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人間やめても君が好き  作者: 迷子
二章 先行き不安の旅路

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アンタ本当に黙れよ!



 十分な物資を揃えた五人の旅路は順調なものだった。


 もともと世界最高峰の実力を持った五人である。近辺の魔物に敵と呼べる存在はなく、食料の不安がなければ失敗する要素がない。


 だが、ここまで順調に進んだのはネコタの成長が大きかった。


「──はっ!」


 実力を弁えず襲いかかってきた狼型の魔物を、ネコタは素早く反応し切り捨てる。その迷いのない剣筋は熟練の剣士そのものだった。ついこの間まで戦いも知らなかった子供とは思えない。


「ほう、やるじゃねぇか。たいしたもんだ」

「ほ、本当ですか!?」


 感心した声を上げるエドガーに、ネコタは照れ臭そうにしながら剣を収めた。


「実戦経験が少ないのにそれだけやれりゃ十分だぜ。自信を持ってもいいんじゃねぇかな」

「あ、ありがとうございます。でも、自分でも不思議なんですよね。もっと躊躇うかと思っていたんですけど、あっさりと殺せるんですよ」


「そりゃもちろん、ゴブリン狩りのおかげだろう。あれと比べれば楽だってことだ」

「ゴブリン?」


 ネコタは首を傾げる。


「あの、ゴブリンってなんですか? そんなの戦ったことも……」

「おいおい、冗談のつもりか? ついこの前にやったばかりじゃねぇか」

「え? そんなの覚えが……」


 言いながらネコタは眉間を手で押さえる。次第に目が虚ろになっていった。


「あれ……知らないはずなのに……なんで……ゴブリン……親子……虐殺……うっ、頭がっ……!」

「ネコタ、お前……」


「おい、変にほじくり返すな。そっとしておいてやれ」

「いや、でもよ」


 戸惑うエドガーに、ラッシュは言った。


「馬鹿野郎、ネコタの心を壊す気か? 忘れても無意識に敵を殺せるんなら好都合じゃねぇか。そのままにしとけ」

「あ、ああ、わかった。……なんと哀れな」


 どうやらネコタは自分を守るため、記憶に蓋をしたらしい。あの温和な少年をここまで過酷な目に合わせるとは、勇者とはなんと罪深い立場か。


 エドガーは同情の目を向ける。だが、そもそもの原因はこのウサギだ。おまえにネコタを憐れむ資格はない。自作自演も良いところである。


 ネコタの傷が判明したというトラブルはあったものの、五人は順調に旅を続けた。そして、予想よりも早くトランク伯爵領に入る。

 日が沈みかけた頃、伯爵領の入口ともいえる村に五人は辿りついた。


「ちょうどいい。今日はこの村で休もう」

「どっか泊めてくれる家があるといいんだがな。宿屋なんて気の利いたもんはねぇだろうし」


「なに、交渉して駄目でも教会があればそこに泊めてもらえるさ」

「まぁ、村の外で野宿するよりはマシか」


 不満げな様子を見せながら、村に入る。

 歩いていると、農作業をしている村人たちとすれ違う。何人かがこちらを見て訝しげにするが、すぐにまた作業に戻る。よそ者に注目はするものの、旅人事態は珍しいものではないのだろう。


 五人は泊める余裕がありそうな家を探すが、なかなか適当な家が見つからない。

 面倒そうにラッシュは言った。


「なかなかちょうどいいのがねぇな。教会もなさそうだ。こりゃ本当に野宿かもしれないぞ」

「せっかく村に入ったのに野宿とか冗談だろ。くそっ、酒が飲めると思ったのによ」

「せめて屋根のあるところで寝たいよね。身体も拭きたいし」


 女性陣もがっかりしたようだ。野宿は耐えられるが、屋根のある場所で休めると思っていた分、落胆も大きいらしい。


 そんな彼女たちを思ってか、ネコタは悩んだ顔を見せ、


「村長の家だったら、僕らを泊めるくらい大きい家に住んでるんじゃないですか?」

「だなぁ、ちょっとそこらの人に聞いてみるか?」


 ネコタの意見にエドガーが賛成する。そうするかとラッシュも頷きかけたところに、鍬を担いだ老人が話しかけてきた。


「お前さんら、この村に何をしに――」


 怪しむような目で五人を見る。そしてその目がエドガーに向けられた瞬間、くわっと開いた。


「獣人……ッ!」


 ――グワッ! と、老人が鍬を振りかぶった。

 ――ドスッ! と、エドガーの拳が老人の腹に突き刺さる。

 ――ドサッ! と、老人は膝を着いた。

 

