可愛い。凄く可愛い・・・
『――よって、この中で最後に残った者が我が国が誇る騎士と決闘を行い、その勝利者を勇者パーティーの一員とする。皆、悔いの残らぬよう、死力を尽くし――』
「おっ、どうやら間に合ったようだな」
「陛下の挨拶は始まっちまったみたいだがな」
「そんなもんはなから聞く気はねぇ」
「陛下も不憫な……」
ジーナの物言いに、ラッシュは王に同情した。
選考会は王城の敷地内にある練兵場で行われる。そこでは数十人の参加者が、王の話を静聴していた。
まずは参加者のみで一斉に戦い、最後に残った者とクレメンスが一騎打ちで戦うという流れのようだ。機転が問われる、より実戦的な多数との乱戦。そして真正面から戦った純然たる実力。
あらゆる面での強さを図るのに効率の良いやり方と言える。
その練兵場を見渡せる高い場所に、国王が居る。その隣に宰相とクレメンスが控え、その他の重臣や軍部関係者も、離れた場所から興味深そうに練兵場を見下ろしていた。
「さて、”首狩り兎”ってのはどいつかな、っと」
ウキウキとしながら、ジーナは身を乗り出して練兵場を眺める。その瞬間、真顔になった。あまりの変わりようにラッシュは動揺する。
「おい、どうした? そんな急にテンションを変えて」
「いや、それっぽい奴を見つけたんだが……」
なんとも言えない顔をするジーナを珍しく思いながら、ラッシュも練兵場に目を移す。
「……あ?」
そして、ラッシュも同じような気持ちを味わった。
Sランクの冒険者なら、身に纏うオーラからして違うだろう。女だという分かりやすい特徴を除いても、すぐに見つかると思っていた。実際、それらしい人物はすぐに見つかった。
だが、その姿はラッシュの予想とは随分とかけ離れていた。
「あの、すいません。もしかして、あれですか?」
まさかと思いつつ、ネコタが指をさす。
その先に居たのは――白いウサギだった。
「あれ、ウサギですよね?」
「おい、オヤジ。可憐な女がなんだって?」
「いや、俺だって噂でしか聞いたことないんだからしょうがねえだろ。しかし……なるほど、ウサギの獣人だったのか。そりゃ”首狩り兎”なんて呼ばれるわなぁ」
感心したようにラッシュは言った。
ネコタは弾んだ声を出す。
「あれが獣人ですか! うわっ、初めて見た! 本当に居るんですね! もっと人っぽいのかと思っていましたけど!」
「ネコタが想像しているのは、【獣人種】の方だな。で、あれが【源獣種】。獣に近い姿のまま、人の知能を持った獣人のことだ。他国に行けば【獣人種】は結構見るが、【源獣種】は珍しいぞ。しかしまさか獣人とはな……こいつは厄介なことになりそうだ」
ラッシュの言った意味を察し、僅かに顔を顰めるジーナ。
ネコタは理解できず、ラッシュに訊ねた。
「厄介ってどういうことですか? Sクラスの冒険者なら、強さは問題ないんですよね? 何か問題でも?」
「この場合は強さじゃなくて、アイツの種族に問題があるんだ。ネコタも半年の訓練期間の間に、この世界の常識を習ったろ?【アルマンディー教】のせいで獣人はこの国じゃ差別対象なんだよ」
「まぁ、あまり良く思っていないのはなんとなく察してましたけど……そこまでなんですか?」
「まぁな。獣人風情を偉大なる勇者の仲間に加えるとは言語道断。そう反対する奴も居ると思うぜ。ほら、見てみろ。今だって忌々しそうにアイツを見ている奴らが居るだろう?」
言われて、ネコタは見物に集まった者達を見る。ラッシュの指摘通り、ほとんどの者が苦々しそうな顔をしていた。
「アイツがこの選考会に参加できたのも、Sクラスの冒険者だからだろうな。Sクラス冒険者には、たとえ国王でも無下に扱う訳にはいかない程の影響力がある。でなければ門前払いされるのが普通だ」
