てを聞いた伯爵は、そう呟いた。怒っているのか、悲しんでいるのか、よく分からない。しかし、それなりのショックを受けているのは間違いなかった。
「先日ジェイクが捕えられたと聞いた時も驚きましたが、今の方が衝撃は大きいですな。山賊を退治して、一刻も早く領民を助けなければ。私はそう思っていましたが、民は存外たくましかったということですね。私が空回りしていただけでしたか」
「仕方ないでしょう。まさか領民が山賊と間接的にしろ手を組んでいるとは思い至りませんよ。伯爵はこの領を守るため、出来ることをしていたと思います。こうして山賊も捕まえたことですし、どうかお気を落とさずに」
「……そうですね。もう悩むこともなくなるのですから、前向きにやらなければ」
伯爵は困ったような笑みを浮かべ、捕らえられた山賊達の方に目をやる。
そんな伯爵に、ネコタは気まずそうな顔で聞いた。
「あの、やっぱりあの人達は皆、処刑ということになるんでしょうか?」
「そうですね。今までの行状を鑑みても、それ以外にあり得ないでしょう。ですが……」
伯爵はふと考え込むようなしぐさを見せると、山賊達の元へ歩き出した。
項垂れるウルフバン達の前に立ち、声をかける。
「お主達がこ奴らの頭領か?」
「あぁ……?」
ウルフバンはだるそうに顔を上げ、自嘲するような笑みを浮かべた。
「へっ、伯爵様かい。なんだよさっそく処刑でもするのかい? いいぜ、早くやれよ。もう覚悟は出来てっからよ」
「うむ。そのつもりではあったのだがな。その前に聞きたいことがある」
「聞きたいことだぁ? なんだよ、もう話すことなんかねぇぞ。あのウサギに全部、喋らされたからな」
「お主たちはまだ無法者として生きていくつもりなのか? まだ暴れてやろうという気はあるのか? どうなのだ?」
「なんだぁそりゃあ? 生きていくもなにも、俺達は処刑される身だろうが」
「いいから早く答えよ」
ウルフバンは怪訝そうに伯爵を見ると、フェレック、ポンキーと顔を見合わせる。そして三人は順番にふてくされながら答えた。
「ここまで叩きのめされて暴れようなんて気力、もう残ってねぇよ」
「同感だ。私達はどうやらあのウサギに搾取され続ける運命のようだからな。これ以上の徒労は避けたい」
「オイラもだ。都合のいい話だけどよ、出来るなら楽に殺してくれねぇか? 死ぬ間際まで苦しみたくねぇ」
三人共、陰鬱な表情だった。今回の件がよっぽど堪えたらしい。荒くれ者らしさの欠片もなかった。
三人が嘘をついていないと見抜き、伯爵は頷く。
「よかろう。ならば、沙汰を下す。お主らは山賊を引退し、私の配下となれ。そして領に貢献せよ。それを持って今回の償いとする」
「「「はぁ?」」」
あんぐりと口を開け、三人は伯爵を見た。
ウルフバンが胡散臭そうな目を向ける。
「……山賊として領を荒らしまわっていた俺らを家臣に迎えるだぁ? 無理だろそんなの。あんたの兵には俺らにやられた奴だっているんだ。そいつらが認めねぇよ」
「ふふっ、それは私の心配か? だが、安心せよ。私が必ず説得してみせる。もちろん、お主らの部下達も兵として引き入れよう。どうだ? 受けてはくれまいか?」
その発言に、項垂れていた部下達までもが目を輝かせた。
さらにありえないことを言われ、ウルフバンはますます混乱する。それが本当ならば、願ってもない話だが……。
「こいつらまで? 正気かよ? こいつらはともかく、俺らは獣人だぞ」
「関係ない。獣人を雇うかどうかはその領主が決めることだ。お国柄、獣人を受け入れづらいというだけで、法で禁じられているわけではないからな」
「そりゃ建前ってもんだろうに。獣人が配下に居ると周りに知られたら侮られるぞ」
「ではどうする? このまま処刑を受け、ここで死ぬが望みか?」
「そりゃあ、死なずに済むってんならそれに越したことはねぇけどよ」
