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人間やめても君が好き  作者: 迷子
一章 村人の旅立ち
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そんなに僕のことが嫌いですか?



「こりゃあ……まぁた物々しい奴が出てきたな」


 やって来た全身鎧の騎士を見るなり、ウサギは呟いた。

 兜の中から、クレメンスのくぐもった声が聞こえる。



「Sランク冒険者だかなんだか知らんが、調子にのるなよ、獣風情が。貴様のような奴が勇者の一員になるなど、馬鹿げた話だ。そのようなことはあってはならない」

「ふぅん、じゃあ何か? 俺よりアンタの方が相応しいと?」


「当然だ。同じく【女神アルマンディー様】から祝福を受けた人間であり、家柄も実力もある。私以上に相応しい者など他に居ない」

「じゃあ何でこんな選考会が開かれてるんだよ。お前が実力不足だからだろ?」


 ウサギの冷静な指摘に、クレメンスは声を荒げた。


「他の勇者一行の我儘に振り回されているだけだ! あの下賤な輩どもが素直に認めていれば、こんな面倒なことは起きなかった!」

「それって要は、仲間として認められなかったってことじゃねぇか。なおさら駄目だろ」

「黙れ獣が!」


 激昂するクレメンスと反対に、ウサギはクレメンスに冷めた目を向ける。その態度が、なおさらクレメンスを苛立たせた。


「この私の道を塞ぐ奴は、誰であろうと容赦はせん! ましてや獣人如きを認める訳にはいかん! それは私の誇りだけではなく、国家の権威を下げる行為だ! 貴様がどれだけ強かろうと、必ず私が勝利を掴み、勇者の名を守ってみせる!」


「酷ぇ……! 人をまるでバイ菌のように……そこまで言うことねぇじゃねぇか!」


 おーいおいおいと、ウサギは泣き真似をする。

 クレメンスはわなわなと身体を震わせた。


「貴様は……どこまでも人を舐めよって……!」

「だってなぁ、実際余裕だし。むしろ俺に勝てると思ってるのかお前? 負ける要素が一つもないんだが?」


 んんんぅんんん? と、不思議そうな声を出して、ウサギは可愛らしく首を傾げる。

 その挑発に声を荒げそうになったが、クレメンスはすんでの所で冷静さを取り戻した。


「いいだろう、そう思いたければそう思っていればいい。その余裕がいつまで続くか見ものだな」

「どうせその鎧がその自信の根拠なんだろ? 何を考えたのかは大体想像出来るが、浅はかというかなんというか。それで勝てると思われているあたり、俺も舐められたもんだぜ」


 薄笑いを浮かべながら、やれやれと首を振るウサギに、クレメンスの額に血管が浮かぶ。しかし、それ以上は何も口にしなかった。


 もはやかける言葉はない。これ以上は、剣で語るべきだ。


『それではこれより、Sランク冒険者”首刈り兎”と近衛騎士団団長、クレメンスの決闘を行う!』


 進行役の声が練兵場に響く。

 クレメンスは闘志を漲らせ剣を抜く。だがウサギは、ん? と首を傾げた。


「クレメンス? はて、どこかで聞いたことがあるような……」


(こいつ――私のことも知らなかったのか!)


