表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第四話 龍襲来【中】

 右手が吹き飛んで腹部には拳大の穴が開いている状況。

 どんどん血が流れ出ていき気分が悪い。

 こうしている間にも障酸龍からは巨大な水の塊が放たれ続けて傷の応急処置もできない。一瞬でもその水の塊を防ぐ魔術を解けば一気に村ごと押し流されてしまうからだ。

 せめて誰かがいればと思う。猫の手でも構わない。

 メガネのクソガキでもいい、感謝してやるから戻ってこい。そう心の中で叫んだがメガネは現れない。使えないメガネだ。


 この窮地を打破する案として俺の百の系統ある魔術の中には創造【レプリカ】というもう一人の俺をそっくりそのまま生み出す魔術がある。今使用しても重症の俺が一人増えるだけだが、偽物もオリジナルと同様の魔術を使える。そうすれば偽物に村の防衛を任せ、その間にオリジナルの俺が村の人間どもを皇国にまで瞬間移動させることができる。

 俺らしい素晴らしい案だったが残念、創造【レプリカ】の魔術を俺自身にかけることはできなかった。なぜかって? 簡単なことだ。俺が創造【レプリカ】で俺の偽物を生み出すと決まって謀反を起こされてしまうのだ。

「本物のお前が死ねば俺が本物だろう?」などと言ってオリジナルの俺を本気で殺そうとしてくるのだ。

 瘴酸龍どころか自ら生み出した偽物に殺されたんじゃ世話ない。


 遠くの瘴酸龍が遠吠えを放つ。

 世界の終焉を思わせるような薄気味悪い遠吠えだ。

 まあ俺は実際に三度この手で世界を終焉にまでもっていった経歴があるのだがな。


 そして先ほどまで続いていた水の塊の飛来が止んだ。


 ドシャ降りの雨は続いているが、瘴酸龍からの攻撃がなくなった。

 息を飲む。最悪だ。

 俺は魔術空間【ウォール】を解除し、すぐさまリンド村及びその周辺数キロを認識【サーチ】で探った。


 攻撃はなくなったわけではない。瘴酸龍は次の一撃に備えて溜め状態に入ったのだ。


 重症の今の俺にはその攻撃を止めることも防ぐことも受け流すことさえできない。

 認識【サーチ】を使った結果、およそ半数の村人が今だリンド村から脱出していないのが分かった。しかも脱出している奴らもノロマでそのほとんどがさほど村から離れていなかった。

 次の一撃までの猶予は不明だ。一秒後、村ごと骨まで溶かされいるかもしれない覚悟をする。

 俺は空間【テレポ】を使用して先ほど居場所の特定できた村人全員を皇国近くに瞬間移動させる。

 今の俺は失血死寸前で頭にまで血が上っていない状態。フラフラ状態だ。頭の中で計算した瞬間移動先の座標にミスがあって手足の一部が地面の中だったとかあるかもしれないが我慢して泣き寝入りしろ。死ぬよりはマシと思え。


 リンド村の奴らを瞬間移動させ終わったのと同時に全身の穴という穴から血が噴き出た。

 魔術の行使に身体が限界の悲鳴を上げる証拠だ。これ以上血を失うのはまずいな。

 多く見て瘴酸龍の次の一撃までの猶予は残り三秒と仮定する。少なくて一秒なし。すぐさま俺は考え判断する。

 回復魔術を使う時間を作るため空間【テレポ】で俺はリンド村から飛ぶ――――――

 

 そう判断したのとほぼ同時に二つの衝撃があった。

 

 衝撃で大きく体が浮く。後ろに吹き飛んでしまう。

「ぐはぁああああああああああ」

 瘴酸龍から左胸と腹部を撃ち抜かれたのを確認する。

 これで俺に勝ち目はなくなった。勝敗を分けたのは一秒の判断遅れだ。

 俺は勢いのまま塔から落下する。途中何度も壁や屋根にぶつかり転げながら。

 ベチャリとみじめに泥だらけの舗装されていないリンド村の中央道へ俺は落ちた。

 偉大な俺にしては何と無様な姿だろうか。本来の偉大でかっこいい長身イケメンの俺であったら地に這う姿も様になっていただろうが、今の俺はただの赤毛の美少女。悲惨という言葉がお似合いの状況だ。


 しかし嬉しい誤算もあった。

 あると思っていた防御不可能の溜め攻撃、これがない。


 先ほどの数発の狙撃。あれは牽制のようなもの。瘴酸龍からしてみれば一撃必殺の溜め攻撃を放つ前の牽制だった、そう違いない。

 そして牽制でしかなかったその攻撃で思いがけず俺が瀕死になったため溜め攻撃が不要になった。

 恐らく瘴酸龍も俺の認識【サーチ】と同じような敵の情報を得る(すべ)を持っているのだろう。だからこうも正確に狙撃ができた。

 恐らくタネはこの魔素を含む雨だろうな。この雨に含まれる魔素は元瘴酸龍のモノ。不思議な力で本体に情報を送っているのだ。姑息なやつ。 

 瘴酸龍の重い地響く足音が薄っすらと耳に届く、追撃はやはりない。 

 