「それなら断る理由もあるまい。周りの目なぞ気にするな。どうせ初めから大したように思われておらん」
ウルフバンはフェレックとポンキーに目で問いかける。フェレックは重々しく、ポンキーはコクコクと何度も頷いた。ウルフバンはため息を吐き、頷く。
「……わりぃが、育ちが育ちなんでな。礼儀なんて知らねぇぞ。それでもいいのか?」
「構わない。ただし、裏切ってまた山賊働きをしようものなら、今度こそエドガー殿に頼んで――」
「待て! 分かった! 絶対に裏切らん! だからそれだけはやめろ!」
ウルフバンは必死になって止めた。もうあのウサギに追われるのはこりごりだった。
満足げに首肯する伯爵に、ネコタは不安そうな声で言う。
「伯爵様、本当にいいんですか? いくらなんでも危険なんじゃ……」
「お気遣い、感謝いたします。しかしご安心ください。もちろん、しばらくは監視を付けて見張りますので。まぁ、この様子ならその必要もなさそうですが」
「そうですか。伯爵がそう言うなら」
心配ではあったが、ネコタは引いた。
いくら山賊とはいえ、自分たちの手で捕まえた者が処刑されると思うと、少しばかり罪悪感を感じる。本心では、なんとかして助けることは出来ないかと考えていた。
伯爵の慈悲にネコタは感謝した。自分の領を荒されながら、それを許し従えさせる。これほど度量の深い貴族は他に居ないだろうと、ネコタは尊敬の目を向ける。
「本当に凄いと思います。この人達のせいで伯爵は苦い思いをしてきたのに、それでもこんな対応を取るなんて。伯爵ほど優しい人を見たことありません」
「は? 優しい?」
ネコタの言に、伯爵はキョトンとした顔を見せる。
「あ。はははっ、そういうことですか。ネコタ殿、私はべつに彼らに慈悲を掛けたわけではありませんよ」
「えっ? いや、でも、処刑するところを助けて」
「死んだらそこで終わりじゃないですか。あの山が廃坑になっていなければ、鉱山送りにして死ぬまで働かせていたのですがね。仕方がないので配下に加えてこき使うことにします。それこそ、死ぬまで」
喋っている内容とは裏腹に、伯爵はあっけらかんとした笑みを浮かべていた。その食い違いに狂気を感じる。気のせいか、黒い靄を体に纏っているように見えた。
ネコタだけではなく、山賊達もブルッと震える。助かったと思ったのは勘違いだったのかもしれない。
「そうですね、彼らにはしばらく税の徴収をしてもらうとしますよ。……彼らも慣れたものでしょうしね」
最後に付け足した言葉が、なんとも意味深だった。
「そ、それはそうかもしれませんけど、それは領民もやり辛いんじゃ……」
「でしょうね。昨日まで協力していた相手が、領主の配下として真逆の行動を取るのですから。しかし、彼らが向かえばメッセージになるでしょう? 彼らが私の配下となったということ。そして――」
――私は全部知っているぞ、というね。
口には出していないのに、はっきりと伝わってきた。柔らかく浮かべる笑みに、凄みのような物を感じる。気づけば、ネコタは震えていた。
これは、いけない。いや、何がとはいえないが、とにかくまずい。
「は、伯爵の気持ちも分かりますが……もう少し穏便に……」
「穏便に、ですか。十分に手心を加えていると思いますが。それにですね、ネコタ殿。今回の件で、私は幾つか悟ったことがあるのですよ」
「な、なんでしょうか?」
震えた声でネコタは尋ねた。
伯爵は、穏やかな表情で言った。
「民を愛し、民を潤し、領を発展させる。それこそが領主の義務だと思っていました。ですが、私の行なっていたことは優しさではなく、甘さでした。甘さは決して愛ではない。そして――人は甘やかすとつけあがる」
「……………はい」