 何処だったか、と悩み始めるウサギに、クレメンスは更に殺気立った。

 まぁいい、この怒りはどうせすぐにぶつけることが出来る。そう自分に言い聞かせ、合図を待つ。


 そして、直ぐにその時は訪れた。


 ゴォンと、始まりの鐘の音が響く。


 クレメンスは先手を取るべく、音が鳴った瞬間に走り出そうとして――右手を弾き飛ばされた。


「ぬっ、おお!?」


 ギァン! と耳障りな金属音と共に、ビリビリと右腕に衝撃が走る。弾かれた腕から目線を前に戻す。だが、既にウサギの姿はそこになかった。


「ん〜? なんだ、変な感触だな。鎧ごと叩き斬るつもりだったんだが……」


 背後から声が聞こえ、クレメンスは振り返った。

 開始地点から真逆の位置に、ウサギは居た。疑問を浮かべ、まじまじと自分の剣を見つめている。


 随分と呑気な姿だが、クレメンスは背筋にぞっとした寒気を感じた。


 何も見えなかった。鐘が鳴ったその刹那、こいつはすれ違い様に右腕を切り掛かり、そのまま駆け抜けたのだ。


 分かっていたことだが、こうして直面してみるとその実力がハッキリと分かる。認めたくはないが、こいつは間違いなく化け物と称されるSランク冒険者なのだ。


 だが――


 たとえその動きを見切れず、一方的に攻撃を受けたとしても、クレメンスは無傷で済んでいる。こうしてまだ、この場に立っている。


 その事実は、クレメンスに自信を与えた。


「ふっ、ふふふっ! 思った通りだ。確かに貴様は途轍もなく速い。だがその代わり、攻撃が軽い」


クレメンスは強気な笑みを浮かべ、ウサギの戦闘を思い返した。


 見えぬほどの速度で動き、利き腕を切り裂いて次々と敵を制圧していく。

 それ自体は凄まじいと言うほかない。


 だが、このウサギとて完ぺきではない。

 その戦い方が、このウサギの弱点を露呈させてもいた。


「”首刈り兎(ヴォーパルバニー)”──なんとも恐ろしい通り名だが、ようはそれしか出来ないのだろう? 身が軽く、速い動きは出来るが、そのせいで威力のある一撃を放てない。だから速度に頼って急所──首を切り裂いて勝ちを重ね、その名がつけられた」


 そうだろう、と目で問いかけるが、ウサギはじっとクレメンスを見るだけで何も答えない。

 それを動揺と見抜き、クレメンスは勝ち誇ったように続けた。


「となれば話は簡単だ。威力が低い斬撃しか来ないと分かっているなら、それを防ぐように全身を守ればいい。こうして全身鎧を着込んで急所を隠すだけで、貴様は打つ手が無くなるという訳だ」


「ん~……まぁ、一部を除けば合ってるか。だけど、その理論はお前が今着ている鎧があってこそのもんだな。それ、ただの鎧じゃねえだろ? 確かに俺は力には自信がねぇが、並みの鎧なら叩き斬るだけの技術はあるからな。斬った時、妙な感触だったし」



「くっ、くく。ああ、その通りだ。これは古代の遺跡から発掘された魔道具でな。竜の鱗より硬いとされる希少金属【アダマン鋼】で作られており、更に重量軽減の魔法も込められている。国宝の一つだが、貴様を倒すためならと陛下は快く貸与してくださった」


「国宝まで持ち出すとか本気になりすぎだろ。どれだけ俺を入れたくないんだよ……」


 驚きよりも呆れの表情で、ウサギはクレメンスを見る。

 そんなウサギに、クレメンスは言った。


「もう分かっただろう。貴様に勝ち目はない。大人しく負けを認めろ。そしてこの国に二度と足を踏み入れるな」

「降伏勧告はともかく、入国拒否とかやりすぎだと思うの。そんなに僕のことが嫌いですか?」

「その態度が気に食わんと言うのだ! 好かれるとでも思っているのか貴様!?」


 ウルウルとした目で首を傾げるウサギに、クレメンスは怒鳴りつけた。勝ち目が見えないこの状況で、どうしてこんな態度をとり続けることが出来るのか。物分かりの悪さに苛々とする。


「状況が分かっているのか? もはや貴様が勝つ術はないのだぞ? あとは嬲り殺しにあうだけだ。それなら大人しく引き下がるのが賢明だと思わんのか?」

「いやいや、まだ負けと決めつけるには早いだろ。もしかしたらその鎧も斬れるかもしれないし」


「……本気で出来ると思っているのか? 正気か貴様?」

「どうかな。まっ、別に時間制限だってないんだし。やれるとこまで頑張ってみますよ――っと!」


 その言葉と共に、クレメンスの視界からまたウサギの姿が消えた。そう思った次の瞬間、ズガガガガンッ! と、体中に衝撃が走る。


「ぬっ――おおおおおおお!?」


 一瞬のうちに叩き込まれる連撃。致命傷にはならないものの、鈍い痛みが走る。しかも、それは一度では終わらなかった。断続的に、何度も連撃がクレメンスに襲い掛かる。終わりのない攻撃に、体があちこちに弾かれる。


(で、出鱈目すぎる! なんだこれは!?)


 まるで見えない敵と戦っているような感覚に襲われ、クレメンスは怯んだ。だが、そこから気を持ち直して守りを固める。構わず連撃は続くが、しっかりと剣を握りしめグッと身を固める。


 この攻撃で死ぬことはない。剣さえ落とさなければ、負けにはならない。それだけが、クレメンスの意思を支えていた。

 

 そして、クレメンスの意思は実った。

 

 ギィンッと、一際耳障りな音が鳴る。

 ハッとクレメンスが目を開けると、ウサギが姿を現していた。


「ありゃりゃ。やっちまったな」


 まいったなというような表情で、ウサギはナイフを見つめていた。そのナイフは、半ばから折れていた。


「――クッ! フハハハ! 折れた、折れたか!」


 思った以上の展開に、クレメンスは勝利を確信した。

 もうこれでアイツに攻撃の手段はない。どれだけ速かろうが、あとは追いつめてこちらが斬るだけだ。


「クッ、ククク。いや、予想よりもお前はよくやったぞ。一瞬とはいえ、私に敗北を予感させるだけ大したものだ。だがそれもここまでだ。大人しく降参しろ。一方的に斬られたいのならそれでもいいがな」

