表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間やめても君が好き  作者: 迷子
二章 先行き不安の旅路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/141

勝ったな。これで世界を救えるぜ


 山賊達のアジトと化している廃坑、その奥の一角で、三人の獣人が酒を飲んでいる。

 その中でキツネの顔をした男が、ピクリと耳を揺らした。頭を上げ、怪訝そうに音のする方を見る。


「何やら騒がしいですね。何かあったのかな?」

「はっ、放っとけよ。どうせまた喧嘩でもしているんだろ。いつものことだ」


 そう返したのは狼の顔を持つ男だ。狼の獣人らしく鋭い目と牙に、極限まで絞り鍛え抜かれた体つきをしている。体に残った幾つもの傷痕が、この男の戦歴を語っていた。


 そんないかにも野蛮そうな男に怯まず、紳士的にも見える狐の男は笑いながら言う。


「私は用心深いのでね。少しのことでも気になってしまうのだよ」

「はっ、よく言うぜ。神経質で臆病者なだけだろうが」


「君のような図太くて鈍い男よりはよっぽどマシだと思うがね」

「ほう、言いやがるな。八つ裂きにしてやろうかテメェ」


 狼人の男は獰猛に笑う。が、狐人の男はそれにも穏やかな笑みを浮かべて見せた。狼人も愉快そうに笑みを深めるだけで、行動に移そうとはしない。物騒ではあるが、これがいつものやり取りらしい。


「案外、侵入者でも現れてたりしてな」


 そんな二人を茶化すように、狸の顔をした獣人が言った。二人よりも小柄で、まん丸とした体型の男だ。一見すれば子供のような可愛らしい姿だが、この二人の会話に躊躇なく入っていくあたり、それなりの度胸はあるらしい。


「はっ、侵入者だぁ? 見張りを立たせているのに、何処のどいつがこんな所まで気づかれずにやって来れるってんだよ。それとも、お前の罠を超えて来たってのか?」

「んなわけねぇだろ! オイラの罠は完璧だ! 何も知らない奴が引っかからずに来れるもんか!」


「そうだよな。ってことは、どうせまたいつものよう喧嘩騒ぎになってるだけだ。ほらみろ、やっぱりお前が気にしすぎなんだよ」

「いや、やはり変だ。それにしては少し……」


 狼人の男は笑いながら言うが、孤人の男は眉を潜めながら騒ぎのある方を見ていた。するとその騒ぎの音に混じって、こちらへ走ってくる足音が聞こえてくる。


 その足音は男達の部下の物だった。必死な表情で、男達の前に倒れこむようにして入ってくる。


「おっ、お頭ぁ! 侵入者です! 侵入者が来やした! それもかなり強いです! 全員で止めようとしてるんですが、全く歯が立ちません」

「おいおい、マジかよ。本当に此処に突っ込んできたバカが居るってのか?」


 狼人の男は目を真ん丸としていた。よっぽど意外だったらしい。アジトで暴れられているというのに全く焦りを見せないのは、己の強さに自信があるからだろう。それよりも、何処の誰がやってきたとのかという方が気になった。


「おい、どういうことだ? 今更此処に向かおうとする奴が居るなんて聞いてねぇぞ」

「ああ、私も驚いている。皆目見当もつかん。そんな人材が居るならとっくに来ていてもおかしくないのだが……」


 狐人の男は首を傾げていた。そもそも、今の磐石な体制を作り上げたのは自分なのだ。領主にスパイを送り込み、敵をこちらに差し向けないよう上手く仕組んでいる。さらに言えば、見張りもしっかりと置いて警戒を欠かしていない。


