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人間やめても君が好き  作者: 迷子
二章 先行き不安の旅路

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俺達は命を預けて戦う仲間なんだぜ?



「よし、今日はここまでにしておくか。さぁ、夜営の準備に入るぞ」

「あれ? もうですか? まだ明るいですけど」

「明るいうちに準備を終わらしておくんだよ。暗くなってからじゃ明かりがなくて不便だろう? それにまだ初日だ。無理をして距離を稼ぐ場面じゃないしな」


「そんなことも知らないのかよ。これだから世間知らずのお坊ちゃんは困るぜ」

「このっ、いい加減に!」

「喧嘩はよしなさいって。エドガー、あんまりからかうなよ。ネコタもいちいち反応するな。それだから弄られるんだ」


「そっ、そうですね。すいませんでした」

「何か言われたから怒るっていうのはな、それが図星だからだ。いちいち動揺してんじゃねぇよ。底が知れるぞ」

「それをアンタがああああああああああ!」


 上から目線で指摘され、とうとうブチ切れたネコタがエドガーに殴りかかった。エドガーはひょいひょいとネコタの拳を避ける。


 それにますますネコタがムキになり、攻撃が激しくなる。しかし、やはり当たらない。自分よりも小さなウサギに避け続けられるたび、ネコタのプライドは傷つけられていった。


「へいへいどうした軟弱ボーイ! そんなんじゃいつまで経っても俺には当たらないぜ!」

「うわあああああああああ!」

「おいおい、二人ともいい加減に……」


「ただのじゃれ合いだ。放っておけよ。それよりも早く飯の準備をしろ。あたしは腹が減ってるんだよ」

「ならお前も手伝えってんだよ。ったく、どいつもこいつもーー」


 ブツブツと言いながらも、用意をし始めるラッシュ。

 枯れ木を集め、アメリアに魔法で火をつけてもらう。焚き火を作り、食事の準備に取り掛かったところで、事件は起きた。


「————は?」


 荷物袋の中身を覗きこみ、ラッシュがポカンとしながら声を上げる。

 普段よりも高いラッシュの声に、エドガーがふざけるのをやめ、真面目な声で問いかける。


「おい、どうしたよオヤジ。なんかあったのか?」

「いや、なにかあったというか、むしろ……」


 ラッシュは半信半疑のまま、荷物袋をひっくり返し中身を全て取り出した。それに、全員の視線が集まる。

 最初に声を上げたのは、エドガーだった。


「おい、なんだこれは?」

「国で用意された食料と活動資金、のはずなんだが……」


 ラッシュの言葉を聞いた瞬間、四人は真顔になった。だが、無理もない。

 袋の中身は、明らかに異常だった。

 ネコタが恐る恐る問いかける。


「あの、すいません。なんだか食料が少ないように思えるんですけど、これって普通なんですか?」

「いや、明らかに少ないな……」


 パンと果物が五つに、わずかな干し肉、少量の塩。旅の食料としてはまぁ妥当だが、量がとにかく少ない。これでは次の街に着く前に切れるだろうとラッシュは確信していた。


 だが、それ以前にだ。


「おい、なんだこれは? 気のせいか? あたしにはただの石にしか見せないんだがな」

「いや、俺もそのようにしか見えないな。ははっ、なるほど。そりゃ重いわけだ」


 ジーナの言葉に、ラッシュは乾いた笑い声を上げて同意する。

 火打石ですらない。何の役にも立たない、ただの石だ。しいて言うなら、ラッシュが言う通り重石ぐらいの役割はあるだろうか。


 食料の少なさ。そして、なんの意味もないただの石。

 ここまでくれば、その意図するところは明白だ。

 確かめるように、アメリアは言った。


「……ねぇ、軍資金は?」


 ラッシュはごくりと唾を飲み、小さな袋に手を伸ばす。その手はフルフルと震えていた。そんなラッシュを、四人はじっと見つめている。


 袋を掴み、逆さまにして中身を取り出す。ラッシュの手に数枚の銅貨が落ちた。が、それ以上は出てこなかった。


 ヒュウッ……と、寒い風が五人を通り抜けた。


「あの、すいません。僕、まだこっちの貨幣価値が分かってないんですけど……これって、その……どれくらいの物なんでしょう?」

「とんでもねぇ大金だぜ。五人でそこいらの食堂でなら、一食分で満腹になれる程度のな」

「はっ、はは。それは大金ですね……はははは、はは……」


 ネコタの笑い声が次第に静かになっていき、とうとう静寂が訪れる。

 沈黙を破り、ジーナは言った。


「なぁおい、オヤジよ。これはなんだ?」

「明らかに宰相の嫌がらせだろうな。ちっ、まさかこんな真似をするとは……!」

「んなことは聞かなくても分かってるんだよ! どう責任を取るつもりかって聞いてんだよボケェ!」


 ジーナはラッシュの胸倉を掴み上げた。

 ラッシュは宙にぶら下がり、苦しそうな声を上げる。


「ぐっ、せ、責任って言われも……俺のせいじゃないだろ!? 明らかに宰相の仕業で……」

「受け取ったのはテメェだし荷物のチェックもテメェの仕事だろうが! 確認もせずにまんまと騙されやがって! こんなんでこの先どうするつもりだ! ああ!?」


「……この食料じゃ、次の街に着く前に無くなるね」

「で、でもほら、街でなくても、途中の村で買えばいいんじゃないですか?」


「お前な、ここを日本と同じだと思うなよ。基本的に、どの村もそこまで食料は余ってねぇんだよ。税で納めたら残りは自分達の食料が第一で、売る程の余裕がある村なんかそうそうねぇんだ。次の村に食料があるっていう保証はねぇだろ」