「領主のやるべきことは、民が良き方角に進めるよう導くことなのです。それで不満の声が上がったとしても、頑として譲ってはならない。たとえ苛烈な手段を用いても、強引にでも導いてあげなければならない。それこそが領主のやるべきことなのですよ」
「…………そうですね」
ネコタは素直に頷いた。とてもではないが、反論する気にはなれなかった。
まるで別人かと思うほど、今の伯爵は覇気に満ちていた。従わなければ容赦なく叩き潰す。その意思がありありと見えていた。苦難の日々を乗り越え、仁君から覇王に生まれ変わった瞬間だった。
自業自得と思って諦めてもらおう。ネコタは領民の幸先を祈った。
「おう、今戻ったぜ」
屋敷の方から、エドガーがピョンピョン跳ねてきた。付き従うように執事が歩いている。エドガーは風呂敷のようなものをパンパンに膨らませ、それを担いでいた。
その荷物を見たラッシュが、呆れたような顔を見せる。
「おいおい、だいぶ荷物が多くないか? あれだけ欲張るなと言っただろうが」
「欲張ってねぇよ! ちゃんと適正な分しか貰ってねぇっての! むしろ相場よりだいぶ少ねぇよ!」
ラッシュは胡散臭そうにエドガーの荷物を見て、執事に目を移す。
「本当ですか?」
「はい。エドガー様の仰っていることに間違いはありません。それどころか、本当にその程度で良いのかとこちらが恐縮するばかりで……」
「良いんだよ。もともと念のためで軍資金を増やしておきたかっただけなんだから。おら、準備は出来たんだ。早く行こうぜ」
急かすエドガーに、伯爵は驚いて言った。
「早くとは……まさかもう行かれるのですか? せめて一晩だけでも休んではいかがでしょう。お礼に精一杯おもてなしをさせて頂きますが」
「ありがたい話ですが……当初の旅程から何日も遅れてしまっていますので。少しでも早く取り戻さないとなりません。お気持ちだけ受け取っておきます」
「まぁそういうことだ。あいつらの処刑が見れないのは残念だけどな」
「あの、エドガーさん、そのことなんですけど……」
「あん? なんだよ……え、マジで?」
思い切ったことをするなぁと、エドガーは感心した顔を見せる。そして何を思ったのか、ピョコピョコとウルフバン達の前に移動した。
「おう、クズども。伯爵の優しさに感謝しろよ。こんな良い機会もう二度とねぇぞ。どうせお前らは悪党としても大成できねぇんだから、これからは伯爵の下で真面目に働けや」
「このクソウサギがっ……!」
「私達が失敗してきたのは誰のせいだと……!」
「好き勝手言いやがって……!」
うな垂れていたウルフバン達だが、血走った目でエドガーを睨みつける。負けを認めてはいるが、さすがに張本人からここまで煽られては我慢できなかったらしい。
無言のままだったエドガーは、あーんと大口を開け、ガチンッ! と前歯を嚙み鳴らす。ビクリッ、と山賊達は怯えた。そんな彼らを冷めた瞳で見つめ、呟く。
「もし伯爵に逆らったり裏切ったりしたら――体の端っこから少しずつ齧り取る」
「もちろんだ! 絶対に裏切らない! だからそれだけはやめてくれ!」
ただ殺される方がよっぽど幸せだ。残酷な仕打ちにウルフバン達は震え上がった。
これで馬鹿な真似をすることはないだろう。うまく脅せたことに、うむうむとエドガーは満足そうに頷く。
「よし、これで大丈夫だ。伯爵、こいつらが何かしたらギルドを通して俺を呼びな。すぐに駆けつけてやるよ」
「エドガー殿……ありがとうございます。それから、皆様も。この領が救われたのは、あなた方のおかげです。トランク伯爵家はこのご恩を永遠に忘れません」
「気にしないでください。ただ僕が助けたかっただけですから」
「まぁ、そういうことですね。……それに、そもそもの原因が原因だからな」
「感謝するってんなら、次に来た時に酒でも奢ってくれ。楽しみにしてっからよ」
「それじゃ、伯爵……元気でね」
「またな伯爵! これからが大変だろうけど、頑張れよ!」