 それなのに、何の連絡も無しに急襲を受けているというのは信じられなかった。


「一体何者だ? この領にそんな人材が居るとは思えないのだが……」

「そりゃあ伯爵の兵隊じゃねぇのか? オイラ達を鬱陶しく思ってるのは伯爵だろうし」


「いや、伯爵の所にそんな人材は居ない。新しく傭兵を雇ったという話も聞いていない」

「そんじゃあギルドの冒険者ってのはどうだ? 依頼が届いちまったんじゃねぇか?」


「そうならないように手は打ってあるし、仮に防げなかったとしてもこちらに連絡が来るようになっている筈なのだが……」


 今一つ腑に落ちない。狐人の男は頭を悩ます。

 そんな男を見て軽く鼻を鳴らし、狼人は報告をしてきた部下に聞いた。


「おい、そもそも何で侵入されてんだ? 見張りはどうした? まさかサボってたんじゃねぇだろうな!」

「い、いえ! どうやら裏手の方から入ってきたようでして、それで気づくのが遅れたようで……」

「それじゃあ、あの崖を渡ってオイラの罠を抜けたってことか!?」


 よっぽど自信があったのだろう。狸人は飛び上がらんばかりに驚く。

 狼人は眉を顰めて尋ねた。


「おい、どうなってんだよ。あそこは見張りを減らす分、罠を入念に仕掛けたんじゃなかったのか?」

「もちろん仕掛けたよ! 仕掛けたオイラでさえ気を抜けば自滅するくらいにな! あそこを抜けられる奴が居るなんて信じられない!」


 狸人の取り乱しように、狼人は感心した声を上げた。見かけは丸く強そうには見えない奴だが、罠の腕は本物だ。それを抜けてくるとは、よっぽど罠に精通している者が敵にいるのだろう。


「へぇ、面白いじゃねぇか。ちょっと興味が出てきたぜ」

「それほどの敵が来たということなのに、そんなことを言っている場合か。私は憂鬱になってきたよ。せっかく上手くやって来たというのに、下手をすればそいつらのせいで全てが台無しだ」


「へへっ、悪いな。俺は今の美味い生活も嫌いじゃねぇが……強敵との戦いも好きなんだよ」


 獰猛に笑う狼人に、狐人の男は呆れたようなため息を吐く。

 好戦的な性格を直して欲しいとは思うが、その性格に相応しい強さを持っているのも間違いないからこそ、止められない。その強さがあるために、自分たちの頭として認めているのだから。