「え? 一方的にって……どうやって俺に攻撃を当てるの? お前じゃ無理じゃね?」


「黙れ! 剣を失った貴様に何ができる! あとは逃げることくらいしか出来ないだろうが!」

「いや、そうでもないぞ」

「なんだと?」


 軽く応えたウサギに、クレメンスは怪訝な目を向ける。

 そんなクレメンスを無視するように、ウサギはピョンピョンと後ろに下がった。そして、グッと身を縮め、


「――【スパイラルラビットォ】!!」

「おげぁ!?」


 全力で大地を蹴ったウサギは、目にも止まらぬ速さで飛び蹴りを放った。全身で捻りを加えられたそれは、クレメンスの胴体に矢のように突き刺さる。バゴンッ、と鈍い音と共に、クレメンスは吹き飛ばされた。


 地面にバウンドする度に重そうな音を立て、クレメンスの体に鎧の重量が加わった衝撃が伝わる。やっと止まったころには、クレメンスは深刻なダメージを負っていた。ヨロヨロとしながら、なんとか立ち上がる。しかし、鎧にはあちこちに傷が出来ていた。特に腹部の大きな凹みが目立つ。


 ゼェゼェと息を乱し、クレメンスはやっとの思いで口にする。


「ぐっ……おぉっ……がぁ……! き、貴様ぁ……!」

「俺は確かに獣人として力のない方だが、今みたいに全身を使って全速で突っ込めば、その鎧をぶち抜く程度の力はあるんだよ。剣をメインに使うのは、単純にそっちの方が楽だからそうしてるだけだ。ウサギなめんなよ、コラ」


 ウサギの語りに、うめき声を上げるクレメンス。勝つための手段を考え、準備をしたというのに、その前提から覆された。なら、ここからどうすれば……?


 グルグルと頭の中で考えるも、方策が見えず焦るクレメンス。

 そんなクレメンスを見透かしてか、ウサギはあざ笑うような声で言った。


「くくくっ、剣が通じないなら仕方がない。その自慢の国宝を見るも無残な姿にしてやるぜぇ……!」

「ぐっ、ぐぅううう!」


 頼みの綱が通じないと知り、クレメンスは無意識に後退った。その拍子に留め金が外れ、兜が地面に落ちる。

 露わになったクレメンスの顔を見て、ウサギは言った。


「なんだよおい。性格は悪いが、随分と色男じゃねぇか。イケメンで近衛騎士団団長か。気に食わねぇな。その顔、蹴り砕いて整形して――」


 すらすらと口にしていた言葉が止まり、目を瞠る。

 そして、ウサギは呟いた。


「お前、あの時の……」

「なっ、なんだ?」


 突然様子が変わったウサギに、クレメンスは狼狽する。

 しかしウサギは取り合わず、一人呟いていた。


「そうか。どっかで聞いた名前だと思ったら、お前だったのか。ははっ、これも因縁だな。あの時、逃げるしかなかった俺が、こうしてアメリアの仲間の座をかけて戦うなんて」

「貴様、何を言っている? 因縁だと? 何のことだ? 私は貴様なんぞに会ったことなど……」



「ああ、いやいや、こっちの話だ。だが、気が変わった。テメェがあの時のアイツだっていうなら、俺の全力でテメェをぶちのめす」


 どこかふざけた調子だったウサギの顔つきが変わった。遊びがなく、本気で仕留めると決めた顔。その変化に、クレメンスは息を飲む。


「――むんっ!」

 

 そんな気合の声と共に、ウサギから魔力が溢れ出す。その小柄な身体のどこにしまっていたのかと思うような、莫大な魔力。誰もが感じるその魔力量に、練兵場に居た人間全てが背筋を凍らせた。


 魔法の頂点に立つ【賢者】アメリアですら脅威と感じるほどの、暴力的なまでの魔力。それを両手に集め、ウサギは地面に手を着いた。


 パァッと、眩い光が生まれる。ウサギは何かを掴むような仕草をして、ゆっくりとそれを引き抜いた。光り輝いた棒状の何かが、地面からスルスルと抜けていく。スポンと音を立て全てを引き抜き、横に一振りすると、眩い光は収まりその姿を現した。


「貴様……なんだそれは……」

「ふっ、これが俺の切り札だ。光栄に思えよ。俺がコレを使う相手はそういねぇ。」

「それが切り札だと……?」


 ニヒルに笑うウサギの発言に、クレメンスは目を剥き、まじまじとウサギの得物を見つめる。


 それは、ウサギの全長と同じほどの長さを持っていた。持ち手はやや太いが、先に行くにつれ細長くなっている。全体は橙色に染まり、柄の先端からは緑色の葉が生えている。


 ……いや、婉曲的なことを言うのはよそう。ウサギの出した物は、一言で簡単に言い現わせる。


 どこからどう見ても、それは人参だった。





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