勇者一同はそれぞれが別れの挨拶をすると、あっさりと去っていった。
伯爵は彼らの姿が小さくなっても、穏やかな顔で見送り続ける。
「旦那様、少しよろしいでしょうか」
「む? おお、なんだ。どうした?」
「はい。実は、エドガー様が持っていった報酬の件なのですが……」
執事の口から出た内容に、伯爵は目を見張った。そして、慌てて顔を戻す。
勇者一行は、すでに姿を消していた。
「最後まで、本当に……ッ!」
目頭に熱いものを感じ、伯爵はまぶたを抑えた。そして、また笑みを浮かべると、勇者達が去っていった方角に向かって頭を下げた。
♦ ♦
「……良い人でしたね、本当に」
衛兵の見送りを受け街を出てから、ネコタは名残惜しそうに振り返る。
何気なく呟いた言葉に、エドガーが応えた。
「おう、貴族としてはお人好し過ぎるくらいだったな」
「またそうやって捻くれたことを言う。少しは素直になったらどうです?」
「人としては良い奴だって褒めてんだよ。ただ、そのせいであいつらに付け込まれた訳だから、貴族としてはやっぱり失格かもしれねぇけどな」
「よく言えますねそんなこと! そもそもあんたのせいだってこと忘れんなよ!」
どの口が言っているんだと思う。恥ずかしくないのか?
「だがまぁ、これで問題もなくなったことだし、伯爵も安心して領地経営が出来るだろ。これで領民も安心して暮らしていけるだろうし、めでたし、めでたしってところじゃねぇか?
ただあの伯爵様は甘いからなぁ。あのバカ共に協力していた村人はどうせほとんど罰則はなしだろ? そこだけは不満だな俺は」
「いや、たぶんエドガーさんが思っている以上に大変なことになりますよ……」
エドガーの予想は、少しは前の伯爵の話だ。今の伯爵なら……やめておこう、これ以上考えると怖くなる。ネコタは恐怖を振り払うように首を振った。
グルッと肩を回しながら、笑ってジーナは言う。
「もう少し歯ごたえのある相手だったら文句なしだったけどよ、たまには良いことするのも悪くなかったな。金も手に入ったことだし、良いことずくめだ」
「最後のが本音だろお前。ったく、いくら金があるからって無駄遣いが出来る訳じゃないんだぞ」
呆れたようにラッシュがため息を吐く。
カラカラとジーナは笑った。
「そうケチケチすんなよ。いいじゃねぇか少しはくらい。なぁウサギ、それくらいの余裕はあるんだろ」
「ある訳ねぇだろアル中女。あるのは食料だけだっての」
『——————』
何を言ったのか、分からなかった。
自然と、全員が足を止めていた。
和やかな雰囲気が消え、誰もが真顔で宙を見つめる。しばらく経って、おそるおそるとお互いの顔を見回す。エドガー以外の皆が、焦ったような表情を浮かべていた。聞き間違いではないのだと、同時に悟った。
声が震えそうになるのをなんとか抑え、ラッシュはなんとか口に出した。
「……おい、エドガー」
「あん? なんだよ」
「ちょっとその風呂敷の中身を見せてみろ」
「ん? 今か? まぁいいけどよ……」
やれやれ、というように首を振り、エドガーは風呂敷を広げた。
その中身を一瞥し、ラッシュは尋ねた。
「……おい、保存食しか無いように見えるんだが」
「そりゃそうだろ。それしか持ってきてねぇんだから」
「……宝石類、もしくは貨幣はどうした?」
「全部置いてきた」
ふふん、となぜだか自慢げな表情でエドガーは言った。
「ふざけんなこのクソウサギがぁ!」
ジーナは切れた。エドガーの胸ぐらを掴んで持ち上げ、ギリギリと締め付ける。
「ぐぇぇぇえ……!? ぐっ、ぐるじぃ……! 何をするんだ……っ!?」
「何をするんだ、じゃねぇだろうが! テメェが何してくれてんだコラァ!」
「お前そもそも俺らが何の為にここに来たと思ってんだ! これじゃあ何の意味もねぇだろうが!」