「おい。それでどれだけの人数が侵入してきた。どんな奴らだ?」

「は、はい! それが、俺が見た時はたったの二人で、暴れまわって片っ端から仲間を……」

「二人? たったの二人か?」


 それが本当なら、相当な実力者だろう。これは予想以上に楽しめそうだ。まだ見ぬ強敵に、狼人の腕に力がこもった。


「いいねいいねぇ。そいつらの特徴は?」

「それが、一人は【格闘家】らしき女で、もう一人が……白いウサギです」

「………………ウサギ?」


 闘気に満ちていた狼人が、間の抜けた声を上げた。

 女の【格闘家】はまだいい。実力者としては珍しいが、居ないほどではない。

 しかし、もう一つは……。


「白い……ウサギ……」

「ウサギの……獣人?」


 狐と狸も、同じように惚けた表情でそれを聞いていた。

 三人は部下を顔をまじまじと見つめる。すると、急にガタガタと震えだした。


「か、頭? どうしました?」

「し、白いウサギ? お前、今、白いウサギって言ったか?」


「えっ、あ、はい。間違いなくウサギでしたが」

「そいつ、嗤いながら斬りつけてこなかったか? あと、倒れた相手を何度も刺したり……」


「へっ? いや、確かに好戦的に跳ね回ってましたが、俺達も大勢で囲んでましたから、そんな拷問のような真似は……」

「おっ、おう。そうか、じゃあ違うな、うん。分かった、俺達も直ぐに向かう。アジトに居る連中全員でそいつの足止めをしろ」


 ヘイ、と返事をして、部下はまた騒ぎの方へ走って行った。

 その姿が見えなくなってから、狼人は二人に顔を向ける。


「おい、どう思う?」

「オイラもアンタと同じだ。あの悪魔を思い出したぜ。だけど、アイツは北の冒険者だ。ここにはいねぇ」

「だ、だよな! そうだよな! ここには居るわけが……ない、よなぁ……」


 二人は顔を合わせて頷きあい、地面を見て震え始めた。大丈夫、そんな筈がない。考えすぎだよ。あり得ないって。

 自分に言い聞かせている二人に気まずく思いながら、狐人は苦い表情で言う。


「……私としては、十分にあり得ると思っているのだが」

「「んな筈ねぇだろうが!」」


 二人から同時に叫ばれ、狐人はビクッと仰け反った。しかし、グッと腹に力を入れ、二人に向き直る。


「信じたくない気持ちはわかる。だが、物事は常に最悪を──」

「テメェこそ現実を見やがれ! 本当にアイツだったら侵入するどころかアジトごとぶっ壊すぐらい躊躇せずやるわ!」

「そうだそうだ! それに聞いただろ! 拷問じみた真似もせず綺麗な戦いをしているような奴だぞ!? アイツはそんなお行儀の良い奴じゃねぇ!」


 言われ、狐は天井を見上げ考え込む。

 なるほど。言われてみれば一々もっともだ。あまりにも自分たちが知る人物とはかけ離れている。


「すまない。確かに君達の言う通りだ。どうやら恐怖で目が曇っていたのは私の方だったらしい」

「お、おう。分かればいいんだよ、分かれば」

「ま、まぁそんなに気にすんなよ。その気持ちはオイラ達だって分かるからな」


 口では泰然としているものの、二人の目線は落ち着かず挙動不審だった。明らかに違うと分かっていても、不安は拭いきれないらしい。


「けっ、どこのどいつだか知らねぇが、紛らわしい姿をしやがって! 身の程も知らずここへ来たことを後悔させてやる」


 己を奮い立たせるように言って、狼人は立ち上がった。騒ぎの現場へと向かう狼人を、二人も追う。

 それが自らの不安を紛らわすためだとは、自分達ですら気づいていなかった。

 そして、これから自分たちがどんな目に合うのかも、とうとう考えることもなかった。




 ♦   ♦




「ジーナちゃ〜ん! 俺が悪かったよ〜! もう止めようぜこんなの〜! ほら、俺たちにはやるべきことがあるだろ〜?」

「黙れ! お前だけは絶対に許さねぇ!」

「なんて女だ。あれくらいで根に持ちやがって……」


 ちょっと本当のことを言ったくらいでマジギレとかあり得ない。もう少し心に余裕を持って欲しい。きっと胸が貧相だから心も貧しいんだ。

 やれやれと首を振りつつ、エドガーはジーナから逃げながら山賊達に襲いかかっていた。


「はいはい、大人しく寝てましょうね〜」

「くっ、このウサッ──ぎゃっ!?」

「な、なんだこいつら! 化け物──」


「邪魔だクズ共! 私の前に立つな!」

「ギャアアアアアアアアアアア!」


 エドガー自身の動きだけではなく、ジーナのエドガーに向けた攻撃に巻き込まれ山賊たちはどんどん倒れていく。


 これはこれで良い成果と言えるが、エドガーは満足できなかった。出来れば二度と抵抗できないよう、足の腱を念入りに斬っておきたいところだ。しかし、ジーナから逃げ回る必要がある分それが出来ない。


 そのせいで、ほら見てみろ。まだ逃げようとしたり、怯えた表情で自分を見る余裕のある山賊達が居るではないか。


 追い討ちは安全な上に脅しの効果もある非常に良い手段だと言うのに、この女はそれが分かっていない。いつまでもふざけるのも良い加減にしてほしい。


 内心で溜息を吐いて……いや、と。エドガーは考え直した。


 これ程まで怒るのは、それだけジーナ自身が気にしていたという証ではないか。自分は少しからかった程度の気持ちだが、それだけジーナは傷ついたということなのだろう。


 だとすれば、悪いのは自分だ。触れてはならないところを触れてしまったということなのだから。ならば自分がすべきは、頭ごなしに彼女を叱りつけることではなく、ジーナの誇りと自信を取り戻してやることではないだろうか。そうすれば、彼女も山賊に集中してくれるに違いない。


「ジーナよく聞け! お前は気にしているのかもしれないけどな、貧乳だって巨乳並みのステータスなんだ! 希少価値なんだぞ! 大きい物を羨む気持ちは分かるが、小さいから駄目って訳じゃないんだぜ! 持ってないからこそ輝く魅力って奴が……」


「──殺す。お前だけは、必ず殺してやる」

「解せぬ」


 表面上は落ち着いたが、決して怒りが収まったわけではない。むしろさらなる怒りを内に閉じ込め、一周回って冷静になっている。冷酷なまでに冷めきった目から本気度がうかがえた。


