アンタ本当に黙れよ!
十分な物資を揃えた五人の旅路は順調なものだった。
もともと世界最高峰の実力を持った五人である。近辺の魔物に敵と呼べる存在はなく、食料の不安がなければ失敗する要素がない。
だが、ここまで順調に進んだのはネコタの成長が大きかった。
「──はっ!」
実力を弁えず襲いかかってきた狼型の魔物を、ネコタは素早く反応し切り捨てる。その迷いのない剣筋は熟練の剣士そのものだった。ついこの間まで戦いも知らなかった子供とは思えない。
「ほう、やるじゃねぇか。たいしたもんだ」
「ほ、本当ですか!?」
感心した声を上げるエドガーに、ネコタは照れ臭そうにしながら剣を収めた。
「実戦経験が少ないのにそれだけやれりゃ十分だぜ。自信を持ってもいいんじゃねぇかな」
「あ、ありがとうございます。でも、自分でも不思議なんですよね。もっと躊躇うかと思っていたんですけど、あっさりと殺せるんですよ」
「そりゃもちろん、ゴブリン狩りのおかげだろう。あれと比べれば楽だってことだ」
「ゴブリン?」
ネコタは首を傾げる。
「あの、ゴブリンってなんですか? そんなの戦ったことも……」
「おいおい、冗談のつもりか? ついこの前にやったばかりじゃねぇか」
「え? そんなの覚えが……」
言いながらネコタは眉間を手で押さえる。次第に目が虚ろになっていった。
「あれ……知らないはずなのに……なんで……ゴブリン……親子……虐殺……うっ、頭がっ……!」
「ネコタ、お前……」
「おい、変にほじくり返すな。そっとしておいてやれ」
「いや、でもよ」
戸惑うエドガーに、ラッシュは言った。
「馬鹿野郎、ネコタの心を壊す気か? 忘れても無意識に敵を殺せるんなら好都合じゃねぇか。そのままにしとけ」
「あ、ああ、わかった。……なんと哀れな」
どうやらネコタは自分を守るため、記憶に蓋をしたらしい。あの温和な少年をここまで過酷な目に合わせるとは、勇者とはなんと罪深い立場か。
エドガーは同情の目を向ける。だが、そもそもの原因はこのウサギだ。おまえにネコタを憐れむ資格はない。自作自演も良いところである。
ネコタの傷が判明したというトラブルはあったものの、五人は順調に旅を続けた。そして、予想よりも早くトランク伯爵領に入る。
日が沈みかけた頃、伯爵領の入口ともいえる村に五人は辿りついた。
「ちょうどいい。今日はこの村で休もう」
「どっか泊めてくれる家があるといいんだがな。宿屋なんて気の利いたもんはねぇだろうし」
「なに、交渉して駄目でも教会があればそこに泊めてもらえるさ」
「まぁ、村の外で野宿するよりはマシか」
不満げな様子を見せながら、村に入る。
歩いていると、農作業をしている村人たちとすれ違う。何人かがこちらを見て訝しげにするが、すぐにまた作業に戻る。よそ者に注目はするものの、旅人事態は珍しいものではないのだろう。
五人は泊める余裕がありそうな家を探すが、なかなか適当な家が見つからない。
面倒そうにラッシュは言った。
「なかなかちょうどいいのがねぇな。教会もなさそうだ。こりゃ本当に野宿かもしれないぞ」
「せっかく村に入ったのに野宿とか冗談だろ。くそっ、酒が飲めると思ったのによ」
「せめて屋根のあるところで寝たいよね。身体も拭きたいし」
女性陣もがっかりしたようだ。野宿は耐えられるが、屋根のある場所で休めると思っていた分、落胆も大きいらしい。
そんな彼女たちを思ってか、ネコタは悩んだ顔を見せ、
「村長の家だったら、僕らを泊めるくらい大きい家に住んでるんじゃないですか?」
「だなぁ、ちょっとそこらの人に聞いてみるか?」
ネコタの意見にエドガーが賛成する。そうするかとラッシュも頷きかけたところに、鍬を担いだ老人が話しかけてきた。
「お前さんら、この村に何をしに――」
怪しむような目で五人を見る。そしてその目がエドガーに向けられた瞬間、くわっと開いた。
「獣人……ッ!」
――グワッ! と、老人が鍬を振りかぶった。
――ドスッ! と、エドガーの拳が老人の腹に突き刺さる。
――ドサッ! と、老人は膝を着いた。
数秒にも満たない間に起きた決着だった。
「ぐっ、おぉおおおお……!」
「ふっ、老いぼれ風情がこの程度で俺に歯向かうとはな」
「いやアンタ何やってんですか!?」
勝ち誇って老人を見下ろすエドガーに、ネコタがまくしたてる。
「なん考えてんですか! いきなりこんなおじいさんにボディブローとか本当に有りえないですから!」
「なに言ってんだ。襲われたのは俺の方だぞ。正当防衛だろう」
