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Adler Urlaub

 何となく、いつもは足を運ばない場所へ行ってみたくなる時がある。

 この時の彼、アドラーはまさにそうだったのだろう。休暇のおかげで前線から一度戻ってきていた彼は目当ての人物へと会いに訪れていたのだったが、その肝心の相手の居る筈であった部屋はもぬけの殻だった。そのことに彼にしては珍しく、少し落胆を覚えてはいたのだがその気晴らしにでもと目立たないところにある普段ほとんど人が寄り付かない書庫の存在を思い出して本でも読みに行こうかと足を向ける。  中々寄り付かず見慣れない書庫をなんとなく眺め回していると本棚の列の合間にみなれぬ光景とは反比例したよく知った顔が、それも彼の今最も求めていた顔が居たことに気づく。久我、久我邦太中尉。日本から派遣されてきた大使館付武官の一人であり、中性的な美貌をもった士官だ。その中尉が若干低い身長のせいか本棚の高い位置へしまわれてある本を取り出そうと必死になっているところを見て、どこか微笑ましく思う気持ちと悪戯心を刺激されてか手伝うことも声を掛けることもせずに敢えてその様子をじっと彼は観察する。

(趣味が悪い、と言われても仕方ないなこれは)

 そう内心で軽く苦笑交じりに呟いて見せるものの中々どうして興味は抑えきれずになるべく音を立てないようにしてしまう。視線の先の相手はそれでもなんとか目当ての本を取り出せたようでどこか安堵した笑みを浮かべているが、中尉は気づいていなかった。若干無理に引きづり出すように本を取り出すようにしてしまったことでその両脇の本が引き釣られる様にして頭上へと落ちかかる様になりそうになってしまいそうになっていることに後方から眺めていたアドラーは気づく。そのことについてまず考えるよりも早く駆け出したアドラーは中尉に覆いかぶさるようにしながら庇う。

「ひゃっ、少佐…!?」

 唐突に行われたその行為のせいで中尉は状況が呑み込めず、至近距離のアドラーの顔に困惑した顔を向けつつ美しく耳触りの良い声音で彼の名を呼ぶ。

「よ、邦太…あだっ!」

 動揺する相手とは全くの対照的に飄々と笑いながら挨拶を返すものの背中や頭に振ってきた大重量の資料類のせいで不自然にその声を途切れさせてしまう。その勢いに背を押されれるように顔が近づいていくもののもはや中尉の顔に戸惑いの色はなく心配そうに彼の顔色を覗き込んでいた。

「だ、大丈夫ですか!?私のせいで…」

「気にするなよ、俺が勝手にやったことさ。…もっとも瘤か痣くらいは残るかな」

「大丈夫じゃないでしょうそれは…!?」

「なあに、君に何かあるよりは遥かにマシさ…クリスタ」

「しょ、少佐…」

「…心配しないでいいさ、この部屋には今俺たちしかいないよ。それに対して痛くもないしな」

 彼…というより正確に言うなら男装の麗人である彼女の本名を小さく呼んで、そのせいで周りを思わず警戒してしまう彼女を安心させるように笑い掛ける。

「全く…ひやひやさせないでください」

「俺だってそこに思いが至らないほど鈍いわけじゃないさ」

「それはまあ…そうでしょうけど…。そういえばいつお戻りに?」

「ついさっきね。…そうそう、さっき資料を取ろうとしてた君は可愛かったぞ?」

「なんでそのことを…あ、見てたんですね!?だから、こうして…!」

 呆れの成分が強いながらもようやく笑みを浮かべた相手に笑い掛けつつ、わざとらしくそういえば、といった感じで意地悪く囁きかける。その言葉でようやくアドラーが何をしていたのかに気づいてムッとしつつ赤くなって照れ隠しに彼の胸板を軽く叩いてくる彼女の様子にけらけらと楽しげな笑声を上げて受け入れる。

「全く…いつお戻りに?」

「ついさっきだ。君に逢いたくなって真っ先に君の部屋に行ったんだが、居なかったから。何となくこっちに居たら君がいたのさ」

「…で、ですか」

 それでも久方ぶりに会えたことがうれしかったのだろう。叩く手をおさめて若干拗ねたような表情のまま問いかけてくる相手に笑いながら本心を呟く。その言葉が耳に入った途端に赤くなった相手をほとんど衝動的に久しぶりに、本当に久しぶりに彼女のきゃしゃな体を抱きしめる。こうして彼女と話しているだけで戦場でどこか荒んだ心が満たされていく感覚を覚えて小さく笑う。

「…クリスタ」

「ちょ、アドラー、誰かに見られるかも…っ…」

「言ったろ?誰もいない。見られる心配はないさ…ん…」

 少しだけ、その表情に悪戯心を刺激されて更に顔を近づけながら唇が触れそうな至近で彼女の名前を呼ぶ。彼の意図を察したのだろう、焦ったような、それでいてどこか嬉しそうな相手に囁きを返して周りに散らばっている資料類を気にもせずに多少強引に唇を重ねる。真っ赤になって目を瞑るもののアドラーの強引な行動をふり払わないでいてくれる彼女に愛おしさを知覚して、ゆっくりと口づけを深くしていきながら、相手の存在を確かめるかのように抱きしめる腕をだんだんと強くしていく。彼女の唇の柔らかい感触や、抱きしめた腕の中に感じる体温に生の実感を覚えながら。

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