「ぐっ……だ、だって、これから伯爵には金が必要だろうと思って……」
「うっ、そう言われるとちょっと責めづらいですね」
「責めづらい訳があるか! いらん気を回しやがって! クソッ! 今から急いで取りに戻れば……!」
「んなみっともねぇ真似ができる訳がねぇだろうが! この畜生が! あたしらの努力を無駄にしやがって! 予定していた地酒巡りが出来なくなっただろうが! どうしてくれんだコラァ!?」
「だって……! そこのオヤジが……欲張るなって言うから……だからぁ……!」
「あの、可哀想だから……あまり怒らないで……」
アメリアはエドガーを庇おうとするが、涙を流すエドガーにも容赦なく罵倒するラッシュ達を見て溜息を吐く。蚊帳の外になって眺めていると、ふと道の向こう側から馬に乗った男がやって来るのが見えた。
その男は徐々に速度を落とし、アメリアの前で降りる。なおも三人に囲まれているエドガーを目にし、男は確信を持った様子でアメリアに尋ねた。
「失礼ですが、あの方は”首刈り兎”のエドガー様ではないですか?」
「……そうだけど」
「ああ、やはりそうでしたか。まだこちらに居るかと思い、急いでやって来た甲斐がありました。いや、間に合って良かったです。ところで、アメリア様というのは……」
「私だけど、貴方は誰?」
「ああ、すいません。私は冒険者ギルドから派遣されたもので、ギルド長のウェルバからアメリア様宛にお手紙をお届け来ました。例の件について、と言えば伝わると承っております」
「例の……分かった。ありがとう」
「いえ、それでは私はこれで。旅の成功を祈っております」
男はアメリアに手紙を渡し、すぐに来た道を戻っていった。
アメリアはそれを見送り、無表情のまま封を開ける。そして中身を一読して、小さく笑った。
「っとにテメェはやることが極端だな! いい加減に――っと、アメリア?」
「うきゅう?」
アメリアは、三人に囲まれながら正座で説教を受けるエドガーを腕に抱え、言う。
「もういいでしょ。過ぎたことをいつまでも責めてもしょうがないよ」
「だがよ、こいつのせいであたしらの金が……」
「そうだ。またひもじい思いをすることになるかもしれないんだぞ」
「食料はあるんだから、大丈夫だよ。いいから、もう行こ」
気にせず、アメリアは歩き出してしまった。
呆気に取られながら、ジーナとラッシュはアメリアの背中を見つめる。やがて、爆発したようにジーナは頭を掻きむしった。
「ったく! あいつ甘すぎんだろ! 食料は保つとかそういう問題じゃねぇんだよ! あたしの酒がぁ……!」
「お前の本音は論外として、俺も今回ばかりはなぁ……」
「ま、まぁまぁ。アメリアさんがああ言ってることだし、今回だけは許してあげましょうよ。ね?」
ネコタに促され、しぶしぶ二人もアメリアを追いかける。
エドガーはアメリアに抱かれながら、ダラダラと涙を流していた。
「うっ、うっ、うっ! すまねぇ、アメリア。俺のせいで……」
「いいよ別に。エドガーは優しいもんね」
ピタリ、とエドガーは動きを止めた。
アメリアの腕の中で身じろぎをして、平静な声で聞き返す。
「優しい? 一体なんのことかな? 俺はあのオヤジの命令を受け取り間違えただけだが?」
「ふふっ。いいよ、無理して惚けないでも。エドガーの優しいところも、カッコいい所も、私だけは分かってるからね」
「…………ふん」
不機嫌そうに、エドガーは鼻を鳴らした。
アメリアからは、腕の中で背中を向けているエドガーの顔は見えない。ただ、間違いなく照れているんだろうなと思った。
――だってこの子は、そういうひねくれた子だから。
そう思うとおかしくて、アメリアはまた小さく笑っていた。
♦ ♦
『偉大なる賢者、アメリア様へ。
先日は大変お世話になりました。
おかげさまで当ギルドの冒険者にも被害はなく、普段通りの日々を過ごせております。