「それでもここまでやる必要はないでしょう! エドガーさんならよけられるくせに! 相手は老人ですよ!?」
「ふっ、ネコタよ。敵は完膚なきまでに叩き潰す。そこに年齢も性別も関係ないのだよ」
「いや、さすがに爺さん相手にやりすぎだと思うぜ」
身をもって体験したラッシュは老人に同情的だった。
二人から責められ、拗ねたようにエドガーは言う。
「ちぇ、なんだいなんだい。被害者は俺の方だっていうのによ……」
「拗ねた振りしてもだめですよ。ていうか、演技するならもっとうまくやれよ」
「お前俺に対して厳しいよなぁ。これでもちゃんと手加減したってのに」
「どこがだよ! 見ろよこれ! 今にも死にそうな顔じゃないか!」
「ああ、あれは死んだほうがマシかと言う苦しみなんだよなぁ……」
経験者は語る。ラッシュの言葉は実感がこもっていた。
それに対し、ジーナはウサギを庇った。
「やられたらやり返すことのどこが悪いんだよ。それに、そのウサギが手加減したっていうのは本当だと思うぜ。拳の入れ具合が甘かったからな」
「え? マジかよ。どこが悪かった?」
「ん? ああ、腹を打ち抜くんだったら、まっすぐ入れるんじゃなくて、もっとこう腕を回す感じで……」
「ほう、なるほど。こうか?」
「いや、もうちょいこうやって、抉りこむようにな」
「なにやってんだよアンタら……ッ!」
罪悪感の欠片もない二人に、ネコタがプルプルと怒りで震える。特にウサギ、素で驚いて素直に教わっているあたり、やっぱり手加減なんかしてないだろお前。
「ネコタ、今はそいつらよりこっちだ」
「はっ!? そ、そうですね。おじいさん、大丈夫ですか!」
「ぐっ……! さっ、触るな……よそもん……ぐっ、ぎっ……!」
「……まずいな。アバラが折れてるかもしれん」
「アメリアさん! 早く! 早く治してあげて!」
「……でもその人、エドガーを襲ったし」
「そのエドガーさんのせいで大怪我してるんですよ! 早く!」
ネコタの説得により、しぶしぶとアメリアは老人に回復魔法をかけた。光が老人を包み、次第に顔色が良くなっていく。
ほっと息を吐くと、老人はゆっくりと立ち上がった。
「ぐむっ……はぁ。し、死ぬかと思ったわい……」
「チッ、そのまま死ねばいいのに」
「アンタ本当に黙れよ!」
これ以上ややこしくするなとネコタはエドガーを睨みつける。しかし、それは遅かったらしい。老人は忌々しそうにエドガーを睨んでいた。
「よくもやりおったなこのウサギが! この村から出て行け!」
「まぁまぁ、落ち着いて。確かに殴ったこいつも悪かったけど、いきなり襲いかかってきたのはそっちだろう」
止めに入るラッシュを、老人は胡散臭そうに睨み上げる。
「なんだ? お前もこいつの仲間か?」
「一応な。俺たちは旅のもんで、休む場所を探してこの村に立ち寄ったんだ。アンタどこか知らないか?」
「休む場所だと? こんな村に宿屋なんかある訳ないだろ。そもそも、誰がそんな獣人なんかを泊めるか! とっとと村から出て行け!」
「おいおい、酷いな。そう邪険にしないでくれよ。こいつは確かに獣人だが、まだ何もしてないじゃないか。意外と良い奴なんだぜ」
「獣人なんか信用できるか! どうせこいつもアイツらと一緒だろうが!」
「アイツら……? 爺さんがこいつを誰と一緒にしてるのか知らんが、こいつはこう見えてSランクの冒険者だ。何度も街を救ったりしてるスゲェ奴なんだぜ。爺さんが思っているような奴じゃねぇよ」
「なに……?」
老人は目を丸くすると、まじまじとエドガーを見つめる。
「こんな奴が、Sランク冒険者? 信じられんな……」
「別に信じられなくてもいいよ。おい、もう行こうぜ。早く探さないと日が暮れちまう。どこにも泊めてくれないなら、野営の支度もしなくちゃいけないんだからよ」
「――まぁ、少し待て」
立ち去ろうとするエドガーを、老人が呼び止めた。
「泊まるところを探してるんだろう? それなら家に来るといい」
「あん? どういう風のふきまわしだジジイ」
「なに、気が変わっただけだ。いいからついてこい」
「……ふん、まぁいいか。でも爺さん、本当に五人も泊められるんだろうな?」
「バカにするな。これでもこの村の村長だ。客人を泊める部屋くらいある」
ほぅ、とエドガーは意外そうな声を上げ、ネコタに言った。
「へへっ、運が良かったな。どうやらベッドで眠れそうだぞ」
「少しは村長を殴ったことに焦れよ……!」
下手すれば村人全員から囲まれていたことに、ネコタは恐怖した。