 数秒にも満たない間に起きた決着だった。


「ぐっ、おぉおおおお……!」

「ふっ、老いぼれ風情がこの程度で俺に歯向かうとはな」

「いやアンタ何やってんですか!?」


 勝ち誇って老人を見下ろすエドガーに、ネコタがまくしたてる。


「なん考えてんですか! いきなりこんなおじいさんにボディブローとか本当に有りえないですから!」

「なに言ってんだ。襲われたのは俺の方だぞ。正当防衛だろう」

「それでもここまでやる必要はないでしょう! エドガーさんならよけられるくせに! 相手は老人ですよ!?」


「ふっ、ネコタよ。敵は完膚なきまでに叩き潰す。そこに年齢も性別も関係ないのだよ」

「いや、さすがに爺さん相手にやりすぎだと思うぜ」


 身をもって体験したラッシュは老人に同情的だった。

 二人から責められ、拗ねたようにエドガーは言う。


「ちぇ、なんだいなんだい。被害者は俺の方だっていうのによ……」

「拗ねた振りしてもだめですよ。ていうか、演技するならもっとうまくやれよ」

「お前俺に対して厳しいよなぁ。これでもちゃんと手加減したってのに」


「どこがだよ! 見ろよこれ! 今にも死にそうな顔じゃないか!」

「ああ、あれは死んだほうがマシかと言う苦しみなんだよなぁ……」


 経験者は語る。ラッシュの言葉は実感がこもっていた。

 それに対し、ジーナはウサギを庇った。


「やられたらやり返すことのどこが悪いんだよ。それに、そのウサギが手加減したっていうのは本当だと思うぜ。拳の入れ具合が甘かったからな」

「え? マジかよ。どこが悪かった?」


「ん? ああ、腹を打ち抜くんだったら、まっすぐ入れるんじゃなくて、もっとこう腕を回す感じで……」

「ほう、なるほど。こうか?」


「いや、もうちょいこうやって、抉りこむようにな」

「なにやってんだよアンタら……ッ!」


 罪悪感の欠片もない二人に、ネコタがプルプルと怒りで震える。特にウサギ、素で驚いて素直に教わっているあたり、やっぱり手加減なんかしてないだろお前。

 

「ネコタ、今はそいつらよりこっちだ」

「はっ!? そ、そうですね。おじいさん、大丈夫ですか!」

「ぐっ……! さっ、触るな……よそもん……ぐっ、ぎっ……!」


「……まずいな。アバラが折れてるかもしれん」

「アメリアさん! 早く! 早く治してあげて!」


「……でもその人、エドガーを襲ったし」

「そのエドガーさんのせいで大怪我してるんですよ! 早く!」


 ネコタの説得により、しぶしぶとアメリアは老人に回復魔法をかけた。光が老人を包み、次第に顔色が良くなっていく。

 ほっと息を吐くと、老人はゆっくりと立ち上がった。


「ぐむっ……はぁ。し、死ぬかと思ったわい……」

「チッ、そのまま死ねばいいのに」

「アンタ本当に黙れよ!」


 これ以上ややこしくするなとネコタはエドガーを睨みつける。しかし、それは遅かったらしい。老人は忌々しそうにエドガーを睨んでいた。


「よくもやりおったなこのウサギが! この村から出て行け!」

「まぁまぁ、落ち着いて。確かに殴ったこいつも悪かったけど、いきなり襲いかかってきたのはそっちだろう」


 止めに入るラッシュを、老人は胡散臭そうに睨み上げる。


「なんだ? お前もこいつの仲間か?」

「一応な。俺たちは旅のもんで、休む場所を探してこの村に立ち寄ったんだ。アンタどこか知らないか?」

「休む場所だと? こんな村に宿屋なんかある訳ないだろ。そもそも、誰がそんな獣人なんかを泊めるか! とっとと村から出て行け!」


「おいおい、酷いな。そう邪険にしないでくれよ。こいつは確かに獣人だが、まだ何もしてないじゃないか。意外と良い奴なんだぜ」

「獣人なんか信用できるか! どうせこいつもアイツらと一緒だろうが!」


「アイツら……? 爺さんがこいつを誰と一緒にしてるのか知らんが、こいつはこう見えてSランクの冒険者だ。何度も街を救ったりしてるスゲェ奴なんだぜ。爺さんが思っているような奴じゃねぇよ」

「なに……?」


 老人は目を丸くすると、まじまじとエドガーを見つめる。


「こんな奴が、Sランク冒険者? 信じられんな……」

「別に信じられなくてもいいよ。おい、もう行こうぜ。早く探さないと日が暮れちまう。どこにも泊めてくれないなら、野営の支度もしなくちゃいけないんだからよ」

「――まぁ、少し待て」


 立ち去ろうとするエドガーを、老人が呼び止めた。


「泊まるところを探してるんだろう? それなら家に来るといい」

「あん? どういう風のふきまわしだジジイ」


「なに、気が変わっただけだ。いいからついてこい」

「……ふん、まぁいいか。でも爺さん、本当に五人も泊められるんだろうな?」

「バカにするな。これでもこの村の村長だ。客人を泊める部屋くらいある」


 ほぅ、とエドガーは意外そうな声を上げ、ネコタに言った。


「へへっ、運が良かったな。どうやらベッドで眠れそうだぞ」

「少しは村長を殴ったことに焦れよ……!」


 下手すれば村人全員から囲まれていたことに、ネコタは恐怖した。





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