思考
あれからルチアは「帰るわ」なんて言うと突然2階の窓から飛び降りたようなので雅臣は目を白黒させたが外を見ると何も無いような顔で道を歩いていたようで安心する。
そして今の雅臣は目前にある血塗れのシーツをどうするかということで困りきっていた……。
──嵐でも襲来したかの如く色々な事が短時間の間で立て続けに起きたので、とりあえず一段落ついたような今この部屋は静かすぎて。静寂の中、帝人が思考の波に呑まれるのは容易いことだった。
如月雅臣。この17年間、何度声に出し、文字に起こしたかわからない自身の名前だ。たぶんこれからもこのままお世話になるのだろう。
由来は──なんだっただろうか。確か器は大きく、心の広い、穏やかな人間になりなさいというような意味がこめられていたような気がする。
それだと雅臣は、親の希望も叶えないまま勝手に短い生涯を終わらせようとしていたことになるな、なんて思って薄い罪悪感を覚えた。少なくとも今まで陰気な性格故の穏やかさは感じられても自分に器の大きさを感じたことは無かった。
学校ではそれなりに友達が居たと思うが、そこまで親しい人は居ないと思う。平日は常に側にいて休日は共に娯楽に興じるなんてものが『お友達』の定義なのだとすれば、雅臣に友達はいないことになる。
我ながら偏った虚無主義だとは思うが自身の暗い生い立ちと脆い精神構造からなる自己防衛だと考えると納得する他無い。
本当に自分は面倒臭くて嫌な奴だと最終的に自己嫌悪に陥っていた雅臣は、突然鳴り出した携帯電話の着信音に酷く驚いた。
「びっくりした……誰だよもう」
のろのろとした動きで今まで腰下ろしていたベッドから立ち上がり机に置いたタッチパネル式の携帯電話の画面に目をやると──
「……え、非通知?いや、ほんとに誰だよ……」
セールスかもしれない、変な宗教の勧誘かもしれない着信は、はやく出ろとでも言わんばかりにけたたましく雅臣の携帯電話を鳴らしていた。
とりあえず今切ってまたかかってくるのも嫌なので恐る恐る出てみる。
するとスピーカーから聞こえてきたのは──
「あ、雅臣!?……出た。アルバニアだ」
それは今さっき聞いたばかりの、『ルチア』の胡散臭い清涼感を含む爽やかな声だった。