「あの、もしかして皆さんもあの人が仲間になるのは反対なんですか?」
「まさか。Sクラスの冒険者だぞ? 獣人の【源獣種】ともなると性格や文化的な衝突の心配があるが、それでもあの騎士様よりかはずっとマシだ。是非とも仲間になってほしいよ」
「種族差別なんざ下らねえ。外見の多少の違いなんざどうでもいいだろ。重要なのは強いかどうかだ。アイツが獣人だろうが、足を引っ張らないならそれでいい」
迷いなく言った二人に、ネコタはほっと人知れず息を吐いた。仕方ないこととはいえ、人種であからさまに差別するような人達と上手くやれる自信がネコタにはなかった。
「だが懸念なのは、たとえこの選考会で勝ち抜いたとしても、俺達の仲間として認められない可能性があることだ。
自分の手駒を仲間に押し込めたかった宰相としても、よりにもよって獣人を仲間に入れる訳にはいかないって考えるだろう。
それならなんとかして騎士様をねじ込むだろうし、それに同調する連中もいる筈だ。この選考会で、そいつらを黙らすほどの圧倒的な実力を見せてくれればいいんだが」
「Sランクの冒険者なら、乱戦とはいえ有象無象を相手に苦戦することはありえねぇだろ。問題ねぇよ。それでもごちゃごちゃ言うようならあたしが拳で黙らす」
「案外それが一番良いかもなぁ。もういい加減、俺も付き合うのはだるくなったし」
いざという時は頑張って止めよう。ネコタは密かに誓った。
「乱戦ってことは、同時に何人も相手にするかもしれないんですよね?」
「それどころか、確実に一人で全員相手にすることになると思うぞ? Sランクの獣人じゃ、実力的にも心象的にも、最初に片づけておきたいって思ってるだろうしな」
「ほ、本当に大丈夫なんですか? いや、弱いはずがないってのは分かるんですが……とても強そうには見えないんですけど」
「アイツらは立派な獣だよ。身体能力に関しては人間とは比べ物にならねえ。油断していたら次の瞬間には殺されるぞ」
「そ、それは怖いですね。あんなに可愛いのに……」
ネコタが不安に思うのも無理はない。
ウサギの獣人の身長は、長い耳を含めてせいぜい大人の腰元くらいの高さだ。大きなぬいぐるみが動いているようにしか見えない。強そうというより、可愛らしい。いくらSランクといえど、あれでは侮られるのではないだろうか?
ネコタがそう思っていると、ウサギは腰に下げた剣を構えた。いや、大きさ的に考えて、あれは剣ではなくナイフだろう。ナイフと身体の大きさがピッタリと合っている為に、そう見えるだけだ。
ちっぽけなナイフを剣のように構えるその可愛らしい姿に、他の参加者が馬鹿にするような笑みを浮かべる。すぐにでも捻り潰してやる。彼らの表情はそう語っていた。
そんな参加者たちを、ラッシュは小馬鹿にするように笑った。
「アイツらも単純だね。可愛い見た目に騙されちゃって。そう思っている相手はSランクの化け物だってことを忘れてるのかね?」
「いや、そんなに可愛くねぇだろ。すっげぇ目つきが悪いぞ」
「ああ、言われてみれば……」
ジーナの指摘に、ネコタは納得した。
よくよく見ていれば、ふわふわした外見とは正反対に、ギロッと鋭い目つきをしている。
「だろ? 可愛いどころか生意気で殴りたくなるわ。はははは! なぁ、アメリアもそう思うだろ?」
「可愛い」
「あん?」
「凄く可愛い……」
アメリアらしくない言葉に、三人は顔を見合わせまじまじとアメリアを見る。そして、驚いた。
そんな三人など目に入っていないかのように、アメリアは戦いに臨もうとするウサギをじっと見つめていた。
その姿は普段のクールなアメリアからはかけ離れた……普通の、年頃の少女のようだった。