「そ、そうなんですか。日本って恵まれてたんだなぁ……あれ? エドガーさん、何で日本の事を知って……」

「今それは重要なことか!? ああ!?」

「す、すいません……」


「そもそも、食料が余っていたとしても買う資金がねぇだろ。なんだよ銅貨数枚って。子供のお使いか?」

「ぐっ……! だ、大丈夫だ。軍資金は重荷にならないよう、各地の冒険者ギルドを経由して残りを渡されるようになっている。次の街に行けば、軍資金を受け取れるはずだ」


「馬鹿かテメェ! この食料じゃ次の街に辿りつくことすら出来ねぇだろうが! 酒もなしにやってられるか!」


 ジーナはラッシュを投げ捨てると、チッと舌打ちを鳴らす。


「監督役とか言っておきながらこの様かよ。まんまとあのブタに嵌められやがって。この無能が!」

「ジ、ジーナさん。それは言いすぎじゃ……」


「でも、そう言われても仕方ない。荷物の確認なんて基本だよ。それを怠るのは、監督役として失格だと思う」

「アメリアさんまで。確かにそうかもしれませんけど……」


 ジーナとアメリアは冷たい目でラッシュを見ていた。ネコタは同情的ではあるが、事実なだけに強く庇うこともできない。困ったように、ラッシュを見つめる。その分だけ、罪悪感がラッシュに圧し掛かった。


「す、すまない。明らかに俺のミスだ。本当に申し訳ない」

「謝って済む問題じゃねぇんだよ。本当に悪いと思ってるならなんとかしてみせろよ」

「……スマン」


「ちっ、結局謝るだけかよ。役立たずが」

「やめておけ。それ以上はお前が見苦しいだけだ」

「ああ?」


 静かだが重い声が響いた。

 ジーナはその声の持ち主、エドガーを睨み付ける。

 エドガーはいつの間にか輪を外れ、四人に背を向けていた。そして、独り言のように喋り始めた。


「確かに今回の件はラッシュの確認ミスだ。それは否定しねぇ。だがな、仮にも俺達は世界を救う勇者一行だぞ。その邪魔をする奴が居るなんて誰が思う? ラッシュが信用して、確認を怠ったのも仕方ねぇと思うぜ」


 エドガーは背を向けたまま、肩越しに四人を見まわした。


「俺を含め、あのブタ宰相を疑った奴は居るか? 居ないだろう? あのブタなら何かやらかすと、疑りかかってやらなきゃならないのにだ。

 だが、俺達はどうせラッシュがやると決め込んで、誰一人確認すらしなかった。それなのに、ラッシュだけに責任を求めるのは間違ってるんじゃないか? ラッシュだけじゃなく、俺らにも責任があるはずだぜ?」


 そう言うと、アメリアとネコタは気まずげに目を逸らし、ジーナも苛立ち交じりに舌を鳴らした。

 思わぬ人物からの弁護に、ラッシュは不覚にもこみあげてくる物があった。


「エ、エドガー。お前……」

「なに、一番悪いのはあの宰相なんだ。お前が気にすることはねぇ。それに、俺達は命を預けて戦う仲間なんだぜ? これくらいで仲間割れしてどうすんだよ」


「そうですよね。僕たちは仲間なんですから。助け合わないと」

「うん、そうだね。酷いこと言ってごめんね」

「……チッ! あ~……なんだ。あたしも悪かった。言い過ぎた。許せよ」


「お前ら……ふぐっ! すまねぇ……本当にすまねぇ……!」

「おいおい、良い大人が情けねぇ姿見せてんじゃねぇよ。そんなことより、飯でも食ってこれからのことを考えようや」

「……ああっ。と言っても、パンが少しと干し肉と塩のスープくらいしか出来ないけどな」

「ははっ! 言いやがるぜ、こいつめ!」


「でも、僕、実は少しだけ楽しみなんですよね。こういう食事って食べたことないんで」


「すぐに飽き飽きしてくるぜ。もう食べたくないってな。しかもこれだけ食料が少ないと、それすらも食えなくなるからな。どうするよ? 明日からでもトピアに戻ってあのブタを殴り殺すか? んで食料と金を奪う。どうだ?」


「もういいよ、面倒だし。食料が尽きる前に街を目指そうよ」

「アメリアの言う通りだ。出発してすぐ戻るのも恥ずかしいしな。アイツは魔王を討伐した後で片づける」

「それもそうか。そんじゃ、明日に備えて飯にしようぜ」


 少ない食料でも動じず、明日に備えて話し合う彼らは、明るく気力に満ちていた。

 旅の初日から訪れた逆境は、宰相の思惑に反して、彼らの絆を深めることになった。



 ――――この時までは。





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