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人間やめても君が好き  作者: 迷子
一章 村人の旅立ち
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形振り構わないで来たな



「宰相よ。お前の言う通りにしたら、あんな者が現れたぞ? これではあの者が勇者の一員になってしまう。そうなれば教会からの反発も免れん。一体どうやって責任を取るつもりだ!」


国王は険しい顔で宰相に問いただした。

宰相は狼狽えながら答える。


「へ、陛下、ご安心ください。なんとかしてみせます」

「なんとかするだと? 一体どうするつもりだ? まさかクレメンスがあの者に勝てると思っているのではあるまいな?」


 国王は武に優れているという訳ではない。精々が護身の嗜み程度といったところだ。そんな彼でも、あの獣の剣士がクレメンスより遥かに優れていると判断するのは容易だった。


 それだけ、”首刈り兎(ヴォーパルバニー)”の実力は圧倒的だったのだ。


 こんな筈では……と、宰相は唇を噛む。


 万全に調べ上げ、クレメンス以上の者が居ないと判断したからこそラッシュの案を受け入れたというのに、何故よりにもよって獣人のSランク冒険者が現れるのか。不運にも程がある。


 自分の傘下の者を入れ、その功績により己の権威を増すはずだったのに、何故こうなる? 


 教会にも影響力を与えられるようになるはずだったのに、それどころか、このままでは自分が宰相の席を追われることになりかねない。



「ク、クレメンスよ……」


 このままでは拙い。そう思いながら、宰相は苦し紛れにクレメンスを呼ぶ。

 だが、この状況にそれ以上の焦りを持っているのはクレメンスの方だった。


(あの獣が、私の代わりに勇者の一員となるだと? ふざけるな! そんなもの認められるか!)


 賢者の娘を迎えに行ったあの日から、クレメンスは自分が栄光の道を歩むものだと信じて疑わなかった。

 

 幼き頃から賢者を支え、勇者の一員として共に戦い、【魔王】を討伐した後はその賢者を伴侶に迎え、英雄として称えられる。それがクレメンスが思い描き、現実として歩むだろうと確信していた未来だった。


 その未来があると思っていたからこそ、気にくわない宰相の元で忠実に働いてきたのだ。この権力欲に塗れた豚に従っていれば、効率よくその道を進むのが分かっていたから。


 ところが現実はどうだ? クレメンスが思っていた未来とは、まるで違う方向に向かっている。


 己が伴侶に迎えるはずだった小娘は、恩を感じるどころかどうでもいい存在として扱っている。自分よりも先に勇者の仲間と認められた下賤な輩は、実力不足として私を認めようとしない。


 そして今、勇者一行という栄光の席を、奪おうとしている奴が居る。


(この私の道を塞ごうとする奴は、誰であろうと絶対に許さん! 勇者の仲間として英雄となるのはこの私だ!)


 クレメンスは息を吐き自分を落ち着かせ、国王に向き直る。


「……陛下。陛下の仰る通りです。悔しいですが、あの者と私とでは、実力差がありすぎます。私ではあの者に勝てないでしょう」

「ク、クレメンス! 何を言って――」


 クレメンスは宰相を睨みつける。その眼光に、宰相は口を閉じた。

 ふんと鼻を鳴らし、国王は言った。


「それを口にしてどうするつもりだ? まさか、あの者を勇者一行として認めろとでも言う気か?」

「いいえ陛下。同じ人間ならいざ知らず、たかが獣風情が勇者の仲間として認められる訳にはいきません。それはこの国の威信に関わります」


「そんなことはお前に言われずとも分かっている! だからなんとかしろと申しているのだ! どんな手を使ってもいい! あいつを入れる訳にはいかんのだ!」

「ええ、陛下。仰る通りです。たとえどんな方法を使ってでも、あれに勝たなければなりません」


クレメンスは暗い笑みを見せ、言った。


「陛下に一つ、お願いが御座います」



 ♦   ♦



”首刈り兎”の勝ち抜きが決まり、選考会はしばしの休憩が挟まれた。

 最初はウサギの動きにウキウキとしていたジーナだが、十分も経過すると苛立ちが募る。そして、それは隣に居たラッシュに向かった。


「おい、まだ始まらねえのかよ」

「まだだよ。もう少しくらい待ってろ」


「別に休憩なんかいらねえじゃねえか。あいつ、全く疲れてねぇんだしよ」

「それはまぁ、なぁ……」


 一応窘めているものの、ジーナの言葉にラッシュも同感だった。


 練兵場のウサギを見れば、あれだけの動きをしておきながら、暇そうにボーッと空を見上げている。疲労の欠片も見当たらない。ウサギにとっては、あの程度の動きは問題ないということだろう。


「早く始めろってんだよ。どうせ結果なんか決まってるんだしよ」

「だから、それが分かってるから中々始められないんだろ。今頃必死になってどうするか考えてんだろうさ。もっとも、時間稼ぎにしかならんだろうがな」

 

 ラッシュとしては好都合であるが、宰相の立場に立ってみると、心中察する。どうにかして、あの怪物を弾かなければならないのだから。


(まぁ、どう足掻いても無理だろうがな……)


 今更この話を無かったことにすると言った日には、ジーナだけではなく自分も容赦なく実力行使に出る。慈悲はない。そう口にしたことを死ぬほど後悔させてやる。

 

 曲がったことが嫌いなネコタも、今回ばかりは流石に止めようと思わない筈だ。アメリアは元々止めるようなタチではないし、今も熱心にウサギを見つめている姿を見る限り、むしろ積極的に味方をしてくれる気もする。あのアメリアが関心を寄せているというだけでも、仲間にするには十分な理由になる。


 となると、あのウサギの仲間入りを阻むには、一騎打ちでクレメンスが勝つしかないのだが、それこそ無理な話だ。あの騎士様では、ウサギの足元にも及ばない。


 つまり、もうあのウサギが仲間になるのは決定事項なのだ。そう分かっているからこそ、ラッシュはこうして待っていられる余裕がある。むしろ、ここから足掻けるものなら見てみたい。


 ポンッ、とジーナの肩を叩いて、ラッシュは言う。


「ま、もう少しだけ待ってやろうぜ。お前の言う通り、結果は決まってるんだ。最後の悪あがきの時間くらい、多めに見てやろうや」

「触んじゃねぇよオヤジ。加齢臭が移るだろうが」

「加齢……ッ!?」


 パシリと手を叩き落とされると同時に、さらりと言われたその言葉に、ラッシュは落ち込んだ。それはラッシュにとって、密かに気にしていた部分だった。


 反撃する気力もなく落ち込むラッシュだったが、ネコタの声が耳に入る。


「……あれ。もしかしてクレメンスさんですかね?」

「プッ、アハハハハハ! マジかよ! 恥ずかしくねぇのかアイツ!」


 急に笑い出したジーナに気になり、ラッシュは練兵場の方へ目を向けた。

 そして現れた騎士の姿を目にし、笑った。


「っく、なるほどね。形振り構わないで来たな」


 練兵場に現れた騎士は、全身鎧を着ていた。



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