 おかしい、あれだけ褒めたというのに、何故こうなったのだろう。いくらなんでも理不尽じゃなかろうか。いつまで経っても女心は難しい……。


「ひっ、ひぃ!? 駄目だ! 殺される!」

「あっ!? 待てこら!」


 二人の強さにびびった一部の山賊達が、戦いを放棄して出口を目掛けて走り出した。エドガーは追いかけようとするが、ジーナに邪魔されてそれも出来ない。


「テメェら! 勝手に突っ込んでんじゃ──っと、なんだなんだ?」

「良いところに来た! オヤジ、そいつらを止めろ!」


 このまま逃してしまうと焦るエドガーだったが、ちょうど良いタイミングでネコタ達がたどり着いた。

 向かってくる山賊達と争って居る二人を見て、ラッシュはボヤくように言う。


「アイツら、こんな時まで何やってんだよ」

「ラッシュさん! そんなこと言ってる場合じゃないですって! ほら、来てますよ!?」


「ああ、分かってる。だがまぁ丁度いい。半分は止めてやるから、もう半分はお前がやってみろ」

「えっ、いやでも、いきなりですか!?」

「魔物と同じで慣れりゃなんとなかる。アメリアは危なくなるまで手をだすなよ」


 アメリアは素直に頷き、二人の後ろに下がった。それに驚きつつも、反射的にネコタは剣を構える。


 山賊達はネコタ達の存在に気づくが、足を止めなかった。暴れまわるエドガー達に比べれば、おぼつかない仕草のネコタの方が組みやすそうだと判断したらしい。実際、それは正しい。だが、ラッシュが居たということが彼らの不幸だった。


 ラッシュは弓を構えると、瞬時に狙いをつけ端から山賊の足を射抜く。痛みにのたうち回る山賊を増やし、ネコタ達の元へ山賊がたどり着く前に、宣言通り丁度半分を片付けた。


 半数もの仲間がやられ、山賊達の顔が引き攣る。一瞬、足が遅くなったが、また全力で走り始めた。今ここで止まるよりも、なんとか切り抜けた方が生存率が高いと判断したようだ。


「ああああああああああっ!」

「──くっ!」


 必死の雄叫びを上げながら斬りかかってくる山賊を、ネコタはなんとか受け止めた。そのまま身体能力に任せて押し返す。絶好の隙。尻餅をついた山賊にトドメを刺そうとしたところで、動きが止まる。


 悪人とはいえ、人を殺してしまう。ネコタの優しさ、その甘さが、動きに歯止めをかけた。そしてその一瞬の躊躇が命取りとなる。


「どけぇえええええええええええ!」

「なっ!? しまっ──」


 躊躇っていた山賊に体当たりを食らい、ネコタは体勢を崩す。下っ端とはいえ殺しに慣れた山賊は、迷いなく剣を振り下ろそうとしていた。


 己に死が近づき、その動きがゆっくりに見える。しかし、恐怖で身体は動かない。遅れてラッシュとアメリアがネコタを守るべく動き出す。だが、それよりも早く反応を見せた者が居た。


「――ッ! ネコタァアアアアアアアアアア!」


 仲間の危機に、ウサギは叫んだ。


「そいつはゴブリンだ! 殺せぇ!」

「──ッ!? アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ──ズバァ!


「ギャアアアアア!?」


 斬られたのは山賊の方だった。鈍い動きが嘘だったかのように、構えた次の瞬間、ネコタは剣を振り切っていた。返り血を浴び顔が真っ赤に染まったというのに、ネコタは怯むどころか飢えた獣のような顔をしていた。


「フーッ! フーッ! フーッ!」

「なっ、なんだこいつ……様子が急に……!」

「ビ、ビビるな! どうせまぐれだ! 一斉に掛かれば……」


「ネコタ! 向かってくる奴らは訓練されたゴブリンだ! 全力で殺せ!」

「ガアアアアアアアア!」


 ──ズバァ!


「ひっ、ひいぃいいい!? なんだこいつ!?」

「や、やばい! どうかしてる! やっぱり逃げ……」


「逃げる奴はやっぱりゴブリンだ! 殺せぇ! ここにいる奴らは皆ゴブリンだ! 残さず殺せぇ!」

「グガアアアアアアアアアアアア!」


 エドガーに応えるように、ネコタは山賊達に襲いかかった。


 逃げる奴は背中から斬る。立ち向かうものは武器ごと叩き斬る。命乞いしている者はやはり斬る。目につく者全てを、獣の咆哮を上げて斬りかかる。それはまるで、勇者と言うよりも血に飢えた狂戦士のようだった。