アメリア様は無事にトランク伯爵から資金提供を受けることが出来たのでしょうか? できることなら、穏便に話が進み順調な旅路になるよう願っております。
さて、本日は先日依頼された件について進展が見えましたので、こうして文を送らせていただきました。
例の件について、北部の冒険者ギルドの伝手使って調べてみようかと思ったのですが、どうやらSランク冒険者に対する詐欺事件として、一時期、北の支部でも問題になっていたようです。
私が調べる間でもなく、既に事件の全貌を北の支部が調べ尽くしていました。よって、ここにはその調査結果を記させていただきます。
ではまず、狐獣人種のフレミー嬢についてです。
エドガー様の話では、彼女の母親の病気を治すため、その治療費として悪将大鬼の討伐報酬を譲渡。その翌朝、彼女は姿を消しそれから会えていないというものでした。
結論から書くと、彼女の言ったことはどうやら真実だったようです。
彼女は北の地に点在する獣人種の里でも最大規模の里長の娘で、その家は代々、里で祭る神の巫女を輩出する家系だそうです。その影響力は他の里にも及ぶほどであり、つまり彼女は巫女でありながら、北部獣人種の姫に等しい存在でもあったようです。
そんな彼女が里から出たのは、彼女の母親、つまり先代巫女が難病に倒れ、その治療薬を求めてとのことでした。周りの者の反対を振り切り、神の託宣に従い一人で里を出て、治療薬の材料を突き止める。しかし、その材料が希少な物ばかりで資金が足りず、困っていたところをたまたま相談に乗ったエドガー様が”悪将大鬼”の討伐に乗り出した、というのが一連の流れらしいです。
エドガー様は深手を負いながらも討伐をなし、心配するフレミー嬢に母親を優先しろと言いつけ、報酬を渡して眠りについたようです。そしてフレミー嬢は、必ず戻るから待っていてほしいと書置きを残し、里に帰省。無事に母親を治療し、家来と共にエドガー様に会いに行ったようですが、エドガー様は”礼を言ってもらう為にやったわけじゃない”とギルドに伝言を残し、フレミー嬢が来る前に去ったようです。
以上がフレミー嬢との騒動の全貌になりますが、現在その里では先代巫女の命を救った恩人として、エドガー様をフレミー嬢の夫に迎え入れようとする動きがあるそうです。
ギルドにエドガー様の捜索依頼が届いているようですが、エドガー様により、依頼自体を却下するように指示が出ているとか。ところが、フレミー嬢自身が乗り気のようで諦める気配がなく、今は里の者を使ってエドガー様を捜索しており、エドガー様は逃げている状況だということです。
最大規模の獣人種の里ということでかなりの力を持つため、冒険者ギルドとしても上から抑えることも出来ず、対応には四苦八苦し、今もエドガー様の居場所の情報操作にかなりの労力を使っていると北部ギルド職員の話も聞きました。個人的に、美姫としても有名な彼女から何故そうまで逃げるのか、是非とも聞いてみたいものです。
――続いて、人間種のエル嬢とミーナ嬢の報告に移らせていただきます。
こちらも結論から書きますと、フレミー嬢とは違い、彼女たちの場合は最初からエドガー様の報酬を目当てに近づき、奪い取ったことになります。
ただし、この二人に関しては情状酌量の余地があるため、その点を詳しくご報告させていただきます。
この二人の名前ですが、本名はそれぞれ、エルミラ、ミーナリアというそうです。
彼女達は北部のとある中規模商会の姉妹なのですが、事業の失敗により父親が借金を背負ってしまい、一刻も早く返済をしなければ商会は潰れ、一家離散という危機的状況にあったようです。その為、暴虐嵐虎を討伐したエドガー様を酔い潰し、金を奪って家族を救おうとしたのです。
ところが後日、この二人は奪った金を持ち、冒険者ギルドに出頭してきました。