 糞。 

 ははは。

 瘴酸龍へブラは俺を取り込む気だ。


 全てを吸収して取り込むことができ、同等の存在が目の前で瀕死ならば俺だってそうする。

 こうして俺を殺さないのも死体より生きたまま吸収した方が効率がいいからだろう。

 反撃の危険より、より多くの力を選ぶとは何とも愚かで強欲な化け物だろうか。俺なら殺す。確実に殺してから近寄る。絶体絶命の死を目前にした者こそ時に真価を発揮する場合があるからだ。

 

 という訳で俺は何もせずただジッと待つことにした。

 回復魔術を使用することも空間【テレポ】を使うこともしない。

 体内に瘴酸龍の魔素が入り込んでいる今、下手に何かしようものなら先に気付かれてしまう。魔術を使用する際の体内での魔力の移動で分かってしまうものだからだ。

 今も多くの血が流れ出ていっている。しかし止血もしない。

 指一本動かせない状態と、そう思わせ油断させる。

 意識も飛び飛びになる。しかし今は瀕死の状態を装うしか手はない。

 しかしここまで傷を負ったのも久しい。最悪な気分だが胸は躍る。

 この至高であり偉大であり尊大な俺に弱者を装わせるなど誇れ、醜悪な化け物よ。

 もし貴様が今より美しくあり自尊心なるモノをその身に抱いていたのなら忠実な手下にしてよかったかもしれない。しかしいかんせんお前は醜く強大な力に溺れた哀れなモノでしかない。だからお前は殺す。

 

◇   ◇


 そして瘴酸龍へブラがリンド村に辿り着く。

 肉。肉肉。皮膚のない屍の集合体。

 その周囲には水の塊が数個浮遊する。

 改めて近場から対面すると余りにも瘴酸龍は巨大だった。

 そしてこの臭さ。腐敗した屍からの腐乱臭と獣臭さが混ざり合って、この全知に限りなく近い俺にとっても未知の可能性を感じさせるような激臭を発していた。この臭いだけでも十分兵器として使えそうだ。

 だが、それよりも驚くのが、その溢れ漲る膨大な魔力の量。どれだけの命を取り込み続ければこうなるのか。魔力量だけでいえば俺よりも遥かに超えていた。

 雨は更に強く降り続ける。含まれる魔素も凡夫なら致死量を超える。


 グパァと屍の集合体は顔を文字通り広げるとそこから無数の触手らしきものがゆっくりと出てきた。

 

 触手は俺の両手足を掴むと持ち上げる。触手の力は万力のようで、ボキボキボキと掴まれた部分の骨が砕け折られた。痛みはあったが俺は一つのことに集中する。

 逆転する一手を、勝負を仕掛けるのはここである。


 そう吸収のため捕食される今この瞬間。

 

 パクリと取り込まれるのと同時に俺は空に向けて使う。

 超攻撃魔術の一つ、雷撃【ライトニング】を。

 轟音と閃光と共に巨大な雷が空から地へ、瘴酸龍を焼き貫いた。

 この魔術、千の稲妻を投撃する対国用魔術だが、雨空の下で使用すると効果は変わる。

 使用者目がけ巨大な雷が落ちるのだ。なので本来雨の日では自傷するだけで意味のない魔術だが、自爆攻撃としては効果は爆大。

 俺ごと巨大な雷に貫かれた瘴酸龍はたまらず俺を吐き出してしまう。

 俺は空をクルクルと舞いながら空中で回復魔術を使い、何とか少しでも傷の修復を試みる。しかし瘴酸龍の魔素が全身を侵している今、回復魔術の効果は阻害され微々たるものだった。

 本来なら一瞬で全回復も可能なのだが、身体に開いた風穴から塞がるように一つ一つ治癒させていくしかなかった。

 瘴酸龍は新たに触手を吐き出し俺を捕まえようと伸ばす。

 咄嗟に俺は残っている方の左手で雷撃【サンダー】を放ち、迫る触手を焼き飛ばす。が、同時に俺の左手も弾けて四散してしまった。

 やはり雷撃【ライトニング】は負担が大きすぎたようだ。

 視界の端で苦しみ暴れる瘴酸龍。俺の百の系統ある魔術の中でも攻撃力の点において最上級に位置する雷撃【ライトニング】。それが直撃したのだ。いくら魔力があろうと無事はすまない。

 ちなみに俺は巨大な瘴酸龍の肉のおかげで直撃はしたものの更なる重傷を負うだけで助かった。瀕死の状態が数段上っただけ問題は大有りだが生きている、大丈夫だ。

 

 勢いのまま家屋の屋根を突き破り柔らかい布団の上に俺は落下する。リンド村の家屋は脆いから助かった。運がいい。地面に落下であったらとても痛かった。


 瘴酸龍が外でジタバタと暴れているおかげで地面が揺れる。

 時間はない。

 何とかバランスを取りながら、動けるまで己が回復したことを確認し、空間【テレポ】で俺はいったんリンド村から離れる。とにかく今は立て直すための時間が欲しい。

 が、それ瘴酸龍は許さない。


 空間【テレポ】の魔術を行使するよりも先に瘴酸龍は惜しげもなく先ほど活躍のなかった溜めの攻撃を披露した。

  

 一瞬でリンド村は溶けて跡形もなくなった。

 豪雨の雨はより一層激しく降る。

 

 

 ◇   ◇



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