 血狂い勇者(バーサーカーネコタ)の誕生である。



「ほう、まさかここまでとは。これは予想以上だな」

「いや、あれはまずいだろ。さすがのあたしもドン引きだわ……」


 ネコタを見てすっかり冷静になったジーナが言った。


 ジーナを正気に返らせたという点も踏まえれば、やはりネコタの狂戦士化は間違いなかったと思える。勇者の力を思う存分引き出せる、本物の戦士の完成だ。あのネコタを倒せる者など、世界中を探してもそうはいまい。


「勝ったな。これで世界を救えるぜ」

「バカなことを言ってんじゃねぇ」

「ふぎゃっ!」


 ズビシッ、と。いつの間にか背後の近寄っていたラッシュから頭に手刀を落とされる。頭を抑えつつ、エドガーは不服そうにラッシュを見上げた。


「痛ぇな、何すんだよ」

「何すんだじゃねぇだろうが。いくらなんでも追い込みすぎだ。あの調子じゃ本当に心を病みかねんぞ。早く止めてやれ、お前の責任だろうが」


「まぁ待て。今いい調子なんだ。どうせなら山賊どもを粗方片付けてから止めよう」

「鬼かお前はっ……」


 外道すぎる発言にラッシュは引いた。このウサギは仲間をなんだと思っているのだろうか。


 そうしている間に、ネコタは集まっていた山賊の大部分を斬り伏せていた。ネコタの周りには血に染まった山賊が倒れている。生き残った者は、いち早くネコタから離れ遠巻きに囲んでいる者達だ。


 距離があるために、どこから襲うのかを迷ったらしい。己を見ている者達の中から、ネコタは次の獲物を物色し始める。その間を使ってエドガーはネコタに近づき、ポンと膝下を叩いた。


「ネコタ、もういいぞ。良くやった」

「ウウッ……! コロス、マダコロス……! ゴブリンハ……スベテ……!」


「いいんだよ、よく頑張った。もうゴブリンは居ないんだ。だからいいんだ」

「ウッ、グルルゥ……ゴブリン……ゴブリンは……いない?」


「ああ、居ないよ。良くやった。もう戦わないでいいんだ」

「……そ、そうか。ゴブリンは、居ない……居ないん、ですね?」


「ああ、そうだ。ゴブリンなんて最初から居ない。ここにいるのは人間さ。お前が斬ったのは人間だよ」

「はっ、はは。そうですか、居なかったんですか。僕が斬ったのは人間。ゴブリンなんか居ない。良かった、僕は…………人間? 僕は、人を? ────アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「あり? なんだ、失敗しちまったな」

「何やってんだよお前は!」


 ポリポリと頭をかくエドガーにラッシュは怒鳴りつけた。


「フォローするどころかトドメを刺してどうすんだ! 見ろこの姿を! 本気でネコタを壊すつもりか!?」

「ま、待て、そんなつもりは無かったんだ。ただちょっと口が滑っただけで」

「そのつもりがなくてこの結果かよ」


 むしろその方が怖い。このウサギは自然体で人を壊しにくる。絶対に指導者には向かないタイプだ。

 すまん、本当にすまんネコタ。アメリアとジーナに慰められながら慟哭するネコタに、ラッシュは心の中で謝罪した。


「お、おい……」

「ああ、こいつら、かなりヤバイ……」


 色んな意味で、と口には出さなかったものの、山賊達の共通認識だった。こいつらとこれ以上関わってはいけない。なんとかして逃げなければ。


 人目を憚らず泣き続ける少年に気をとられているのを見て、山賊達はソロソロと後ずさる。だが、その背後から声をかけられ、彼らは動きを止めた。


「おい、何やってんだテメェら」


 ドスの聞いた、聞き覚えのある声。彼らの恐怖と信頼の象徴とも言うべき者の声に、山賊達が振り返る。


「お、お頭……!」

「敵が来たってのに、何やってんだテメェら? まさか逃げる気じゃねぇだろうな? ああん?」


 侵入者から逃げようとしていた山賊達だったが、真に恐れるべきものの存在を思い出す。そうとも、この人の力に畏れ、惹かれ、俺達はついて来たのだ。


 恐ろしくも、頼もしい。彼らにとっての救世主。



 ──山賊達のボスが、ついにこの場に姿を表した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