なんでも二人が実家に帰ると、借金の問題が解決していたそうです。詳しく話を聞けば、借金をしていた相手が商会に現れ、返済をなかったことにしてもいいと一方的に話し、その場で借用書を破り捨てたとか。
ありえない話ではありますが、事実、商会の危機が去ったことで大金が必要無くなった二人は、エドガー様に報奨金を返そうと冒険者ギルドに逆戻りし、上記の内容を全て涙ながらに語ったそうです。
不可解な話ですので、冒険者ギルドの方で詳しく調査してみたところ、そもそも借金自体が仕組まれた話だということが判明しました。
彼女たちの父親が借金を申し込んだ相手は、表向きはまっとうな貸金屋でしたが、裏ではあくどい手口で商会を嵌め、全てを奪っていく詐欺組織、裏家業の人間でした。
今回も父親に失敗すると分かっている旨い儲け話を持ちかけて借金をさせ、借金のかたとして商会と姉妹を奪っていくつもりだったようです。この組織のトップが姉妹に目をつけた為に、今回の件を仕組んだ、というのが事の真相だったようです。
何故そんな所まで分かっているのかと言いますと、実はこの詐欺組織、姉妹が実家の商会に帰る数日前には実質的に壊滅していたようです。なんでも、何者かに拠点を襲撃され、用心棒ごと為すすべもなくやられたとか。
姉妹の商会の借金を帳消しにすること。そして後日、構成員全員が出頭すること。その二点を守れば命だけは助ける、と襲撃者に脅されたため、そうした行動に出たようです。今回の件だけではなく、その他の余罪も全て洗いざらい話し、彼らはめでたく鉱山送りになりました。
よっぽど襲撃者に脅されたのか、最後まで襲撃者の特徴に関しては一切喋りませんでした。ですが、気がふれかけた構成員の数名が、“ウサギ……ウサギが”と、同じことを呟いていたと調査書には書かれています。
話を姉妹へ戻します。
姉妹のやったことはSランク冒険者に対する窃盗。たとえ裏にどんな事情があろうとも、これは冒険者ギルドの面子にかけても厳しく罰しなければならない重罪です。ところが、結局二人は何のお咎めも無しということになりました。
ギルドからエドガー様に確認を取ったところ、“何のことだか分からない。そもそもあの金は二人にあげた物なのだから、二人が罰せられる理由がない”の一点張りだったそうです。本人がそう言い張る以上、ギルドとしても二人を罰することは出来ませんでした。
ギルドの一室で軟禁していた二人にその言葉と、組織の詳しい事情、そして予想される襲撃者の情報を話すと、二人は泣いて崩れ落ちたそうです。
現在、彼女たちは父親の元で働いているそうです。商才があったようで、二人が働き始めてから商会の規模はさらに大きくなり、今では大規模商会の一角にまで拡大したとか。さらに商売だけではなく、売り上げの一部を慈善活動に回し、多くの孤児院や病院の設立、困窮する獣人の里への援助など、北の地において多大なる貢献をしているようです。
彼女たちからもエドガー様の捜索、面会の依頼を受けているようですが、やはりこちらもエドガー様の指示があり、依頼を受けないようにしているらしいです。彼女達が個人的に雇った者が大陸のあちこちに散らばり、今もエドガー様を探しているとか。
……先日お会いした時にも思いましたが、どうやらエドガー様はかなりのひねくれ者で、素直ではない性格のようです。額面通りに言葉を受け取れば、彼は人知れず無茶をする危険性があります。アメリア様には是非とも、エドガー様を気にかけてくださればと思います。
まぁ、個人的にはそういうところが、エドガー様の魅力なのではないかと思いますが。
――以上を持ちまして、今回の報告を終えさせていただきます。
皆様の旅の成功、無事の帰還を心より願っております。
それでは、またどこかで。
オルト支部冒険者ギルド長 ウェルバより』




